「そういえば今曰はさ、店の大掃除を手伝ったよ。」

駅前からカガリの家にむかう道すがら、彼女が話しはじめた。

「初めて手伝ったのだけど、大変だった。・・・疲れたぞ、とっても。」

そう言いながらもカガリは楽しそうにしていた。

「毎年手伝っているのかと思った。」

意外に思ったアスランはつぶやくように言った。

「あっ、うん、そうなのさ。父さんに言わせると神聖な仕事場だから・・・だそうだ。」

「ふーん。」

「今年は私も店を手伝っているから、やりなさいって言われた。

ほら、食べ物を扱っているから、毎日ちゃんと掃除はしているけどさ、やっぱり今日は違った。」

「そうか。」

楽しそうなカガリを見てアスランの心も和んだ。

 

今日は12月30日。

冬期講習の最終日だったこともあり、二人は駅前で待ち合わせをした。

そして軽く買い物をして、駅ビルのレストラン街で食事をした。

アスランは息抜きもたまには必要だからといって、予備校からメールをだしてカガリを誘ったのだった。

帰り道・・・丁度カガリの家の前に着いた時、アスランの携帯が鳴った。

「母さんからだ。」

コール音でわかった彼は、自分を見上げているカガリに微笑みかけ、珍しいなと首を傾げながら電話にでた。

両親は今日から都内のホテルに行っているはずだ。

アスランも明日カガリと近くの神社に初詣に行った後、合流することになっている。

「もしもし、俺だけど。」

「アスラン?母さんだけど、今いいかしら?」

「うん、まあ大丈夫だけど、できれば手短に・・・」

「あっ、カガリちゃんが側にいるの?そこはあなたの部屋?」

アスランはレノアの口調が今何時だと思っているの・・・と少し咎めるような感じに聞こえた。

きっと受話器の向うでは時計をみているに違いない。

「いえ、いま彼女を送っていっているところです。・・・それで何ですか」

「あら、じゃあ、あまり待たせてはいけないわね。」

「ええ、まあできれば」

アスランはそう答えてカガリの方を見た。

彼女はアスランと視線が合うと『じゃあ帰るから』と口を動かし、家の門を開けようとした。

アスランは慌てて空いている手で彼女の腕を捕まえた。

「わぁー」

急にひっぱられたような形になったカガリはこけそうになり、思わず大きな声をだした。

「あら、どうしたの。大失夫?」

カガリの声が耳に入ったレノアが尋ねてきた。

「大失夫です。ちょっと母さん、すいません。」

アスランはそう言って、カガリに向かって小さな声で、話しかけた。

「ごめん。母さんからだから、ちょっと待っていて。」

「でも・・・」

カガリは遠慮がちにアスランを見上げた。

アスランは、カガリの手をしっかり握って、彼女に訴えた。

カガリはアスランの様子に気がついて照れ臭そうにうつむいた。

アスランは彼女のその様子に満足した。

「すいません、母さん。待たせてしまって。」

「いえ、こちらこそ、ごめんなさい。」

「それで・・・何か・・・」

「その・・・アスラン、明日、こっちで一緒に夕食をとれないかしらと思って電話したの。」

「明日ですか?」

アスランが少しムッとした口調で答えた。

その様子を見てカガリが心配そうにアスランの腕をつついた。

「ええ・・・実はお父さんがあなたの進路のことで話がしたいと言い出して・・・」

「え・・・父さんが?」

アスランの顔色が少し変わった。

「そうなの。今日、今学期の成績とか進路関係の資料とかを見ていただいたのよ。

そうしたら・・・どうもあなたが出した進路希望のことで気になることがあるみたいで・・・。

あなたを呼べ、って言われてしまったの。」

「進路ですか。」

そう言ってアスランは黙り込んでしまった。

彼はなんとなく思い当たった。

確かこの間の進路の希望にはT大の理T、文Uの順に書いた覚えがある。

どちらを第一志望にしようか悩んだのだが、もともと機械いじりが好きなこともあり理Tを第一希望にした。

どうもそれが父パトリックは気に入らなかったのだとアスランは感じた。

自分の後を継ぐつもりなら文Uに行ってマクロ経済を学べということなのだろう。

まあ文Uに行っても面白そうな気もするし・・・

彼自身はまだどこの学部にいくか決めかねているのも事実だった。

「ええ、そういうことよ。じゃあ、明日18時にはホテルに来てくれるかしら・・・」

アスランはちらりとカガリの方を見た。

彼女は心配そうに自分を見つめていた。

「母さん・・・明日じゃないといけませんか?」

アスランは母親に頼んでみた。

「明日は・・・その約束があって・・・明後日でも・・・」

「年が明けてしまうとまた挨拶など時間をとってしまうから、明日がどうしてもいいとパトリックが言っているの。」

レノアは申し訳なさそうに続けた。

「あなたに約束があるのは、わかってはいるけれども・・・そちらの方の時間を変更できないかしら。」

アスランは大きくため息をついた。

その様子が思い浮んだレノアは彼に気づかれないように笑った。

アスランがここまで露骨に感情をだしてくるということは、たぶんカガリと会う約束なのだろう。

だが、今回はちょっと譲れない・・・とレノアは思っていた。

アスランはちゃんと進路のことをパトリックに言う必要があるとレノアは思っていた。

日頃、忙しくてあまりアスランと話す機会がないパトリックの方から声をかけてきたのだ。

この機会を逃す手はないのだ。

 

一方、話を黙って聞いていたカガリは自由な手の方でアスランの袖を引っ張った。

何?とアスランが顔を向けると彼女は小さな声で言った。

「私は大失夫だから、行けよ!」

カガリは彼の話す内容から進路のことで、アスランの父が食事を一緒にとりたがっているのではないかと思った。

とすると、これはいい機会じゃないかと彼女もレノアと同じことを感じていた。

カガリはアスランとその父親であるパトリックの仲が自分の父との関係に比べると良好ではないと思っていた。

別にアスランはパトリックを嫌っているわけではないことも、

むしろ彼はパトリックに認めてもらいたいと思っていることもまたカガリは知っていた。

おじさんは気難しいからな・・・カガリはアスランの父、パトリックのことを感じていた。

(レノアに言わせると似たもの親子らしいのだが・・・。)

だから彼女もアスランには自分との約束よりはパトリックとの食事のことを優先して欲しかった。

だが、アスランは彼女の態度に顔をしかめ、首を横に振った。

「アスラン、食事が終ってからカガリちゃんと会えばいいじゃないの。」

「えっ」

とその時、アスランに対してレノアは提案した。

「ホテルには元旦の日に来ればいいわ。そしたらカガリちゃんとゆっくりできるでしょう。」

「母さん、それって・・・。」

アスランは真っ赤になった。

まったくこの人は・・・理解があるというかなんというか、アスランは自分の母親の言葉に半ば呆れた。

普通は違うと思うのだけれど・・・カガリに関してはとても寛大だよな。

カガリはきょとんとその様子を見ていた。

「わかりました。」

受話器の向こうでレノアがホッとしたような感じがした。

「明日は夕食をとりにホテルに行きます。何時に行けばいいですか?」

カガリはアスランのその答えを聞き、嬉しそうに笑い、彼の手をギュッと握った。

アスランはレノアと話しながら、カガリを思わず見つめた。

「はい・・・じゃあ、また明日。」

アスランは携帯をコートのポケットにしまった。

 

「ごめん・・・カガリ。明日は夕方一緒にいられない。」

「いいよ。気にするな。・・・お父さんと話できるだろう?」

カガリは安心させるように彼に向かって答えた。

「うん、まあ。」

「ちゃんと、話をしろよな・・・進路のことだろう?」

「うん。わかった。」

その返事を聞いたカガリは満足そうにしていた。

「頑張れよ。」

「ああ・・・。でも、初詣は一緒に行こうよ。」

「無理しなくていいぞ。だって初詣に行ったら、またホテルに戻るだろう?」

カガリは遠慮がちに答えた。

一緒に行きたい気持ちはあるが、アスランは受験生なのだ・・・ホテルで勉強したほうがいい。

「いや・・・食事が終わったら・・・戻ってくるから。その・・・誘いに行っていい?」

アスランは首を振ってカガリに言った。

「カガリの家で少しは紅白歌合戦見られると思うし・・・。だめ?」

カガリは戸惑った表情を見せた。

アスランの気持ちはとても嬉しいが・・・ホテルに何回も行くことになる。

「・・・初詣の後にホテルには行かないから・・・。だから・・・行かないか、一緒に。」

えっ、とカガリが驚いた顔を見せた。

「いいのか?」

「ああ。母さんもいいって言ってくれたし。・・・いいだろう?」

「うん。・・・わかった、待っている。」

カガリははにかみながら答えた。

「待っていて・・・」

アスランは、カガリの肩に手をあて、顔を近づけていった。

カガリも彼の動きにあわせて目を瞑った。

二人の唇が重なる。

「約束だよ。」

「うちで年越しそば食べような?」

「ああ・・・」

アスランは顔を近づけながら答えた。

再び重なる唇。

名残惜しそうにアスランは何度も何度もカガリの唇を堪能した。

そして、深い口付けの後二人は抱き合った。

アスランの胸に顔を埋め、しばらく余韻を味わっていたカガリの顔にもう一度彼の顔が近づいた。

軽い口付けを交わし、二人は体を離した。

このままだと離れがたくなる・・・アスランはそう思った。

「また明日。」

そう言ってアスランは自分の家の方に歩き始めた。

と・・・腕が引っ張られていた。

驚いてアスランが振り返ると、珍しくカガリが彼の手を握っていたのだ。

「カガリ・・・」

「頑張れよ!アスラン。」

照れくさそうに、そう言ってカガリは手をギュッと握って離した。

 

(2005.6.12)

 

あとがき

まだ年を越していません。

大晦日に話をしようかと思いましたが・・・ちょっと変えました。

甘い大晦日を過ごせると思っていたアスラン君でしたが、お父さんと進路の件で食事会となります。嵐の予感?

知っている方もいらっしゃると思いますが、某T大の文Uは経済学部、理Tは工学部となります。

・・・なんて管理人も知らなかったので、HPでしらべました。

 

 

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