エピタキシャル薄膜とは
エピタキシャル薄膜とは、原子がきれいに並んだ結晶性の薄膜であり、単結晶基板に材料を堆積させて作製します。バルクでは単結晶の合成が困難な物質であっても、薄膜の状態であれば単結晶ライクなエピタキシャル薄膜の作製が可能になる場合があります。その成長は基板の材料、格子定数、面方位等に強く依存し、基板の選択と薄膜作製時の実験条件の調整によって様々な結晶配向を持つエピタキシャル薄膜を作製することができます。 エピタキシャル薄膜を作製する技術は半導体デバイス作製技術として大きく発展し、物理蒸着法(熱蒸着法、スパッタリング法、パルスレーザー堆積法(PLD法)、分子線エピタキシー法)や化学蒸着法(化学気相法(CVD)、ゾルゲル法、ミストCVD法)など多様な成膜法が確立しています。さらに、Liを含む多元素の複合金属酸化物薄膜合成技術も進歩し、集電体、正極、固体電解質、負極薄膜を積層した薄膜型電池を作製することもできます。
図1は、PLD法で作製したLiCoO2(正極材料)エピタキシャル薄膜の透過電子顕微鏡像(TEM像)とLiTi2O4(負極材料)エピタキシャル薄膜の走査トンネル顕微鏡像(STM像)です。(0001)配向したLiCoO2エピタキシャル薄膜では、Co原子層が基板表面に平行な層状構造を示し、(111)配向したLiTi2O4エピタキシャル薄膜の表面では、三角格子状にTi原子が配列しています。 これらエピタキシャル薄膜の上に、固体電解質薄膜さらにはLi金属薄膜を積層し、薄膜型の全固体電池を作製した場合、Liイオンは薄膜の面直方向に伝導することから、LiCoO2エピタキシャル薄膜では[0001]方向に、そしてLiTi2O4エピタキシャル薄膜では[111]方向にLiイオンが伝導します。したがって、結晶方位や反応面積を規定して実験結果を解釈することができます。また、固体電解質との界面では、図1(b)のように原子が規則的に配列した界面をLiイオンが伝導すると仮定することができます。
図1.(a) 正極LiCoO2エピタキシャル薄膜の透過電子顕微鏡像(TEM像)。一つ一つの白丸がCo原子。(0001)配向した薄膜では、Co原子層が基板表面に平行な層状構造を示す。(b) 負極LiTi2O4エピタキシャル薄膜の走査トンネル顕微鏡像(STM像)。一つ一つの白丸がTi原子。(111)配向した薄膜の表面では、三角格子状にTi原子が配列している。
高品質薄膜の合成
薄膜合成では、薄膜の元となる材料を高温に加熱して気化し、基板上でエピタキシャル成長させる手法が一般的です。わたしたちは、パルスレーザー堆積法(Pulsed Laser Deposition, PLD)や分子線エピタキシー法(Molecular Beam Epitaxy, MBE)、スパッタリング法などを用いて高品質なエピタキシャル薄膜の作製に取り組んでいます。
【パルスレーザー堆積法(Pulsed Laser Deposition, PLD)】
PLDは、真空チャンバー内に設置した原料ターゲットにチャンバー外部からパルスレーザー光を照射することで、ターゲット材料をアブレーションし、ターゲットに対向する基板に薄膜を作製する成膜手法です。入射レーザーとしてNd:YAG固体レーザーを使用し、第4高調波(波長266 nm)と第5高調波(波長213nm)を切り替え、作製する薄膜の材料に応じて使い分けています。
PLDの特徴は、(1)ターゲットと薄膜の成分元素の組成ずれが小さい、(2)広い範囲のガス圧領域で成膜できる、(3)高品質なエピタキシャル薄膜作製、(4)ターゲット交換による薄膜の積層化などです。
図2.PLDの概念図(左)とリン酸リチウムLi3PO4の薄膜作製の様子(右)
【スパッタリング法】
スパッタリング法は、真空中に導入したArなどの不活性ガスをイオン化し、電圧印加により加速させて高速でターゲット表面に衝突、蒸発させることにより、基板上に薄膜を作製する手法です。絶縁体のみならず、PLDで成膜困難な金属の薄膜作製に利用します。また、真空蒸着法での成膜が難しい高融点材料にも利用できるため、多くの材料の薄膜化が可能です。スパッタリング法では、図のように、蒸発した原子によるプラズマ発光が観測されます。わたしたちの研究室では、スパッタ成膜中にプラズマ光の分光を同時計測し、蒸発原子の種類と強度をモニタして成膜条件の最適化に利用しています。
図3.スパッタリング法の概念図(左)とチタン酸リチウムLi4Ti5O12の薄膜作製の様子(右)
S. Shiraki et al., ACS Appl. Mater. Interfaces 10 (2018) 41732.
S. Shiraki et al., J. Power Sources 267 (2014) 881.