その日の午後、アスランは授業や補講どころではなかった。

カガリと話をしようと、その後カガリのクラスを覗きにいったが彼女はいなかった。

そして補講が始まる前にダコスタからカガリは「気分が悪い」といって午後帰ってしまったと聞かされた。

 

「もうお前とは口をきかない。」

 

カガリの言葉が頭の中で繰り返される。

カガリの性格からすると実行するだろう。

いつまで・・・

そんなのは耐えられない、どうしたらいいのだろう。

模試に行かないといえば、問題が片付くのは判っているが、それはどうしても譲りたくない。

けど、このままじゃカガリのことが気になって勉強に手がつかない。

やはりなんとか彼女とちゃんと話をしなくてはいけない。

そう考えたアスランは補講の後、ダコスタに今日は塾には行かないといって学校を出た。

 

「こんばんは・・・あの・・カガリはこちらにいますか?」

アスランはカガリの母親に声をかけた。

「あらアスラン君、今日はどうしたの?確か塾の日じゃ・・・」

「いや・・・その・・・今日はちょっと・・・」

カガリの母親が不思議そうな顔をしてアスランの顔を見つめた。

アスランはうつむいてしどろもどろに答えていたが、途中から顔をあげて勢いよく聞いてきた。

「カッ、カガリが・・・その、こっちにきているとキラから聞いて。話がしたいのですが」

アスランは学校をでてまっすぐカガリの家に行った。

が、気分が悪いといって帰った彼女は家にはいなかった。

代わりにキラがでてきて「カガリは店にいる」と教えてくれたのだ。

母親は時計をチラリとみてアスランに答えた。

アスランの様子と裏で作業をしているカガリの様子から何かあったのだと母親は感じた。

「えっと、カガリはもしかしたらすぐに来られないかもしれないけど、待っていてもらえるかしら?」

「あっ、はい。・・・すいません・・・あのう・・・」

アスランはあせっている反面、母親の言葉から別なことが気になってたずねた。

「カガリは何をしているのですか?」

確かバイトは終わったといっていたけれども。

先ほどとは違い不思議そうな顔をしてたずねるアスランの顔を見て、

母親はちょっと困った顔をして答えながら、店の奥へ入っていった。

「えっと、厨房の手伝いを最近してもらっているの。」

 

厨房の手伝いだって。

そんなことはきいていない。

まったく自分のことはどうするつもりなのだ、あいつは。

相変わらず補講も受けてないし、この間だって模試さぼってしまうし。

自分だって早慶戦どころじゃないだろ。

それなのにどうしてあんなことを・・・・、まったく。

待たされている間アスランはカガリの受験勉強のことが気になり始めた。

 

一方、奥に入った母親は、泡立て器を片手にボールをかかえているカガリを見つけた。

やっぱり・・・

最近、カガリはこのくらいの時間にクリーム作りを父親から言われていた。

「カガリ」

「何、母さん」

やはり少し機嫌がわるそうだと母親は感じた。

「いつからはじめたの?それ」

「うん、さっきかな」

「そう・・・あの・・カガリ、アスラン君がきているのだけど、まだそれかかるわよね。」

一瞬、嬉しそうに顔を上げたが、何かを思い出したらしく、すぐ下を向いた。

カガリはやっぱり会いたくない・・・と心の中でつぶやいていた。

「うん。」

母親はあたりを見回した。

誰かいたらカガリの作業をかわってもらおうと思っていたのだが、適当な人物がいなかった。

母親は小さくため息をついて、カガリにたずねた。

「それが終わるまで、アスラン君に待っていてもらってもいいわよね?」

カガリは上目遣いで母親をチラリとみて、またボールに視線を向けた。

その姿が何か拗ねているように見えて、母親は少し笑った。

「謝りにきたのかもよ?」

はっと顔を上げるカガリ。

小さく笑う母親に気づき、顔を真っ赤にしてまたうつむいた。

「いいわよね。」

母親はカガリの頭をなぜて、その場を離れた。

 

カガリは手を動かしながら、期待で胸がドキドキとなっていた。

「やっぱり早慶戦に行くから」と言ってくれるならとても嬉しい。

早慶戦は二人が付き合うようになって初めてのデートで行った場所だ。

とても緊張して、でも楽しかったのをカガリは昨日のことのように覚えている。

そして初めてのキス。

だからこそ今年も一緒に観戦したいと思ったのだ。

アスランにはそういう気持ちがないのだろうか。

 

母親は、どこか所在なさげに落ち着かないでいるアスランに声をかけた。

「えっと、今、カガリは手が離せないから」

アスランは話を途中まで聞いて落胆の顔をしてうつむいた。

「でも待っていてくれないかなって」

それを聞いて、アスランが顔を上げてホッとした表情をみせた。

「それで、ここで待ってもらうのも悪いから、奥の休憩室で待っていてくれないかしら?」

「休憩室?」

「そう・・・案内するから」

カガリの母親に連れられてアスランは店の奥の厨房に入った。

ボールを抱えているカガリと父親が何か話している姿が見えた。

 

通された部屋で待っているとカガリが入ってきた。

父親と同じように白い作業着を着て、髪は結い上げられていた。

ちょっと口を尖らせて、アスランをチラリと見てプイと横をむいた。

アスランはその態度をみて、幼馴染として過ごした経験から

カガリも本気で自分と口をききたくないと思っているわけでないと感じた。

そう幼いころの喧嘩のあとのカガリの表情を思い出したのだ。

「カガリ・・・」

アスランは優しい声で彼女を呼んだ。が、カガリは無言のままだった。

「カガリ、俺と本当に口を聞かないつもりなの?」

カガリはまたチラリとアスランをみて、横を向いた。

「じゃあ、話さなくていいから、俺の話を聞いてくれるか?」

アスランはカガリに近づきながら言った。

「その・・・早慶戦のことだが・・・」

「やっぱり行けるのか?」

はっとカガリが顔をアスランのほうへ向け聞いてきた。

アスランはそんなカガリの様子を見て少し笑いながら言った。

「口をきかないって言ってなかったっけ。」

「あ・・・」

カガリはあわてて口を押さえた。

「もう口をきかない・・・なんて言わないよな。」

アスランの問いかけに、カガリはうなずいた。

「でも、ごめん。早慶戦にはいけない。模試にどうしても行きたいから。」

カガリはアスランを睨みつけた。

「やっぱり口を・・・」

「わかってくれないか。」

強い口調でアスランはカガリに言った。カガリはうつむいて言った。

「お前は私と出かけたくないのか?」

「違う、出かけたくないって言っているわけじゃない。けど、模試と重なってしまったから・・・」

「いいじゃないか1回くらい」

「そんなわけには・・・」

「成績だって大丈夫さ。お前ならすぐ元に戻るさ。」

カガリが食い下がる。

「こんなに下がったのは初めてだから。」

「・・・・けど・・・・」

カガリはまたうつむいた。

「カガリ・・・その・・・早慶戦はいけないけれども、俺の模試が終わった後に会うのはだめか?」

「・・・・」

「この間みたいに映画にいったりするのではだめか?」

「早慶戦にアスランと行きたい」

カガリがうつむいたまま答えた。

「カガリ・・・」

「私は早慶戦にいきたい。お前と行けないなら一人で行く。」

アスランは絶句した。一人では絶対行かせたくない。

「頼むから、それはやめてくれないか。」

「いやだ。口をきかない・・・とはもう言わない。けど、早慶戦には絶対行く。私一人でも行く」

「わがままを言わないでくれ。カガリ」

思わずアスランが大きな声をだした。

はっとカガリは顔をあげた。

「わが・・ま・・ま?」

「そうだよ。わがままをいって俺を困らせないでくれないか。」

「困らせる?」

「そうだよ。口をきかないって言ったり、一人で行くって言ったり・・・・・そんなことされると、

俺はお前のことが気になって気になって勉強に手がつかないだろう。」

成績がもっと下がっちゃうじゃないか・・・アスランはつぶやいた。

カガリは驚きで大きく目を見開いた。

私がアスランを困らせている?カガリは言葉を失った。

涙があふれんばかりにたまってきたのを感じ、カガリはたまらずまたうつむいた。

床に涙の粒がおちていった。

アスランもまたカガリの様子に驚いていた。そしてあせった。

しまった・・・もしかして言い過ぎた。

「カガリ、ご・・・」

「わっ、わかった。もういいから。」

カガリが涙声で小さく言った。そして、顔をあげ目をごしごしこすりながら続けた。

「えっ・・・と、アスラン・・・と・・・行けないこともわかったし、

 一人でも・・・行かないから・・・ごめん・・・もう言わない」

「カガリ・・・」

アスランは抱きしめようとしてカガリの手をとろうとしたが、彼女に振り払われた。

一歩足を踏みだして近づこうとすると、カガリが一歩下がって逃げた。

まるで自分に触られたくないように・・・。

アスランはたまらず言った。そして手を伸ばした。

「俺の方こそごめん。少し言い過ぎた。」

が、その手から逃げるようにカガリはあとずさる。

涙が彼女の頬をつたっている。次から次へと。

「き・・今日は・・・塾の日だろう。行けよ。まだ・・・間に合うだろう。」

「カガリ・・・」

「その・・・私はまだ厨房の手伝いが・・・残っているから。」

「そんな・・・そんなに泣いているのに・・・ほっといて塾なんていけないよ。」

「泣いてない。もう、わかったから。もうわがままいわないから、さっさと塾に行けよ。」

わかってなんかないじゃないか・・・

アスランはカガリを落ち着かせたくて、嫌がる彼女の両腕をつかみ引き寄せようとした。

が、その時ドアをノックする音がした。

二人はハッとしてドアの方を見つめた。

「カガリ?まだ話は終わらないのかい?頼みたいことがあるのだけれども。」

「あ・・・父さん。わかった。もうすぐ終わるから。」

カガリがまた涙をごしごしと拭きながら言った。そしてアスランのほうを向いて告げた。

「私の気持ちが変わらないうちに早く塾に行けって・・・」

「・・・けど、本当に大丈夫か?」

カガリはその問いには答えず、ドアを開いた。そこにはカガリの父親が立っていた。

「すまないね。アスラン君」

「あっ、いえ。」

もしかしてずっと聞かれていたのか・・・。

アスランは父親と目を合わせることができなかった。

「じゃあ、カガリさっきの続きをお願いできるか?」

「うん。・・・じゃあな、アスラン。また明日。」

そういってカガリは父親と一緒に厨房の作業台の方に歩いていった。

アスランは小さくため息をついて、塾へ向かった。

 

後味がひどく悪かった。

塾から家に帰って時計をみたら10時近かった。

涙をぼろぼろに流していたカガリの顔が目に焼きついている。

アスランは携帯を手にとって見つめる。

いつもはメールを出すのだが、今日は電話をすることにした。

 

「もしもし」

「カガリ?」

「うん」

「今大丈夫?もしかして寝ていた?」

「いや、寝ようとしていた。・・・何?アスラン」

カガリの声がいつもより硬く低く感じた。アスランは努めてやさしく言った。

「今日はごめんね。俺少し言い過ぎた。」

返事がなかった。

「カガリ・・・聞いている?」

アスランはやさしく聞いた。

「うん。」

小さな声が聞こえた。

「ごめん。わがまま・・・なんていって、言い過ぎ・・・」

「あのね・・・。」

アスランの話をさえぎるようにカガリが割り込んできた。

まるでその続きは聞きたくないかのように思えた。

「何だ?」

けれどもアスランは彼女の話を促すようにやさしく言った。

「父さんと早慶戦行くことにしたから。」

「えっ、おじさんと」

「うん。せっかくチケットもあるし。もともと中学までは父さんとキラと3人でいっていたから。」

「そっ・・・か。」

「うん」

アスランは複雑な気分になった。

やっぱり聞かれていた・・・あの人は俺のことをどう思ったのだろうか。

もともとカガリは父親っ子だ。だから少し対抗意識がでてきた。

「あのさ・・・カガリ・・・それで・・・早慶戦の後、えっと俺の模試が終わったあと・・会わな・・・」

「模試がんばれよな。」

再びカガリが割り込んできた。アスランは戸惑った。

「あ・・・うん。わかっているさ。で、カガリ・・・その」

「これで、集中できるよな。手につかないってことないよな。」

「ああ、大丈夫だ。ダコスタにも同じようなことを塾で言われた。」

俺の言ったことをやっぱり気にしている・・・

そう感じたアスランは安心させるように力強く言った。

「ダコスタにもいわれたのか。」

受話器からクスッと小さく笑った音が聞こえてきた。

アスランは少し安堵した。

「ああ、そうだ。・・・カガリ?」

「ごめん。今日は疲れちゃって・・・また明日な。」

「あ・・・そう・・・なのか。」

「うん。・・・じゃあ、おやすみ」

「その・・・好きだよ、カガリ。おやすみ。」

いつもなら「馬鹿・・・」と返ってきたりするのだが、今日はなかった。

 

アスランは携帯を見つめながらベッドに横になった。

わかったとカガリはいっていたが、しっくりしない感じがアスランを襲っていた。

けれども今はカガリを信じるしかない。

そして模試でちゃんと結果をだすしかないのだ。

 

(2004.8.29)

 

あとがき

ちゃんと仲直りはしていませんよね。たぶん。

どちらかというとアスランの方がわがままを言っていると思うのですが。

まあ今回の件でカガリの気持ちに微妙な変化がおきます。アスラン気づくのかな。

 

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