帰り道、アスランはダコスタと駅に向かっていた。
今日は塾がないので、補講が終わると同時に教室を出たのだ。
「お前さ、本当に早慶戦は行かないのか?」
二人は珍しく無言のまま歩いていたのだが、駅の近くでダコスタがたずねてきた。
「えっ?」
アスランはなぜダコスタが補講前の話を蒸し返してきたのかわからず彼の顔をみつめた。
「あっ・・・いや・・・」
ダコスタは頭をかきながらつづけた。
「まあ、二人の仲のことだし・・・余計なことだとはわかっているのだけれども・・・
1回くらいサボればいいじゃないか?模試。」
「もう申し込んでしまったし・・・それに君には関係ない。」
アスランの心の中にもやもやとしたものが湧き上がってきた。
「けどさ、あいつも・・・ヤマト妹もチケット買っているのだろう?」
アスランは黙って頷いた。だが、その顔はとても不機嫌そうだった。
が、かまわず、ダコスタは続けた。
「あいつ・・・さ。・・・けっこう我慢しているみたいだぞ。その・・・アスラン、お前とあまり会えない・・・」
「君にいわれなくても、彼女のことは考えているし、彼女のことはわかっている。」
アスランはちょっと強くきつい口調で、ダコスタの声をさえぎった。
「それは、わかっているけれど・・・さ。」
「何が言いたい?」
アスランは口調だけでなく、ダコスタを見つめる視線もきつくなっていた。
そんな様子にダコスタは苦笑しつつ、さらに機嫌が悪くなるだろうなと想像しながらも話を続けた。
「いや、その・・・僕は3年間あいつと同じクラスなわけで、学校ではお前よりも一緒にいる時間が多いだろう。」
案の定アスランの眉間にしわがよってきたのをみてさらに苦笑する。
「だから、そう感じるだけ。その・・・これは二人を応援する友人として言っているつもりさ。」
アスランは憮然とし、言葉につまった。
アスランは結局高校の3年間カガリと同じクラスになることはなかった。
また、選択授業でさえ理系と文系のコースの違いにより同じ授業をうけることはできなかった。
こいつは3年間同じクラスだよな・・・ダコスタを見つめてアスランは思った。
その点は以前からダコスタがうらやましくみえていたものだ。
だから、俺の知らないカガリを知っている・・・か。
すこし嫉妬めいた気持ちが湧き上がってくる。
ダコスタが二人のよき友人であり、理解者であることを認識していたとしても。
けれど、カガリが我慢している・・・のか。まさか・・・。
ふと誕生日の時のカガリの様子が頭によぎった。
いや、そんなことはない。
補講の件といい塾の件といいカガリは怒りもせず「受験生だからな。」と納得してくれている。
会いたかったら会いたい、寂しかったら寂しいと彼女なら言ってくれるはずだ。
考えをめぐらしていると、ポンと肩をたたかれた。
「駅だぞ。じゃあな。」
ダコスタが普段と変わらず、手を上げて改札へ入っていった。
結局アスランはその日カガリに早慶戦のことは言えなかった。
なぜかというと、カガリの機嫌が非常によかったからだ。
「アスラン!」
その日アスランがいつものようにカフェへ入ると、いつも違いカガリが待ちくたびれたとばかり駆け寄ってきた。
しかもアスランに抱きつくのではないかという勢いがあった。
アスランはカガリの態度をうれしく思いつつ、恥ずかしさからか苦笑しながらたずねた。
「何かいいことがあったのか?」
アスランに知らせたいと、話をしたくてしょうがない・・・という表情のカガリを見つめながらいった。
カガリが何でわかるのだろうとちょっとばかり驚きの表情を見せながらも答えた。
「キラの推薦の結果がでた!合格!あいつK大に受かった。」
「あ・・・、それはよかった。」
アスランは親友の合格の知らせを心から喜んだが、少しだけうらやましくもあった。
「キラはもう受験勉強しなくていいのか」
本音が口からこぼれおちた。
「そうだよな。」
と相槌をうちつつカガリは話を続けた。
「で、今度家族でお祝いをする予定なのさ。まだ日にちは決まってないのだけれど。」
何ならアスランもくればいいさ・・・とカガリは屈託なくいった。
その日はキラのニュースがあったせいか、
カガリは至極ご機嫌な様子でいつものように学校での出来事などをアスランに話し始めた。
あまりにも無邪気に笑う彼女の笑顔がまぶしくて、アスランは早慶戦の話をいうことができなかった。
しかし、そのままにしているわけにはいかない。
早く伝えなければ・・・
そこで、アスランは明日の昼休み一緒に食事をしようと誘った。
クラスが違う二人が一緒に昼休みに食事を取れる場所など限られる。
まだ暖かい季節などは屋上や中庭などでお弁当を広げることも可能だが、
こう寒い季節になってくると、さすがに屋外で食べる・・・というのは難しくなってくる。
アスランとカガリも例外ではない。
彼らも気候のいいときには週に2、3回、屋上で待ち合わせをして食べていたこともあった。
2人きりの場合が多いが、時には他の仲間も一緒だったりした。
さすがに11月中旬入ろうかというこの季節では屋上でお弁当というわけにもいかないので、
アスランはキラの了解を得てパソコン部の部室で昼食を取ることにした。
カガリは嬉しくて仕方がなかった。
久しぶりにアスランと昼休み一緒に食事が取れる・・・そう思うと朝から授業どころではなかった。
4時間目のチャイムが鳴ると同時に彼女は教室を飛び出してパソコン部の部室へ向かった。
そうだ、ついでに早慶戦の日の待合せ時間を今日決めてしまおう。
カガリは上機嫌でパソコン部の部室でアスランを待った。
が、まったく予想外のことが起きてしまった。
「えっ?」
カガリは驚きで言葉を失い、口へ運んでいた手をとめた。
早慶戦にはいけなくなった・・・
アスランの言葉が頭の中でリフレインしている。
震える声で彼女はいった。
「どう・・・し・・・て」
「ごめん。模試と重なってしまったので模試のほうにいくことにする。」
「でも・・・・でも、あの時は・・・・」
カガリは涙があふれてきそうなのをこらえながら言った。
「そんなこと・・・そんなこといってなかったじゃないか。」
「あの時は確かにそういう予定はなかったら。」
アスランがすまなそうにいうのが目に入った。
「じゃあ、こっちが先約じゃないか・・・なのに、どうして」
「しょうがないじゃないか。受験生なのだから・・・俺たち。」
そんな・・・・と唇を噛み締めながらカガリはうつむく。
わかっていて・・・私との約束があるということをわかっていてアスランは予定をいれたのか。
そう思うと、とてつもなく悲しみがカガリの胸を覆った。
「カガリ・・・ごめん」
すまなそうなアスランの声がもう一度聞こえた。
「1回くらい模試は受けなくたっていいじゃないか」
カガリが顔をあげてアスランへ訴えた。
涙がカガリの目からこぼれはじめていた。
「いや・・・その・・・実はこの間の模試の成績が少しさがってしまって・・・」
カガリが目を見開いて低い声でつぶやいた。
「それって、私のせいだというのか?」
その口調にアスランは驚き、慌ててカガリを宥めるようにいった。
「違う、お前のせいじゃない。」
カガリはまたうつむいて、そして黙り込んだ。
「成績が下がったのは、お前のせいじゃない。」
アスランも少し動揺していた。
カガリが「わかった」といってくれるだろうという予想が大きくはずれたからだ。
カガリの様子を伺いながら、やさしく言った。
「だけど、俺たちは受験生だろう。模試を優先させてもいいだろう?」
これでカガリも納得してくれるはずだとアスランは思っていた。
が、カガリの反応はまったく反対のものだった。
「もう・・・いいよ」
カガリは、開いていた弁当箱を片付け始めながら呟いた。
「カガリ?もういいって、わかってくれた・・・」
「もうお前とは口をきかない。」
「えっ?」
今度はアスランが凍りついた。
「言ったよな。約束破ったらもう口をきかないって」
そういって、カガリは立ち上がりドアの方に向かって歩き始めた。
「あ・・・・」
カガリを呼び止めようとアスランも立ち上がったが、
アスランは二人でカガリの携帯を買いに行った日に話していた内容を思い出した。
「本当にいいのか。前売券買っちゃうからな。」
「ああ」
「約束だぞ。絶対だぞ。破ったら口きいてやらないからな。」
「わかった。約束する。口をきいてもらえなくなるのは勘弁だからな」
確かにあの時そういわれた。
けれど・・・・本当に口をきかないつもりなのか?
アスランが気付いたときには、カガリはもう部室にはいなかった。
(2004.8.22)
あとがき
アスランに忠告をしたりするのは、ディアッカとかが本当はいいのかと思いますが、
この学園パロの世界では、ディアッカ1年先輩となっていますので、ダコスタにしています。
そしてダコスタの忠告にもかかわらず、アスランは模試のほうを選んでしまいます。お馬鹿さんですよね。