カガリが気になった店を覗きながら、二人は竹下通りを歩いた。
結局、買い物をしたのはあのアクセサリーの店だけだった。
ある店で、いくつかの帽子を手にとって被っては見たものの・・・
また別な店では、布製のバックをあれこれと手にとって、考え込んだのだが・・・
カガリは結局買うことはしなかった。
アスランはころころ変わる彼女の表情に見惚れて、
気に入ったなら、プレセントするよ・・・という言葉が言い出せなかった。
竹下通りをぬけたところでアスランはカガリに声をかえた。
「おなかすかないか?」
「あっ、そうだな。」
カガリは自分の腕時計を見た。
「今から食べると丁度いいかも・・・。」
アスランの顔を見上げて、カガリは告げた。
「何が食べたい?」
聞かれると思っていなかったのか、カガリはうんと考え込んだ。
そしてちらりとアスランを見た。
ミリアリアと一緒の時は・・・時々は雑誌とかにのっているお洒落感じの・・・
デザートとかもたっぷりある店とかに行くのだけど・・・
(まあその大半はミリアリアがみつけてくれるのだが。)
けどアスランにはちょっと・・・かもしれない。
それに場所を覚えてないよな・・・私。
どうしようか・・・カガリは考えたが、あまりいいアイディアは浮かばなかった。
しかたなく、彼女は時々行っている通りの向こうに見える店を指した。
すると、カガリが何を言おうとするか思い当たったアスランが先に言葉を発した。
せっかくの初めてのデートだから・・・それに原宿まで来たし・・・
自宅近くでも行けるファーストフードはさすがに行きたくなかったからだ。
「えっと、母さんにいくつかこの辺りにある店を聞いてきたから・・・そこのなかのどれかにしない?」
けれども、アスランは、馬鹿正直にレノアに聞いてしまったことをカガリに伝えた。
「おばさんに?」
「母さんの東京での仕事場がこの近くにあるから・・・聞いてみた。俺、この辺りあまり知らないし・・・。」
一瞬、目を丸くしていたカガリが、今度は好奇心のまなざしで尋ねてきた。
「おばさん、この辺りで働いているのか。」
「普段は研究所だけど、週に1回は会議があるから来ているみたいだよ。」
「わざわざ聞いてくれたのか・・・ありがとう、アスラン。」
カガリは満面の笑みで嬉しさを表しながらアスランの腕にしがみつき、見上げてきた。
「いや・・・。それでフレンチとイタリアン・・・あとサンドイッチの店・・・どれがいい?」
カガリはじっとアスランの顔を見つめ・・・尋ねた。
「アスランは、その教えてもらった店のどこかに行ったことがあるのか?」
「えっ・・・ああ・・・サンドイッチの店には・・・。」
「じゃあ、サンドイッチの店!」
確かにその店は自分も一度行ったので、余裕を持って案内ができる・・・が、
カガリが自分に気を遣っているのだろうか・・・と気になり、アスランは戸惑いがちに尋ねた。
「いいの?」
「うん!」
レノアに紹介してもらったということは、きっとどこのお店もお洒落で素敵なところだろう。
だが、フレンチやイタリアンはまだ自分達には少し早すぎるような気がした。
カガリ自身、父親の仕事柄、家族でたまにフランス料理を食べに行ったりしていることもあり、そう思ったのだ。
「試合の時間もあるし・・・・。他のところはまた次にすればいいだろう?」
彼女の口から紡がれる『次』という言葉にアスランの胸が躍った。
「そうだね。・・・じゃあ行くか。」
二人は竹下通りの出口を右に曲がり、歩き始めた。
彼女は歩きながら、アスランがレノアに聞いた様子を想像した。
私と出かけるから・・・とアスランはレノアに言ったのだろうか?
それとも、私と出かけることは言わないで尋ねて、いろいろ追求されたりしたのだろうか?
いろいろと想像すると自然に笑みがこぼれてきた・・・が、そのことに気をとられて人とぶつかりそうになった。
それに気がついたアスランは慌ててカガリの腕を掴んで引き寄せた。
「ちゃんと前を見て歩けよ。こっちだから・・・」
少し呆れたようなトーンでアスランはそう言って、カガリの手を握った。
大きな交差点を左に曲がり、表参道の駅へと歩き始めた。
そして、しばらく歩いた後、ある角を右に曲がり、ある家の前で立ち止まった。
え?・・・家?
カガリはきょろきょろと周りを見ました。
門の向こうにはテーブルがいくつか見えた。
11月も後半なので、さすがに外で食べている人はいなかった。
「なんか一軒家をお店にしているらしいよ。」
アスランはそう言って、門の中を入っていった。
二人はテーブルの間を通り抜け、玄関を入り、料理が置いてあるリビングへと向かった。
「わぁー」
カガリはショーケースに並んでいるハムや卵、チキンなどの食材に目を奪われた。
「好きなのを選んでサンドイッチにしてもらえるのか。」
「パンも何種類かあって、好きなのを選べるんだ。」
アスランは頷きながら答えた。
迷うな・・・とカガリが小さく呟きしばらくガラス越しの食材を眺めていた。
「うまい!」
カガリがサンドイッチをほおばって一言発した。
じろりとアスランがにらんだ。
カガリは首をすくめた。
「いいじゃないか・・・別に。うまいものは、うまい。」
「でも女の子だろう。言葉遣い・・・」
「うるさいなぁ。」
カガリはムスっとした顔を見せたが、空腹には逆らえないようで、サンドイッチをもう一口ほおばった。
「やっぱり、う・・・、おいしい!」
うまい・・・といいそうになったカガリは、口を押さえながら言い直した。
アスランはその様子に思わず噴出した。
カガリは少し赤い顔をして不満そうに言った。
「なんだよ。せっかく・・・直したのに。」
「悪い。・・・でも嬉しいよ、直してくれて。」
以前なら直そうなんて絶対しなかっただろう。
そう思うとアスランは自然に顔が綻んでいた。
恥ずかしいのか、カガリは話題を変えた。
「しかしここは・・・なかなかいいな。いいところ教えてくれてありがとう。」
急にお礼を言われてアスランはサンドイッチを口に入れようとして止めた。
「原宿には、たまにミリアリアと来るけど、私はあまりお店を知らなくて、いつもミリアリアに頼っているから。」
「そう。」
「今度は私がミリアリアにいいお店があるって誘える。」
やった・・というカガリにアスランは嬉しくなった。
食事の後、二人は歩いて秩父宮のラグビー場を目指した。
大きな通りを10分ほど歩いていくと、大きな交差点にさしかかった。
青山ベルコモンズと書かれているビルが見えた。
そこまで来ると同じ方向に向かっている人達が目に入ってきた。
そのビルの前を通り、次の交差点を道なりに斜めにしばらく歩くと、秩父宮ラグビー場の入り口が見えてきた。
「すごい人だな。」
アスランは競技場の入り口にいる人を見て言った。
「早慶戦だから、当たり前だ!」
カガリはちょっと得意そうに答えながら、また、自分の時計を見た。
「わぁー、キックオフ20分前だ。急がなきゃ。・・・席があるかなぁ。」
カガリは繋いでいた手をさらにギュッと握り、アスランを引っ張るように観客席へと入っていった。
体勢を立て直しながらアスランは目の前に広がった緑色の芝生に目を奪われた。
「やっぱり、上の方しか空いてないか・・・。でも、仕方ない。」
「え?」
カガリの言葉にアスランが観客席の方を見ると、両サイドのゴールポストの後ろはまだ人もまばらだったが、
メイン席、バック席はかなりの人で埋まっていた。
「カガリ、ここだと上の方に行かなくても・・・」
二人は丁度、ゴールポストの後ろ辺りにいた。
「ここよりは、あっちのバック席の方がいい。だって全体が見えるから・・・」
カガリはそう言って、アスランを引っ張ってバック席の方へずんずんと歩いて行った。
彼女はバック席のほぼ真ん中の上から十段くらいのところ・・・
観客席の丁度上から4分の1くらいのところの席に座った。
「ここでいいのか?」
初めてラグビー場に来たアスランがカガリに聞いた。
「ちょっと上だけど・・・でも大丈夫だと思う。」
そう答えながら、カガリは肩から提げていた袋を開け、ひざ掛けを取り出した。
彼女はそれを広げながら、上機嫌で笑いながら言った。
「いつもは、キラとこのひざ掛けに使って見ていた。
まあ試合に夢中になると、私は立ち上がってしまうから、あまり役に立たないのだけど」
「そっか。・・・その・・・カガリはラグビーを見によく行くのか?」
「早慶戦だけだ。中学までは父さんとキラと3人で来ていたよ。」
それからカガリはアスランに父親のことを話し始めた。
カガリの父親は高校時代ラグビーをやっており、大学には行かずケーキ職人の道を選んだ後も続けていた。
留学先のフランスでも地元のチームに所属するほどだった。
アスランはその話を聞いて驚いた。
確かにカガリの父親は精悍ではあるが、かなりスリムでとてもラグビーなんてイメージがもてなかったからだ。
そのことをカガリに伝えると、彼女は笑いながら答えた。
「バックスだから・・・。ほら、ダコスタだってラグビー部だけどあまり見えないだろう?」
アスランはダコスタを頭に浮かべて納得した。
「そういえば、さっき『中学までは・・・』って言っていたけど、去年は行かなかったの?」
ああ・・・カガリが思い出したように答えた。
「去年はダコスタ達と・・・クラスの友達と行った。20人くらい集まったかな。」
そんなに?とアスランは目を丸くした。
カガリは思い出し笑いをしながら続けた。
「キラもクラスが違うのについてきたな・・・。父さんと二人きりは嫌だったのかな。」
アスランは思わず噴出した。
でも、そこで気がついた。
そういえば今年は・・・そう思った時にカガリの声が聞こえた。
「今年もみんな来ているよ。ほら、あそこ。」
アスランの表情でわかったのか、カガリが小さく下の方を指差して言った。
彼女の指差すほうを見てみると、人を待っていたのか立ち上がって上を見上げていたダコスタと目があった。
彼は軽くウィンクをしたが、アスラン達の側にはこず、そのまま座ってしまった。
「行かなくていいのか?」
カガリはアスランの問いに、きょとんとした後、少し頬を染めた。
「いいよ・・・。今日はアスランと来たし・・・。」
アスランはその言葉が思わず頬が緩むのが止まらなかった。
その時、歓声が上がった。
選手たちがフィールドに登場してきたのだ。
接線の末、カガリが応援していた早稲田が勝った。
そのせいか帰り道で彼女は上機嫌だった。
アスランは試合終了時にカガリが勝利の感激で抱きついてきたのでドキマギとした。
実は試合が始まったあとのことをアスランは余りよく覚えていなかった。
ボールを持った選手が走りゴールポストが近くなるにつれ
ウォーと歓声が競技場を包み込み、揺らした。
カガリも試合前に言ったとおり立ち上がり「行け!」と叫んでいた。
アスランも後半に入ると一緒に立ち上がり試合に見入っていた。
「どうだった、試合。」
帰りの電車の中でカガリはアスランに尋ねた。
二人はラグビー場から歩いて、竹下通りの店により、頼んでいた品物を受け取った。
それから座って帰るために、新宿で、各駅停車の始発電車に乗ることにしたのだ。
「初めて競技場で見たけど面白かったよ。誘ってくれてありがとう。」
カガリが嬉しそうに笑いながら首を振った。
「こっちこそ、ありがとう。面白かったなら嬉しいよ。」
彼が彼女を安心させるために言っているわけではないとわかって安心した。
しばらくすると疲れからか・・・電車の揺れが気持ちいいのか・・・カガリが小さいあくびを始めた。
そしてコトリ・・・とアスランの肩にカガリの頭が当たった。
そっと見てみると、あどけない顔をして眠っているカガリの顔が目に入った。
アスランは彼女の体勢が楽になるようにそっと体をずらした。
もしかしたら昨日はよく眠れなかったのかな・・・うぬぼれていいのかな・・・
カガリは昔から楽しいことの前日などは興奮して眠れないタイプだった。
たぶん今もそうじゃないかとアスランは思っている。
高校の行事がある時も前日は眠れずキラと夜更かしをしているのだ。
今日も楽しみにしていれくれたのかな・・・そう思っていいよな・・・
アスランはカガリの寝顔を見ながら思っていた。
と、その時、ジャケットのポケットに入っていたアスランの携帯が鳴った・・・というか、鳴りながら震えた。
ちょうどカガリが体を預けていた側のポケットだった。
カガリが預けていた頭を起こし、目をこすった。
アスランは、カガリを起こしてしまったので、小さくため息をついて携帯に出た。
相手は誰だかわかっている。
「キラ、悪い、今電車だ。」
「あ・・・ごめん。真面目にちゃんと帰ってきているのか。よかった。じゃあ、メール入れる。」
そう言って、キラは電話を切った。
「キラからだったのか?」
アスランは頷いた。
「悪かったな、起こして。」
そして、またポケットに携帯をしまおうとした。
そういえば・・・カガリはふと自分のポケットにあるものを思い出した。
「アスラン、それちょっと貸して。」
カガリはアスランの手から携帯を受け取り、ポケットから取り出した小さな紙袋をあけた。
そこにはAとCのアルファベットのパーツを使ったストラップが入っていた。
カガリはそのストラップをアスランの携帯につけ始めた。
アスランは驚いてカガリの顔と手を交互に見つめた。
「この間借りた時にストラップがないのが気になっていた。」
「えっ、でも・・・」
「いいって・・・。その・・・また携帯を借りるかもしれないし・・・だ、か、ら。」
カガリはアスランに携帯を渡しながら言った。
「それに・・・今日の記念。」
小さな声でカガリは言った。
駅に着いた二人は歩いて家へと向かった。
10分もすればカガリの家の前に着いた。
「今日は楽しかったよ。また出かけような。」
「ああ・・・」
もう少し一緒にいたいのだが、アスランは上手く言葉がでてこなかった。
「じゃあ・・・また明日な!」
カガリはそう言って門を開け、玄関へと向かって歩き始めた。
まだ一緒にいたい・・・
それはほとんど無意識の行動だった。
アスランはくるりと背を向けたカガリの右腕を掴んで引き寄せた。
目を丸く開いて自分を見上げているカガリが腕の中にすっぽりおさまった。
彼女のうっすらと赤い唇が目に入った。
アスランは吸い寄せられるように目を閉じ、顔を近づけていった。
そして重なる唇。
唇が離れた後、恥ずかしいのかカガリはアスランの胸に顔を埋めた。
「カガリ・・・」
アスランはギュッと彼女を抱きしめた。
「・・・好きだよ。」
彼女の肩に頭を埋めてアスランは囁いた。
「・・・知っている。」
カガリもそう言ってアスランの背中に手を回した。
彼は嬉しくてさらに力をこめた。
「痛!」
カガリの声にアスランは少し力を緩めた。
「・・・私もだぞ!」
カガリが小さい声で言った後、彼の手からすり抜けて玄関口まで駆けていった。
アスランは彼女が離れて行ってしまったことが寂しかった。
「今度は遊園地がいいな!」
だが、カガリの言葉に気がついた。
今日で終わりじゃない・・・まだ次がある。
「わかった。行きたい遊園地、決めといて。」
「うん。」
アスランは手を振って、自宅へと向かった。
今日は母レノアが久しぶりに家にいるはずだ。
きっと今日のことを聞かれるだろう・・・
まあいいや、カガリもあの店を気に入ってくれたし・・・
(2005.11.17)
あとがき
またまた、前回の更新からかなり日がたってしまいました。すいません。
なぜ止まっていたか・・・
実は、二人が買い物をして、食事をして、果たして歩いて秩父宮のキックオフに間に合うのか気になっていたのでした。
だって、原宿とか外苑とか最近行ったことがなかったので。
話に登場したサンドイッチやさんは、今休止中で、今月またオープンするそうです。
この話を書く時にインターネットで確認するために探してみました。
最後のシーンはずっと前から決めていたのですが、そこまでに到達するのにこんなに時間がかかるとは・・・。
本当にお待たせしました。