2008.8.2
「くも膜下出血と気象要素との関連性について」の論文の紹介
タイトル:入院患者を対象としたくも膜下出血罹患と気象要素との関連
著者:張 明姫
雑誌:日本生気象学会雑誌 44(4): 97-104, 2007
1 概要
大変興味深い論文です。
順天堂大学附属病院とその関連病院に過去7年間入院したくも膜下出血の患者1191
例について、その発症時間と気象要素(平均気温、気温日較差、最低気温、最高気温、
平均気圧、平均相対湿度、日照時間など)との関連性を検討した結果、
@ 2月、3月に有意に多いが、7月、8月に有意に少ない
A 前日の平均気温が低いときに有意に多い
B 前日の気温日較差が大きいほど発症しやすい
などの特徴がみられたそうです。
2 私の意見
脳神経外科専門医は、くも膜下出血患者の治療を重視しています。なぜなら、治療方法
は原則として、脳動脈瘤という「動脈のコブ」に対する手術(開頭クリッピング術、血管内コ
イル塞栓術)ですが、高度な技術が要求されるため、くも膜下出血の治療ができることが、
一人前の脳神経外科医としての必要条件と考えられるからです。
また、くも膜下出血患者の経過は劇的に変化します。大きく分けて3つの変化があります。
1つ目は、手術前の再破裂、2つ目は、術後急性期の脳血管れん縮(脳内の動脈が細くなり、
ときに詰まってしまう現象)、3つ目は、術後慢性期の正常圧水頭症(頭蓋内に徐々に水がた
まってしまう病態)です。結果として、1/3の人が社会復帰できますが、1/3は重篤な後遺
症が残り、1/3は死亡してしまうという、大変な病気なのです。詳しくは、他のウェブサイトに
譲りますが、このように治療に大変難渋するために、脳神経外科医は何とかして最小限の後
遺症に食い止めよう、できれば、元通りに回復してもらいたいと願いながら、くも膜下出血の
患者さんの治療に全力を注いでいるのです。患者さんが元気に退院されたときの感動は言
葉に言い尽くせません。脳神経外科医としてのやりがいを実感する瞬間です。
少しわき道にそれてしまいましたが、くも膜下出血患者が来院すると、脳外科には緊張が
走ります。われわれは経験的に、急に冷え込んだ日、寒冷前線が通過した日などにくも膜下
出血患者が多く搬送されてくることを知っています。事実、晩秋や気温の低い日に多いという
論文報告はあります(くも膜下出血編)。したがって、そのような日にはわれわれも内心身構
えていることが多いのです。
しかしながら、前日の最高気温と最低気温の差(気温日較差)が大きいほどくも膜下出血
が発症しやすいという具体的な論文報告はこれまでになく、本論文がおそらく初めてでしょう。
これからは、脳神経外科医は、天気予報をみながら、「昨日は、寒暖差が大きかったな。くも
膜下出血の患者さんが来るかもしれないぞ」と、具体的に意識することができ、この論文は、
臨床的に非常に有意義だと思います。
一方、みなさんも(われわれも含めて)、天気予報をみながら、くも膜下出血にならないよう
に注意する必要があるでしょう。具体的な予防法は、くも膜下出血編にまとめてありますので、
今一度、ご覧いただければ幸いです。
なお、この論文では、くも膜下出血が午前6時から10時の間に最も発症しやすいこと、トイレ
や入浴時に発症することが多かったことも述べられています。また、急激な身体の屈伸運動、
精神的緊張、水仕事などでもくも膜下出血が起こりやすいという報告もあります(小松伸郎
ら.脳神経30:497-503, 1978)。くも膜下出血の予防法として上記のことに気をつけることは、
科学的な証明はありませんが、ある程度は有効であろうと考えられます。