アスランはカガリの部屋の扉を開けた。
正面に勉強机が目に入った。
その横にベッドがあり、側に折りたたみのテーブルがあった。
乱雑に置かれているノートがアスランの目に入った。
カガリは昨日もここでキラと一緒に勉強していたのだと彼は悟った。
そこに、キラが手に教科書とノートを抱えて入ってきた。
「今日は、ごめん、アスラン。昨日、古文をやってみたけど、やっぱりわからなくて・・・。」
キラはアスランの横を通り抜け、いつもの位置・・・扉の近くに座りながら言った。
「カガリに聞いたら、アスランにヤマを張ってもらったところだけ教えるよっていわれちゃってさ。」
「そうなのか。」
珍しいな、とアスランは首を傾げた。
カガリはどちらかといえば教えたがりだ。
今度の古文の試験範囲はそう広くはない。
カガリが教えられない範囲じゃないと思うのだが・・・。
「それに夏休みのことも相談したかったから、ちょうどいいなと思って。」
キラが唐突に話題を切り替えたので、アスランは眉を顰めながら尋ねた。
「夏休みって?」
アスランも座ったキラの横を通り抜け、ベッドを背にテーブルの前に座った。
そこが彼の定位置だ。
「うん、夏の計画だよ。
もし、よかったら今年はアスランの家の別荘にみんなで遊びに行きたいな、って
昨日カガリとここで話題になったんだ。
去年は結局遊びにいけなかったし・・・。」
「みんなで遊びって・・・。」
この二人が考えるみんな・・・というのは何処まで指すのだろうか。
アスランはキラの顔をじっと見つめながら計りあぐねた。
確か、高校1年のときも同じことを言って・・・結局、別荘に泊まったのはキラとカガリだけだったが・・・・
高校が別になった中学の友人たちと別荘の近くをハイキングしたことがあった。
「まあ、みんなと言っても僕達とラクスだよ。いいでしょう?」
僕達とラクス・・・って。
キラの口から発せられる言葉にアスランは困惑した。
彼の脳裏にキラの恋人のラクスの顔が浮かんだ。
彼女とカガリは仲が良い。
一度だけだが4人で出かけたこともある。
その時は、途中からそれぞれのカップルにわかれて行動することになった。
そう考えると、いい組み合わせだが。
アスランは気になっていることをキラに尋ねた。
そうずっと気になっていたことだ。
「でも・・・俺達、高校3年で受験生じゃないか。夏期講習とか行かなくていいのか?」
すると、アスランの予想通り、キラはえっと驚いた表情をみせた。
やっぱり・・・と思いつつ、その顔はカガリを思わせ、二人が双子だとアスランはいつものように感じた。
アスランはわざと大きくため息をつこうとした。
が、受験生という言葉で何か思い出したのか、キラが堰をきったように続けたので、できなかった。
「受験生っていうか・・・。
実は受験生だから、ラクスの今年の夏のコンサートは短くスケジュールが組まれているらしいんだ。
だから、いつもと違って長い休みが取れるからどこか遊びに行きたいなと思っていて・・・。
そのことをカガリに話したら、私も一緒に出かけてみたいという話になったんだよ。
でも、ほら高校生だし遠出できるところも限られているし。
・・・ほら、資金とか・・・。
それでアスランの家の別荘ってことになって。」
アスランの眉間に少し皺がよってきた。
が、気がつかないのかキラが無邪気に続けた。
「ラクスの家の別荘という話も出てきたけど、アスランが居心地悪いかもしれないし、ね。
あっ、もしかしたら、ラクスは自分の別荘に泊まるかもしれないけど・・・・。」
「おい!」
「それに受験生だけど、勉強ばっかりじゃ・・・ってことにもなってさ。」
アスランの声のトーンに、ようやく彼の表情に気がついたキラが弁解するように続けた。
「学校の夏期講習はもちろん行くつもりだよ。」
じろり、とアスランはキラを見た。
「アスランだって、カガリと出かけたいでしょう?」
僕も一緒だったら、泊りがけで出かけられるよ・・・と、キラはニコニコと笑った。
「キラ、お前って・・・。」
アスランは脱力したように、ベッドに寄りかかった。
それで今日、俺を家へ呼んだわけか・・・。
古文のヤマよりそっちの方が大事なのだろうな・・・とアスランはぼんやり思った。
きっと昨日もその話に夢中になって、何も二人は勉強していないだろう。
今度こそアスランは大きくため息をつこうとした・・・が、できなかった。
「あれ、まだ、勉強始めていないのか?」
トレイの上に冷たい飲み物をのせてカガリが部屋に入ってきた。
彼女はテーブルの上の様子を見て言った。
トレイの上のアイスコーヒーはアスラン、オレンジジュースはカガリとキラのだ。
「だって、勉強を始める前にアスランと相談をしようと思って。」
弁解するように、キラはカガリを見上げながら言った。
相談って何だ・・・と、首を傾げながら、カガリは二人の間からテーブルにトレイの上のそれらを置いた。
「だから昨日の・・・夏休みの話。」
もう・・・と、カガリの今一つの反応にキラが不満そうに言った。
すると、思い出したのか、あっ、とカガリは口を小さく開いてアスランの方を見た。
「アスランはあまり乗り気じゃないみたいなのだけど・・・。」
キラが頬を膨らませた。
「ふーん。」
カガリは自分の勉強机の上にトレイを置いた。
それから、アスランの隣・・・といってもベッドに腰をかけ、上からの覗きこむように尋ねた。
「だめなのか?」
「え・・・っと。」
彼女の口調と、胸元の白い肌にアスランはドキリとして上手く言葉にならなかった。
「そうだよな。」
ちょっとがっかりした声で、カガリはそのまま後ろに倒れた。
「カガリもアスランと出かけたいだろう?」
それはそうだけど・・・と、キラの言葉にカガリはぼんやり思った。
が、アスランの困惑している様子に彼女はそれ以上のことはいえなかった。
「アスランは嫌なの?」
相変わらず自分の思うようにカガリが反応してくれないので、キラはアスランに向かって言った。
「いや・・・そんなことはないが・・・。」
ベッドに横になってしまったカガリを気にしていたアスランが頬を少し染めながらキラの方を向いていった。
「けど・・・別荘のことは俺だけじゃ、決められないし。」
「だから、おばさんに確認してよ、ね。」
キラがアスランに念を押すように言った。
が、アスランは相変わらず行くという明言をさけていた。
「でも、母さんに聞いたからといって・・・行けると決まったわけじゃないだろう。」
「まあ、でも・・・大丈夫だよ。」
「けど・・・」
去年までとは違うだろう・・・という言葉を飲み込んでアスランはちらりとカガリの方を見た。
去年はまだ二人は幼馴染の仲だった。
が、今は、恋人同士だ。
その・・・泊まるなんて、いいのだろうか。
「大丈夫だって・・・、あっラクスの休みの日が決まったら教えるから。」
キラはアスランの困惑をよそにいろいろと彼に尋ね始めた。
この話は、このままでは、いつまでたっても終わらない・・・とカガリは感じた。
彼女は体を起こしながら、キラに向かって言った。
「アスランがおばさんに確認するまではもう進展がないだろう。
だ、か、ら、この話は終わり。とにかく、勉強を始めようよ。」
カガリはそういって立ち上がり、ごめん・・・とアスランの後ろを通り、キラの前に座った。
それから、さっさと彼女は数学の教科書を広げた。
アスランもホッとして、カバンから古文の教科書を取り出した。
結局、カガリはアスランの味方なんだよな・・・。
キラだけ納得のいかない顔をしながら、仕方なく古文の教科書を開いた。
彼はアスランにどこが出題されそうか尋ね始めた。
「あれ・・・お前らの試験範囲ってそこなの?」
すると、カガリが自分の前に座っているキラと横のアスランの顔を交互に見ながら言った
「そうだけど、どうして?違うの?」
きょとんとした顔でキラはカガリに尋ねた。
「昨日聞いてなかったのか?」
アスランも尋ねた。
聞いたからこそ、俺にヤマをはってほしいっていうことだと思っていたのだ。
「だって、昨日はこのへんとしか、キラは言わなかったから。」
それに昨日は途中から夏休みの話で盛り上がってしまったし・・・。
確かに古文の授業時間は文系の自分の方が多い。
「理系クラスと違うのか・・・。でも、そうか・・・。
そうしたら私の中間テストの問題は参考になるか?」
いいアイディアが思いついたように目を輝かせて、カガリがキラの方に身を乗り出して言った。
「そうだね。」
キラの言葉にカガリは立ち上がり、よいしょ、とアスランの後ろのベッドの上をのそのそと通って机の方へと向かった。
「まったく同じ問題がでるわけじゃないだろう。」
アスランは、引き出しを開けテストを探しているカガリに向かって言った。
「そうか?」
彼女は空返事をして、探す手を止めることはなかった。
「あっ、でも逆にそこは出ないってことかも・・・。」
「キラ」
アスランは呆れた声でキラを窘めた。
そこへ、あった・・・という小さい声が聞こえて、カガリがまたのそのそとベッドの上を横切り自分の場所へと戻った。
アスランはカガリの脚が自分の頭に当たりそうになり、体をよけた。
彼女の白い太ももに彼はドキリとした。
「はい、これ。」
カガリはテーブルの前に座り込み、キラにテストの問題と答案を渡した。
「95点・・・って、カガリ、アスランに教えてもらってなくてもこの点数なの?」
「古文はわりといいんだ。」
キラの言葉に、カガリがエヘンとばかりに得意そうに言った。
だから見せたということもある。
「英語もそうだよね。」
アスランが言った。
「うん、まあそうだけど。」
ちらりとアスランを見て、頬をうっすらと染めながら続けた。
「でも、英語はわからないところは教えてもらっているよ。」
「少しだろう。」
アスランが優しい声色で言った。
そうかな・・・とカガリが照れくさそうに首をすくめた。
ちょっとあてられたような感じになったキラは少しおもしろくなかった。
すると、なんとなく彼のその気分を感じたカガリがフォローするように口を開いた。
「あれ、けどキラだって数学はアスランに聞かなくてもいい点数じゃないか。
それと一緒だよ。」
そうだよな、カガリはアスランの方を見てにこりと笑った。
アスランも優しく微笑み返した。
「まあ、そうだけど・・・。」
相変わらず、仲がいいよな・・・とキラは感じた。
「じゃあ、早くヤマをはってもらえよ。
あっ、でもその範囲なら、教えてやるよ。一緒の試験範囲だと思っていたから。」
いつまでも勉強を始めないキラに業をにやして、カガリは言った。
「いいよ。アスランにヤマをはってもらうよ。覚えるところは少ないほうがいいし。」
「キラ・・・。」
二人の会話を黙って聞いていたアスランが呆れた口調で言った。
2時間ほど勉強をした後、3人は夕食を取った。
それから、また、アスランとカガリは勉強を続けた。
キラはというと、用件がすんだのか自分の部屋へと戻った。
白いうなじにどきりとした。
「カガリ・・・。」
アスランが甘い声を出して彼女を引き寄せた。
それは無意識の行動だった。
「えっ・・・。」
近づいてくる彼の顔に気がついたカガリは目を閉じた。
(2007.5.12)
更新までにかなり時間がかってしまった。すいません。
次は間をあけないようにしよう。
今回は夏休みに出かけるということを話題に出さないと・・・と思って
キラに登場してもらいました。
が、しかし、そのせいかなかなか筆がすすまなくなってしまって・・・。
あと、高校生で泊りがけの旅行を親公認というのはいいのかな・・・・とか思ったりしました。
次はちょっとらぶいかもしれません。