丁度その頃カガリは自宅にいた。
今日は店が定休日のためバイトは休みだった。
うーんと唸って、カガリはベッドの上に寝転んだ。
手には自動車学校の教本を持っていた。
「上手く出来ないよな。」
ちょっと悔しいが、やっぱりアスランの言うとおりだったとカガリは思った。
彼女は、今日、教習車に2時間乗ってみた。
ちょうどキラが乗っている時間帯に空きがあったからだ。
練習にはなったかもしれないが、あまり効果があったとは言い難かった。
ちょっと面白くない気分になった。
おととい、2人に比べると少し遅れているなと感じていたカガリはアスランにもう1時間、教習車に乗ってみたいと言ってみた。
「乗りたいって・・・。」
アスランはカガリの言葉に眉をピクリと動かし嫌な顔をした。
「必要なの?」
きつめの口調で言われたカガリは小さい声で言った。
「だって・・・私は、お前やキラに比べたら遅れているから。」
アスランとカガリは・・・というかどちらかというとカガリは、毎日、今日自分が教習車で何をしたのかを話し、アスランが何をしたのか尋ねていた。
たぶん彼女はキラにも同じ事をしているに違いないとアスランは思っていた。
それで彼女は自分より二人が先に進んでいることを感じていたのだった。
だからもう少し乗りたいと思った。
ところが彼はとても不満そうな顔をしながら1日に2時間乗ってもあまり変らないよと言ったのだ。
「練習のつもりで乗るのならいいけど・・・、でも・・・。」
彼は言葉を濁した。
あまり強く言っても彼女は反発するだろう。
実は、乗りたいという衝動にかられたカガリは、たまたまいつもアスランが乗っている先生が学科講習の終わった後の時間に空いていたので、
アスランが帰った後に予約を入れしまったのだ。
アスランは渋い顔をしながらも、キラと同じ時間帯ならまあいいか、と思った。
とはいえ、自分に内緒で予約をいれたことに対してアスランは不満だったのだが。
彼としては彼女を一人で自動車学校には行かせたくなかった。
その点は、キラも同感だったようだ。
自動車学校ではカガリは、必ずどちらかと一緒にいた。
「焦らなくても大丈夫だよ。・・・すぐに追いつくから。」
負けず嫌いなのはわかるけどさ・・・とアスランは心の中で思った。
「でも・・・。」
「もうすぐ、試験が始まるだろう。
俺は、試験の時は自動車学校には行かないから。
でも、カガリはその間も毎日乗るつもりだろう。
きっと追いつくよ。」
「・・・そうだけど。」
そうだけど・・・追いつくかな。
カガリは考え込んでしまった。
「まあ、明後日は予約を入れてしまったのだから、乗れば、ね?」
カガリが落ち込んでしまったように感じたアスランは優しく言った。
「俺が乗っている先生だろう。後でどうだったか教えてね。」
「わかった。」
そして今日、カガリは自動車学校で塾に行くアスランと別れ、キラと同じ時間に教習車に乗ってみたのだ。
「やっぱり、地道にやるしかないか。それに・・・。ああ、面倒くさい。」
彼女は自動車学校の事を思い出し、他の教習車に乗るのはもうやめようと思った。
「さてと・・・。」
彼女は立ち上がり、背伸びをした。
「チョコレートでも作ろうかな。」
そう言って、部屋を出て行った。
夕方、カガリの家を訪れたアスランが開口一番に尋ねた。
「どうだった?」
ちょっと面白くなさそうにしている彼女の様子からは、新しいものは教えてもらえなかったようだ、と彼は悟った。
「でも、練習にはなっただろう?」
コクリと彼女は頷いた。
その様子に苦笑しながらアスランはさらに尋ねた。
「こつとか教えてもらわなかったのか?」
教官が変るとアドバイスの表現も違うはずだ。
カガリは首をかしげた。
彼女の反応が彼には意外だった。
自分にはいろいろ教えてくれる教官なのに。
「アドバイスというより・・・いろいろ聞かれたよ。」
「聞かれた?」
それがカガリの気分が晴れない理由の一つでもあった。
「どうして、今日はこの車に乗ることにしたの、とか、いつも彼、ザラ君と一緒にいるよね、とか、
あっちの車に乗っている彼ともよく一緒にいるけどどっちが彼氏なの、とか・・・
なんかずっと聞かれて、面倒くさかった。」
ブスッとした顔でカガリは言った。
アスランは目をぱちぱちとした。
そんなことを聞くような感じの人には見えないのだけれど・・・。
「ということで、もう他の時間には乗らないよ。」
お前も明日いろいろ聞かれるかもしれないぞ・・・とカガリは続けた。
なんだかよくわからないが、まあいいかとアスランは思った。
実は自動車学校でアスラン達の3人は目を引いていたのだ。
それでカガリはあれこれとアスランの教官に聞かれたのだった。
カガリに話した通りアスランは受験日とその前後の日は自動車学校には行かなかった。
カガリは彼に追いつくため、自動車学校を休むことはなかった。
彼と一緒に行けない時はキラと行くようにしていた。
さすがに、キラもカガリと二人の時は、早起きをして自動車学校へ行っていた。
彼らは同じ先生の教習車に乗っていた。
カガリが乗っている時には、キラは彼女の教習の様子を見学し、あとでアドバイスを与えていた。
2月14日、いつもなら自動車学校の帰り道、カガリの家のケーキ屋で別れるだが、その日は珍しくカガリが駅までついてきた。
「えっと・・・これ、あげる。塾の合間でも食べてくれ。」
改札口のところでカガリが手に持っていた紙袋をアスランに渡した。
「何?」
「チョコレートだ・・・あっ、でも結構ビターだから、大丈夫だと思うよ。うん。」
「チョコレート・・・、あっ。」
アスランは、今日が何の日だか気がついた。
カガリは恥ずかしいのか、赤い顔をして、手を大きく振りながら、ケーキ屋に向かって走り始めていた。
「じゃあ、またあとでな。」
「ありがとう!」
アスランは大きな声で彼女に礼を言った。
今日はバレンタインだったことを彼はすっかり忘れていたのだった。
そういえば、忙しいと彼女が言っていたことも思い出した。
紙袋を覗くと、大きなリボンが結ばれた透明な袋が入っていた。
その中は、色とりどりの銀紙で包まれていた一口大くらいの大きさのチョコレートが目に入った。
きっとこれも彼女の手作りなのだろう。
アスランは気分が弾んできた。
来月のホワイトデーの時にはもう受験が終わっている。
彼女と遠出できるといいな・・・と彼は考えた。
予備校の廊下を歩いていた時、彼は呼び止められた。
「ザラ君!」
同じ高校で、冬休みまで一緒に塾に行っていたメンバーの一人だった。
彼女は文Tを目指しているので、ここ最近、塾で顔を見たことがなかったのだ。
「久しぶり、どう、調子は?」
「ああ、まあまあかな。」
「なんか自動車学校にも行っているって聞いたけど、すごいね。」
「そんなことないよ。君の方はどうなの?」
彼女はちらりとアスランの持っている紙袋を見て答えた。
「私も、まあまあかな。・・・それって・・・チョコレート?」
「えっ、・・・ああ、そうだけど。」
アスランは赤い顔をして答えた。
「その・・・、えっと・・・私のも受け取ってもらえるかな。」
「えっ?」
アスランは驚いて彼女の顔を見た。
彼女は赤い顔をしながら、アスランに小さな袋を差し出した。
「えっと・・・その・・・ごめん。」
アスランは困った顔をしながら言った。
彼女は肩を落とした。
「やっぱり、駄目か。・・・あの娘にはかなわないんだ。」
アスランはバレンタインのチョコレートは基本的に断っていた。
机の中や、靴箱の中に入っているものは仕方がないので持って帰っているのだが、直接渡されるのはカガリ以外から受け取ることはなかったのだ。
「すまない。・・・君のことは・・・。」
「わかっている。でも・・・今年は最後かもしれないし、渡したかったの。
気にしないで。・・・一緒に塾通いできて楽しかったよ。」
アスランは、彼女が自分に好意を抱いているとは気がついていなかった。
カガリに近づいてくる男のことは気になるのだが、自分のことになるとどうも、無頓着なところがあるのだ。
まあ、それはカガリも同じなのであるが。
「じゃあ、お互い試験を頑張りましょう。」
彼女はそう言って、予備校の階段を登って行った。
もしかしたら、カガリは彼女の気持ちに気がついていたのかもしれない。
カガリに悪いことしてしまっていたのか・・・とアスランは思った。
T大の前期試験が終わった後、アスランとカガリは仲良く仮免の試験をうけ、合格した。
路上教習が始まって3日後に卒業式はやってきた。
(2006.8.11)
あとがき
本当は二回にわけてアップしたかったのですが、なんだかんだと、最終回と同時になってしまいました。
すいません。
自動車学校で、悪いムシが近づいてこないように、キラと共同戦線をアスランははりました。
きっといつも3人でいるのは目だったのではないかと思います。
えっと、自動車学校に通っていたのが随分昔のことなので、ちょっと嘘を書いているかもしれません。
さて、いよいよ次が最終回となります。