「ねえ、ザラ君。今度の東大オープン受けるよね?」

「何?東大オープンって。」

「東大の2次試験向けの模試だけど。たしか11月下旬だったと思うけど」

「へぇー。面白そうだね。」

「そうでしょう。みんな申し込んでいるみたいよ。ザラ君はどうするの?」

「そうだな。申し込んでみようかな。」

 

早慶戦

 

「それでさ、ニコルの話聞いたか?」

カガリは口にパスタをほおばりながらアスランに話しかけた。

アスランは首をかしげて答えた。

「何の話だ、っていうか、お前、食べながら話すのは行儀が悪いぞ。」

今日は11月3日、文化の日。

アスランとカガリは駅前の映画館の近くのパスタ専門店で少し早い昼食をとっていた。

模試も終わって一段落したから何処か行こうか、とアスランが日曜日の夕食のあとカガリを家に送る途中に誘ったのだ。

アスランとしては誕生日の穴埋めをしたいという気持ちも少しあったからだ。

そしてカガリの希望により映画に行くことになった。

結構人気のある映画ということで、二人は8時に待ち合わせをして

9時半から配布される整理券を手に入れ、本屋で時間をつぶしたあと、今いる店にやってきたのだ。

「なんかニコルはピアノコンクールで優勝したらしいぞ」

「そうなのか。それはすごいな。」

「だろ。それで、あいつ、もしかしたら留学するかもしれないって」

「留学・・・それは本当にすごいな。」

パスタをちょうど口に運んでいたカガリは、アスランの声に同意するかのように頷く。

アスランはもうほとんど食事は済んでいて、コーヒーを堪能しながらカガリの話をきいていた。

カガリはいろいろ話しながら食べるのでどうしても遅くなるのだ。

「それでさ、今度そのコンクールの入賞者のコンサートがあるってさ。」

ごくん、と口にほおばっていたパスタを飲み込んで、カガリが話を続ける。

カガリのその様子をみてアスランはくすっと小さく笑った。

「みんなで見に行こうかといっているのだけれども、お前も行くか?」

「いつなの?」

「まだ、ちゃんと聞いてないのだけど。行ってもお前寝たりしないよな?」

カガリが最後の一口を口に運びながら聞いた。

「た・・・たぶん、大丈夫だと思う」

アスランが自信なさげに答えた。

アスランは音楽が苦手だ、特に鑑賞は。興味があまりないせいか途中で眠たくなってくるのである。

中学の校外授業の時にはカガリがちょうど隣に座っていて、眠りに落ちるたびに肘鉄をくらったこともあった。

「俺もニコルのピアノは聴いてみたいし。それに俺が行かないっていってもお前は行くのだろう。」

「まあそうだけど。じゃあ、ニコルに詳しいこと聞いてみるよ。」

「ああ。頼むよ。」

カガリも食事がようやく終わったようで、食後の紅茶を飲みはじめた。

「あのさ、カガリ」

ためらいがちにアスランが聞いた。

「何?アスラン」

「えっと・・・映画が終わったあとさ、うちに来ないか?」

「どうして?」

きょとんとした顔でカガリが答えた。

「その・・・この間の食事のときの写真ができたから・・渡そうと思って」

「そうか。でも写真って、それって持ってきてくれればよかったのに」

カガリが不思議そうな顔をしてアスランの顔を見つめた。

アスランが少し赤い顔をしながら、自信なさそうにカガリの顔色を見ながらいった。

「まあそうなのだけれども・・・その・・・うちでカガリと一緒にゆっくりしたいな・・・なんて」

カガリが目をぱちくりとさせた。

「いや・・その・・・最近はあまりうちにきてくれないから・・・たまにはなんて、ね」

うちにきてくれないって・・・お前が受験勉強しているからだろう・・・と心の中でカガリはつぶやきながらも、

いつもより自信なさそうなアスランをみて、おもわず答えてしまった。

「べつに行ってもいいよ、お前の家。」

「本当!よかった、嬉しいよ」

先日の誕生日の騒動でカガリの気持ちが自分から離れていってしまったのではないかと

不安だったアスランは喜びのあまり極上の笑顔をみせた。

 

「じゃあ、あがって」

アスランがポケットから鍵を出し玄関のドアを開け、後ろで待っていたカガリに声をかけた。

靴を脱いだカガリの手を握って2階の自分の部屋へと向かっていたアスランが

いつもと違い少し戸惑っているカガリの様子に気がついた。

「どうしたの?」

「いや・・・今日っておばさんは?」

カガリはアスランと視線をあわせず俯いて聞いた。

「ああ、仕事で帰りは遅くなるって。父さんは出張だし。どうして?」

今までそんなこと気にしたことなかったくせに、アスランはそう思った。

「別に、なんでもない」

「そう?じゃあ、待っていて。飲み物取ってくるから」

アスランは自分の部屋に入ったカガリに声をかけて、飲み物を取りに階下へと向かった。

 

カガリはアスランの部屋を見回した。すごく久しぶりな感じがした。

確かに、この間の日曜日にもこの部屋に入ったけれども、すぐ呼ばれてリビングに下りてしまったからだと思った。

カガリはベッドの近くにある写真がピンで何枚も留まっているコルクボードに目がとまった。

そこには彼のお気に入りの写真が飾ってある。幼いころのキラやカガリの顔も見受けられる。

そしてカガリは新しい写真を2枚見つけた。それはこの間の夕食の時の写真だ。

1枚はアスランと両親の写真。せっかくだからとカガリがシャッターを押したのだ。

少し照れているアスランの顔にカガリは微笑んだ。

もう1枚はアスランとカガリの写真。けれど、カガリはその写真を見て恥ずかしくて苦笑した。

それは、カガリの頬についているクリームをアスランが指で拭っている写真だった。

あの時おじさんがシャッター押していたよな・・・確か。他にどんな写真があるのだろうか。

 

「いい写真でしょう?」

不意に後ろから抱きしめられて、耳元でささやかれた。

「アスラン?」

「この日、午前中までカガリ怒っていて、食事の最初のころも少し機嫌が悪そうにしていたのに・・・」

ぎゅっとさらに強く抱きしめられる。

カガリもその日のことを思い出していた。

「このときはいつもと一緒だったから、嬉しかったんだ、俺」

「・・・・・」

「そしたら父さんが写真とって・・・カガリはびっくりして赤くなっていたよね」

カガリは顔が赤くなった。

「まあ、俺もたぶん赤くなっていたけど」

いいながらアスランは片方の手で器用にカガリの両手の動きをふさぎ、残った手で彼女の胸を弄りはじめた。

「アスラン・・・」

カガリはこのままでは流されるって感じた。

「何?」

「写真・・・見せてくれるっていっていたよね」

「あとじゃだめ?」

アスランは動きをとめることなく、そう答えたあとで、カガリの首筋に唇を落とした。

「お前、ずるいぞ。」

アスランはそれに答えず、カガリの耳たぶをかんだ。

ずるい・・・のはわかっていた。

が、前回彼女の肌を堪能してから一ヶ月もたっており、そのうえ先日の騒動のこともあり

彼はやめることができなかった。

「いや・・・ん」

「だめ?・・・いいよね?・・・」

そういって、アスランは彼女の体をベッドに押し倒し彼女の耳元で

「好きだよ。カガリ」

とささやいたあと彼女の唇をふさいだ。

 

「うーん」

寝返りをうつ音が聞こえて、机で勉強をしていたアスランは振り返った。

そして時計をみた。6時だ。

そろそろ起こしたほうがいいか・・・そう考え、ベッドに腰掛けてカガリに声をかけた。

「カガリ、起きて。写真見るのだろう?」

久しぶりにカガリの肌を味わったアスランは心身ともに充実した気分だった。

「写真見たら送っていってあげるから。起きて」

カガリは目をこすって、ひとつ大きな伸びをした。

「あれ?私・・・もしかして寝ちゃっていた?」

彼女の顔を覗き込むアスランに気がつき、カガリは赤くなって答えた。

「うん・・・1時間とちょっとかな」

「えっ!!嘘」

「本当・・・だって今6時だから」

「・・・・・ごめん。もう帰るね。」

カガリがばつが悪そうにアスランにいった。

「もう少し大丈夫だよ。写真もみるだろう。」

アスランは立ち上がって、机の前のいすに座って引出しから写真を取り出した。

カガリが身づくろいをしやすいようにしているのだ。

「うん・・・。でもやっぱり帰る。写真借りていってもいいかな?」

「いいけど。その・・・」

アスランはまた少し不安を覚え始めたので、尋ねた。

「また怒っているのか?」

小さなため息が聞こえた。

「怒ってないよ。・・・けどずるいなと思った。」

「ごめん。その・・・俺・・・不安だったから」

「えっ・・・」

「だから、ごめん」

カガリは驚いていた。

アスランがそんな風に感じているなんて思っていなかったのだ。

カガリは立ち上がり、そっとアスランに近づいて、彼の右頬に口付けをした。

アスランが驚いた顔をして彼女を見上げた。

「大丈夫だから。でももう「ずるい」のはなしだからな」

赤く頬を染めたカガリがいった。

やっと仲直りができた・・・とアスランは思った。

 

それから2週間くらいたったある日、アスランは補講の前にダコスタと話していた。

「そういえは、君も東大オープンって受けるよな。」

アスランは近づいてきた模試のことをダコスタに尋ねた。

「えっ、アスランお前受けるのか?僕はパスだよ。」

ダコスタは驚いた顔をして答えた。

「なんで?」

そんなに驚くのだろう・・・とアスランは思いつつ聞いた。

「だって、お前・・・その日って早慶戦だろう。俺は早慶戦優先だから。」

「は?早・・・慶戦って」

「お前もヤマト妹といくのだろう?早慶戦」

アスランは驚きで固まってしまった。

「だって、あいつ今年も誘ったけど、断られたからな。だからお前と行くと思っていたのだけれど」

「ああ・・・そういえば約束した。」

「確か東大オープンも11月23日だったと思うけど。」

「カガリに謝らなきゃ。」

「えっ。お前、模試を優先するのか?」

ダコスタが非難めいた目でアスランを見つめながらいった。

「1回くらい受けなくても大丈夫だよ。」

「・・・いや、前回の模試の結果がよくなかったので・・・できれば受けたいから。」

お前、これでまたヤマト妹とうまくいかなくなったら成績下がってしまうのではとダコスタは思った。

「でも、ヤマト妹のほうが先約だろう」

「まあ、そうだけど。・・・けど、早慶戦は毎年あるし。やっぱり模試かな」

「おいおい。」

これだけ忠告しているのに・・・ダコスタは大きなため息をついた。

 

きっと、カガリはわかってくれる・・・アスランはそう思っていた。

 

(2004.8.15)

 

あとがき

今回は全体的にラブラブになってしまいました。まだ早慶戦までいっていません。

せっかく仲直りしましたが、次回はアスランのうぬぼれからちょっと一波乱あるかも。

アスランは約束したときにいわれたカガリの言葉すっかり忘れていますから。

 

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