砂 漠 の ラ イ オ ン




Oct.2002  作成(文中のリンクをクリックするとAmazon.co.jpなどのリンク先 へとびます)     

ボリス・ヴィアン (1920.3.10〜1959.6.23)

 ボリス・ヴィアンは何でも屋だった。技師、俳優、ジャズプレイヤー、歌手、画家、小説家、シナ リオライターetc。少女の肺に睡蓮の花が咲いてしまう『日々の泡』(または『うたかたの日々』)は、「現代の恋愛小説中もっとも悲痛な作品」(レイモン・クノーの言葉) と言われて読み継がれているけれど、砂漠に鉄道を通す物語『北京の秋』は、ヴィアンによれば 「北京」にも「秋」にも関係ないから『北京の秋』というタイトルなのだそうで、、、でも、この「関係の無いもの」がくっついていること、それこそがヴィア ンという人間を象徴しているのだと思う。

「例外的な例外こそ唯一興味を惹くものなのです」と主張したパタフィジシャン。現在ヴィアンの遺 した作品は主に小説中心に読まれているけれど、実際は小説に関わった時間は10年足らず。31歳以降、死までの8年間は一切小説を書かず、そのかわりに戯 曲やレコード製作、映画のシナリオ製作へと表現の場を移していく。それは、12歳から心臓弁膜症を抱え、次第に「すりきれていく」体と生命の残り時間との 追いかけっこの日々のよう。。ヴィアンは砂漠に鉄道を通したかったの? さらさらと指の間を零れ落ちていく砂漠の砂は、彼の命の砂時計? 
 何でも屋ヴィアンが何だったのか、語ることなど出来ないし、ヴィアンは今でも「例外的な例外」でしか ないけれど、私がとある記念にと、10年前にいただいたCD『僕はスノッブ / ボリス・ヴィアン』(現 在廃盤らしい)には、興味深い彼のインタビューなどが収録されているので、少しそれを紹介しながら、ヴィアンの「砂漠」について考えてみます。

 僕はくたばりたくない
 まんまるに見せた月に
 尖った面が隠されていないかを
 知ることなしには
 太陽が冷たいかも
 四季が
 本当に四つしかないのか
   (詩・『僕はくたばりたくない』より 訳/永瀧達治)




 
これからご紹介するボリス・ヴィアンの横顔を知る前に、 まず小説を読んで愉しむも良し、あるいはマルチアーティスト、ヴィアンのあれこれを知ったからといって、小説の面白みが減るかと言えばそんなことも全然無 さそうなので、先にヴィアンに惚れるも良し。。。参考資料は下にまとめておきます>>・・けど、ここに書けるのはごくごくわずかな事だけなので、実際に本 やCDに触れて、どんなにヴィアンが面白いか、たくさん探してみて下さい。


  *vianは初めからvianだった・・?

 もちろんそうなのでしょうけど、 ヴィアンが成長した過程でたぶんはずせない友人が、ヴィアンより5歳年下の「少佐(マジョール)」ことジャック・ルスタロでしょう。ヴィアン、はたちの時 の写真(資料1)を見ると、15歳の少佐はヴィアン以上に長身のスマートなハンサム(ヴィアンは18歳で185cm以上あったそう)。少佐の片目は義眼 だったそうで、彼の悪戯は人前で自分の眼を取り出して見せて女の子を卒倒させること、そんなことばかりしてるから、バカ高い義眼を無くしてはみんなして大 騒ぎで目玉さがし。。それから、少佐は窓から出入りするのが好きだったみたいで、パーティーなどから帰るにも「じゃあ」とか言ってアパートの窓を開けてそ こから屋根に飛び移って去っていくとか。(これ読んだ時、私の近くにもそっくりな人間がいたので大笑い。窓を開ける酔っ払いには要注意です、笑)・・・こ の強烈なキャラクターの少佐は23歳で<不慮の事故で>亡くなりました、窓から落ちて。。
『北京の秋』の冒頭には、片眼をえぐり出すバスの運転手 が出てきますね。


  *vianはロックンローラー・・?

 ヴィアンは本当に音楽が好きだっ たんだと思う。音楽それもJAZZを通じてヴィアンとアメリカの結びつきが強くなっていったんだと。「きれいな女の子との恋愛・・それとニュー・オルリン ズかデューク・エリントンの音楽だ。その他のものはみんな消えちまえばいい」(『うたかたの日々』より)という有名な言葉も、ヴィアンの憧れを表している し、しかもこれなんか「ニュー・オルリンズ」でヴィアンのお誕生日に書いたとされている。(彼はアメリカへは行った事もないのに・・)
 そんなヴィアンのアメリカへの関心は、CD(資料2) で彼の作詞・作曲の歌を聴くと、シャンソンという枠組みからはやっぱりはみ出していると思う。私は「歌え!(Chantez)」という曲が好きで、曲調が (ジャヴァのテンポで)〜(ベル・カントのテンポで)〜最後は(軍歌調に)と、どんどん変わっていくのが面白くて、曲調にあわせて歌詞がアナーキーになっ たり、好戦的(でも嘲笑的)になったり、聴けばこれはロックだよなあ・・と。
 ヴィアンはのちに音楽プロデューサーになって、フラン ス初のロックン・ロールのレコード製作に携わります。ヴィアンの生きたサンジェルマン時代を回想する映画『思い出のサンジェルマン』の中には、ロックン・ ロールに踊り狂う今の(60年代)サンジェルマンの若者が映りますが、彼らがヴィアンを支持したというのも納得です。生きていたらきっと『ボヘミアン・ラ プソディ』なんて大喜びしただろうね(想像)。


  *vianはモンティ・パイソン・・?

 アルノーの本の中に「バラエ ティ」という章があって、ヴィアンがラジオで放送した、バラエティ・コメディのシナリオが出ているんだけど、とにかく面白い、ハチャメチャ。。まずはクー デターだ!放送局を乗っ取ってヴィアンが、フランス国営放送会長に就任し、国民へのメッセージを告げる。つづいて『日々の泡』『北京の秋』にも登場する医 者マンジュマンシュ教授による、二十日鼠のアゾールに協力をあおいだ猫の胃袋内での消化の講義(!)でも、恐るべき結果に・・(書けない)・・これなんか 『日々の泡』の結末で涙した人たちをどうしてくれるのよ、と言いたくなるようなブラックコメディ。
 69年から74年にかけて英国BBCで放送された『モ ンティ・パイソンズ・フライングサーカス』はもう二度とつくれないような最強コメディで、その中でもヒムラー(ヒトラー)を登場させたり、マルクス、レー ニン、チェ・ゲバラ、毛沢東に「サッカークイズ」をやらせたり(誰も答えられない!)、と、とんでもないのがあるけれど、1947年に(20年も前!) ヴィアンはこのラジオ放送で、ヒットラー復帰式典をやってトルーマン大統領からの祝電披露なんてやっている・・(この時代に笑えたのだろうか)おそるべ し、ヴィアン・・。
「モン ティ・パイソンズ・フライングサーカス」についてはこちらです。(DVD が出ています)>>
  *vianは発明王・・?
 ヴィアンは国立中央工芸学校卒業 後、フランス工業規格化協会に国家公務員としての職を得たエンジニア。もともと発明好きとあって私生活でもいろんな発明をした。チェス盤をいくつか重ねた 3次元のゲームや(これなんか今のゲームソフトにありそう)、自宅の狭い部屋を有効利用するための、書斎スペースおよび書棚の脚つきベッド、なんてちゃん とした実用家具も作った反面、こんな発明も・・。<重力式幹線道路>・・パリとマルセイユのそれぞれに40km(!)の支柱を立てて、他方の地面に向かっ て傾斜した道路を敷く。あとは誰もが想像つく通り、重力で勝手に走る道路の出来上がり。計算では、まず地面から空中へ車をもちあげる労力と、エンジンで走 り続けるのとではちゃんと安上がりになるそうで、一方通行だから正面衝突はないし、あとは追突だけ気をつければ、、、ですって。(途中で降りるにはどうし たらいいの・・??)以上資料1参考。
  *vianとジャン・ソル・パルトル
 ヴィアンの小説作品にはいつでも ジャン・ポール・サルトルの存在が飛蚊症の影のように眼中にあったことは間違いないと思う。ストレートにパロった例なら『うたかたの日々』(『日々の 泡』)に登場し、若者の熱狂を集めている人物ジャン・ソル・パルトル。この作品が原作の、今年公開された利 重剛監督の映画『クロエ』の中で、とても巧い描き方だなあ、と思ったのが、パルトルの代わりに登場する<キタノ>という男。<キタノ>の言う事な ら何でもカッコ良く、<キタノ>の描いた物ならほんのらくがきのようなものまで集めたがる若者。
『サン・ジェルマン・デ・プレ入門』という観光案内風の 本の中で当時の有名人紹介をするヴィアンは、サルトルのことを「作家、戯曲家、哲学者で、その行動は実際には実存主義者たちと称している格子縞のシャツを 着、サン・ジェルマンの穴ぐらをうろつく長髪族とは何んの関係もない。少しは彼をほっといてやってもいいのではないだろうか。実にいい奴なのだから」と紹 介しているけれど、それはあちこちの解説に書かれているように本当に<好意的>な意味なんだろうか・・。
 ・・「いいやちがう。<レ・タン・モデルヌ>(注:サ ルトルが主筆の実存主義運動の機関紙)ではまにあわないのだ」「さらに政治的解決法など何にもならないのだ。」という、ヴィアンの未発表の『公民論』の言 葉の意味は・・? でもヴィアンが最後まで愛したパタフィジックの精神は、<想像力による解決の科学>、だったんだよね。。(15/10/02)

『北京の秋』についての作品考を載せました。
小説をまだお読みでない方へ・・・内容の細かい点に触れていますので、あ らかじめご了承下さい。
*** 作品考は こちらからどうぞ>> ***

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参考資料

*1 『ボリス・ヴィアン-その平行的人生』ノエル・ アルノー著 浜本正文訳、書肆山田、1992年
*2  ボリス・ヴィアンCD『僕はスノッブ』1991年  (JICM−89071)
*3 『ユリイカ』「特集ボリス・ヴィアン」青土社  2000年3月
*4 『ボ リス・ヴィアン全集』早川書房
*5 『サン=ジェルマン=デ=プレ入門 』/ボリス・ヴィアン/著 ノエル・アルノーZ訂 浜本正文訳  リブロポート1995年11月発行


  その他 Boris Vian関連の出版物

1.す べての子供たちに ボリス・ヴィアン詩集  / ボリス・ヴィアン/詩  ミッシェル・グランジェ/絵  永滝達治/訳
2.ボ リス ヴィアンの肖像 きらめく全生涯の完全記録。パリ サンジェルマン デ プレ徘徊記。
  / ノエル アルノー/著  ウーシュラ キュブレール/著  竹中望/訳
3.そ の他 ボリス・ヴィアン関連の著作物です(Amazon.co.jp)


  Boris Vian関連の映画の情報です
Internet Movie Database Inc.(英文です)>>


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