次の日、庭に作られたブランコに乗っていたニコルが

少し離れた場所で、洗濯物を干していたカガリとマーナの側に走ってきた。

「かーさま!」

彼は空を指差して言った。

「とーさま、きたよ。」

遠くからプロペラの音がわずかながらカガリの耳にも入ってきた。

 

カガリは別荘の建物から少し離れたところにあるヘリポートへ

小さなニコルの手をひいて歩いて向かった。

「そんなに急がなくても大丈夫だ。」

彼女の手を引っ張って駆け出しそうなニコルを宥めながらカガリが言った。

「歩いていったら、丁度着いているよ。」

「でも・・・」

「今、私は走れないから・・・な。」

ぶーと口を尖らしたニコルの顔を見てカガリは苦笑いをしながら続けた。

その顔や行動が、小さな頃のカガリ様そっくりとマーナに言われるからだ。

濃紺の髪に緑の瞳・・・アスランにそっくりな容姿なのに・・・。

だが、大きなお腹をなぜながら話すカガリに気がついたのか

ごめんなさい・・・と小さな声でニコルは答えた。

 

窓からだんだん大きくなっていく二人を見つめながら、アスランはヘリコプターを着陸させた。

「とーさま!」

アスランが地面に降り立ち一歩踏み出した時、ニコルが彼に向かって走ってきた。

カガリがもう安全だと判断して、手を離したからだ。

アスランは膝をおり、駆けてくるニコルと同じ視線になり、彼を抱きしめた。

「ニコル!元気だったか?」

「はい。」

アスランはニコルを抱き上げ、カガリの元に向かいながら話しかけた。

「あのね・・・とーさまのブランコにのって、まっていたの。」

庭の大きな木の枝に作られたブランコはアスランがニコルのために作ったものだ。

アスランは満足そうに頷いて答えた。

「そうか。・・・でもカガリ・・・お母様には無理をさせてはいけないよ。」

ニコルはうん・・・と頷いた。

それから、なにか思いついたのか、はにかんだ顔でアスランの方を見上げた。

その顔は自分に何かお願いをするときの顔だった。

「どうした?」

アスランは、彼が話しやすいように声をかけた。

「とーさま・・・あのね・・・えっと・・・うみにいきたいの。とーさまといっしょに。」

そう言ってニコルはアスランにお願いを始めた。

アスランはその様子を優しく見つめた。

「そうか。じゃあカガリ・・・お母様にあとで聞いてみよう。」

ニコルは弾けるような笑顔をアスランに向けた。

彼は息子のその表情がとても好きだった。

「ありがとう。」

ちょうどその時カガリの側にアスランとニコルは辿りついた。

アスランは眩しそうにカガリを見つめた。

彼女もはにかみながら声をかけた。

「お帰り、操縦、お疲れ様。」

「ああ・・・ただいま。」

ここは別荘だが、今はカガリが子供を産むために長期滞在をしている。

アスランにとってはカガリと息子ニコルのいるこの別荘が今は自宅だと思っていた。

彼は彼女の「お帰り」という言葉に心が和んだ。

彼女もきっと同じ気持ちなのだと感じ、嬉しかった。

アスランは、ちょっと待っていてとニコルに声をかけ、彼を地面に降ろした。

ニコルは、きょとんとしてアスランのズボンを握った。

アスランは、そっとカガリを引き寄せ唇を重ねた。

「体調は大丈夫か?」

彼は何事もなかったような顔をして、またニコルを抱き上げた。

カガリはアスランの顔を睨みながら言った。

「お前・・・ニコルの前で・・・」

「かーさま、かお、あかい。」

抱き上げられて二人の視線と同じ高さになったニコルが首を傾げながら言った。

カガリは恥ずかしさのあまりさらに顔を赤くした。

アスランはその様子をちらりとみつめ、内心可愛く思いながら、ニコルに向かって答えた。

「本当だな、どうしたのかな?」

ニコルはうーんと考えていた。

アスランはカガリに優しく微笑みかけ、手を差し出した。

カガリはちょっと拗ねたような顔をしながら、その手をとった。

 

久しぶりに食べる3人での食事にニコルは上機嫌だった。

「今日はお父様と一緒だから・・・シロップをかけないと・・・」

パンケーキにフォークを突き刺して、口に持っていこうとするニコルにカガリが言った。

ニコルはおなかがよほどすいていたのか、カガリの言葉も聞かずにぱくりとそれを口にくわえた。

いつもより甘さが抑えてあるパンケーキに、ちょっと顔がゆがんだ。

アスランがテーブルの中央に置かれているパンケーキを自分の皿に移しながら、ニコルの様子に目を細めた。

カガリと二人きりの時はきっと甘いパンケーキなのだろう。

クスクスと笑いながら、カガリはニコルの手を優しく掴んで、フォークに残っているパンケーキを皿の上にもう一度おいた。

「ほら・・・。メイプルシロップをかけて・・・。」

カガリがニコルの皿のパンケーキにシロップをかけた。

「ほら大丈夫だ。」

ニコルはじっとパンケーキを見つめた後、顔をあげ、カガリの方を見た。

「美味しいぞ!」

彼はえいともう一度パンケーキにフォークをさし口へ運んだ。

シロップの甘さが口の中で広がった。

「おいしー」

ニコルは幼い手つきで食事をすすめていた。

カガリが時折、トマトなど野菜を食べるように促していた。

アスランは食べる手を止め二人の様子を眺めていた。

すっかりリラックスをして、穏やかな表情を見せるカガリに彼は安心をした。

 

食後のコーヒーがアスランの前に置かれた。

カガリは食事がほぼ終わったニコルの頬を拭いていた。

「カガリ、午後ニコルと海に行ってもいいか?」

アスランが、尋ねた。

カガリは彼の方をちらりと見た後、またニコルの方に視線を戻した。

彼はもじもじと恥ずかしそうにうつむいた。

どうもおねだりをしたようだと感じたカガリはクスリと笑った。

「いいよ。私一人では連れて行けないから。」

そういった後、カガリはパンケーキを口に放り込んだ。

パーッとニコルの顔が輝き、アスランの方を見た。

そして口を開きかけた時、カガリの声がニコルの耳に入った。

「でも、昼寝をしてからだ。」

「え・・・。」

ニコルが不満そうに口を膨らませた。

彼は食事がすんだらすぐにでもアスランと遊びたいと思っていたのだ。

そういう仕草は彼女にそっくりだと思いアスランは笑った。

ニコルはどちらかというと物わかりもよく、聡いので自分に似ていると皆が口にする。

だが、今回のように感情を露わにする姿を見るたび、ニコルは彼女の方に似ているのではと感じたりしてしまう。

「カガリ、でも・・・」

アスランはニコルを援護するために口を開きかけた。

「だめだ。昼寝が先だ。」

カガリがじろりとアスランを睨みつけ、ニコルに向かって言った。

「でーもー」

椅子をおりたニコルがカガリの側に近づいて、彼女の袖を引っ張りながら不満をぶつけた。

「いきたーい。」

「夜、アスラン・・・お父様と一緒にお風呂に入りたいなら、昼寝をしなさい。」

口をへの字にしてニコルはうーんと唸った。

そして彼は訴えるようにアスランの方を見た。

その様子を見たカガリが先手をうった。

「日差しが強いから・・・昼寝をして起きたころが丁度いい。」

アスランは苦笑した。

ここでニコルを援護したら、カガリが怒るだろう。

おなかの子供にもよくない。

ちょっと思案したあと、ニコルに向かって声をかけた。

「ニコル、俺と一緒に昼寝をしようか?」

ニコルが複雑な表情をした。

助け舟を出してくれると思ったアスランから、昼寝のことを持ち出されたからだ。

だが、アスランとの昼寝もまた彼にとっては魅力的なことだった。

「ヘリを運転してきたから、ちょっと疲れているんだ。いいかな?」

ニコルはしばらく俯いて考えたあと、小さく頷いた。

 

昼寝から起きた二人をむかえたのはカガリの笑顔と手作りのお菓子だった。

寝る前に不機嫌だったニコルもすっかり直ったようだった。

二人は海へ向かった。

ニコルは砂浜に落ちている貝を拾いアスランに見せた。

彼はアスランと砂遊びをしながら、色々話した。

二人きりですごす時間(とき)は少ない。

アスハの屋敷ではいつも誰かしら側にいる。

アスランはニコルの話に耳を傾けていた。

ニコルは裸足になり砂浜を走り回っていた。

どのくらい時間がたったのだろう。

空が赤く染まってきた。

日が暮れる。

「うちへかえろう、ニコル。カガリ・・・お母様が待っている。」

アスランはニコルの手を握って、砂浜を歩き始めた。

「楽しかったか?」

「はい!」

「そうか。また、こような。」

ニコルがアスランを見上げた。

キラキラと輝いているニコルの瞳を見つめ、アスランは優しく微笑んだ。

「ほんとう!」

「ああ・・・」

こんな風に穏やかに自分の子供と過ごせる日々がくるなんて

モビルスーツに乗り戦場を駆けていた時には想像もつかなかった。

視線の先に自分達に手を振っているカガリの姿が目に入った。

「あっ!お母様だ。」

ニコルは母親に向かって駆け出した。

 

アスランが寝室に入るとカガリがベッドから身を起こした。

彼は、急な通信が入ってきて、しばらく書斎で仕事をしていた。

その傍らにはニコルが眠っていた。

「お前が来るまで待っていると頑張っていたが、寝てしまった。」

今日は一緒に眠りたいと・・・海でニコルはアスランに言っていたことを思い出した。

カガリはニコルを起こさないようにそっとベッドからおり、アスランの側へやってきた。

「今日はいつもより駆け回ったのか、疲れたみたいだな。」

「そうか。」

アスランはベッドの上のニコルを見つめた。

「お前がいないと・・・寂しそうだ。」

カガリの言葉にアスランは彼女の方を振り向いた。

「そうなのか・・・嬉しいな。それにしても大きくなったな。」

「ああ・・・。そういえば、今日は二人で何を話したんだ?」

カガリが興味深そうにアスランへ尋ねた。

「内緒だ。」

プーと口を尖らしたカガリを見てクスリとアスランは笑った。

その表情は昔から変わらない。

「何だ・・・」

「なんでもない。」

笑われたのがおもしろくないのか、カガリの顔はまだ不機嫌そうだった。

アスランはそっとカガリを後ろから抱きしめた。

肩口の頭を預け、彼女の感触を楽しむ。

彼女のお腹を優しく撫でた。

カガリも気持ちよくなり、彼に身を預けた。

 

 

前編へ  おまけへ

 

(2006.1.2)

 

あとがき

アスランとカガリと子供の話です。

前編にも書きましたが、管理人のオフ本の表紙を書いていただいている

徳司千尋さんの「Astraia」に展示してある「うちへかえろう」というイラストを見てイメージしたものです。

種戦後の設定で「二人をつなぐ小さな灯火」の後日談です。

が、種運命の戦後にでも・・・こういうシーンがあるといいなと思ったりしております。

管理人は二人が子供の前でも名前で呼び合って・・・「お父様」「お母様」と訂正するのが希望です。

 

 

目次へ戻る