うちへ帰ろう

 

カガリは書斎で通信端末に向かっていた。

「そうか、仕方ないな。でも、明日は大丈夫だろう?

ニコルが楽しみにしているから頼むな・・・。」

「あぁ・・・わかった。その・・・」

画面の向うの主が心配そうな顔をしているのに気がついたカガリは安心させるように言った。

「あぁ、体の方は大丈夫だ。・・・心配しすぎだぞ。」

「そうだな。でも・・・」

その顔はまだ、どこか心配そうにしていた。

「2回目だし・・・ニ、ニコルの時よりは大人しくしている。」

カガリの言葉にアスランがブッと噴出した。

「大人しく・・・なのか?」

「そうだ。ニコルが海に行きたいといっても我慢している。」

「海?・・・ああ砂浜か。」

アスランは別荘の近くに海岸を思い出した。

「行っていないのか?」

彼の言葉にカガリは頬を膨らませて答えた。

「二人きりで行くなってお前が言ったじゃないか!」

「それは・・・いまお前は普通の体じゃないから・・・」

「だから我慢しているといっているだろう。」

「まだ管理人達に慣れていないのか。」

そう答えながら、アスランは口に手をあてて考え込んだ。

ニコルは少し人見知りところがある。

たぶん自分に似てしまったのだろうが・・・。

確か以前訪れたのは2年前だ。

幼いニコルからすると別荘の管理人とは初対面に等しい。

「大分慣れてきた・・・とは思うのだが・・・でも・・・まだだめかな。」

アスランが黙り込んだ理由を察したカガリが口を開いた。

「砂浜で遊びたいと、時々言ってくるが、彼らと一緒に行くというと・・・まだしり込みをするな。」

「そうか。・・・あっ、でもだからといって、二人だけで絶対行くなよ。」

幼いニコルの様子を思い浮かべながら、アスランはカガリに釘をさした。

「わかっている。それに・・・」

カガリが少し恥ずかしそうに視線を逸らしながらポツリと小さな声で言った。

「私もニコルと同じだから・・・でも天候が悪いから、仕方ないさ。」

「そうだな。・・・明日、朝一番で行くよ。」

アスランはカガリの言葉がうれしかった。

本当ならもう少し早く仕事が終れば行けたのだ。

だが、焦っても仕方ない。

彼女を心配させたくない・・・今は普通の体ではないからだ。

「うん。じゃあ待っている。・・・気をつけて。」

「ああ」

「じゃあ切るぞ。」

「カッ、カガリ」

「なんだ?」

呼び止められた彼女は首をかしげた。

「愛している。」

「ば、ばか・・・」

その様子に満足したアスランは通信を切った。

コトリ

通信機の前で余韻に浸っていたカガリが音のした方・・・入口に頭を向けた。

小さなニコルが少し開いていた扉の影から顔を出していた。

 

「かーさま。」

カガリは彼に近付き、扉を開け彼を招きいれた。

「とーさま、こないの?」

ニコルが寂しそうにカガリを見上げて聞いた。

今年4歳になった二人の子供ニコル。

アスラン譲りの濃紺の髪に翡翠の瞳・・・だが、顔立ちはカガリに似ている。

カガリは大きなお腹を少し窮屈そうにしながらも、しゃがんでニコルと同じ視線になり話しかけた。

「うん、お天気が悪いみたいだ。」

「おてんき?」

「雷が鳴っているそうだ。・・・だからヘリが飛ばせないって。」

「かみなり?」

不思議そうに首をかしげるニコルに気がついてカガリは微笑みながら続けた。

「ああ・・・ゴロゴロだ。ほら、ニコルも少し怖いだろう。」

ニコルが幼い頭で雷を思い浮かべた。

そして渋い顔をして答えた。

「・・・うん。」

「だから、その中でヘリコプターを飛ばすことは、ちょっと危ないから・・・しょうがないのさ。」

うーんと首をかしげるニコルにカガリは苦笑しながら続けた。

「ゴロゴロ、おわれば?」

「うーん、そうすると出発が夜・・・真っ暗になるからなぁ・・・」

アスランの腕だから大丈夫だとは思いもしたが・・・疲れもあるようだし・・・。

「まっくら?」

カガリは頷いた。

うーんとニコルは唸った。

よほどアスランと会いたいらしい。

その様子を嬉しく思いながらも・・・カガリはニコルの頭を撫でながら言葉をかけた。

「ニコルもアスランが・・・お父様が怪我するのは嫌だろう?」

「・・・うん。」

「だから、今日は我慢しよう。明日、朝一番で向こうを出るそうだから。」

寂しそうな・・・ちょっと不満そうな顔のままニコルはカガリを見上げた。

「二人で、明日、お外で待っていような。ヘリが来るのを・・・」

そう言ってカガリはニコルをギュッと抱きしめた。

寂しさでいっぱいだったニコルも母の柔らかいぬくもりに少し安心した。

トン!

ニコルは自分に触れている母の大きなお腹にけられたのでびっくりして顔を上げた。

カガリがにっこりと笑い、ニコルの頭を撫でながら立ち上がった。

そして、彼の手を握った。

「おなかのちびも、お兄ちゃんそうだよ、だって。」

カガリはもう一度かがみ、彼の視線にあわせて言った。

「さっ、食堂へ行こう。マーナが待っている。」

「・・・はい。」

二人は歩きながらさらに話を続けた。

「じゃあ、今日は私と寝るか?」

「いいの!」

ニコルはパッと顔を輝かせた。

「ああ・・・でもお父様には内緒だぞ。」

 

二人目を身ごもり、八ヶ月を過ぎたカガリは休養に入った。

彼女は幼いニコルを連れマーナを伴い出産のために、別荘へと居を移した。

それはニコルを産んだ時と同じだ。

ただ、当時と違うのは、今回はアスランが彼女の代理を務めていることだ。

彼は一人アスハの屋敷に残り、代表代理として職務をこなしていた。

そして、週末、金曜日の夕方が多いのだが、自分でヘリコプターを操縦し別荘を訪れるのだ。

オノゴロから少し離れた小さな島に別荘はあった。

島まるごとが、別荘であり、それは亡きウズミがカガリのために遺したものだった。

別荘に移り2週間ほどたった。

幼いニコルはアスハの屋敷ではあまり一緒にいられない母カガリとの時間を楽しみつつも、

父アスランの訪れを毎週楽しみにしていた。

 

「かーさま、さびしい?」

食事の前の約束の通り、ニコルは枕をかかえて、カガリの寝室にやってきた。

ベッドに「よいしょ」と上り、ベッドの上に座りカガリへ尋ねた。

カガリはベッドの中に入り、ニコルに手を伸ばし、自分の隣に引き寄せた。

「とーさま、こないの、さびしい?」

ニコルはまた首をかしげながら聞いた。

その仕草さがいつも自分そっくりとアスランが言っていたのをカガリは思い出した。

「かーさま?」

ニコルはじっと母親の顔を見つめ、返事を待っていた。

「ああ・・・寂しいよ。でもニコルがいるから大丈夫だ。」

ニコルが嬉しそうに笑い顔を赤くした。

が、幼い頭で何かを思いついたようで、起き上がり、心配そうな顔をした。

「どうした?」

「えっと・・・、ぼく、ねぞうわるいって・・・マーナが・・」

「ねぞう?」

カガリも起き上がり、ニコルの顔を見つめた。

彼はカガリの大きなお腹を見つめていた。

どうも自分がカガリと一緒に寝て、お腹をけったりしたらどうしようかと心配になったようだ。

「やっぱり・・・」

「大丈夫だ。」

カガリはニコルをギュッと抱きしめた。

そういう心配をしてしまうのはとてもアスランに似ている・・・カガリはいつも思っていた。

「私がお前と寝たいから・・・だから大丈夫。」

まだ不安そうな顔をしているニコルの頬に優しくキスをした。

「それから明日はアスラン・・・お父様と3人で寝ような。」

 

後編へ

 

(2005.10.31)

 

あとがき

Astraiaの徳司さまのイラスト「おうちへかえろう」を見て書きたくなったものです。

一応、種戦後の設定ということで、「二人をつなぐ小さな灯火」の後日談としています。

とはいえ、まだ前編なので、カガリとニコルの話ばかりです。

アスランとニコルの会話は後編でたっぷりと・・・。

 

 

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