早明戦
「はぁ・・・・」
部屋の中で大きなため息がきこえた。
塾の問題集を解いていたアスランが携帯をながめてついたため息だった。
ちょうど一区切りついたので、彼は机の上の携帯を手にとってみていた。
じっと携帯を見つめても待ち人からのメールは入っていない。
圏内の表示にもかかわらず、彼はセンターへのメールの問い合わせもやってみた。
が、やはり結果は同じだった。
もちろん問題集と格闘していたときでさえ携帯は何も反応してくれなかったのだからきているはずなどないのだ。
携帯の時計を見ると10時を少しすぎていた。
もう家に戻っているよな・・・アスランは呟いた。
「キラのお祝いをするんだ。」
少し困ったような顔をしたカガリの顔を思い出した。
どうして・・・模試のあと会えないかと以前からずっといっていたはずなのだが。
用事があるということを、なぜ、教えてくれなかったのだろうか。
用事ができて会えないということに対して怒ったりはしない。
逆に教えてもらってなかったから・・・とてもショックだった。
あそこで彼女を誘えば絶対部屋にきてくれるという自信があっただけに。
最近・・・そうあの騒動のあとから・・・彼女との間にみえない溝みたいのものがあるような感じがするのだが気のせいだろうか。
彼女のことで知らないことが増えていると今日はじめて気がついた。いつからだろう。
ああ・・・この間彼女にゆっくり触れたのはいつだっただろうか。
映画にいった日だったから、もう3週間も触れていない。
触れて・・・彼女との溝を埋めて・・・そして安心したいのだが・・・。
あ・・・でも。
彼は頬に手をあて思い出した。
触れた頬はまた少し熱をおびてきた。
そうだ、頬にだが、カガリからキスをしてもらったのは初めてだった。
もう一度携帯を見る。
「あー悩んでいてもしかたない。」
アスランはくしゃくしゃと頭を掻いたあと携帯のボタンを押し始めた。
今日は用があるからといった時の驚いた、そして少し傷ついたような
アスランの顔がカガリの頭から離れなかった。
カガリもまた机の前で肘をつき明日の英語の予習の手を止めた。
確かに今日の家族との食事のことは彼に伝えてはなかった。
早慶戦が終わったあと・・・彼の模試が終わったあとに会えないかと
何度も言われていたのだけれども、そのことを会えない理由にはしたくなかったからだ。
少なからずとも今回の件についてカガリは怒っていたのだ。
そして彼が会いたいといってくる理由は一緒に早慶戦にいけなかったことを気にしていているからだと思った。
そう誕生日のときと同じだ。
けれど、早慶戦に一緒に行きたかったカガリからすると穴埋めのようなことはしてくれなくてもいいのにと感じていた。
「はあ・・・」
小さなため息がこぼれた。
まさか今日帰りに駅で会って、公園でアスランと話すとは思っていなかった。
本当は家に帰ってメールの返事を出そうと思っていたのだ。
でも・・・今日は用事が入っていてよかった・・・カガリはそう思っていた。
あのまま彼の部屋にいけば・・・どうなるかカガリは想像することができた。
それに用事がなければ・・・彼の熱にそのまま流されて「うん」とうなずいてしまっただろう。
「最近はアスランの部屋イコール・・・だもんな。」
カガリは小さな声でつぶやき机に突っ伏した。顔は少し赤かった。
彼はしたくてたまらないのだ・・・・あれを・・・。
この間の映画の帰りに彼の部屋に行ってカガリは確信した。
今日だってそうだよな。
そりゃあ・・・私だって・・・いやというわけじゃないけどさ。
けど、あいつは本当のところはどうだろう。
ここのところ会えばかならず・・・という気がすることがカガリは少し不満だった。
前はちがったのになあ。
まさか・・・体だけが目当てってことはないよな・・・・
そこで、カガリはぶんぶんと頭を振りながら思った。
アスランとは幼馴染で小さい頃から彼の性格は理解しているつもりだ。
ないよな・・・あのアスランに限って。
けれど少し不安に感じてしまうのだ。
カガリは気がついていない。
以前より会う機会が減っているからこそ、二人でいる時にアスランがそこまで望んでしまうことを。
もともと補講が始まる前はほとんど毎日のように学校の帰りにアスランの部屋ですごしていた。
夏休みに二人の仲が進展して以来、彼は時々彼女を求め、彼女はそれに応えていた。
その間隔はどちらかといえば今よりも短いはずだ。
ただ、毎日彼の部屋にいたので、会ったら必ずという印象がなかっただけにすぎない。
それにカガリはまだ男心もしらない。
好きだからこそ、触れて自分のものだと確かめたい気持ちを。
とそこへ部屋をノックする音が聞こえた。
「カガリ?いい?」
「あっ、キラ?何だ?入っていいぞ」
カガリは机から顔をあげた。
「あれ?カガリ・・・なに赤くなっているの?」
「なっ、なんでもない・・・って・・・何か用か」
キラはカガリの横をすりぬけて、彼女の部屋のテレビの前に座り込んで電源を入れ始めた。
「さっきいっていたゲームをクリアさせに来たのだけど・・・」
そういったあと今度はゲーム機の電源を入れ始めた。
今日食事をしていたときに、カガリがやっていた対戦型ゲームについてキラがきいてきた。
「そういえば・・・SEEDのゲーム終わったの?」
「いや・・・その・・・どうしても倒せない敵がいてさ・・・先に進めず・・・今はやっていない」
歯切れが悪くカガリが答えた。
「アスランはやってくれないの?」
「・・・ああ・・・・ほら、いま受験生だから、ちょっと・・・頼みにくくて・・・・というか」
カガリは少し困った顔をして続けた。
「やっているのがばれたら・・・怒られる」
アハハ・・・とキラは笑った。
「アスランらしいね。じゃあ僕がやってあげようか?」
以前はカガリがゲームに詰まったときにはキラがクリアしてあげていたものだったが
カガリがアスランと付き合うようになってその役目を彼に譲った。
「えっ・・・本当?」
カガリが目を輝かせた。
「ああ・・・たまには僕にやらせてよ。」
キラは笑いながら答えた。
「でもキラ・・・別に今日じゃなくてもよかったのに。」
カガリは机の前からキラの側に移動した。
「忘れないうちにと思って、それにカガリももう受験勉強はしないのだろう?」
「うん・・・まあそうだけどさ」
カガリはキラの隣にちょこんと座って画面を見つめた。
「今日父さんに道具買ってもらったって聞いたよ。カガリは才能あるから大丈夫だよ。」
「そうかな・・・・あー、私いつもこいつに勝てなくて・・・・」
カガリは画面を指差して大きな声で言った。
キラはクスクスとその様子を笑って、うまく敵を倒しミッションをクリアした。
「じゃあここでいったんセーブするね。そういえば、今日アスランにあったってきいたけど」
キラはカガリのためにいったんセーブをして、先へとゲームを進め始めながら聞いた。
「うん。けどさ、あいつにちゃんといってなかったからさ、今日のこと。」
「そう」
「だから少し悪かったかなと思って・・・」
「何で」
「いや・・・・とてもがっかりした顔をしていたので」
「ふーん」
「怒っているかもしれない・・・」
「でもたまには・・・いいと思うよ。」
「えっ?」
「だって最近のアスランはちょっとカガリに対して我が儘いいすぎだと思う。」
「えっ?そうか?」
カガリがきょとんとした顔で答えた。
その表情にキラはちょっと苦笑しながらもゲームを続けていた。
と、そこで携帯がなった・・・アスランからだ。
カガリはあわてて机の上の携帯をとりに行きベッドに腰をかけた。
そしてゲームを指差しながらキラに目で訴えた。
キラは、はいはい、といったように両手をあげゲームのポーズボタンを押した。
「もしもし・・・アスラン?」
「カガリ・・・夜遅くにごめん・・・今大丈夫。もう寝ていた?」
「いや・・・大丈夫だよ・・・それで・・・何?」
「あの・・・今日はさ・・・」
と、そこへカガリの大きな声が割り込んできた。
「ちょっと・・・・キラ・・・やめ・・・」
いつのまにか、キラがカガリの側によってきて、カガリから携帯を奪っていた。
「今日はごめんね。アスラン」
「キラ?どうしてお前・・・そこに・・・」
「もちろん、兄弟のスキンシップをしに」
「はぁ?」
「アスラン・・・あまりカガリに我が儘いわないでね。」
「へぇ?」
「じゃあ・・・カガリに変わるから」
「あ・・・うっ、うん」
そういってキラはカガリに携帯を手渡し、ウィンクをして部屋を出て行った。
「じゃあ・・・そんなに今日のことが悪かったと思っているなら・・・早明戦に一緒に行かないか?」
ひとしきり話したあと、カガリはアスランに切り出した。
「早稲田と明治か?・・・いつなの?」
「えっと・・・」
カガリはカレンダー見ながら答えた。
「毎年12月の第1日曜日だから・・・12月4日だ・・・」
「まだチケットとかあるの?」
「えっと・・・手に入れられると思う。もしだめだったらうちでテレビ観戦でもいいし・・・」
アスランは思わず弾んだ声で答えた。
「ああ・・・そうだな。俺の部屋でテレビ観戦がいいな。」
「私の部屋・・・でテレビ観戦がいい。」
カガリは訂正した。
アスランはそんな彼女に苦笑した。まあ・・・どっちの部屋でもいいや・・・。
「ちょっとまって、カガリ・・・予定を見るから。」
電話の向こうでごそごそとアスランが何か探している音が聞こえた。
「ああ・・・ごめん」
アスランのがっかりした声が聞こえた。
「その日は先約が入っている」
「そうか・・・でもしょうがないな、約束が入っているのだったら」
カガリも少しがっかりした・・・が、先約があるなら仕方ない、努めて明るく言った。
「じゃあ、その次の日曜日はどうだ?あいてないか?」
アスランは提案した。せっかく彼女から会いたいといわれたから。
「うーん・・・」
カガリが少し困ったように答えた。
「でも、そのあとはもうクリスマスが近いから・・・・家の手伝いをしないと・・・」
「お前受験生だろ?」
「けど・・・クリスマスは一番忙しい時期で・・・受験生だからこそ休みの日に手伝わないと。平日はあまり手伝えないだろう。」
「でも・・・俺はカガリと会いたい・・・」
アスランは少し沈んだ声でいった。
「しょうがないだろう・・・うちはケーキ屋だから・・・」
そんなこといわれたって・・・とカガリは思い黙り込んでしまった。
「カガリ?」
「・・・・・」
アスランは沈黙がたまらなくなった。
それに会いたいという気持ちが抑えられなくなった。
「カガリ・・・わかったよ・・・・早明戦一緒にテレビ観戦しよう」
「え・・・でもお前・・・約束が・・・・」
「確かに入っているけど、日程をずらしてもらうように頼んでみるから。」
「え・・・でも」
「だからまた連絡するから・・・空けといて日曜日」
「あ・・・うっ、うん。けど・・・」
「多分大丈夫だから・・・・ね。」
「わかった」
本当に早明戦を一緒に見られるのだろうか?
電話がきれたあと、カガリはなんとも複雑な気分だった。
アスランが予定を変更してくれるといった言葉が嬉しかった。
けど・・・予定の変更ができなかったら、やっぱり会えないってことだよな。
あまり期待してはいけない・・・カガリはそう思った。
(2004.10.18)
あとがき
ようやく早明戦スタートです。
アスランの声が弾んだのは・・・当然自分の部屋で会えると思ったからです。