気候と脳卒中
脳梗塞編

論文紹介1 2004年6月27日

論文紹介2 2004年9月16日

論文紹介3 2006年5月5日

1)脳梗塞とは


 「脳梗塞」とは、脳内外の動脈が閉塞することによって脳細胞への血流が途絶え、脳細胞が死

滅(「壊死に陥る」と言います)してしまった状態です。簡単に言えば、血管がつまってしまったこと

によって起こります。昔は、脳梗塞の同義語として、「脳軟化」という言葉がよく使われ、今でも高齢

の患者さんからは「脳軟化ですか?」と聞かれることもしばしばあります。脳は、死滅してしまうとド

ロドロの水っぽい状態になってしまうので、脳梗塞を「脳軟化」と呼んでいたのでしょう。


 脳梗塞には、大きく分けて「脳血栓」と「脳塞栓」の2種類があります。


 
脳血栓は主に動脈硬化が原因で動脈が徐々に細くなるために起こります。症状としては、片側

の手足、顔、唇のしびれや呂律障害、めまいなどが出現し、一時的に改善することもありますが、脳

血流が完全に遮断されてしまうと、これらの症状が固定し、さらには運動麻痺へと発展してしまいま

す。典型的な経過としては、糖尿病、高血圧、高脂血症などの持病があり、よくタバコを吸う人が、「

昨日の夜くらいから言葉が聞き取りづらいと家族に言われていたがそのまま就寝。朝起きたら、右

手がうまく動かないのに気がついた」といった具合です。頭痛、嘔吐などのくも膜下出血に特徴的

な症状は通常みられません。治療には、抗血小板薬をはじめとする、いわゆる「血液サラサラ」にす

る点滴薬を用います。2週間投与することで、個人差はありますが、8割以上の人がほぼ元通りに

回復します。


 一方、
脳塞栓は、主に不整脈(心房細動と呼ばれるものが多い)や心臓弁膜症の持病のある人

に見られやすいもので、心臓から直接脳内の動脈へ塞栓物が流れとんでしまい、血管が詰まって

しまう状態です。脳血栓と違い、突然運動麻痺などの強い症状が出現し、重症の場合には、意識

障害や昏睡状態となってしまうこともあります。治療は、前述の「血液サラサラ」薬は使えず、難しい

のですが、最近は急性期局所線溶療法と呼ばれるカテーテルを使った血管内治療で、塞栓物を直

接溶かし、つまってしまった血管を再開通させることが、広く行われるようになりました。ただし、この

治療法はテクニックを要し、また、すべての脳塞栓患者さんに行えるわけではないので、やはり、脳

血栓の治療法よりも困難だと言えるでしょう。実際、治癒率は脳血栓よりも圧倒的に悪く、報告によ

って差はありますが、せいぜい50%程度です。


 その他、無症候性脳梗塞(いわゆる「隠れ」脳梗塞)というものもありますが、これは加齢による生

理現象の1つと考えてもよいので、別の機会に触れさせていただくこととします。


 以上、前置きが長くなってしまいましたが、これらの脳梗塞と気候との関連性について述べた論

文を調べてみたいと思います。


2)やっぱり季節との関係あり!?


 九州の久山町の研究です。24年間の調査で311人の脳卒中患者のうち、223人(72%)が脳

梗塞だったそうです。発症例を月別にみてみると、
11月から3月にかけて多いという特徴がありまし

た。グラフをよく見てみますと、最も平均気温が低い2月には発症例がむしろ減少する傾向があり、

寒い日が続くよりも、
1日1日の気温の変化がはげしい時期のほうが、脳梗塞の発症が多いのでは

ないか
と、推察されます。また、特記すべきことに、高血圧ではなく正常血圧の人や、コレステロー

ル値が低い人に多く見られたとのことです(Shinkawa A et al., Stroke 21:1262-7, 1990)。

 脳出血やくも膜下出血の場合は、高血圧の人に多く見られるのですが、脳梗塞の場合は、正常

血圧の人に多かったという報告は興味深いと思います。つまり、血圧が高くなければ、血管がつま

りやすい傾向があるということになります。実際、短期間に気温が低下してしまうような変化が見ら

れた場合、血液中のヘモグロビンや赤血球、アルブミンの濃度が上昇し、血液粘調度が増加すると

いう報告もあります(Donaldson GC et al., Clin Sci (Colch) 92: 261-8, 1997)。したがって、
気温変

化の大きい季節には、血が濃くなりやすいので、血圧のあまり高くない人はつまりやすくなる
、と考え

られます。


3)気温との関係


 台湾での11年間の調査報告です。21750人の脳梗塞で死亡した患者さんについて、気温との

関係を調べたところ、横軸を気温、縦軸を死亡率としてグラフを書いたところ、U字型の曲線となった

そうです。
最も死亡率が少なかったのが、気温27−29℃間で、それより1℃下がるごとに3%ずつ

死亡率は増加し、逆に気温が32℃に上昇すると死亡率が1.66倍に急増するとのことです(Pan WH

et al., Lancet 345: 353-5, 1995)。因みにこの特徴は、虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞)と同じで

した。つまり、気温が非常に高いときには、脱水状態に陥って血液がドロドロになってしまうため、脳

梗塞や心筋梗塞が起こりやすく、また、気温が下がると、血管が収縮し血液も凝縮されるため、やは

り血液がドロドロになりやすいということになります。彼らは、温度調節の苦手な高齢者は、とくに注意

が必要だと、警鐘を鳴らしています。


4)脳血栓は季節の変わり目、脳塞栓は一年中?
 

 脳血栓と脳塞栓に分けて、発症調査を行った報告もあります。
脳血栓の患者は、3−6月と10月に多

、これは、気温の日内格差が大きい(10度以上)時期と一致していたとのことです。一方、脳塞栓は、

8月に4例とやや多かったものの、年間を通じての発症がみられた
そうです(岡田ら、日本老年医学会

雑誌 32: 39-46, 1995)。この結果は、前述の、気温変化が大きいときには血液がドロドロになりやすい

という報告からも類推できます。また、脳塞栓が8月にやや多かったのは、脳塞栓の原因である塞栓物

質が、血流の遅い左心房で主に作られるため、静脈が凝縮されやすい真夏に起こりやすかったのだろう

と考えられます。ただし、脳塞栓は心臓内の血栓という、偶然作られてしまう物質が原因であるため、真

夏に限らず1年を通じての発症がみられたのでしょう。


5)まとめ


 以上をまとめますと、

 
1) 脳血栓は季節の変わり目に多い。

 2) 気温の日内変化に注意(とくに10度以上の気温差)。

 3) 脳血栓は、真夏や真冬には意外と少ない。


 
4) 心房細動などの心臓病をお持ちの方は、常日頃から(とくに真夏)注意が必要

 ということになります。


6)具体的な予防策


 さて、われわれが脳梗塞にならないためには、実際にどのようなことに気をつけたら良いのでしょうか。

これが一番大事なことですよね。整理すると以下のようになります。


 
1) 日頃から水分をまめに補給する(1日1−2リットルの水が目安です)。

 2) とくに、あまり汗をかかない季節でも、気温変化により血液がドロドロになっていることがあり、水分

   補給は習慣づけすることが大事である。

 3) 真夏にはさらに水分補給を、真冬は、室内外の温度差をなるべく感じぬように、マフラーなどの防寒

   具を積極的に使用する。

 4) 腎臓病や心臓病をお持ちの方は、上記のような水分補給が充分にはできません。かかりつけの先

   生と必ず相談してください。

 5) 喫煙と過度の飲酒は絶対に止める。

 6) 糖尿病のかたは、そうでない人よりも血液の粘調度が高い傾向があるので、より水分摂取が必要。

 7) 「たまねぎやキムチ納豆が血液サラサラ効果がある」と、テレビで報道されていますが、このような

   データはすべてデータ数が少なく、必ずしも「科学的事実」とは言えません。あまり食べ過ぎず、ほど

   ほどにしましょう。


6)飲酒について


 外来で、「のどが渇いたからビールを飲んで水分を補給した」という話をよく聞きます。たしかに、汗をか

いたあとのビールの味は格別ですよね。気持ちはよくわかります。でもこれは、
全くの逆効果で、場合に

よっては命に関わる
、と思い直してください。ビールに限らずアルコール類には全て脱水作用があります。

つまり、お酒を飲めば、体内の水分が奪われてしまい、結局、血液がドロドロになってしまうのです。みな

さんも、飲酒後には必ずオシッコが近くなりますよね。ようするに、体内の水分がオシッコとして外に出てし

まうわけです。とくに、
飲酒後のサウナ、サウナ後の飲酒は、いずれも自殺行為だと思ってください。

 お酒がどうしても止められない人にぜひお勧めしたいことがあります。お酒を飲んだら、それと同じ量の

水を飲みましょう。ビールやワインも同じです。水割りは普段より薄くして、ストレートやロックで飲みたい人

はチェイサー(水)をたくさん飲みましょう。酎ハイはすでにある程度は薄まっていますが、やはり水を追加

して飲むように心がけましょう。水をたくさん飲むと、お腹がふくれてお酒があまり飲めなくなるので、一石

二鳥です。


7)喫煙について


 
喫煙も脳梗塞の危険因子です。わりと最近、俳優の西田敏行さんが心筋梗塞で倒れ、退院後からタバ

コを止めた話や、ヘビースモーカーで歌手の西城秀樹さんが、めまいの後、脳血栓で倒れてしまった話を

耳にされたことと思います。タバコを吸うと、いわば低酸素状態となってしまうので、より多くの酸素を運ぼ

うと血液中のヘモグロビンを増やすという反応が起こります。その結果、血液がドロドロになってしまうの

で、脳微小循環不全を生じ、めまい、脳梗塞を起こしてしまうのです。心筋梗塞も同じです。

 

8)最後に


 以上のように、
水分補給の重要性をわかっていただけましたでしょうか。意外なのは、汗をかく夏だけで

なく、1年を通じて必要だ
、ということです。


 さあ、みなさんもさっそく今日から飲水励行を実践してみてください。


 なお、よく「お茶でも良いですか?」という質問を受けます。お茶でも良いのですが、薬を一緒に飲むとき

には原則として水だけです。緑茶の成分が、鉄剤と結合し吸収が悪くなることが知られています。また、最

近のお茶ブームで、若い女性がよくペットボトルのお茶を飲んでいるのを見かけますが、尿路結石の患者

が増えているという報告もあり、ひょっとしてお茶の成分が結石の原因になっているのではないか、とも考

えられています。やはり、「水」を飲むようにするのに越したことはないと思います。






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