−くも膜下出血について−
Katoh H et al. : Seasonal variation in the effect of climate on the incidence
of subarachnoid
hemorrhage in NDMC Hospital. J Natr Def Med Coll 28(3): 86-92, 2003.
昨年発表の論文です。英語で書かれていますが、日本人の日本でのくも膜下出血に関する研究
です。ちなみに、タイトル中のNDMCという語は、National Defense Medical College(防衛医大)の
略だそうです。
1)要旨
以前から、低い気温がくも膜下出血の危険因子であるという報告がありますが、詳細はわかっ
ていません。この研究では、3年間で防衛医大付属病院(埼玉県所沢市にあります)に入院したく
も膜下出血患者151例について、気象因子との関連性について調査されました。気象因子は、最
高気温、最低気温、平均気温、日中気温較差、前日との気温較差、平均気圧、前日との気圧較
差、平均風速などの14種類です。くも膜下出血が発症した日(147日)としなかった日(949日)と
の2群にわけ、それぞれの群間の気象データの違いを検討しました。
結果は、1年の中で、2月にくも膜下出血の発症が多かったようですが、有意差はありませんで
した。しかし、くも膜下出血が発症した日は、発症しなかった日と比較して、有意に気温が低かっ
たそうです。また、春には、くも膜下出血が発症した日は、前日との気温較差が小さかったという
特徴があり、著者らは、春は、これから暖かくなる季節だから、前日よりちょっとでも気温が下が
ると、通常感じるより余計に寒く感じられるから、血圧等が激しく変動してくも膜下出血が発生し
やすいのだろう、と考察しています。
2)私の意見
「気候と脳卒中」のコーナーでのおさらいです。くも膜下出血の発症と気象因子との関連性は、
脳梗塞や脳出血の場合ほどはっきりした特徴はない、と言われていますが、
@ 晩秋、晩春に多そうだ。
A 気圧の変化が大きいときに発症しやすい。
という報告はあります。
今回の論文との共通点は、晩春に発症しやすい、という点です。著者らの言うように、春は、
これから夏へと季節変化していく上で、気温が日毎に上昇してきますので、われわれはその気
温変化に体調を合わせていきます。そこへ、突然、上空に寒気が流れ込んできて気温が予想
外に下がってしまうと、その気温変化が余計に大きく感じられ、寒さが肌にしみるようになってし
まうわけです。たとえば、3月下旬や4月に入ってからも、東京では季節外れの降雪が見られる
ことがしばしばありますよね。そのような時は、しまいかけてたマフラーなどをあわてて引っ張り
出して首に巻いて外に出て行くわけですが、もし、それをしないと、寒さを直接肌で感じてしまい、
おそらく血圧が上がってしまうでしょう。そのようなことは、若いうちは全然平気なのですが、年を
とってくると大変です。とくに、高血圧の持病をお持ちの方は、血圧の上昇がより激しくなり、くも
膜下出血や脳出血などを起こしやすくなってしまうわけです。
そこで、予防策として、
@ 5月になるまでは、冬用の衣類をすぐに出せるようにする。
A 天気予報の「明日の気温」と、「今日との気温較差」には必ず注意する。
B 2月から4月は、とくに注意する。
以上の3点は非常に重要だと思います。私の印象では、前日より5度以上、とくに10度以上気
温が下がると、とても寒く感じます。マンション住まいの方は、意外と室外の気温変化を感じにく
いので、天気予報の気温の情報は必ず毎朝チェックするようにしましょう。部屋の中が暖かくて
も、外へ出ると予想外に寒いことがよくあります。
あと、今回の論文では、気温が低いことがくも膜下出血の発症と関係が深いことが示されまし
た。
実は、くも膜下出血は冬に多くて夏に少ない、という報告は結構あります(Tetuji I et al. J
Neurosurg 96: 497-509, 2002., Inagawa T et al. J Neurosurg 93: 958-966, 2000.)。やはり、
冬は寒いので、血圧が上がりやすく、脳動脈瘤が破裂しやすいのだろう、というのが主な理由
でしょう。しかし、ただ気温が低いから、という理由だけでは、なぜ晩秋や晩春にくも膜下出血
が発症しやすいのかが説明できません。
結局、晩春は、前日との気温変化が予想外に大きいと、血圧コントロールがつきにくくなるか
ら、くも膜下出血を起こしやすいのに対し、真冬などの寒い日は、室内と室外の温度差が激しい
ので、やはり、血圧変動が大きくなってしまうためにくも膜下出血を起こしやすくなるのだろう、
と考えられます(これは、「気候と脳卒中」の「脳出血」のコーナーで触れさせていただきました)。
具体的予防策については、「気候と脳卒中」の「くも膜下出血」と「脳出血」のコーナーをご参照
ください。(下記をクリック!)