「行ってきます。」

9時少し前にアスランは玄関で母親に声をかけてカガリの家に迎えに行こうとした。

最近は研究が少し落ち着いたということでレノアは家にいることが多かった。

「ちょっと待って、アスラン」

レノアが玄関に出てきてアスランを呼び止めた。

「何?母さん」

アスランは振り向いて母親を見つめた。

彼女はアスランの格好を眺めて、まあ合格かしらとつぶやき、にっこり笑った。

アスランはジーパンにダークレッドのセーターを着て、先日彼女が買ったジャケットを羽織っていた。

セーターの襟元からはブルーのシャツが覗いていた。

「はい、軍資金」

といって彼女はアスランに1万円札を差し出した。

アスランは驚いて言った。

「えっ・・・何・・・で、母さん」

確かにアルバイトとかしていないが、アスランは小遣いを十分にもらっていた。

もともと裕福である上に、両親は普段から仕事を優先しあまりかまえないという

負い目みたいなものがあるからかもしれないが。

まさかデートのために小遣いをもらうなんて・・・とアスランは思ってもいなかったので

少し恥ずかしくなり、うつむいた。

すると、レノアは今回だけかもしれないのだけど・・・と前置きしながら

「だって、私もカガリちゃんのおかげで久しぶりにあなたと二人で食事にいけたから、そのお礼もあるわ。」

と、ウィンクをしながら言った。

「えっ・・・」

確かにこの間の土曜日に仕事で外出していた母親と表参道の駅で待ち合わせをして

下見を兼ねて教えてもらった店のひとつで久しぶりに食事をしたのだ。

そして「これを着て行きなさい」と今日のジャケットを買ってもらったのだ。

もちろん教えてもらったお店すべての場所と店の感じを確認することは忘れなかったが。

レノアはアスランの手にお金を握らせ、彼の両肩に手をあて向きをクルリと変えて、背中をぽんとたたいた。

「いってらっしゃい。カガリちゃんによろしく。」

 

「いらっしゃい。アスラン君」

玄関の扉を開けてくれたのはカガリの母親だった。

「あっ、おはようございます。あの・・・」

「今日はカガリをお願いね。」

カガリの母親がにっこりアスランに向かって笑った。

その笑顔に自分の母親とどんな話をしたのだろうかとちょっとアスランは不安になった。

「カガリ!アスラン君が迎えにきたわよ。」

その声が聞こえたのか、ドタドタと階段からカガリが降りてきた。

「ごめん、アスラン。」

「いや・・・」

アスランはカガリに見とれていた。

カガリはジーパンに明るめのグリーンのセーターで、茶色のジャケットを羽織っていた。

そして同じ色の帽子をかぶっていた。

カガリは玄関に座ってスニーカーの紐を結び始めた。

すると、母親が彼女に声をかけた。

「カガリ、電車代とか持っている?」

「うん。この間の分が残っているし、それに父さんからチケット代ももらっちゃった。」

靴を履き終えたカガリが立ち上がりにっこり笑って母親に言った。

「そう。じゃあ気をつけてね。」

「はい、いってきます。」

 

最寄の駅を始発とする電車に合わせたので、二人は座れた。

アスランは手に持ったカードを見つめてつぶやいた。

「確かにこれは便利だな。」

「そうだろう。私もこの間買ってそう思った。」

それはSカードと呼ばれるICカードだった。

最初にいくらかチャージをすると、その範囲内では切符を買わずに改札に接触するだけで電車に乗れる。

アスランは駅でカガリの分も切符を買おうとしたところ

カガリからSカードを見せられて自分も購入することを勧められた。

「さっきおばさんにこの間の分が残っているといっていたのはこのカードのことだったのか。」

アスランはカガリにたずねた。

「うん、この間3000円チャージしたから今日はまだ足りると思うよ。」

「そうか」

デートだから交通費などは自分が出したいと思っていて当初がっかりしていたアスランだったが、

カードの便利さを思うとしょうがないかと、次の機会に彼女の分も一緒にチャージすればいいのかなと

そう自分の気持ちを納得させた。

これからもまた一緒に出かけることがあるはずだから。

「それにね。」

カガリが、嬉しそうにアスランを見上げていった。

「父さんが早慶戦のチケット代だといって小遣いをくれた。」

父さんからもらうのは珍しいからとカガリはとても嬉しそうだった。

「それもさっき言っていたね・・・あっ、そうだ、俺の分のチケット代は出すよ。」

アスランは今日の早慶戦のチケットのことはすっかり忘れていたのだった。

「いいよ。」

「でも・・・」

「だって父さんがお金くれたから・・・アスランからもらったら怒られる。」

カガリが少し困ったように答えた。

「けど・・・」

「だってチケット代よりたくさんもらったのだから・・・」

たくさん・・・という言葉にアスランは興味が惹かれ聞いてみた。

「ちなみにいくらもらったの?」

えっという顔をカガリは一瞬したが、

「キラには内緒だからな・・・」

と前置きをして、ちょっと上目づかいにアスランを見ながら言った。

「・・・1万円。・・・・でもね、チケットは1枚1500円なの。」

アスランは一瞬口をぽかんとあけ、それからククッと笑い出した。

「何でそこで笑う?」

カガリはいきなり笑い出したアスランに噛み付いた。

「いや・・・ごめん。そりゃあしょうがないな。俺が払ったりしたら確かに怒られるな。

それに実は俺も母さんから小遣い今日もらってきたのさ。だから・・・」

「へぇーっ、お前ももらったのか。」

さっきまで噛み付いていたことはすっかり忘れて機嫌が直ったカガリが現金にたずねた。

「ああ。母さんからそんな風にもらったことがなかったら・・・ちょっと嬉しかった。」

「よかったな。」

「ところで、カガリ、いつミリアリアと原宿に行ったの?」

「ああ・・・ニコルのコンクールをみんなで見に行くことになったからその時に行った。」

「ニコルのコンクール?それっていつ?」

アスランは初耳だった。

カガリは思い出しながらアスランの顔を見て、言葉を選びながら答えた。

「10月の終わりかな・・・・用事があるって言っていと思うけれども」

確かにニコルのコンクールをみんなで見に行くとは言ってなかったな・・・とカガリも思い当たった。

「なんで俺は知らないの?誘ってくれなかったの?」

アスランが珍しくムキになって聞いてきた。

「だって、3組のメンバーが中心だったから・・・・・それに。」

「それに・・・なんだ。」

「だって・・・たぶんお前寝るだろう?きっと。」

それは確かにそうかもしれない・・・アスランも自覚がある。

クラシックの類は彼にとっては子守唄にしかならないのだ。

「だから誘わなかった。」

「けど・・・」

自分をカガリが誘ってくれなかったことが寂しかった。

「だって・・・お前誘ったら・・・たぶん行くって言うだろ?」

「ああ・・・カガリとなら行きたいさ・・・どこでも。」

アスランのその言葉にカガリが少し頬を染めながら続けた。

「けど寝るよな・・・だからだ。」

「カガリ・・・」

アスランは小さくため息ついてうつむいた。

「まあ・・・その・・・寝ないっていう自信がついたら・・・いつでも誘ってやるさ。」

 

途中で電車を乗換えて原宿の駅についた。

電車から降りたアスランは前方の階段の方に向かって歩き始めた。

と、アスランのジャケットが引っ張られた。

「何?カガリ?出口はこっちだろう?」

アスランは振り向きながらいった。

「あっちだよ、アスラン。」

そういってカガリは後方をさして言った。

「あっち?」

「そう・・・。確かこっちの階段を下りて竹下口ってところから出たと思う。」

カガリに促されてアスランは向きを変えて後方の出口へ向かった。

出口が二つあったなんて知らなかった・・・アスランは少し動揺をしていた。

「こっちから出た方が竹下通りに近いってミリアリアが言っていた。」

「そう・・・」

アスランは頭の中で地図を広げていた。

こっちの出口から出て、はたして母親から教えてもらった店にいけるのだろうか?

そんなアスランをよそにカガリは彼のジャケットをつかんだまま改札口へ向かう階段を降りていった。

改札口を出て、目の前の信号が青になるのを待っているときに、

アスランは信号の向こうの通りのたくさんの黒い頭に気がついて、絶句した。

通りいっぱいに人があふれている・・・。

「どうした?アスラン。」

「い・・・いや・・・なんでもない。」

アスランは人ごみが苦手なのだった。

 

(2004.9.27)

 

あとがき

SカードというのはスイカというJR東日本が発売しているカードのことだと思っていただければ。

思ったより長くなってしまいました。次回こそ後編です。

母親同士が友人なので、もうすっかり二人の仲はばれています。

それから私は人の洋服の描写は苦手です。

ちょっとダサい格好になっているかもしれない二人を許してください。

 

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