「ユンヌ フレーズ(une fraise)は苺。・・・それから」

カガリはテーブルの上のノートをめくった。

「ユンヌ ポム(une pomme)はりんご。・・・えっと、バターは・・・」

「ブール(beurre)」

自分の机に向って、英語を勉強していたアスランが振り向いてクスリと笑いながら答えた。

 

お正月

 

カガリは軽くアスランを睨んだ。

「じゃあ、塩は?」

「セル(sel)」

「じゃあ・・・グレープフルーツは?」

「えっと・・・アン パンプルムース(un pamplemousse)だったかな。」

「当たり・・・。・・・というか、お前、自分の勉強をしろよ。」

カガリが悔しそうに言った。

「だって、カガリの声が気になってしまったから。」

アスランはそう言ってクスクスと笑い椅子から立ち上がり、カガリの隣へとやってきた。

「悪かったな。」

カガリはそう言って、辞書をぱらぱらとめくりはじめた。

 

今日は12月29日・・・カガリの実家のケーキ屋は今日から年末の休みに入っていた。

毎年、正月の2日から店を開けるため、年末の休みが少し早いのだ。

そこで、アスランの冬期講習は年末の30日まであるのだけれども、

カガリはアスランの部屋に夕方から遊びにきていた。

クリスマスの忙しさがひと段落したところで、カガリの家の手伝いが9時から17時になったので、

実はクリスマスの次の日から毎日彼女はアスランの部屋に通っていた。

アスランの勉強を邪魔しないようにフランス語の勉強やレシピ帳の整理を行っているのである。

そのあと、一緒に夕食をとり、アスランが彼女を家に送るというのがここ最近の日課だった。

 

辞書で単語の意味を調べた後、カガリは自分のレシピ帳に書き加えていった。

アスランはその様子を見ながらテーブルに置かれている辞書を手にとって呟いた。

「ちゃんと、使ってくれているのか。嬉しいな。」

その言葉を聞いて、カガリが頭をあげた。

アスランが手に持っているのは仏和辞典だった。

「ああ・・・それ。うん、使っているよ。その・・・英語の単語もついているからとても助かるよ。」

カガリがアスランの手にある辞書を広げ、指で示しながら説明した。

「カガリは英語が好きだろう。だから、それがいいかな、と思って。」

「どうもありがとう。嬉しかったよ。買おうかどうか迷っていたところだったし。」

カガリはニコニコとアスランに向かって答えた。

「どういたしまして・・・喜んでくれて嬉しいよ。」

その仏和辞典はアスランからカガリへのクリスマスプレゼントだった。

本当は何かアクセサリーをプレゼントしたかったのではあるが・・・

まだ高校生の身分、指輪なんて・・・まだ早いかな・・・自分も気恥ずかしかった。

それに、あまり高価のものをカガリに渡すと彼女が遠慮して受け取ってくれないということも考えられる。

アスランは考えに考えて、今回はアクセサリー類を買うことをやめて、

最近フランス語に興味を持っている彼女が必要としているものを送ることにした。

 

「今日はレシピ帳だけなの?」

アスランはテーブルの上を見て言った。

「うん。フランス語のテキストの方は置いてきた。両方持ってきてもどっちかしか出来ないってわかったから。」

「そうか・・・」

「お前が選んでくれたあのテキストもわかりやすいぞ。」

カガリははにかみながらアスランに答えた。

アスランから辞書をもらったカガリは、彼にフランス語を勉強したいと告げた。

すると、彼は本屋へ行って、まず自分で勉強を始められるようにフランス語のテキストを買ってきてくれたのだ。

「そうか。それはよかった。」

「なあ・・・あれを3月までやって・・・それから一緒にフランス語教室に行こうっていったよな。」

「ああ、いったよ。」

「でもやっぱり年があけたら行きたいな・・・と思っているのだけど、だめか?」

アスランの眉間にしわがよった。

その様子をみて・・・カガリが小さな声で続けた。

「やっぱりだめか・・・」

「4月からで大丈夫だよ。変なところに通ってもしょうがないからゆっくり教室を探して4月から行くという感じだと思うけど。」

カガリはアスランを上目遣いでじっと見つめたあとポツリと呟いた。

「わかった。」

アスランはその様子に苦笑し・・・宥めるかのように彼女の頭をポンポンとたたきながら言った。

「あのテキストをやって通ったら随分違うと思うからさ・・・」

「貸して。」

カガリはアスランの手から辞書を受け取り、また新しい単語を調べ始めた。

 

アスランはちょっとすねているカガリの様子を見ながら、

彼女が先ほどまで書き込んでいたレシピ帳を手にとって尋ねた。

「ねえ、これ見てもいい?」

そして、辞書をめくっているカガリの返事を待たずに、ページをめくり始めた。

彼女は生返事を返しただけで・・・気がついていないようだった。

ところどころ色が塗ってある拙いケーキのスケッチ画とメモがあらわれた。

ケーキの名前なのか、絵の上に「ガトーショコラ」など書いてあった。

「ねえ・・・俺のケーキってどこにあるの?」

「俺の?」

カガリは辞書から顔をあげた。

「あ・・・お前、何を見て・・・」

カガリが恥ずかしそうにアスランの手からレシピ帳をとろうとした。

が、彼はさせなかった。

「見ていいって、聞いたじゃないか。・・・で、俺のケーキは?」

カガリはアスランの言っている意味がわからず、きょとんとして彼を見つめた。

「いや・・・あの・・・クリスマスの時に持ってきてくれた・・・ケーキってどこにあるのかと思って・・・」

アスランは顔をほんのりと赤くしながらさらに聞いた。

「え・・・」

カガリの顔も少し赤みを帯びてきた。

「いや・・・あれは・・・べっ、別なノートで、ここにはない。」

「別?」

「このノートは父さんのケーキ、・・・店で売っているケーキの作り方だから。」

「そうか・・・、別なのか。」

カガリは心なしかアスランが嬉しそうにしているのを感じた。

「俺のケーキ専用のレシピ帳があるの?」

「ち、違う・・・って、アスラン専用じゃなくって・・・私が考えたケーキの作り方をのせているレシピ帳がある。」

カガリは少しムキになって答えた。

が、落ち着いて考えてみると、まだ自分のオリジナルケーキのレシピ帳には彼のためのケーキしかないことは確かだ。

そのレシピ帳には甘いものが苦手な彼のために、カガリなりに試行錯誤をした内容をメモしていた。

「ま・・・まあ、今は確かに、お前のケーキしかないけど・・・さ。」

いつのまにかカガリの肩にて手をまわしていたアスランは、彼女の顔を自分のほうへ向けた。

そして、とても嬉しそうに笑い顔を近づけてきた。

カガリは目を閉じ、二人の唇が重なった。

いったん唇は離れたが、すぐにアスランは彼女の唇を覆った。

深くなっていく口付け。

クリスマス以降、彼の部屋に毎日来ているが、こんな濃厚なキスはクリスマス・イブ以来だった。

 

アスランは彼女を押し倒し、首筋へと唇を這わせ始めた。

身をよじりながらカガリはアスランに話しかけた。

「そうだ。大晦日はどうする?いつのものように神社に行けるか?」

アスランは顔をあげて、カガリの顔を見つめた。

「ああ、大丈夫だ。・・・けど、帰りはそのままホテルにいる母さん達のところへ行くと思う。」

「じゃあ、うちで紅白歌合戦見るか?母さんも一緒にどうかなっていっていたよ。」

返事をしたあと、再び彼女の首筋に顔を近づけようとしたアスランは動きをとめ、一瞬考え込んだ。

「・・・うちで一緒に見ないか?」

アスランは体をおこしながら、少し小さな声で言った。

もともと幼馴染なので、彼女の家に行ったら一緒にリビングで紅白歌合戦を見ることになるだろう。

カガリとのことを彼女の父親に知られた今は、彼ともリビングで過ごすのは少し気恥ずかしかった。

それだったら、カガリと一緒に自分の家で見たほうがいいと思ったのだ。

自分の両親は、昼過ぎから都内のホテルに行ってしまうこともあるし。

「だめ?」

体を起こしているカガリをちらりとみながらアスランは言った。

「いいよ。」

クスクスと笑いながらカガリは答えた。

そして今度は彼女が彼の首に手を回しながら身を預けながら聞いた。

「母さんから年越しそばの作り方聞いてくればいいか?」

アスランは彼女を抱きしめた。

「ああ・・・頼む。」

しばらく二人は黙ったまま抱き合っていた。

口を開いたのはカガリだった。

小さな声で彼の耳元で言った。

「大晦日はゆっくりしよう、な。」

その言葉を聞いたアスランは彼女の気持ちで胸がいっぱいになった。

またカガリに顔を近づけて彼女の唇を覆った。

しばらく堪能したあと名残惜しそうに唇を離して、ポロリと呟いた。

「あとは大晦日まで我慢か・・・」

そして部屋の時計を見つめた。それは21時15分を指していた。

「お前・・・馬鹿・・・」

カガリが真っ赤な顔になっていた。

「あっ・・・ごめん。」

彼女にそんなことを言われると思ってなかったアスランも真っ赤な顔で答えた。

「いや・・・その・・・えっと・・・21時過ぎちゃったし・・・これから送るよ。」

「そうだな・・・。片付けるよ。」

カガリが極上の笑みをアスランに向けた。

 

(2005.5.15)

 

あとがき

えっとアスランからカガリへのクリスマスプレゼントを何にしようかさんざん悩んで仏和辞典にしました。

どうしようかと思ったのですが、まだ高校3年生だし、やっぱり指輪は早いよね・・・と管理人の基準で思っています。

カガリは英語が得意だということにここではなっているので、管理人は自分が持っている西和辞典を基準に書いちゃっています。

カガリからアスランのプレゼントですが、ケーキのほかにもありますよ。なんでしょうね。

さて次は大晦日かな・・・年が明けるとアスランの試験が本番となってきます。

 

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