アスランははやる気持ちを抑え、珈琲をこぼさぬように2階の自分の部屋に駆け上がった。
そして部屋は入ると同時にカガリに声をかけた。
「カガリ!・・・お前もしかして俺の誕生日に・・・その・・・ケーキを作っていたのか?」
アスランの目に顔を赤くしながらもまるで悪戯が見つかったように口を尖らしているカガリがうつった。
カガリはプィっと顔を横に向けた。
返事をくれないが彼女の態度からそれは肯定と受け取れた。
母レノアがいっていた「甘さをおさえて・・・」という言葉がアスランの頭をよぎった。
「もしかしたら・・・俺用に・・俺が食べられるように甘さをおさえたオリジナルのやつなのか?」
「別にいいだろう。」
「だからうちの手伝いしていたのか。」
アスランはカガリが自分のためにケーキを作っている姿を想像して嬉しくなり自然と顔がほころんできた。
しかも甘いものが苦手でいつもはケーキを食べない自分用のオリジナルを。
自分がそのケーキを食べられなかったということはすっかり忘れて、カガリの気持ちと行動だけで喜んでいた。
カガリはそんなアスランの様子に不機嫌になった。
大体・・・約束を守らなかったくせに・・・それでケーキだって食べてくれなかったくせに・・・
どうしてそんな風に嬉しそうにニコニコしていられるのだか・・・まったく。
私はあの時とても悲しかったのに・・・。
カガリはその時のことを思い出して涙がこぼれそうになってアスランに気がつかれないようにうつむいた。
アスランはその様子に気がつかず、手に持っていた珈琲をテーブルに置き、カガリの隣に座り込んだ。
「そうか・・・。食べたかったな。その・・・食べられなくて、ごめんな。」
まさか謝られると思っていなかったカガリは、えっ、と顔をあげてアスランを見つめた。
カガリが涙目になっていることにアスランは気がついた。
「せっかく作ってくれたのに・・・ごめんな。」
アスランは彼女の頬に手をあて、やさしく涙をぬぐった。
カガリの表情が少し緩んだように感じた。
「そうだよ。せっかく作ったのに。」
「うん。だから、ごめん。・・・それで・・・さ・・・」
アスランはカガリの機嫌が直ってきているのを感じ安堵しながら、気になっていることをたずねた。
「結局・・・そのケーキはどうなったの?」
キラが食べたのだろうか・・・そう思うと少し悔しい。
「ああ・・・父さんが食べたみたい。」
「おじさんが?」
「うん。自分でそういっていた。」
ふとカガリが何かを思い出したように嬉しそうな顔で話を続けた。
「あのな・・・父さんがね・・・褒めてくれた・・・ケーキのこと。」
「へぇー」
アスランは少し驚いた。カガリの父はプロのケーキ職人である。
その彼が褒めたということは出来がかなりよかったということだ。
「まあ、少しは贔屓目もあるのかもしれないけど、でもな・・・とても嬉しかった。」
「よかったな。」
「ありがとう。」
カガリがにっこりと笑った。アスランは思わずつぶやいた。
「本当に食べたかったな。」
「しょうがないよな。けれど・・・」
カガリが途中で黙り込んだ。
「けれど・・・なんだ?」
「いや、なんでもない。」
カガリは曖昧に笑っただけだった。
けれど、あのケーキを父さんが食べたからこそ、今、毎日学校が終わったあと家でケーキ作りをしているのだ。
まだまだ下準備のクリーム作りや土台作りなどばかりだが。
カガリはそう思うと不思議ななんともいえない気分になった。
もしケーキをアスランが食べていれば、私はもやもやとした気持ちのまま今頃受験勉強をしていたに違いないのに。
黙りこくったカガリに無理に聞いてはいけないのかと考えたアスランは話の話題を変えた。
「あの・・・さ、もう作らないの?クリスマスとか・・・」
ちょっと期待も半分こめてアスランは聞いた。
「えっ?ああ・・・今は作らせてもらえないから・・・」
カガリは少し困ったように答えた。
「作らせてもらえないって・・・」
どういうことなのかわからずアスランは首をかしげた。
「うん。・・・だって今は見習いだから・・・見習いは道具を洗って、下準備して・・・」
カガリは自分のやっている作業を思い浮かべながら答えていた。
アスランはカガリの話をきいて少し驚いて尋ねた。
「カガリ・・・もしかして今もバイト続けているの?」
カガリはきょとんとした。
「いや、バイトはしていないよ。」
「でも今・・・」
「だから見習いだって・・・バイト代なんて出ないよ。」
「みならい?」
って、何?・・・アスランは首をかしげた。
そして以前から心の中に引っ掛かっていたことが頭に浮かんできた。
「でも少しはお小遣いがあがったのさ。手伝ってくれるからって母さんが増やしてくれた。」
カガリはアスランの思案顔に気がつかず、嬉しそうに話をしていた。
そんなカガリの様子にアスランは最近気になって・・・でもカガリに怖くて聞けなかったことを尋ねた。
「カガリ・・・もしかして大学には行かないの?」
カガリはアスランの顔を見つめた。彼の不安そうな顔が目に入った。
彼女は少し視線を彷徨わせてあと、アスランの目をみつめ口を開いた。
「うん。アスランは、私、やりたいことみつけた。ケーキ職人になろうと思っている。」
カガリの顔がまぶしくみえた。
「だから大学には行かない。」
やっぱり・・・そうなのか。
予想通りの言葉にアスランはため息をついた。
ついさっきまでは、カガリのケーキのことで嬉しくはしゃぎたい気分だったのに。
「決めたのはいつ?」
「えっ・・・先月の終わり・・・えっとキラの合格祝いのときかな。父さんも母さんも賛成してくれたよ。」
早慶戦のあとすぐ・・・ってことか?1週間以上もたっているのに・・・どうして俺に・・・
「じゃあ・・・当然、キラは知っているのか。」
「うん。・・・で、でも学校にはまだ言ってないぞ。」
アスランがじろりと睨んだ。
「カガリ・・・今日俺が聞かなかったら、言わなかったつもりなのか?」
「そんなことない・・・」
カガリは首を振って否定した。
「ちゃんと言うつもりだったさ・・・」
カガリは声のトーンからアスランの機嫌の悪さを感じ、目を合わせることができなかった。
アスランはキラや・・・たぶんラクスが知っていて自分が知らなかったということが面白くなかった。
「でも・・・もっと早くに教えてくれてもいいだろう。・・・電話でもメールでも・・・」
「こんな大事な話はちゃんと会って伝えたかった。」
カガリがアスランの言葉を遮って勢いよく言った。
「電話とかメールでなく・・・アスランだから会ってちゃんといいたかった。だから・・・少し遅くなってしまって・・・。」
カガリは小さな声でうつむきながら言った。
「ごめん。」
カガリの言葉にアスランは少しほっとしたのだが・・・面白くない気分は払拭されなかった。
「でも・・・決める前に俺に相談してほしかったのに。・・・キラにはしたのか?」
「キラには相談していない・・・というか誰とも相談していない。自分で決めた。」
アスランの質問の内容に今度はカガリがムッとしながら答えた。
「父さんが道具を買ってくれたから・・・少しは認めてもらったのかと思って。」
「おじさんが道具を・・・」
アスランは11月終わりの模試の日・・・早慶戦の帰りのことを思い出した。
「けど・・・俺にはやっぱり言ってほしかったし・・・事前に相談してほしかった。」
「お前に相談したら反対するだろう。」
「・・・そんなことないさ。ちゃんと・・・」
「相談して、お前が勉強に集中できなくなったら悪いかなと思ったからだ。」
えっ?・・・アスランが今度は驚いた顔をした。
カガリは黙り込んだ。
確かにアスランにいっていなかったのは事実だし悪いと思っている。
けど・・・しょうがないだろう・・・言うタイミングがなかったのだから。
部屋の中が静かになった。
アスランはカガリのいうことも理解できなくはなかったが・・・
彼女に対して一方的に怒るのは間違っているとは思っていたが・・・少し納得がいかなかった。
今日はこんなつもりじゃなかったのに・・・そういう気持ちもあったからだ。
だから、簡単に感情の整理がつかなかった。
眉間にしわを寄せ不機嫌な顔をしたまま黙り込んだアスランの様子をみて
カガリはこのまま家に帰りたい気分になった。
アスランに声をかけようとしたときに・・・階下からレノアの声が聞こえてきた。
その日の夕食でアスランはまったく口をきかなかった。
この際アスランを無視することに決めたカガリはレノアに話しかけた。
「あの・・・おばさん。おばさんってフランス語がぺらぺらだって母さんから聞いたのですが。」
「え?フランス語って・・・カガリちゃんまさか・・・」
アスランがちらりとカガリを見た。
「はい、私、大学行くのをやめてケーキ職人を目指すことにしました。」
カガリが家の手伝いをしていると知っていたレノアは満足そうに頷いた。
そして仏頂面をして黙々と食事をしているアスランの態度に納得をした。
「決めたのね。それでフランス語って。」
カガリが頷いたあと、少し遠慮がちに話を続けた。
「その・・・ケーキを作るときに・・・単語が多いのですが、フランス語が飛び交うのです。それで・・・もしよかったら教えてくれませんか?」
カガリの申し出に、レノアはちらりと不機嫌な顔をしている息子を見てちょっと楽しそうに答えた。
「アスランも得意よ・・・アスランに教えてもらえば」
「えっ?」
・・・知らなかった。
カガリの目が丸くし、アスランの顔を思わず見た。
アスランも自分に矛先が向いたので驚いたように母親を見た。
そしてカガリが自分を見ていることに気がつき、プィと横を向いた。
レノアは息子のその態度に苦笑し・・・カガリはアスランのその態度に傷ついた。
「あっ・・・でも・・・アスランは受験するから・・・・その・・・さっきの話は忘れてください。」
「あら・・・うちの息子はカガリちゃんに教える余裕なんてないのね。」
アスランは母親をにらみつけた。
「まあ・・そうね・・・将来のことも考えるとちゃんとフランス語の教室に通えば、カガリちゃん。」
きょとんとした顔でカガリがレノア見つめた。
「将来、お父さんのようにパリに勉強に行ったりするかもしれないでしょう?」
「パ・・・パリ?・・・まさか・・・そんなこと」
カガリは手を振りながらレノアに否定した。
一方、アスランの方はギョッとしてレノアをみつめた。
「そう?・・・まあ高校卒業してすぐってことはないでしょうけど・・・。考えているわよ、きっとカガリちゃんのお父さんは。」
「そうですか?」
カガリは困惑しながらも少し嬉しそうに答えた。
「たぶん・・・おばさんはそう思っているのだけど。だから、お父さんに習いに行きたいって言ってみればフランス語。」
反対されないと思うわよ・・・とレノアはカガリに微笑みながら続けた。
アスランの家からの帰り道、カガリは隣を歩いている彼をちらりと見た。
近くだし一人で帰るつもりだったカガリに、遅いから送っていくとポツリといってついてきた。
が、終始無言だった。
いつもは楽しくあっという間に過ぎていく道のりが今日はとても遠く感じた。
「お・・・送ってくれて、ありがとう」
カガリは自分の家の前に着いたときに少し安堵し・・・なんとかアスランの目を見ながらお礼をいった。
「じゃあ」
アスランはカガリと視線を合わせようとせず歩き始めた。
その態度にカガリは思わず叫んだ。
「今日・・・アフメドから付き合ってくれって言われた。」
アスランの足が止まった。
「でも断ったから・・・断ったからさ・・・私が好きなのはお前だから」
一気にいったあと・・・カガリは家に入り階段をかけあがり自分のベッドに倒れこんで泣き出した。
アスランは玄関の閉まる音に気がつき振り返った・・・そしてカガリの部屋の窓を見つめた。
(2004.1.19)
あとがき
今回は喜んだり怒ったりがっかりしたり・・・と感情の起伏が激しかったアスランとカガリです。
ガリは大学に行かないことを宣言しました。
アスランは最初にカガリが自分に言ってくれなかったことにたいしてショックでこだわっています。
別にカガリもアスランをないがしろにしていたわけではないのです。
そのあたりのことが本文で伝わっているといいような気がしますが。
アスランがちょっとわがままなやつにみえますよね・・・
でも彼も動揺してすぐに気持ちのコントロールができなかったと思ってください。
次回アスランも自分がカガリに甘えていたことをきがついて少しかわります。
レノアさんにも諭されちゃうし・・・
実は・・・当初の予定と少し変わってしまいました・・・。
当初は、自分の進路をきめたカガリにたいして、とりあえず大学にと思っていたアスランはショックを受け
焦燥感に駆られて・・・押し倒しちゃおうかと思っていたのですが・・・
けっこう押し倒しているよね・・・うちのアスラン、とおもっていしまったのがあったりして変わってしまいました。