ソファに座ったニコルは手に持ったカレンダーをぱらぱらとめくり始めた。
「ははうえ、まだかな。」
午前中、庭で走りまわっていたのでお腹がすいてきたのだ。
ヴィアはちらりとテーブルの上を見た。
が、薄いクリーム色のテーブルクロスの上には何もなかった。
食事の用意は母が屋敷に着いたら始まるのだろう。
ヴィアはそう思った。
自分達だけだったら、ここに着いた時に皿などがテーブルの上に置かれているのだ。
「ろく、なな、・・・えっと、はち。」
隣から聞こえてきたニコルの声に、彼女は視線を戻した。
彼はカレンダーを月の数字を指差し、1枚ずつめくっていた。
「きゅう。・・・うーん、と。」
次に現れた数字を見て、彼は黙り込んだ。
それから、思い出したのか、ニコリと笑って言った。
「いちとぜろ!」
「じゅうだよ、それ。」
「じゅう?」
ニコルが顔をあげて、隣のヴィアの顔を見た。
「うん。」
彼女はニコリと笑い、自分も手元のカレンダーをぱらぱらとめくった。
「ほんとう?」
ニコルが頬を少し膨らませながら尋ねた。
「おとうさまにおしえてもらった。」
ヴィアの返事に、ニコルの頬は大きく膨らんだ。
「ずるーい。」
「ずるくない。ニコルはブランコにのっていたでしょう。」
ヴィアがたしなめるようにニコルに言った。
いつもニコルがブランコに乗っている時に、彼女はアスランに本を読んでもらっているのだ。
思いあたるのか彼も、面白くなさそうな顔をして黙り込んだ。
その様子をちらりと見たヴィアは、自分も彼と同じようにカレンダーを見つめた。
ニコルは機嫌が直るまで、話しかけても返事をしないのだ。
ヴィアはまだ何も記されていない10と書かれている部分を広げた。
今日ここにカガリが赤と金色のマークをつけてくれるはずだ。
それは、アスランとカガリの休みの日なのだ。
「あれ?」
ヴィアはカレンダーの29というところにケーキのマークがついているのに気がついた。
彼女は首を傾げた。
これは何だろう。
どこかで見たような気がする。
どこだったかな・・・。
しばらく考えたが、何も思い浮かばなかった彼女は顔を上げた。
まだニコルはご機嫌斜めの様子だったが関係ない。
自分の好奇心には勝てなかった。
「ねえ、ニコル、このマークしっている?」
何・・・と、彼は頬をまだ少し膨らませたままで顔を上げた。
「ほら、ここ。これ!」
ヴィアはそんな彼のことはお構いなしにカレンダーを指した。
「あぁ!」
ニコルも気がついたのか、目を輝かさせてヴィアを見つめた。
「このマーク、ケーキ?」
「ケーキ、だよね。」
うんうん、とヴィアも楽しそうに頷いた。
「でも、なんで?」
「ニコルも知らない?」
うん、と大きく彼は頷いた。
2人は顔を見合わせてうーんと首を傾げた。
と、その時、入り口近くから声が聞こえてきた。
「待たせたな、ニコル、ヴィア。」
「ははうえ。」
ヴィアが視線を向けた時には、ニコルはカレンダーを脇において駆け出していた。
カガリはしゃがみこんで、駆け込んできたニコルを抱きしめた。
「おなかすいた。」
ニコルの口から出た言葉に彼女はクスリと笑った。
それから、ソファの側にたっているヴィアに視線を向けた。
「遅くなってすまない。ヴィアもお腹すいているよな。」
カガリの言葉に彼女は小さく頷いた。
カガリは彼女の手にあるカレンダーに気がつき、ニコルの手を握り、近寄っていった。
それから、部屋の中を見回した。
テーブルの上に皿が4つ並べ始められていた。
彼女は壁の時計を見つめた。
12時ちょっと過ぎだ。
もうすぐ、アスランも起きてくるだろう。
明日まで彼は夜のシフトだ。
今日も朝戻ってきて、自分と入れ替わりにベッドへと潜り込んだのだ。
その時、彼に、伝えた。
昨日、昼食を一緒だったことを子供達がとても喜んでいたことを。
すると、眠りにつこうとしていたアスランは一瞬目を大きく開いて、嬉しそうに笑った。
じゃあ、今日もそうしようかな・・・と彼は呟きながら眠りについていったのだ。
そのことを思い出したカガリはアスランが来るまで待つことにした。
彼女はソファに座ると、ニコルとヴィアに声をかけた。
「アスラン・・・お父さまがくるまで先にカレンダーをするか。さあ、おいで。」
カガリを挟むように、ニコルとヴィアはカレンダーを手にソファに座った。
彼女は胸ポケットから赤いペン、上着のポケットから1枚の紙を取り出した。
その紙は、アスランから今日の朝もらったものだ。
「じゃあ、まずはアスラン、お父さまの分のマークをつけるな。」
彼女はヴィアの持っているカレンダーに手を伸ばした。
反対側のニコルの頬が膨らみ始めたことにヴィアは気がつき、どうしようかカガリの方をちらりと見た。
それに気がついたのか、そもそも彼がそういう顔をする事を知っているのか、タイミングよくカガリがニコルに向かって言った。
「私の分のマークはニコルのカレンダーからにするから、いいだろう。ちょっと待ってくれ、な。」
それは、とても優しい口調だった。
うん、とニコルは頷いて、膨らみかけた頬を元に戻した。
2人は、黙って彼女の作業をじっと見つめていた。
カガリがヴィアにカレンダーを渡し、ニコルのカレンダーを受け取り、作業を続けた。
「おかあさま、これ、なーに?」
ヴィアは気になっていたカレンダーのケーキのマークについて尋ねた。
うん、とカガリは彼女が指したところに視線をうつした。
「なんでけーきなの?」
ニコルが言葉を続けた。
その日付に気がついたカガリは2人に向かって満面の笑みを見せた。
「アスランに内緒だぞ。実はその日は・・・。」
カガリの言葉に2人の瞳が丸くなり、顔を見合わせてニコリと笑った。
「おはよう・・・、というか、もう昼か。」
ちょうどカガリの話が終った時に、アスランが小さなあくびをしながら入ってきた。
「ちちうえ!」
目ざとく彼を見つけたニコルがソファから降りて、駆け寄った。
「起きたのか、アスラン。」
アスランがしゃがみこみ、ニコルを抱き上げるのを見ながらカガリが言った。
それから、彼女は隣に座っていたヴィアを抱き上げ、アスランと並んでテーブルへと向かった。
(つづく)
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