センター試験の初日、テストが終わり家に戻ったアスランは母レノアにパトリックのスケジュールを尋ねた。
進路の件について早めにけりをつけたかったからだ。
まあテストの出来が良かったのもあったのだが。
「パトリックの?」
レノアの言葉にアスランは頷いた。
「今日からヨーロッパの方に出張よ。」
「え?出張ですか?」
ちょっとアスランは勢いがそがれた気分になった。
明日、父と会えるなら、試験が終わってすぐにでも進路の件をいってしまおうかと思っていたからだ。
「金曜日には戻ってくるわ。でも、日曜からまた出張だからこっちには来ないはずよ。」
都心にもマンションだがアスランの家があった。
彼はあまり覚えていないのだが、幼い頃住んでいた。
レノアの仕事の都合もありアスランが幼稚園に入る前に今のところに家を建てたのだった。
「だから、私も今度の週末は向こうに行くつもりよ。」
ここ2、3年は仕事が忙しいのかパトリックは都心の家を主に使っていた。
レノアは仕事の合間を縫っては両方の家を行き来しているのだった。
「じゃあ、父さんは金曜日の夜は家で食事を?」
レノアは頷いた。
「俺も一緒に食事をしてもいいですか?
父さんに報告したいことがあるので。」
アスランの『報告』という言葉にレノアは驚いたように目を瞬かせた。
「あら、まだセンター試験は終わってないのに・・・。」
「いえ、もっと前から決めていました。
ただ、父さんと約束をしたから、センター試験はどちらにも必要な科目は全部受けますが。」
レノアの反応にちょっと不満そうに眉を寄せながらアスランは答えた。
彼女は息子のそんな様子を見て笑いたくなったが我慢した。
そんなことをすると彼は拗ねるだろう。
しかし、気持ちは決まっているのにパトリックと約束したからといってほぼ全科目を受けてしまうところは
まったく生真面目というか、いったい誰に似たのだか・・・今は機中の人だろうパトリックの顔を思い浮かべた。
「わかったわ。じゃあパトリックにはあなたから報告したいことがあるって伝えておくわね。」
「ありがとうございます。」
アスランはホッと肩の力を抜いた。
気持ちは固まっているのだから早く言ったほうがいいのだ。
約束も取り付けたので明日のテストにも集中できるだろう。
満足した気持ちでアスランは自分の部屋へと戻っていった。
次の日、自分の部屋で自己採点を終えたアスランは、うーんと背伸びをした。
手ごたえを感じていたようにまずまずの得点だった。
理系はほぼ完璧だといってもいいだろう。
たぶん数学と物理は満点だろうとアスランは思っていた。
「やっぱり理Tだよな。」
机の上の紙を見つめながらぽつりと呟いた。
気持ちがほぼ固まって受験したのもあるからか
点数をトータルすると、理Tの受験科目の得点の方が上回っていた。
―相変わらず歴史とか苦手だな。
この結果を見たカガリの口から零れてきそうな言葉がアスランの頭をよぎった。
「ああ・・・社会は苦手だよな。」
彼はそう呟いて立ち上がりベッドの上にごろりと寝転んだ。
本棚のおもちゃの車が目にはいった。
年末、カガリが持ってきたものを受験が終わるまで・・・といって預かったのだ。
点数がいいから理Tに行くわけではない。
あの時の想いを、小さい頃からの夢を実現するために行きたいのだ。
ちゃんとその事を父パトリックに告げなければ・・・
彼はそう考えて目を瞑った。
センター試験の終わった次の週の火曜日から学年末試験・・・卒業試験が始まった。
これが終わったら学校も休みに入り、後は卒業式近くまで学校に来ることはなくなる。
カガリは試験対策のため月曜日から学校の帰りにアスランの家によって勉強をしていた。
試験範囲は12月、1月の授業なので、アスランのアドバイスのもとなんとか乗り切れそうだった。
「自分はキラと違って試験勉強はしていたぞ。」
彼女の言葉にアスランは苦笑した。
金曜日にパトリックに会いに行く事を彼はカガリに告げた。
彼女は嬉しそうに笑った。
その笑顔に見惚れながら、アスランはふと彼女の進路のことが気になって尋ねた。
「そういえば・・・カガリは専門学校どこにするか決めたの?」
彼女の父親と相談して決めるというところまでしか聞いていない。
結局どうなっているのだろうか・・・。
もう決まっているのに聞かされていないのだろうか・・・。
「まだだ。」
彼女は首を振りながら答えた。
「ああ、でももう2校までに絞られているけど、どっちに行くかはまだ決まっていない。」
「何処にある学校なの。」
まだ決まっていないことにホッとしながらも、アスランは気になって更に尋ねた。
「えっと・・・はっきり覚えてないや。
来週、店の定休日に父さんと行ってみることになっている。」
それから、カガリはアスランの表情を窺いながら小さな声でポツリと言った。
「・・・決まったら一番に教えるよ。」
その言葉にアスランは満足して、顔が赤い彼女を思い切り抱き寄せた。
試験の最終日、いつものように二人は待ち合わせをして帰っていた。
カガリは高校生活最後の試験も終わり、晴れ晴れとしていた。
が、校門近くで彼女は足を止め振り返り、校舎と運動場を見つめた。
「どうした?」
彼女が立ち止まったことに気がついたアスランは声をかけた。
「次に来る時は卒業式なのかな・・・と思って。」
彼女の言葉にアスランも思わず校舎を見つめた。
「そうだな・・・そう思うと、ちょっと寂しいな。けど、まだあと何回かは来るだろう。」
アスランの言葉にカガリは思わず彼の腕に甘えるようにしがみついた。
彼が自分と同じように感じていたのが嬉しかったのだ。
珍しく積極的な行動に驚きつつもアスランは彼女のしたいようにまかせ、二人は学校をあとにした。
10分も歩けば、アスランの家の前に着く。
いつもなら『寄っていくか?』とアスランが尋ねるのだが、今日は違った。
「今日は父さんと会ってくるから。」
カガリが今、それを思い出したようにああ・・・と頷き、声をかけた。
「そうだったな。・・・・頑張れよ。」
「ああ。」
アスランは大きく頷いた。
もう少し一緒にいたいという気持ちはあるのだが、しょうがない。
自分の腕に絡めていたカガリの腕が
「じゃあ、結果教えてくれよな。」
そういってカガリはアスランに手を振り、自分の家に向かって歩き出した。
アスランが電車を乗り継ぎ都心の家に着いたのは17時少し前だった。
もうパトリックは家に戻っていた。
当初、夕食の時に話をしようと思っていたアスランは父の早い帰宅に戸惑った。
が、レノアに促されて書斎の父を尋ねることにした。
アスランはノックの前に一つ深呼吸をした。
「何だ?」
「アスランです。あの・・・センター試験も終わったので、大学の事を報告しにきました。」
「入りなさい。」
書斎に入った彼は来客用に用意してある机の前のソファに座った。
パトリックは机から動こうとはしなかった。
「レノアの話だとセンター試験はまずまずの出来だったようだな。」
アスランはパトリックの方に顔を向け、頷いた。
「それで、報告したいことはなんだ?」
父親の問いかけに、アスランは緊張しながら答えた。
「大学の学部のことです。」
パトリックは何も答えずじろりとアスランの方をみた。
彼はギュッと膝の上で手を握り、父親の目を見つめながらはっきりと告げた。
「理Tを受けることにします。」
「理Tだと?・・・テストの結果は理Tの方が文Uよりよかったというのか?」
パトリックが面白くなさそうな顔をして尋ねた。
「いえ、テストの結果は関係ありません。
年末に父さんと話したあと、ずっと考えた結果です。
俺は・・・理Tにいってロボット工学を研究したいと思っています。」
アスランは一気に言った。
確かにテストの結果も理Tの受験科目の組み合わせの方がいいのが事実ではあるが、
それはほんのちょっとの違いにすぎない。
一方、予想外のアスランの勢いにパトリックは驚いて目を開き、言葉をすぐに返せなかった。
彼は目を伏せ、考え込んだ。
アスランは黙って父親の言葉を待った。
「お前は・・・私の跡を継ぎたくないということか。」
目をあけたパトリックが発した言葉に、アスランは困った。
彼にとって、大学の学部の選択と跡をつぐ話は別な次元の問題なのだ。
とはいえ、はっきり言わないと、パトリックはそう思ってしまうだろう。
アスランは言葉を選びながら告げた。
「跡を継ぎたくないと言っているわけではありません。」
「じゃあ、文Uに・・・。」
「会社を継ぐために必要だから・・・ということで大学は選びたくないのです。
それはまた会社に入ってからやることができると思っています。
今は、小さい頃からの夢だったロボットをはじめとした機械作りをしてみたいのです。」
アスランはそう言って、手に持っていたおもちゃの車をテーブルの上に置いた。
「小さい時に父さんが作ってくれた車を真似して、父さんに助けてもらいながら俺が作ったものです。」
パトリックも思い出したのか懐かしそうに車を見つめた。
「父さんが作ってくれた車を初めて見たときの感動。
自分も作ってみたい・・・もっと上手く・・・もっといろんなものを作りたいと思いました。
だから、大学は理Tに行きたいと思っています。」
パトリックは目を閉じ、頭を掻いた。
ここで、認めてしまえば・・・アスランが妻レノアと同じように研究者の道を歩む可能性が高くなるだろう。
そういうところは彼女に似ている。
認めてしまうのは自分としては不本意である。
だが、ここまで自分の意思をはっきりというアスランを見るのは初めてでもある。
「好きにしなさい。」
「ありがとうございます。」
パーッとアスランが嬉しそうな顔をして答えた。
パトリックは複雑な気分でそれを見つめた。
(2006.5.21)
あとがき
ようやくアスランはパトリックに自分の思いを伝えました。
たいしたバトルになっていませんね。
もう迷いもないので仕方ないのかも・・・ということにしておいてください。
そうそう実はアスランの家はお金持ちです。
パトリックさんはアスランに中学受験や高校受験のタイミングで
都心の有名私立校に行ってもらいたかったようですが
アスランは結局地元の中学、高校に進むことにしています。
もちろん幼馴染たちと離れたくなかったわけなのですが。
さて次回はとうとう最終章に入ります。
1回で終わるか・・・複数回にわけるかは今のところ未定です。
自動車学校話は番外編で書こうかなと思っています。