カガリは食事の後もしばらくそわそわしていた。
その様子を見たキラはまた苦笑しつつ、ソファに座っているカガリの隣に座った。
二人でたわいのない話をしながら並んでテレビを見ていた。
と、ソファのサイドテーブルに置いてあったカガリの携帯がメールの到着を知らせた。
カガリは慌てて手を伸ばし、携帯を取り、メールを見た。
嬉しそうに微笑むカガリの表情から、キラはアスランからのメールだと思った。
じっと自分を見つめているキラに気がついて、カガリがはにかみながら言った。
「アスランがこれから来るって」
「そっか。よかったね。」
キラの言葉にカガリは大きく頷いた。
食事が終わった後、アスランはレノアに声をかけホテルを出た。
「明日は、昼食の集まりに間に合うように戻ってきます。」
毎年、元旦の日は両親の親族がホテルに集まるのがザラ家のお正月なのだ。
早くカガリに会いたいと思ったアスランは、途中の駅で快速に乗り換えて一路彼女の家へとむかった。
電車の中でカガリへメールを送ったアスランはようやく落着きを取り戻し、
先ほどの食事のことを思い出し始めた。
頭の中で父の言葉が繰り返されていた。
「跡をつぐ」・・・漠然と自分がそういうことを思っているのは事実だ。
小さい頃は単純にそう思っていたときもある。
だが、それが本当に自分のやりたいことなのかと問われると、そうだとはまだいえない。
それに父の会社は大きい。
自分が果たして父のように切り盛りしていけるか・・・今、考えるだけでめまいがしそうな気分になる。
だから、あえてそのことを考えないようにしていたのかもしれない。
今は受験・・・大学に行くことだけを意識していたのだ。
しかし、具体的に目の前に現れてしまった進むべき道の一つ。
それしか選択がないというわけではないのだが。
ただ、直接父からその言葉が出てくるとはアスランは思ってもみなかった。
それは父が自分を認めて、期待しているということだ。
そのことはアスランを嬉しくさせたが、また迷いも引き起こしていた。
玄関のインターホンが鳴った。
キラと並んでソファに座りテレビを見ていたカガリは時計を見た。
10時少し前。
アスランだ・・・。
カガリは立ち上がって玄関へと向かった。
インターホンの音を聞いて、台所からリビングに顔をだした母親はカガリの様子に気がつき足を止めた。
そして、リビングの父親とキラの様子を見てクスリと笑い、台所へ戻った。
カガリは子供のように玄関まで駆けて行き、扉を開けた。
「どうだった、アスラン、おじさんとうまく話ができ・・・うわぁ!」
アスランは玄関口に入るやいなや、カガリの言葉には耳も留めず、彼女をギュッと抱きしめた。
カガリは突然のことで驚き、慌てた。
アスランに抱きしめられることには大分慣れてきたつもりなのだが・・・
ここは自宅の玄関で、リビングには両親やキラがいるのだ。
そのことを考えると、カガリはどぎまぎしていた。
「おっ、おい!」
カガリはアスランに少し強い口調で声をかけた。
そしてアスランから離れようと、彼の肩を掴もうとしたが、
耳元で聞こえたアスランの言葉に驚き手が止まった。
「ありがとう」
そう言ってアスランはまたギュッとカガリを抱きしめる手に力をこめた。
一方、カガリはアスランの腕の中で考えた。
何がありがとうなんだ?
カガリは首を傾げたかったが、身動きが取れなかった。
何かおじさんにいわれたのか?
だが、アスランは落ち込んでいる様子ではなさそうだ。
だとしたら、どうしたのだろう・・・。
困ったカガリは、アスランの気がすむまで、そのままにすることにした。
リビングにいる家族のことが少し気にはなったけれども。
そして、カガリも彼の背中に手を回した。
しばらくして、満足したのかアスランはカガリを解放した。
「みんなリビングに居るけど、どうする?」
アスランの顔を覗きこんでカガリは尋ねた。
が、反応があまりなかった。
まだそんな気分じゃないらしい。
カガリはちょっと考えてもう一度聞いた。
「顔だけ見せて、私の部屋で少し話をするか?」
「あ・・・うん。」
アスランが嬉しそうに答えたあと、カガリの視線に気づき、ちょっとばつが悪そうに俯いた。
ほんと現金な奴だなぁと、カガリは呆れた表情をしながらも、彼の手を握って家へ上がるように促した。
彼女はリビングの扉をあけ、中にいる家族に声をかけた。
「アスランが来たから、ちょっと二階で話すね。」
アスランはカガリの横で、照れ臭そうにこんばんはと挨拶をした。
それから二人は一緒に階段を上ろうとした。
が、カガリが足を止めた。
「先に行っていて、コーヒーをいれてくる。飲むだろう?」
「うん、まあ。」
カガリはその返事に満足したのか、足取りも軽くリビングへと向かった。
アスランはその背中を見送った。
カガリがリビングの中に消えるのを確認して、階段を上りはじめた。
本当のところをいうと、アスランはコーヒーのことはどうでもよかったのだが、
カガリの何か思いついたような、明るい顔をみて「うん」と答えたのだった。
アスランは2階のカガリの部屋に入った。
この間、この部屋に入ったのはいつだっただろう・・・体育祭の打ち合わせのときだろうか。
最近は自分の部屋ばかりであっているときが多いことにアスランは改めて気がついた。
彼は、カガリの机の上を見た。
英語の問題集や辞書の隣に、仲良くフランス語の辞書が立っていた。
そして、以前来たときにあった数学や世界史の問題集がなくなっていた。
カガリは自分の道を決め、一歩踏み出している。
アスランは机の上をみてそう思った。
それに比べて俺は・・・まだ迷っている、何も決めていない・・・。
アスランに焦燥感が襲ってきた。
そこへカガリがトレイを手に部屋へ入ってきた。
カガリは部屋の中で立ったままのアスランに気がつき、ベッドに座るように促した。
持ってきたトレイを自分の机の上におき、彼女もアスランの隣に座り込んだ。
トレイの上にはコーヒーとクッキーがのっていた。
彼女が焼いたのかもしれない・・・アスランはそう思ったが、今は手に取る気分ではなかった。
それは自分の道をきめた彼女の象徴のように見えたからだ。
「11時頃になったら、おそばを食べるから降りてきなさいって、母さんが言っていたよ。」
カガリはそういったあと、コーヒーに手を伸ばし、黙ってコーヒーを飲み始めた。
アスランに尋ねるわけでもなかった。
アスランはしばらくカガリの横顔を見つめていた。
そして食事の・・・パトリックとの話のことをカガリに話し始めた。
「父さんに、跡をついで欲しいから文Uにしろ、って言われた。」
カガリはその言葉を聞いて目を丸くした。
それはアスランのことを認め、期待しているってことだ。
そしてそのことをアスラン自身がとても望んでいることを知っている。
「本当は理Tのロボット工学にとても興味がある。けれど、父さんの言葉もうれしい。」
アスランがため息をついた。
「だから、まだ正直どっちに行きたいのか決められない。」
「そうか・・・」
答えは決めているくせに・・・カガリはそう思っていたのだが、
アスランが迷っている気持ちもわからなくもないので、何もいえなかった。
「ああ・・・けど、父さんに文Uに決められてしまいそうだったけど、なんとか2次試験のときまで待ってくれっていったよ。」
「おまえ・・・」
カガリが自分のことのように嬉しそうに笑った。
「カガリのおかげだ。」
カガリがきょとんとし、首をかしげた。
アスランは優しく笑ってそれ以上のことは言わなかった。
ただ、カガリと話してすっきりしたのか、アスランもコーヒーカップに手を伸ばし、皿の上のクッキーをつまんだ。
それは彼の予想通り、甘さを抑えたものだった。
テレビでは紅白歌合戦の白組のトリが歌い始めた。
二人は近くの神社に初詣にでかけた。
神社の前には長い列が出来ていた。
が、去年よりは位置が前だと、カガリがはしゃいでいた。
お参りをして神社から出る時、雪がちらつきてきた。
「その・・・うちに寄って、暖まって帰らないか?」
アスランはカガリの右手をそっと握りながら尋ねた。
カガリは顔を赤くしてちいさく頷いた。
二人は黙って寄り添って歩いた。
「なあ、文Uに行かないと跡をつげないのか?」
アスランがコーヒーカップを両手に持って自分の部屋へ戻ってきた時、ベッドに腰をかけていたカガリが聞いてきた。
「いや、それは・・・」
「そういうわけではないのだろう。」
アスランはテーブルにカップを置いてカガリの隣に座った。
「うん、まあ・・・そうだけど。」
「じゃあ・・・大学で、必ずしも文Uにいかなくてもいいんじゃないか?」
アスランの目が大きく見開かれた。
「おじさん・・・おとうさんに認められたっていうのは嬉しいかも知れないが・・・。」
カガリはそんなアスランをまっすぐ見つめ言葉を続けた。
「やっぱり、今やりたいこと、やってみたいことをしに大学へ行けばいいような気がするけど。」
そこまで言った後に、カガリはちょっと首をすくめた。
「まあ、私は大学行くことは止めたから・・・えらそうなことはいえないか。」
アスランは首を振った。
「それに、もし、間違えたと思ったら、お前はちゃんと修正するだろう。
だから、ちゃんと考えてみろよ。大丈夫きっとみつかる。」
カガリは一人納得したように言った。
どうしていつも君は・・・・アスランは胸がいっぱいになった。
彼はカガリを抱きしめた。
二人は見つめあい、唇を重ね・・・ベッドに倒れこんだ。
(2005.9.6)
あとがき
えっと家族のみんなはさすがに気をきかせています。
まあお父さんとキラは複雑な気分でしょうが。
アスランも9割くらいは理T・・・工学部に行きたいと思っているのですがパトリックに認められている・・・ということもあり迷っています。
本人は9割というのを意識していないようですが、カガリはわかっているって感じです。
さて次回からは、受験が本番です。