「行ってきます。」
「あら?アスラン・・・もう行くの?」
「・・・はい。」
「今日は少し早いけど・・・学校で何かあるの?」
「・・・いえ・・・別に。行ってきます。」
クリスマス
アスランはそそくさと玄関から出て行った。
ほんのり彼の顔が赤かったのをレノアは見逃さなかった。
キッチンを覗くと、アスランが朝食で使った食器がきちんと洗われて水切りに置かれていた。
アスランはレノアが研究所に行って不在のときもあるので、朝食は自分で準備して食べているのだ。
朝食はちゃんととったらしい・・・とレノアは思った。
「少しは見直したわ、アスラン」
ふとアスランの行動に思い当たったレノアはクスッと笑った。
そして、駅前の友人の店にケーキを食べに行こうと考えた。
きっと彼女なら今日のこの後のことを教えてくれるに違いないと考えて。
玄関から出たアスランは学校と反対方向・・・駅前に向かった。
そしてカガリの家の前で立ち止まり、深呼吸をして玄関のベルを押した。
「はーい」
玄関の扉からカガリの母親が顔を出してきた。
「お・・・おはようございます。」
「あら?アスラン君どうしたの?」
こんな朝早くから・・・とカガリの母親が何かあったかしらと考えながら尋ねてきた。
「えっと・・・その・・・カガリを迎えに来たのですが。」
「あら・・・そうなの?」
カガリからはアスランが今日迎えに来る話など聞いてないのだけど・・・カガリの母親は怪訝な様子をみせながらもアスランを玄関の中へ招きいれた。
「あの・・・カガリはまだ寝ていますか?」
遠慮がちにアスランは言った。
「それがね・・・今日は珍しく起きて・・・」
「母さん・・・シャンプーなくなっちゃった。」
カガリがリビングから玄関口へと飛び出してきた。
シャワーを浴びたばかりなのか・・・冬だというのに短めの半そでのシャツにショートパンツだった。
頭がシャンプーのことでいっぱいなのかアスランのことに気がついていなかった。
アスランはそんなカガリの様子にドギマギして顔が赤くなっていくのを感じて悟られないように俯いた。
が、気になるらしく母親とやりとりするカガリをちらりとみていた。
「カガリ!またそんな格好で・・・いくら暖房が入っているからといっても風邪をひくって毎日言っているでしょう?」
カガリの様子に驚いた母親は大きな声を出した。
「早く着替えてきなさい・・・もう風邪を引いても母さんは知りませんよ。」
「わかっているって・・・すぐ着替えるからこんな格好だってば。」
「それに、ほらアスラン君が迎えに・・・」
「え?」
カガリは目を丸くして母親の顔をみたあと・・・彼女の視線の先に目を向けた。
「うわ・・・、えぇー」
アスランに気がついたカガリは自分の格好に気がついて、真っ赤な顔をして思わず母親の後ろに隠れた。
「アスラン、何で?」
「む・・・迎えにきた。」
アスランも顔を真っ赤にしたまま答えた。
「迎え?」
カガリはわけもわからずきょとんとした顔した。
「いっ、一緒に学校へ・・・その・・・行こうと思って」
カガリとは約束をしていたわけではないアスランは自信なく言った後・・・ちらりとカガリの顔を見て、俯いた。
「あ・・・、うん。・・・わかった。」
カガリの返事にアスランは安堵した。
「カガリ・・・とにかく、早く着替えてきなさい。アスラン君悪いけどリビングで待ってくれるかしら。そうそう朝食は食べたの?」
そんな二人を交互に眺めていたカガリの母親は声をかけた。
彼女はカガリを2階の自分の部屋へと追い立て、アスランの腕を引っ張り、家にあげ、リビングに強引に連れて行った。
アスランは家の外で待つつもりだったのでリビングで戸惑っていた。
「あの・・・おばさん・・・その・・・」
「朝食は・・・食べてきたのね。」
アスランの困った様子から彼女はそう判断した。
「じゃあ、コーヒーだけでも飲んでくれるかしら・・・カガリを待っている間。」
リビングのソファに座り、アスランはコーヒーを飲みながら昨日の夜のことを思い出した。
カガリに家まで送るからと言って、一緒に家を出たアスランだったが、
その日のカガリとのやりとりで気が滅入っていて黙ったままだった。
けれど、別れ際のカガリの告白を聞いて・・・彼女が部屋に駆け上がっていった音を聞いて
アスランは泣かせてしまったと思い胸が痛くなった。
家へ戻る道すがら、アスランはカガリに思われていることを実感しながらも
自分に相談をせず大学にいかないことを決めてしまったことに対する不快感でもやもやしていた。
アスランはそういう気分ではなかったのだけれども、家に着いたとき玄関で待っていたレノアから話しかけられた。
「アスラン・・・あなた最近ちょっとカガリちゃんに甘えているのではないかしら?」
「えっ・・・甘えてなどいません。」
いきなり母親に彼女とのことをいわれ、アスランは機嫌が悪そうに答えた。
「じゃあ言い方を変えるわ。自分の都合ばかりカガリちゃんに押し付けてはだめよ。」
アスランはそれこそ心外そうに答えた。
「そんなことしていません。」
「そうかしら・・・」
レノアは首をかしげながら続けた。
「最近はあなたの都合のいいときにしか会ってないみたいに見えるのだけど。だから、カガリちゃんはあなたに相談する時間がないみたいよね?」
アスランは眉間にしわがよってきた。
「違います。時間がなかなかとれなくて、会う時間が減っているだけです。」
「じゃあ、時間がなくて相談してもらえなくてもしょうがないわよね。」
「そんな・・・」
アスランは面白くなそうな顔をした。
「アスラン、あなたは会うための努力はしているの?忙しいということを理由にしているだけじゃないの?」
「母さん、何が言いたいのですか?」
「時間は作るものじゃないの?」
アスランはレノアの言葉にはっとして呟いた。
「作るもの?」
「そう・・・アスランは時間を作ってまでカガリちゃんと会いたいとは思わないの。」
「そんなこと・・・」
アスランはレノアの言葉に黙り込んでしまった。
そのまま自分の部屋へ戻りあることを思いついた。
アスランはカガリと付き合い始めても朝は別々に学校に行っていた。
本当は朝も一緒にカガリと行きたいと思ったりもしていたアスランだった。
一度、迎えに行くから一緒にいかないかとカガリに話をしたこともあったのだが、
遠回りになるし、キラと朝は一緒に行くからと・・・カガリに困った顔をされたこともありやめた。
ラクスという彼女がいるにもかかわらず、双子のカガリを溺愛しているキラのこともあり、アスランは遠慮していたのだ。
それでいつもカガリはキラと二人で朝、遅刻ギリギリに仲良く登校してくる。
まあギリギリになる原因はもっぱらキラの方なのだが。
だが、レノアにいろいろ言われたアスランは少し考えを変えた。
そして、カガリには事前に了解をとらなかったのだが、朝一緒に学校に行くことに決めた。
カガリの家で待つことになっても、キラと3人になってもかまわないし、学校にギリギリに着くことになってもかまわないと思った。
「アスラン君、ごめんね。その・・・カガリは朝食これからなの。待っていてくれる?」
考えにふけっていたアスランにカガリの母親が声をかけてきた。
「あ・・・いえ、大丈夫です。・・・あの・・・俺のほうこそ気を使ってもらってすいません。」
アスランはとても恐縮して答えた。
勝手に押しかけてきたのは俺のほうだから・・・。
その時制服に着替えたカガリがリビングへ入ってきた。
カガリも遠慮がちにきいてきた。
「アスラン・・・そのごめん。ご飯これから食べてもいい?」
「うん、今おばさんに聞いた。時間はあるから、ゆっくりでいいよ。」
ほっとした顔でカガリはテーブルにつき、朝食をとり始めた。
アスランはその様子をリビングのソファから眺めていた。
「あっ、そうだ、朝の挨拶はまだだったよな。おはよう。」
「え?・・・ああ、そうだね。おはよう。」
カガリを見つめていたアスランはにっこり笑って答えた。
実はアスランと玄関口であってから困惑していたカガリは、その顔を見てさらにそれを深めた。
ちらりとアスランをみる。昨晩は終始ムスっとしていたが、今日は違うようだ。
昨日の感じだと彼の気が収まるのまでにはかなり時間がかかる気がしていたのだ。
カガリは昨日家に戻ってからすぐに部屋に駆け込み・・・泣いてしまった。
そして疲れもありそのまま寝てしまったのだ。
いつもより朝早く起きたカガリはシャワーを浴びながら・・・
今日アスランとどうやって顔を合わせようかとばかり考えて・・・少し気が重たかったのである。
しかし・・・このアスランの様子だと、昨日のことはあまり引きずってないように見えた。
カガリはトーストを口に運びながら、またちらりとアスランを見た。
彼も自分を見ていたようで目があった・・・のでお互いが目をそらし真っ赤になった。
「カガリ?キラは起きた?」
カガリの母親が台所から顔をだして尋ねてきた。
「声はかけて降りてきたけど・・・」
「そう・・・じゃあ、今日は先に行っちゃえば。アスラン君も待っているし。」
「うん。荷物ももう部屋から持ってきたから、食べたら行くね。」
「いってきます!」
カガリが元気よく母親に声をかけた。
「いってらっしゃい!・・・さて、キラを起こさなきゃ・・・」
母親は二人で連れ立って玄関を出て行った姿に微笑みながら答えた。
しばらく二人は無言のまま歩いていた。
先に口を開いたのはカガリだった。
「お前さ、何で昨日言ってくれなかった?今日一緒に学校行こうっていうこと。」
カガリはちらりとアスランの顔をみて、小さな声で続けた。
「その・・そうしたら、こんなに待たせなかったのに・・・」
「え?」
カガリの言葉にアスランは嬉しかった。
「その・・・昨日家に戻ってから思いついたから。ごめん。」
「べっ、別に、謝る必要はないよ。その・・・私も一緒に行けるのは嬉しいし」
カガリは慌てて、でも照れくさそうに続けた。
アスランはカガリの自分に対する気持ちをとても感じて胸が熱くなった。
最近は「受験だから」といって自分の都合ばかりカガリに言っていたことに昨日気がついたからだ。
俺のことを嫌いになってくれなくてよかった・・・そう思った。
「その・・・昨日はごめん。」
アスランは立ち止まってカガリに頭を下げた。
カガリも一緒に立ち止まり驚いてアスランを見上げた。
「カガリが進みたい道が俺の思っていたものと違ったからちょっと動揺してしまった。」
「アスラン・・・」
「事前に相談されても・・・カガリがいったように反対したと思う。」
「そんなことない。アスランはちゃんと考えてくれるだろう。だから・・・なかなか言わなかった私も悪い。」
カガリがアスランに歩くように腕をつかみ、促しながら答えた。
「いや、俺が悪いよ。・・・最近、俺、自分のことばっかりだったよな。ほんとごめん。」
二人はまた肩を並べながら歩き出した。
「カガリが言いたくても、言うタイミングさえなかったよな。ほんと、すまない。」
カガリは首を振った。
「受験生だけど・・・カガリとの時間はちゃんと大切にしたいから。だから・・・その・・・」
「うん。わかった。・・・私も少し遠慮していたかもしれない。」
「俺のほうこそなかなか気がつかなくて・・・。」
いつまでもアスランが謝り続けそうな気がしたカガリはポケットから手をだし彼の手を握った。
アスランは驚いてカガリを見た。
恥ずかしいのか顔を真っ赤にしていたカガリの口がアスランを喜ばせる言葉をつづった。
「あのさ・・・アスラン、学校のある日は一緒にいこうな。」
「え・・・うん。その・・・迎えに行ってもいいか?」
「いいぞ・・・その方が助かる。」
カガリがクスクスと楽しそうにアスランの顔を見上げながらいった。
「でも、今日みたいに待たせるかもしれないけど・・・いいか?」
アスランは大丈夫とばかりに大きく頷いた。
(2005.2.5)
あとがき
クリスマスというタイトルですが・・・まだクリスマス前の話です。
すこしギクシャクしていた関係がようやく改善したでしょうか。アスランもやっと気がついたということで。
そうそう今日のアスランの行動はお互いのお母さんたちのお茶の話題になってしまうのでした。