第1章 1
二人が暮らし始めてから半年が過ぎた。
「23時か」
カガリは時計をみて呟いた。今日も遅いのだろう。かれこれこれで3週間だ。
実験がようやく軌道にのって『なんとか予定通りに来月から試作品が作れそうだ』と先週彼が言っていたことを思い出した。
「しょうがない、寝るとするか」
カガリはソファから立ち上がってキッチンにむかった。
小さな鍋に水を入れ、冷蔵庫から卵を取り出しそこへいれ、火にかけた。
そしてダイニングに戻って、テーブルのセッティングを片付け始めた。
皿や椀、ナイフやフォークを棚にしまい、一つため息をつきキッチンへと戻った。
レンジの火をとめ、卵をとりだし、冷蔵庫からハムや野菜をとりだし、カウンターの上にのっているパンに手を伸ばした。
そして手際よくサンドイッチを作っていった。
「食べるかな?食べてくれる時間に帰ってこれるといいな。」
そう呟いてカガリはサンドイッチとメモをテーブルの上に置いて寝室へ向かった。
そういえば、『試作品を作り始めたらすこしは落ち着くかもしれない』と先週いってたことも思い出したが、
本当にそうなるのだろうか・・・・と彼のプロジェクトのスケジュールを思い浮かべ
はあ・・・とため息をついてしまった。
土曜日には公務があるので明日休暇を取るカガリは彼が帰ってくるまで起きてることも出来なくもなかったが、
彼に余計な心配をかけたくないので寝ることにした。
現在カガリはホムラ代表の補佐をしながら、「ヘリオポリス再建計画」と「新ニュートロンジャマー開発」という
2つの政府プロジェクトの責任者として日夜働いている。
「ヘリオポリス再建計画」は現在第3期建設計画の策定段階だ。
もうすでに第1期の外壁など外骨格の建設は終了しており、現在は第2期工事の真っ最中だ。
内部の陸地や人工の海などが作られはじめている。
先の戦争の補償ということで、プラントからの資材や技術者の提供もあり当初の予想よりも早い。
第3期工事で、モルゲンレーテの工場の建設やそれに伴う住宅の整備が行なわれる予定だ。
モルゲンレーテの工場が完成すればそこで働く人々の移住が始まり、本格的なヘリオポリスの運営が始まるはずだ。
が、そのためには多額の資金が要る。カガリは第3期工事のための資金集めに奔走している。
そしてその資金集めの鍵となっているのが「新ニュートロンジャマーの開発」であり、
そのプロジェクト推進のためアスランが大学からモルゲンレーテに招聘された。
「0時45分か」
アスランが時計を見て呟いた。
リビングのテーブルに置かれているサンドイッチをみつけ口にほうばり、メモを見て、思わずふきだした。
−たまにはスケジュール遅延でもいいんだぞ!
確かに今回ばっかりは、スケジュール遅延の月次報告を書かないといけないかと覚悟していたのだ。
が、ある金属の存在を知り、カガリに無理をいってモルゲンレーテでも希少なその金属の使用を許可をもらい実験したところ
予想以上によい結果が得られて、一気に研究をすすめてしまったのだ。
アスランは大学に講師として籍を置きながら、モルゲンレーテの客員研究員となり「新ニュートロンジャマー開発」のプロジェクトに参加している。
モルゲンレーテのリーダーはエリカ・シモンズなのだが、実質はアスランがプロジェクトの中核をになっていた。
彼はオーブにおりてきてしばらくはカガリと一緒に帝王学を学んでいたが、途中からホムラの補佐をしながら大学へと通い始めた。
そして、パトリック・ザラの息子ではなく、アスラン・ザラとして世間に認められるために研究者としての道を選んだ。
大学を2年で終了した時、彼は今後の自分の進む道でなやんでた。
『政治の道にはそんなに急いで入らなくてもいいのでは』とそのときキサカが彼に助言をした。
『同じ土俵にいなくてもカガリを支えることは出来る、むしろ政治には介入しない方が周りは安心すると思う。』とも。
そして、彼はちょっと寂しそうにアスランにつづけた。
『悲しいことにまだ君を君としてみてくれる人が少ないのだ。このオーブでも。』
そして・・・カガリも
「まあ、私もお前と一緒に仕事が出来るのなら、それにこしたことがないが」
といいながらも
「あのさ、アスラン。お父様も昔はモルゲンレーテで開発してたんだって。」
「お前もさあ、政治家より機械いじったりしてる方がすきなんだよな。」
「それにお前はお前だろう。どんな道を選ぼうと私の気持ちはかわらないさ」
と彼に伝え励ましたので、大学院へ進むことにしたのだ。
そうだな、研究者としても彼女の力にはなれるようだ。
今、自分の研究が彼女の仕事に役立っているわけだし、もう一つのプロジェクトの成功の鍵となるはずだ。
「さて寝るか」
まあ今月はあと月次報告を書くだけだから、今週末はすこしカガリとゆっくり過ごすことにしようと
アスランはもう一度メモを見てつぶやいていた。
ピピ・・・・
目覚ましの音が聞こえてカガリは目を覚ました。
ううん・・・ともう一度寝ようとしたが、背中に重みを感じてあわてて手をのばし目覚ましを止めた。
「7時か」
肩越しに彼女の目に濃紺の髪が飛び込んでくる。
アスランが彼女を後ろから抱きかかえるようにしていて、身体をあずけ寝ていた。
「まったく・・・」
その声は少し嬉しそうだ。カガリは彼を起こさないようにそっと腕の中からぬけだした。
うーんといってアスランが体の向きをかけた。
カガリは一瞬起こしたのかと思い焦ったが、彼はそのまま寝ていた。
そんな様子のアスランをみて彼女はホッとし、クスリと笑ったあと呟いた。
「今日は30分コースかな・・シャワーに行こうっと」
ベットをぬけだして浴室へ向かう途中にカガリはリビングのテーブルのサンドイッチがなくなっているに気づいた。
「あっ、食べている」
少し顔が喜びで綻ぶのを自分で感じた。
ということはシャワーを浴びた後1度起こしにいってみよう、今日は少し早く起きるかもしれない。
アスランは遅い時間に帰宅すると、そのまますぐ寝てしまい、次の日の朝もギリギリに起きあまり食べずに出かける。
その上、そういう時は夕食もあまりきちんと取ってなかったりすることをカガリは一緒に暮らすようになって知った。
そこでカガリは彼が遅い時に軽食を作るようになった。
「せっかく作ってくれてもあまり遅く帰ったときはたべれないんだ、だから・・・」
とアスランは遠慮した、が彼女は譲らなかった。
「食べられるのであれば、食べる。遅く帰ってきて食べたくなければ残せばいいんだ。」
そしてニッコリとカガリが言った
「だめだというなら、お前が帰ってくるまで寝ないで待っているよ」
の一言に彼は負けてしまたのだ。
けれども最近は1時前までに帰宅すると軽食を食べるようになっていた。
シャワーを浴びたカガリは寝室へ行きアスランをのぞいた。
よく寝ている・・・うーん7時半か・・起きるかな
ここでおきれば1時間コースだ・・少し話ができるんだよな・・・
うん、おこしてみよう!
カガリはベッドに近づき、アスランへ顔を近づけ声をかけた。
「アスラン、起きろ!朝だぞ」
ううん・・彼はその声から逃れるように体の向きをかえた。起きる気配はなさそうだ。
やっぱり30分コースかな・・・でももう1回だけ。
カガリはアスランの頬に手をそえ自分のほうに顔を向けもう一度声をかけた。
「アスラン、7時半だ。起きろ。朝ご飯食べるよな?アスラン?」
アスランは頬に何か暖かいものが触れているのを感じ、まだ襲いよせてくる睡魔に逆らい目をあけた。
「あっ。起きたな」
目の前のカガリがニッコリと笑った。アスランは自分の頬に添えてあった彼女の手を取って握った。
「何時?」
アスランの行動に少し頬を染めながらカガリは彼に言った。
「えっと7時半。シャワー?ご飯?それとも・・もう少し寝る?」
「シャワー」
彼は身体をおこしながら答えた。そして、彼女を自分に引き寄せて抱きしめた。
「おはよう。カガリ」
「おはよう、アスラン。さあ・・シャワーだ。えっと私はリビングで待っているから」
と彼女は身体を離しキッチンへ向かっていった。
「えっ、カガリ・・」
キスしたかったのに・・・アスランは少しがっかりした。
が、まあ今日は少し早いからいいかと気を取りなおしシャワーへ向かった。
「今日も遅いのか?」
コーヒーをアスランの前におきながら尋ねた。彼の前にはトーストとスクランブルエッグとソーセージ、サラダがならんでいた。
「うん。いや・・」
アスランはトーストを口に運びかけていた手をとめ、ちょっと考えた後で
「カガリは今日はどうなんだ?遅いのか?」
と逆にきいてきた。
「私か?」
自分に問いかけがまわってきたのでカガリは少し驚いた声をだしたが
「私は今日は休みだ。夜の公務もめずらしくないんだ。私はお前と違って来週の方が忙しいからさ」
カガリの月初めは忙しい。彼女のところにプロジェクトの各部門からの報告がいっせいにあがってくるからだ。
「お前は月次報告をエリカにあげたか?」
カガリがイタズラっぽい顔できいてきた。
「いや、これからだ。で、明日は?」
「明日か?明日は昼は公務だ。ほらラクスのチャリティコンサートがある。」
「ああ・・」
アスランは思い出した。
「夜はキラのうちでお前も食事だぞ。覚えてるよな?」
「思い出した。ということは、カガリは日曜休みだったっけ?」
「そうだ。」
アスランは止めていた手をうごかしトーストを食べはじめた。が、何か考えているようだった。
カガリは自分も食事をとることにきめてキッチンの方へ向かった。
朝からゆっくりアスランと話をしたのは久しぶりだったので彼女はすこぶる機嫌が良かった。
自分の分のスクランブルエッグを手にテーブルに戻った時にアスランが話はじめた。
「明日は悪いんだけど、昼モルゲンレーテに行って報告書を作りたいんだ。だからキラのうちには直接行くつもりだけどいい?」
カガリはパンをほうばりながら頷いた。
「その代わりといってはなんだけど、今日は大学から直接帰ってくる。モルゲンレーテは午前中できりあげるよ。」
「そうか!?」
カガリの顔が喜びでパーっと輝いた。
「だから少しは早く帰れると思うから家で待ってて。」
「うん」
「それから、日曜日はゆっくり買い物でも行こうか?」
「うん!アスラーン!」
とカガりが立ち上がり、抱きついてきた。
「ありがとう!」
アスランは手にもっていたトーストを皿においてカガリの背中に手をまわした。
二人はどちらともなく顔を近づけて唇を重ねた。
(2004.6.6)
(2005.1.15 挿絵を追加)
素敵な挿絵をAstraiaの徳司千尋さまからいただきました。
ありがとうございました。