早慶戦の試合が終わったあと、ダコスタは一緒に来た仲間たちと出口の方に向かって歩いていた。
「あれ?あれってヤマトさん?」
ダコスタがその子の視線をたどるとカガリが金髪の男と歩いていた。
「一緒にいるのは誰?ザラ君じゃないわよね。」
「本当だ・・・あれって新しい彼氏かなんかかな。」
仲間達がカガリのことでざわざわと話し始めたので、ダコスタは小さくため息をついた。
これ以上たわいのない噂が広まるのはちょっとなぁと思っているダコスタは手を上げながら大きな声で呼んだ。
「おーい!ヤマト妹」
カガリがその声に気がついた。
「あれ・・・ダコスタ・・・と、みんな」
そして父親の方に振り返り言った。
「父さん、学校の友達だ。ちょっと言ってくるね」
父親がうなずいたのを確認してカガリはダコスタたちのほうに駆け寄った。
「お前、結局来たのか。で、あれってお父さん?」
「うん。そう。今日は父さんと来たのさ。アスランは模試に行くって言われたから。」
カガリが父親の方を振り返ると、父親がダコスタたちに会釈をした。
「やっぱりダコスタは模試には行かなかったのか。」
「まあな。早慶戦だし、模試のひとつくらいは別にね、誰かと違って」
ダコスタは軽くウィンクをしながら言った。
「余裕だよな。あいつもそのくらい余裕あるといいのに。」
カガリが少し不満げにつぶやいた。
ダコスタがクスっと笑い、カガリの肩をぽんとたたきながら言った。
「まあ、でもあいつらしいと思うけど。」
そうだねっと同意するかのようにカガリが両手を軽く挙げた。
「ねえねえ、カガリ?あれってお父さん?」
二人の会話が一段落したのを見計らってそばにいた女の子が声をかけてきた。
「うん。」
「かっこいいね。・・・カガリってお父さん似だね。」
うんうん、と周りの女の子達も同意した。
カガリは父親をほめられて照れくさくなった。
しばらくみんなと話をしていたが、
「カガリ!」
と父親の呼ぶ声が聞こえた。
「じゃあこの辺で。今日はこれからキラの合格祝いをするから・・・」
そういってカガリは父親の方に戻って駅の方へ歩いていった。
模試が終わったあと、アスランは友人の誘いを断りまっすぐ駅へ向かった。
電車の扉によりかかり携帯のチェックをしたが、カガリからのメールは入ってなかった。
アスランは小さくため息をついた。
−夕方、早慶戦が終わったあとでかまわないから会えないか?−
今朝送ったメールを彼女は見ていないのだろうか。
それとも返事をくれないのか。
試験中に押さえ込んでいた不安が少しよぎる。
あの口論のあとから彼女が距離を置いているのではないかと気になっていた。
夕方会っているときもあまり笑わなくなっている彼女。
ラブレターの件も結局知らせてはもらえなかった。
彼女の耳にも噂が入っているのだろうか。
昨日の学校での彼女を思い出し、ため息をついた。
自分と話をしたくなかったように見えた。
俺のことに気がついて売店に行ったのだろうか。
模試が終わるまではと心の奥底にしまいこんでいた感情が頭をもたげてきた。
気が少しめいってきたアスランは携帯をコートのポケットにしまい車両の前方に視線をむけた。
「あっ・・・」
アスランは驚きと喜びで思わず声をあげそうになった。
2つ向こうの扉に金色の二つの頭を見つけた。
同じ電車に乗っていたなんてどうして今まで気がつかなかったのだろう。
近くに行きたいが混雑をして車両の中を歩いてはいけない。
そしてこの電車は快速でもう彼らが降りる駅までは扉があかないのだ。
「カガリ・・・」
カガリが父親に何か話しかけて笑っている。
屈託のないその笑顔をアスランは久しぶりに見たような気がした。
駅につき電車を降りた後、アスランは改札口で彼らに追いつき声をかけた。
「カガリ、おじさん・・・・こんにちは」
「へ?アスラン」
カガリが驚いた声で振り向いた。
「早慶戦の帰りだよね。」
自然に3人で並んで歩き始めた。
「アスランは模試の帰りか。・・・偶然だな。」
「ああ・・・それで・・・・えっとそれは?」
カガリが手に持っている紙袋をさして聞いた。
「うん、早慶戦の前に父さんと買い物に行っていろいろ買ってもらっちゃった。」
エヘヘ・・・とカガリが父親の方を見た。
父親の下げている紙袋もカガリの荷物のようだ。
「買い物ってどこへ?」
「合羽橋」
かっ、かっぱばしって?アスランは眼をぱちくりとさせた。
アスランの様子をみて、父親がクスッと笑いながらいった。
「そうだな。浅草の方にあって調理器具や菓子道具の店とか、あと材料などの卸売りの店などが集まっているところだよ。」
「とても面白かったよ。行ってよかった。」
カガリが楽しそうに続けた。
「そうか。よかった。」
そういって父親が彼女の頭をなぜた。
アスランはちょっと視線をそらした。
父親だとはわかっているものの軽い嫉妬の気持ちが湧いた。
自分の知らない話をする二人に少し苛立っていた。
調理器具って・・・なんのことだ。
アスランの頭の中で?マークが浮かび考えにふけようとしていたその時、声が聞こえた。
「じゃあアスラン、また明日」
アスランはハッと顔を声のするほうへ向けた。
そこはすでにカガリの家の前だった。
父親が門をあけアスランに軽く会釈をして入っていった。
「えっ、ちょっ、ちょっと待って・・・帰ってしまうのか?」
アスランは思わず父親に続いて門に入ろうとしていたカガリの腕をつかんだ。
「うわっ・・・と」
アスランに引っ張られ体勢を崩された格好のカガリが思わず声をあげた。
そして驚いてアスランの顔を見つめた。
その顔は真っ赤だった。
玄関のドアに手をかけていた父親がそれに気づき手をとめ二人を見つめた。
「離せよ。引っ張ったら危ないじゃないか。」
カガリが口をとがらせて言った。
「あっ、ごめん」
アスランは謝ったが手はいっこうに離そうとしなかった。
父親に見られていることに気がついたカガリの顔をも赤くなった。
「もうちょっと・・・話がしたいのだけど、だめか?」
「カガリ、家にあがってもらったら」
ほぼ同時だった。
アスランは思わず父親の顔を見た。
そして恥ずかしくて顔に熱が帯びていくのを感じながらも、父親に向かって聞いた。
「あっ、いえ、えっと、こ・・・公園で少しだけカガリと・・・カガリさんともう少し話がしたいのですが、いいですか?」
カガリは目をぱちぱちとさせて、アスランと父親の顔を交互にみていた。
父親はクスリと笑ってカガリに向かってやさしく言った。
「カガリはどうしたいの?あがってもらってもいいよ。まあ今日はあまり時間がないけどね。」
カガリは困ったように俯いた。
アスランは思わずつかんでいた手に力がこもった。
「公園に行く」
小さな声でカガリが言った。そしてチラリとアスランの方を見た。
アスランは嬉しさのあまり顔が綻んでいた。
「そう、じゃああまり遅くならないように。」
「うん」
カガリはうなずいて手に持っていた紙袋を父親に渡した。
アスランは父親に向かってぴょこんと頭をさげた。
そして二人は手をつないで公園へと向かった。
「あっちへ」
「あそこに」
公園の入り口でカガリがブランコの方を指し、アスランがベンチの方を指して同時に言った。
二人は顔を見合わせた。そしてカガリがクスクスと笑った。
アスランの頬が少し赤くなっていたからだ。
アスランは自分の下心が見透かされたような気がしてプィと横を向いた。
カガリはそんな彼の顔を覗き込んで、空いている手で彼の袖を引っ張りながら甘えるように言った。
「ブランコはだめか?」
「いいよ。」
その顔と声で頼まれると嫌とはいえないアスランだった。
カガリはそのことを知っているのかは微妙だけれども。
カガリはブランコをこぎながら、いろいろ話し始めた。
アスランはその隣のブランコにまたいで座りカガリのほうに体をむけ鎖を持ってゆらゆらとしていた。
「そういえば、今日、ダコスタ達と会ったよ。」
「そうか」
「あいつはお前と違って模試行ってなかったな。」
「ああ、早慶戦が優先っていっていたよ。」
「ふーん、ダコスタはラグビー部だからな。」
「えっ・・・そうだったの?」
アスランが驚いた顔をした。
カガリがその顔をみてあきれた顔をしながら言った。
「知らなかったのか?」
「ああ。体育系のクラブに入っているなら応援団なんかしないだろう?だから」
確かにアスランとダコスタが仲良くなったきっかけは去年の体育祭だ。
「まあ普通はそうだけど、応援団に参加することを条件にクラブに入ったらしい。あいつの親戚がうちの学校の出身で、中学の頃に体育祭を見たことがあるっていっていた。それで、応援団はどうしてもやりたかったらしいよ」
「へぇー。でもラグビー部もすごい待遇だな。」
「まあ、言われて見ればそうか。でもあいつスタンドオフやっていて結構うまいからな。しょうがないのかな。」
「そうなのか。」
「ああ。もう一人ウィングで足の速いやつがいてさ。うちの学校も割りといいところまでいったのさ。
県大会ベスト4だったかな。」
「詳しいな。カガリ。」
「だって、ダコスタはずっと同じクラスだったし。アフメドも1年のときは一緒のクラスだったからな。結構試合見に行っていたよ。」
「アフメド?」
「ああ。足の速いウィングのことさ。」
アスランの中でその名前がひっかかった。
彼は手をあごにあて考え込んだ。
そういえばカガリに声をかけていたという奴の名前ではないか。
彼が顔を上げてカガリに聞こうとした時
「あのさ・・・」
急にカガリの顔が飛び込んできた。
「なっ、何?」
カガリがいつの間にかブランコから降り彼のそばに立っていた。
そして前かがみになって彼の顔を覗き込んでいたのだ。
アスランは動揺しながら答えて顔を上げた。
カガリは座っているアスランを見下ろしながらさらに聞いた。
「あのさ・・・模試どうだった?」
「あ・・・うん。できたよ。」
アスランはカガリの顔を見上げて答えた。
「本当?」
カガリが首をかしげながら聞いてきた。
「ああ・・・本当だ」
「よかった。」
カガリが満面の笑みを浮かべて答えた。
アスランはここしばらく彼女のその顔を見ていなかったので思わずブランコから立ち上がり彼女を抱きしめた。
「カガリ」
アスランの腕に力がこもる。
「カガリ・・・」
「アスラン・・・少し痛い」
「あ・・・ごめん。」
少し手の力を緩め自分の胸に顔を埋めるカガリを見つめた。
そして右手を彼女の頬にあて顎をとらえ上を向かせ、自分の顔を近づけていった。
カガリも目を閉じた。
最初は触れるだけ、そして角度を変えて深い口付けが何度も何度も繰り返された。
胸に抱えている不安を拭い去りたくて、アスランはむさぼるように彼女の唇を味わった。
「カガリ・・・」
彼女をもう一度抱きしめて、耳元でささやく。
「俺の部屋にいかないか?」
ビクッと腕の中の彼女が反応した。
「ごめん。その・・・今日は用があるから。」
「えっ」
アスランは驚いて彼女の肩をつかみ自分の胸から離し顔を見つめた。
カガリがすまなさそうに視線をちょっとそらしながら続けた。
「これからみんなでキラの合格祝いなのさ。」
「・・・・・・そう。知らなかった。」
アスランが低い小さな声で言った。
「あの・・・さ・・・父さんとずっと一緒だったから、メールの返事が結局だせなくてごめんね。」
「あ・・・いや」
「今日は話せて楽しかったよ。」
「・・・そう」
「また今度ね」
そういってカガリは家に戻るために向きを変えた。
が、アスランは彼女の腕をつかんで引き止めた。
カガリは驚いて彼の顔を見つめた。
そしてにっこり笑って彼に近づき空いている方の手で彼の頬に触れもう一方の頬に口付けた。
「あっ・・・」
アスランは驚いてつかんでいた腕を離して頬に手をあてた。
頬とはいえ彼女の方からの口付けは初めてだった。
「じゃあね。」
カガリが走っていってしまった。
アスランは困惑して頬を押さえたまま公園にしばらく佇んでいた。
(おまけ)
「あら、おかえりなさい。カガリは?」
リビングに入った父親が母親から声をかけられた。
「駅で偶然アスラン君とあってね」
「まあ・・・」
「家まで一緒にきたのさ、3人で」
「そう」
「それで・・・」
そこまで言ったところで父親がクスクスと笑いだした。
「いやね。思い出し笑い?」
「ごめん。アスラン君はもう少しカガリと話をしたかったらしい。だからあがっていけばといったのだけど」
「けど」
「公園がいいといって、隣の公園にいったよ。手をつないで」
「まあ・・・」
母親も二人の様子を思いうかべたのかクスクスと笑いながら台所に入っていった。
「なあ、カガリはまだ話をしていないのかな、アスラン君に」
「何を」
台所から母親が答える。
「店を手伝っていて、大学受験をやめるかもしれないこと」
「そうなの?」
「うーん今日の彼の反応を見ると」
「そうかもね。最近あまり会ってないみたいよ。学校では知らないけど」
「そうなんだ」
「カガリもあなたに教えてもらうようになってからは菓子作りがおもしろいのか、以前ほど会えないことを寂しがってないのよね。」
「そうか」
そこでまた父親がクスリと笑った。真っ赤な顔のアスランを思い出したからだ。
「何?」
「いや・・・アスラン君はかなりカガリにベタ惚れみたいだな。」
「みたいね。」
「けどカガリはどう思っているのかな。彼のこと。」
(2004.9.14)
あとがき
これで早慶戦はおしまい。次回からは早明戦の話です。
なぜアスランがベンチの方に行きたかったって・・・それはもちろんべたべたしたかったからです。