第1章 2

 

モルゲンレーテに顔を出し、来週以降のスケジュールを確認しアスランは大学へ向かった。

工学部の建物に入り、自分の所属する学科の事務室にまず顔をだした。

自分宛の郵便や回覧物が入っているボックスへ近寄った。

「あっ、ザラ講師」

と、その時、学科の助手に声をかけられた。

「今日の午後の授業の準備ですが、資料は学生のパソコンに送信済みです。」

アスランは振り返り助手に礼をいった。

「ああ。どうもありがとう。いつもメールでのお願いばかりですいません。」

「いえ。これが僕の仕事ですから。」

彼はアスランのボックスをみながら続けた。

「今週は月・火の午前中の授業にこられたから、あまり溜まってませんね。」

「ああ。そうみたいだ。」

じゃあ、と助手に挨拶をし、彼は自分に与えられている部屋へと向かった。

 

現在、アスランはオノゴロ大学の講師という立場なのだが、既に個室をもらっていた。

当初は他の学部の講師達と共同の部屋にいたのだが、

モルゲンレーテの要請で客員として招かれることがきまった時に大学側から学科の個室を提供されたのだ。

たとえ1講師とはいえ、モルゲンレーテから客員として請われるほどの人物には

大学として最大限の環境を用意するのが方針であった。

そして、彼はモルゲンレーテの研究終了後、いやそれ以前にあと1、2本論文を書けば

オノゴロ大学の助教授、教授という道が約束されているのだ。

 

アスランは机の前に座った。

途中で買ってきたサンドイッチをカバンから取り出し、ほうばりながら、パソコンのスイッチを入れた。

それから事務室からもってきた郵便物や回覧物の整理を始めた。

ピピピ・・・・

通信の呼び出し音がなった。

アスランは顔をあげパソコンのKEYをたたいた。

「ザラ講師、すいません。プラントから通信がはいってますが、どうされますか?」

画面に先ほどの助手が尋ねる。

「プラントから?」

「はい。」

「わかりました。つなげて下さい。」

アスランは通信相手を想像しながら答えた.。

画面が切り替わる。

「よっ!アスラン、元気か」

「ああ、ディアッカ。おかげさまで。」

アスランの予想通りの相手が画面に出てきた。

「金曜日の大学はきちんとやっているという話を聞いたからさ、こっちに連絡したんだ。」

「そうか。」

アスランはディアッカが誰に聞いたか想像してクスクスと笑った。

「あ、お前って嫌なやつだな。」

ディアッカの顔が赤くなっていった。

現在、ミリアリアはオノゴロ大学で助手の仕事をしている。

アスランのいる学科とは違うため、直接アスランはミリアリアと会うことはあまりない。

が、助手同士の情報でいろいろミリアリアはアスランの話を聞いているらしいのだ。

「いや、ごめん。それで何だ。」

「ああ。この間、お前から聞かれた金属のことだ。」

「あの件か」

「やっぱりプラントの方が割安に手に入りそうだぞ。資料を送るから見ていてくれ。」

「ああ、助かる。」

やっぱり無重力空間で作成される合金だったのかとアスランは思い当たった。

だからザフトがニュートロンジャマーを開発し、地球に打ち込んだのだ。

「もし、購入する予定とかあれば連絡してくれ、手配するから。」

「ありがとう。」

そこまでいってディアッカが声を落としていった。

「オーブもヘリオポリスがあれば、モルゲンレーテであの金属がもう少し手軽に生産できてたんだよな。」

「そうだな」

6年前、作戦とは言え自分達が壊してしまったヘリオポリスのことを思い出した。

しばらく二人は黙り込んでいた。

「でも、まあこのネタがヘリオポリス再建計画のはずみになるといいけどな。」

先にディアッカの方が口を開いた。

「そうだな。そうだといいな。」

「じゃあ、またな。休憩時間に悪かったな。」

「いや。こちらこそ。ありがとう。」

通信を切る間際にディアッカが思い出したように聞いてきた。

「あっ、そういえば、カガリちゃん来月くらいにこっちに来るという話をきいたけどさ。」

「えっ、そうなの?」

アスランは初耳だった。

「視察らしいのだが、知らないのか?」

「ああ、最近忙しくてそういう話まではできてないんだ。」

「そうか・・。それで、今思いついたんだけど」

「何?」

「いや、さっきの金属、カガリちゃんのプラント行きとスケジュールがあえば彼女に持って帰ってもらってもいいな。」

「えっ!」

「送料代は浮くぞ。でも私を宅配便にするな、とか怒りそうだが。」

アスランは思わず想像して笑った。

「ああ、でも、予算を確認して、連絡する。来週から試作品を作るんだ。」

「そうか。じゃあ連絡待ってるから。またな。」

 

アスランはディアッカとの通信を切った後、小さく溜息をついた。

カガリがプラントに行く話があるということは知らなかった。

もし行くとなると少なくとも1週間は家を留守にするだろう。

この2、3週間は帰りが遅く満足に話をしていないのは事実だ。

今日の朝のように朝食をとって、カガリの顔を見ながら週末の予定を確認したことすら久しぶりのことだった。

アスランもカガリのスケジュールを知らないわけじゃない。

忙しくなってからは毎月曜日にカガリから今後2週間の予定がメールで到着する。

また、「本日のスケジュール」も10時頃メールで送信されてくるのだ。

(アスランがモルゲンレーテの仕事をうける前、毎日朝カガリに今日のスケジュールを

 逐一確認するためカガリが自衛策をうったものではあるが。)

モルゲンレーテとの掛持ちはいつ終えればいいのだろうかとアスランはふと考えた。

大学の仕事だけであれば、もう少し時間に余裕ができる。

自分の研究の傍ら、カガリのために時間を割くことも可能だ。

そういえば、最近カガリから仕事の件で質問はされないけれども、誰に聞いているのだろう。

情報処理に関することであればキラに聞いているのかもしれない。

カガリのためと思い、モルゲンレーテの客員の件を引き受けたのに、

カガリとの時間が削られていくのは少し残念な結果だ。

アスランはふと午前中のエリカとの話を思い出した。

 

「実験がなんとか予定通り終了してよかったわね。」

「はい。当初はどうなることかと思いましたが」

アスランはエリカの研究室を訪ねて、報告をしていた。

「じゃあ予定通り、来月から試作品の製作に入るのね」

「はい。」

「それで、試作品が完成し、量産化のGOサインがもらえればプロジェクトは一段落ね。」

アスランはうなづいた。

「量産化の決定がでるまではこのプロジェクトに付き合ってもらえるかしら。」

「ええ。まあ。まだコストの面で問題が少しありますので。」

「そうなのよね。じゃあ,もう少しだけよろしくね。」

「はい。」

「それから、試作品を作るにあたり設計のプロを呼びました。」

「設計のですか?」

アスランは目を丸くして尋ねた。

「ええ。コストはなるだけ削減し、あと製品はなるだけコンパクトにしたいので。」

 

やっぱり設計者に引き継いでいったん大学に戻らせてくださいといえばよかったかもしれない。

アスランは少し後悔した。

が、確かにコストの点で問題があり今のままでは量産化は図れないのは事実である。

設計の件は来週から来る人にまかせて、もう少し早く帰れるように試みようと彼は思った。

なんでも自分だけでやろうとするところは改善しなければ、カガリに怒られるな。

「さて、授業に行くか・・・」

時計を見上げアスランは立ち上がった。

 

コンコン

開かれた入り口のドアを叩く音が聞こえ、キラは頭をそちらへ向けた。

「あれ?カガリ・・・どうしたの?」

入り口から覗き込んでいるカガリの姿を認め、キラは仕事をいったん中断しカガリのもとへ近づいた。

「あ・・・いや、その・・・大丈夫か?今。・・・時間あるか?」

「30分くらいなら。・・・・また質問なの?」

カガリが手にもっていたファイルを見つけてキラは少し溜息まじりにいった。

「う、うん。ごめん。その・・・無理ならいいんだ。」

カガリが上目遣いにすまなそうにいった。

そんな顔をされたら断れないんだよな、とキラは心の中で思いながら答えた。

「大丈夫だよ。ここではなんだからカフェテリアに行こう。いいよね。」

ぱぁーっとカガリの顔が明るくなった。

その顔にキラは苦笑しながら振り向いて同僚に

「ちょっと休憩してくるから」

と声をかけて廊下に出て行った。

いつものことだと同僚が笑っている姿が目に浮かんだ。

「たまにはもっと他の用事で会いたいんだけど」

廊下を並んで歩きながらキラはいった。

「本当、悪い。・・・でも明日は違うだろう。・・・それにラクスも来るし」

「うん、そうだね。」

ラクスのことをいわれキラはうれしそうに笑った。

今回初めてラクスを両親に会わせるのだ。

「けど、私たちも本当にいってもいいのか?」

「ああ。母さんもそうしてくれると助かるっていっているしさ。」

キラは笑って答えた。

まさか息子の彼女がプラントの歌姫ラクスとは思ってもみなかったので、初めて会う時に

4人だけでは自分達が緊張しそうだからといってアスランとカガリを誘って欲しいといわれたのだ。

「あっ、そうだ。明日夕食のメニューは何だと思う?」

「なんでそんなこと聞くの?」

「い、いや」

カガリが頬をうっすらと赤く染めながら続けた。

「今日は久しぶりに少し早く帰ってくるからって、あいつが言うから何か作ろうと思ってさ。」

最近自分の本来の仕事場よりもモルゲンレーテの研究室にいる親友の姿をキラは思い浮かべた。

「でも明日のメニューと重なったりすると、その・・・お母さんに悪いだろ。だから。」

ああそうかとキラも思いあたった。確かにここ2、3日母親は明日の夕食のことばかり気にしている。

「ロールキャベツって明日出てくるかな。」

キラは考え込んだ。

「うーん。はっきり聞いたわけじゃないけどさ。この間、君達が二人で家にきてくれたときには作ってないだろう。」

カガリもそのときのことを思い出した。確かになかった。

「だからロールキャベツを作るかもしれない。ラクスも食べたことがないから。」

「そっか。じゃあ今日はやめといた方がいいな。」

じゃあ何を作ろうかな・・・とカガリは独り言を呟いた.。

「そういえば、カガリは今日休みなの?」

キラが思い出したように尋ねた。

「そうだ。明日公務があるし、来週は月初めだから今日は休むことにしたんだ」

「ふーん。それで勉強か。」

「茶化すなよ。来週からの会議の下準備なんだ。」

二人はカフェテリアに到着し、コーヒーを頼み庭がよく見える場所に座った。

「それで、聞きたいことは何?」

カガリはファイルを開いて、付箋がついている場所をキラに指した。

「えっと、まずはここ。これなんだけど、この方法しかないのか?」

「ああ・・・・これね。確かにもう一つやり方はあるよ。けれど・・・・・」

 

カガリの今の仕事柄、回ってくる書面や出席する会議の中で技術用語などが頻繁に登場する。

カガリは細かい技術的な部分を専門家にお任せきりというのは落ち着かないらしく、

少なくとも概要くらいは理解したいという気持ちをもっている。

そこで、書面や会議などで疑問に思ったことは有識者に質問をするようにしている。

そして基本的にはその質問をうける役目はアスランが担っていた。

しかしアスランがモルゲンレーテの仕事を掛け持ちしてからはそれが困難になってきた。

カガリが帰りの遅いアスランに聞くのを遠慮していることが原因なのだが。

そこで、カガリはキラやエリカなど近しい人をつかまえてはいろいろ質問をするようになってきた。

とはいえ、彼らもカガリのために時間が割けるのは限度があるのも事実だった。

カガリは少し仕事を進めていくのに不都合を感じはじめていた。

 

「ごめん、カガリ。こことあとこっちの資料は僕の専門外だからわかんないや。」

キラがすまなさそうにいった。

「いや、大丈夫。そんな気がしていたから、キラに聞くつもりはなかったんだ。」

ほら、付箋の色が違うだろう・・・とカガリが笑いながらいった。

「ここはアスランに聞いてよ。あとエリカさんでも大丈夫かな。」

「ああ、エリカなら今日は忙しいって言われたから聞けなかったんだ。しょうがないさ」

ちょっと残念そうにカガリが言った。

あの人だったら断ること出来るな・・・なんてキラは思った。

「まあ今週末アスランはちょっとあいているって言ってたから、アスランに聞くよ。

 キラ、忙しいのにありがとう。」

カガリが少しはにかみながら礼をいった。

そんな様子をみてキラはつい忠告をしてしまった。

「あのさ、カガリ、やっぱり技術補佐の事務官をつけたほうがいいんじゃないか?」

「えっ」

カガリが驚いた顔で見つめてきた。

キラはカガリがかたくなに技術補佐の事務官を断っていて、アスランを頼りにしていることは知っていた。

が、今はアスランにはカガリに割ける時間がないのも事実だ。

このままではカガリが回らなくなってしまう、とキラはそう考えた。

「ずっとじゃなくて、アスランがモルゲンレーテの仕事をしている期間に限定だけだけどさ。」

「うーん。」

「僕もいつまでも教えてあげられるかわからないし。ほらヘリオポリスの件で宇宙に上がるかもしれないでしょう。」

「まあ、それもそうなんだよな。」

カガリが溜息まじりにこたえた。

 

「あら、キサカ殿、珍しいですね。そちらから通信なんて。」

エリカがからかい気味に答えた。

画面の向こうでキサカが苦い顔をしていた。

「カガリがおじゃましていると思うのだが。」

「ええ。先ほど手にファイルを抱えてお見えになりましたよ。」

その様子を思い出しエリカはクスクスと笑った。

「私はちょっと時間がなくて、断ってしまいましたが、今頃キラ君に質問攻撃をしているのじゃないかしら。」

「一応今日は休暇をとられているのだが。」

「そうともおしゃってましたわ。」

「そのエリカ・・・・」

「はい。」

キサカがためらいがちに話を続けた。

「アスランはいつまでモルゲンレーテの客員をする予定なのか?」

「え?」

「いや、その・・・、彼はいつまで忙しいのか」

「そうですわね。量産化の決定がでるまではいてもらいたいので、あと2、3ヶ月は少なくとも忙しいかもしれませんね。」

「そうか。」

キサカが考え込んだ。

「何か?彼の件で。」

「いや。・・・・エリカ、頼みがあるんだが。」

「はい。」

「カガリの技術補佐の事務官候補を探してくれないか。」

「それって。」

エリカが驚いた顔をしていった。

「エリカ、君も知っているだろうが、今まではアスランがカガリの技術補佐をやってきてくれた。」

「ええ。」

「けれども、最近彼は忙しくて、技術補佐ができてないようだ」

「まあ、確かに。」

カガリが最近自分に質問を持って会いに来ることからも想像ができる。

「カガリが、技術補佐をほしいといっているわけではない。」

いったんキサカは言葉を切った。

「が、あと2、3ヶ月もアスランが今の状態だとカガリが音を上げるのも時間の問題かもしれん。」

エリカもまたキサカがいっていることは想像できた。

「すまないが、何人か候補をあげてくれないか。」

 

(2004.8.1)

 

あとがき

久しぶりの更新です。昼間の二人の様子をただ淡々に書いてしまったような気もしますが。

今後オリジナルキャラが二人登場する予定です。設計のプロと事務官です。

次回はラブラブな週末ということで。。。嵐の前にちょっといい思いをしてもらおうかと思ってます。

 

Back/Next

 

目次へ戻る