2019年の映画・演劇 評論

 コンフィデンスマン JP 「ロマンス編」 (劇場版)

あらすじ:よく練られた話をでっちあげて、億円単位で人を騙しているダー子(長澤まさみ)は、香港からのニュースで、あまり人前にもでなくて人相も分からないが、大金持ちで暴力団とも繋がり、冷酷で「氷姫」と呼ばれるラン・リュウ(竹内結子)が持っていると言われている巨大で高額なパープル・ダイヤモンドを奪うことを次のターゲットにした。早速、仲間のリチャード(小日向文世)とボクちゃん(東出昌大)に声をかけ、新しくモナコ(織田梨沙)を加えて、一行は香港へ飛ぶ。しかし、そのパープル・ダイヤモンドを狙っていたのは、ダー子たちだけでなく、ダー子が以前付き合っていた同じ詐欺師のジェシー(三浦春馬)も、ダー子に騙されて怒っている日本のヤクザの赤星(江口洋介)からの命令で動いていた。ダー子たちは、どうにか、ラン・リュウに取り入ることができたが、ラン・リュウは、気難しくて、ダー子が持ちかける金儲けの作戦には乗ってこなかった。謎の多いラン・リュウの過去の、あるロマンスが鍵のようだ。。。


二転三転だけでなく、ここまで、ドンデン話が転がると、人間不信になる!?

 元は、2018年4月からフジ・テレビで、長澤まさみを中心に、小日向文世と東出昌大で、この映画版とおなじ大がかりな詐欺の話として連続して放映していたものを、映画化したものだ。

 テレビと同じように、脚本は、古沢良太で、監督は、田中 亮。
ちなみに、タイトルの「コンフィデンスマン Confidence Man 」とは、普通の詐欺師よりも、信頼(Confidence)を得ている詐欺師ということらしいが、私には、詐欺師の区別はつかない。
また、「JP」となっているのは、「Japan版」を意味し、このドラマは、他にも 「CN = China 中国版」、「KR =韓国版」もあるらしい。

 私も、テレビでは、第一話から観ていて、よく練られた映像に気持ちよく誤魔かされた一人だった。

 フジ・テレビは、「踊る大捜査線 The Movie」のように、放送で好評だと、映画にして、また儲けるという、ビジネス・モデルを作っていて、この作戦は、うなずける。

 しかし、私はこのテレビ版を気にかけてる女優の一人である長澤まさみが出ているので、毎週見ていたが、視聴率的には、最高でも、 9.5% というあまり好評とは言えない数字だった。でも、ハッチャケた長澤まさみの演技は評価している。

 そこで、この映画版の出来はだ。

 「ロマンス編」とあるように、謎の氷姫の恋愛と絡めて、長澤まさみのダー子が前に組んでいた三浦春馬との恋も絡めて、映像として見せられる話がどこまでが「真実」なのか、最後まではっきりしないのが、脚本:古沢良太の腕の見せ所で、これに騙される。

 香港での撮影ということで、今は亡きブルース・リーを偲んで、彼が着ていた黄色のジャンプ・スーツではしゃぐシーンや、ダー子と三浦春馬の思い出のニューヨークでは、「ゴースト~ニューヨークの幻」から取って来た「ろくろ回し」のシーンなど、小物も活きていて、クスッと笑えるのも憎い。

 途中、病院のシーンで、怪我の内容をあまり確認していない竹内結子には、かなり疑問を感じていたが、最後には、そうだったのかと、まあ、納得できる。

 騙しの映画では「スティング」があるけど、「スティング」と同様に、時間をかけて種を仕掛けられ、また、多くの人も使われると、さすがに、どんなに用心深い人でも、この映画のように騙される。

 確かに、人を騙し、金や財産を奪うことは、犯罪だけど、奪う相手がヤクザや悪人だと観ている方としては、一種の爽快感がある。
この感覚を、話の基本として貫いている脚本はいい。

 はじける長澤まさみと真剣な演技の長澤まさみは、今後、このシリーズの続編が作られても、持続していける。
冷たい美貌の竹内結子を配したのも、今回は成功している。

 ヤクザの江口洋介と長澤まさみと竹内結子の三つ巴で、拳銃を向け合うシーンでの撃ち合わない無駄さや、パープル・ダイヤモンド内にダー子のサインが入っていれば、早く気づけよ、といったり、無理やり桟橋の旗にダー子から江口洋介への手紙が結び付けられている不自然さなどは、あるが、面白く観られた映画だ。

 ちなみに、ジャッキー・チェンもどこかに出ていますし、エンド・ロールの後でも、長澤まさみが(この齢で?)アイドルに扮して、また次のターゲット(生瀬勝久?)を狙っているようです。

 長澤まさみの; 「マスカレード・ホテル」 (2019年)、 「海街diary」 (2015年)
 東出昌大の; 「聖(さとし)の青春」 (2016年)

 初恋~お父さん、チビがいなくなりました

あらすじ:東京の郊外の一軒家に住んで結婚50年を迎えた武井勝(藤竜也)と有喜子(倍賞千恵子)夫婦は、3人の子供たちを育て上げ、今は、捨て猫だった「チビ」と共に暮らしている。亭主関白を絵にかいたような勝は、時折、以前勤めていた会社へ、顧問として外出したり、趣味の将棋道場で時間を潰しているが、勝の食事や身の回りの世話をする有喜子の話にはまったく乗ってこず、いつも有喜子の話し相手は、猫のチビだけだった。夫婦で暮らしていても、互いの存在感がない寂しい生活に気が付いた有喜子は、時々家に戻る末娘の菜穂子(市川実日子)に勝と別れようと思っていることを話す。そんな時、飼っていたチビがいなくなり、ペットの探偵(佐藤流司)を雇ってまで探そうとする有喜子に勝は、チビはもう歳で死に場所を求めて出て行ったので、帰ってこないと、冷たく言う。ますます、互いの心が離れていく勝と有喜子。チビは戻ってくるのか。。。


女:観たからといって、それから先の話がない映画ね!

男:原作は、西 炯子(にし けいこ)の漫画があり、小林聖太郎(こばやし しょうたろう)が監督した。
女:まったく、とりとめのない、退屈な映画だったわね。
男:年齢が70歳前後と思われる男と連れ添った妻が、子供たちが巣立ったあとの、老後を夫婦としてどう生きるのかが描かれているかを期待したけど、まったく、平凡な話だった。
女:仕事に生きて、家庭のことは一切しない男性を、いまさら取り上げられても、そういうことが当たり前の時代を生きてきた、私たちには、別に特別な話でもないのよね。
男:また、取り上げた内容が、山田洋次監督の「家族はつらいよ」ににた熟年離婚いや老年離婚や思い違いによる誤解では、まったく、この監督としての「思い」と「勉強」の無さだけが、虚しく残る。
女:また、あなたがいつも言うように、脚本の段階での煮詰め、絞り込みもかなり甘いのよ。
男:そうだね。
  主点が、娘(市川実日子)から見た、高齢の両親の生活なのか、妻(倍賞千恵子)が感じる寂しさなのか、もっと絞ったものにしないから、観ていても意味が分からなくなる。
女:倍賞千恵子の恋敵的な存在だった星由里子が、歳をとっても、藤竜也と時々喫茶店で出会っているのも、どうして、会っているのか、この二人の間に未だに恋愛感情があるのかも不明でしょう。
  下手な、演出ね。

男:映画の雰囲気としては、最後に流れる笠置シヅ子の歌にあるように、戦後の駅のミルク・スタンドの混雑や見合い結婚なども取り上げているけど、そんな時代だったなぁというだけだね。
女:言葉には出さないけど、共に「初恋」で強い愛情がありましたでは、平凡すぎるわね。
男:日本の文化として、あまり強く愛情表現をしないというのは、当たり前だからね。
  それを、淡々と描きましたといえば聞こえがいいけど、何の才能もなく、描いたという方が正解だ。
女:でも、確かに、何もしない、あなたとこれから一緒に暮らす意味があるのかと、時々思うことはあるわね。
男:えっ、わたしは、口には出さないけど、きみだけを、心から愛しているよっ。
  これからは、家事もするから見捨てないで。
女:本当に、約束よっ。
男:まったく、変な映画を観たばかりに、おかしなことになってしまった。
女:何か、言った!
男:いや、なにも・・・・

似たような、山田洋次監督の; 「家族はつらいよ2」 (2017年) 、 「家族はつらいよ」 (2016年) 、「東京家族」 (2013年) 

 ビューティフル・ボーイ

あらすじ:フリーで音楽関係の記事を書いているデヴィッド・シェフ(スティーヴ・カレル)は、先妻:カレン(モーラ・ティアニー)との間にできた息子:ニック(ティモシー・シャラメ)が、自慢の種だった。青年のニックは、スポーツもでき、また成績も優秀で、二番目の妻:ヴィッキー(エイミー・ライアン)との間にできた義理の弟と妹にとっても良き兄で、家庭も父息子の関係も理想的だった。そんな、美しくて、可愛かったニックが軽い気持ちで始めたドラッグに溺れるとは、まったくデヴィッドには信じられないことだった。命に危険なドラッグを断ち切るというニックの言葉を信じてデヴィッドは何度も更正の手を差し伸べるが、ニックはより”ハイ”になるドラッグにはまり込んでいく。もうデヴィッドは父親として、息子を救うことができないのか。。。


薬物依存になると怖い、が退屈な映画!

 監督は、ベルギーのフェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲで、これが、アメリカ進出第1号の作品とか。

 話の基本は、あらすじにあるような流れだけど、息子のニックが幼くて可愛かった頃とか、青年時代の話とか、薬に溺れる現在の状況とかが、何度も行き来していて、実に面倒な編集方法。
また、先妻も時々絡んで登場するわで、このあたりの繋ぎ方が下手で、意味も不明となり、分かり難いのがまず指摘できる。

 どんなに出来の悪い子供でも、親にとっては、美しい(ビューティフル)もので、無邪気で、可愛いものである。
そうでなければ、誰も子供を育てようとしない。
そのように人間にも動物の本能としての遺伝子が作られているのを、今更映像化させられても、それは当たり前のことで、そうですねって感想で終わる。

 それにしても、父親がカウンセラーを受けたり、薬物依存者やその家族も集まって話し合うというアメリカ社会の特異性があったりというところの演出も、今ひとつ馴染めない。

 また、監督初心者が良く使う「雨」を、これまた無意味に入れるという定番から脱していない演出法の幼稚さ。

 反抗期を迎えるまでの子供は、みんなビューティフルなんだ。
それから先の成長してドラッグに手を出したりすることに対しては、親としてはもう見守ることしかできないということを言いたいのか、一度「薬」や「アルコール」に依存すると、更正するのは大変だと言いたいのか、焦点がぼやけ過ぎの、退屈な映画だった。

 でも、使用している音楽は、タイトルとなったジョン・レノンの「Beautiful Boy」や、ニール・ヤングの「Heart Of Gold」などと多いのは、驚き。
そして、 「屋根の上のヴァイオリン弾き」  からの「Sun Rise,Sun Set」は、場面にあっていたのは、褒めます。

 笑う男  (永遠の愛 The Eternal Love) ~ミュージカル~ (日生劇場)

あらすじ:17世紀のイングランド。見世物として、笑っている表情を出すために大きく口を切り裂かれた少年:グウィンプレン(浦井健治)と盲目の赤ん坊:デア(衛藤美彩)は、興行主のウルシュス(山口祐一郎)に拾われて、他の奇形な芸人たちと共に各地を巡り、成長していく。興行の評判を聞きつけた気紛れなジョシアナ女公爵(朝夏まなと)は、醜いが魅惑的なグウィンプレンを誘惑する。が、グウィンプレンの心の中には、幼い頃から側で暮らしてきたデアがいた。そんなグウィンプレンだったが、本当は貴族の跡取りであることが分かり、華麗な宮廷での生活が始まる。一方、ウルシュス達は、グウィンプレンが、牢獄で死んだという噂を聴き、心臓の弱いデアは、危篤状態になる。貴族の生活に馴染めないグウィンプレンが、見世物小屋に戻ってくるが。。。


斬新な演出は、面白い!

 原作は、「レ・ミゼラブル」のヴィクトル・ユゴーの「笑う男」があり、これを「マリー・アントワネット」も演出したロバート・ヨハンソンが脚本を書き、音楽:フランク・ワイルドホーンで、歌詞:ジャック・マーフィー、 日本版の翻訳・訳詞・演出は上田一豪という顔ぶれ。

 元は、韓国で舞台化されているミュージカルだ。

 原作となったヴィクトル・ユゴーの本は読んでいないが、ただ見世物にさせられるために口を切り裂かれた男とは、今なら絶対にあり得ない話で奇怪であり、またその子が誘拐された貴族の嫡男とは、さすがにヴィクトル・ユゴーの作品と感じる、実に奇想天外ですごい想定だ。

 冒頭の、嵐の中、船が出現するシーンから、演出が上手いと感心させられる。
舞台の小物のランタンの炎にしても本当の蝋燭のように点滅しているし、噴水からは絶え間なく水が流れるし、水面はうごめくなど、細かな点でも手を抜いていないので、観ていても安心できる。

 過去を話す時に、首のまわりに白い布を持ってきたのは、秀逸な出来栄えだ。

 舞台のかなり後方からでは、主演の浦井の口が裂けているのは、はっきりと見えないが、そんなことは気にしなくても話は伝わってくる。
ロックやマンボなども取り入れたメロディも、また日本語に乗っている歌詞も分かり易くて、一応ミュージカルとしては合格している。

 まだ、浦井健治一人の舞台としては、場が持てないほどの大がかりな展開だけど、これをもうベテラン中のベテランである、山口祐一郎や石川禅がしっかりと押さえていた。
いつまでも変わらない山口祐一郎の声量には、彼の日頃の精進さえ感じる。

 ジョシアナ公爵を演じた朝夏まなと もやや淫らな役どころを得て、伸び伸びとやっている。
太っているアン女王を演じた内田智子も照れずに特徴を活かしてよく演じた。

 デア役は、今回観た元乃木坂46の衛藤美彩と夢咲ねね のダブル・キャストだ。
衛藤美彩は、舞台の動きもまだまだぎこちなさがあり、(そこで、盲目の役を得たのか知れないが)歌い方も、これからの存在だった。

 丸くした議会など舞台構成の面白さもあるが、この「笑う男」では、特に衣裳の素晴らしさを特筆したい。
前田文子が担当とあるが、王族が纏う服の超豪華さと、デアが着ている清楚な白い服との取り合わせがいい。

 永遠の愛=Eternal Love は、どちらか一方が死なないと完遂しないとは残念だけど、これからの成長が期待できるミュージカルだ。

浦井健治が出ていた; 「ビッグ・フィッシュ」 (2017年)、「王家の紋章」 (2016年)
朝夏まなと が出ていた; 「オン・ユアー・フィート!」 (2018年)、 「マイ・フェア・レディ」 (2018年)
山口祐一郎の; 「三銃士」 (2011年)、「レベッカ」 (2010年)
ロバート・ヨハンソンの演出なら; 「マリー・アントワネット」 (2018年)

 

 ライムライト ~音楽劇~ (シアタークリエ)

あらすじ:時は、1914年のイギリスは、ロンドン。かっては売れっ子のコメディアンだったカルヴェロ(石丸幹二)だったが、今は、人気もなく、歳をとり、酒に溺れ、大家のオルソップ夫人(保坂知寿)からは、毎日溜まった家賃の支払催促を受けていた。そんな、カルヴェロがいつものように酔ってアパートに戻ると、隣りの部屋でガス自殺をはかっていたテリー(実咲凜音)を見つけ、助けることになる。バレリーナを目指すテリーの自殺の理由は、彼女を舞台に立たせるために金銭の支援してくれている姉が街娼であることを知り、その精神的なショックで右足が動かなくなったことを悲観したものだった。しかし、カルヴェロの献身的な介護と彼が話す人生経験訓は、テリーの心と足を治し、また踊れるようになったテリーは、大きな劇場の舞台に立つことができた。成功を得たテリーは、カルヴェロに結婚を申し込むが、身の程をわきまえたカルヴェロは、テリーのもとから去っていく。それから、数年後、ロンドン中を探していたテリーは、やっとカルヴェロと再会でき、テリーの働きで、カルヴェロの再起を期した舞台公演が開かれる。しかし、もうカルヴェロには。。。


女:初老の男性にとっては、最高の贈り物ね!

男:原作となっているのは、喜劇王と言われるチャールズ・チャップリンが、1952年に製作し、日本でも公開された「ライムライト」という同名の映画がある。
女:舞台での物語の展開は、殆ど映画と同じようね。
男:私も、チャールズ・チャップリンのこの映画は、何となく観ていて、かなり曖昧だけど、あらすじは憶えている。
  それよりもこの映画で使われた、チャップリンが作曲した「テリーのテーマ(エタナリー)」は、良い曲で、フランク・チャックスフィールドなどイージー・リスニングの代表曲として、いろいろな楽団でも演奏されている。
女:今回の舞台も、2015年に石丸幹二が同じ役で演じたのを、すこし手直ししたとのことよ。
男:以前観た映画の「ライムライト」では、チャップリンのパントマイムの印象が強くて、また昔の白黒映画だったせいか、「無声映画」と記憶していた。
  でも、当時流行った主題曲があったということは、ちゃんとした「トーキー映画」だったんだと、おかしな記憶だよ。
女:ということは、あまり映画の出来としては、記憶に残るほどの作品ではなかったということね。
男:今回の舞台では、台本は大野裕之、演出は、荻田浩一、そして、編曲と音楽は荻野清子とある。
女:その音楽では、まず、シアタークリエの音響設備の悪いのが、一番の問題ね。
男:高音が割れていて、聴きづらかったな。
女:特に、ヴァイオリンの高音が割れるのは、演出家が劇場内にいて気が付かないとは、ひどいわよ。
男:ヴァイオリンやピアノなど4人編成のバンドが、舞台の奥の方にいる構成だったね。
女:狭い舞台を部屋にしたり、街灯で通りや楽屋にしたりする演出は、良かったわ。
男:自殺未遂をしたテリーの足が回復するまでが第一幕目で、休憩を挟んで、二幕目は、テリーの成功と別れたカルヴェロとの再会、また、若い音楽家:ネヴィル(矢崎広)とのもつれがあるけど、本当に一幕目は、退屈過ぎた。
女:映画の方は知らないけど、舞台版では、元コメディアンの石丸幹二と気の置けないアパートの家主の保坂知寿との会話のやり取りで、観客を引っ張ていくつもりだったようだけど、これが、完全に冷めたものになったわね。
男:チャップリンなら、当然に彼を有名にしたパントマイムがある訳だけど、この演出では、まったく面白くないし、また二人の会話も弾まず笑いにはなっていない。
女:でも、第二幕では、バレーもあるし、テリーのカルヴェロに対する愛、それを理解しながらも、カルヴェロが自分の年齢、二人の歳の差などから身を引く気持ちも上手く演じられていたわ。
男:テリーを演じた実咲凜音(みさき りおん)は、バレーの素養もあるようで、綺麗なダンスを見せている。
女:一幕目をもっと、コミカルな演出にしたら、これから石丸幹二が齢をとっても彼の代表作として演じられる作品になりそうね。
男:そうだね。もっと第一幕目ではしんみり感からはみ出した面を強調すべきだった。

  でも、若い娘に、真から惚れられる初老の男か!
  いいね! 生きる力が湧いてくるよ。
女:どうして、現実と作り物を混同しているのよ。
  歳をとったチャップリンが、男性の願望を映画にしただけでしょう。
  もっと、自分の境遇を素直に見れば、あり得ないことが分かるでしょうに。
  懲りないひとね!

男:でも、世の中には、一人ぐらい、若い娘が私の事を・・・
女:そんな、奇特な女性はいません!
男:そこまで、いうの・・・

石丸幹二が出ていた; 「GOLD-カミーユとロダン」 (2011年) 、 「エリザベート」 (2010年)
実咲凜音が出ていた; 「屋根の上のヴァイオリン弾き」 (2017年)

 運び屋

あらすじ:咲いているのが1日だけという珍しい百合:デイリリー(別名:ヘメロカリス)を育てるために、アメリカの各地を訪れ、得た知識を基に品種改良をし、デイリリー・コンテストで賞を獲ることだけが生きがいの、アール・ストーン(クリント・イーストウッド)は、コンテスト中心の生活で、娘(アリソン・イーストウッド)の結婚式にも出席しなかったので、90歳になった今では妻(ダイアン・ウィースト)や家族から縁を切られた状態だった。一時は好調だった花の栽培もネット販売に押されて、園芸農園は、差押えを受け閉めることになった、金のない彼に、「ある物」をメキシコ国境からアメリカの各地へ運ぶだけで、大金が入るという美味い話が飛び込んでくる。デイリリー研究でアメリカの道をよく知っているアールにしてみれば、物を運ぶことはたやすいことで、危ない物だとは知っていたが、貰う金額には勝てず、運ぶ回を重ねるうちに、最初は小型の物が段々と大きくなり、受け取る報酬も200万ドル以上にもなり、さすがにアールも運んでいる物は「麻薬」と分かった。一方、アメリカ麻薬取締局のコリン・ベイツ捜査官(ブラッドリー・クーパー)は必死に麻薬の搬送ルートを追っていて、一時は、アールと接触するが、まさかこんな高齢の老人が麻薬の運送人とは見破れなかった。しかし、決められたコースを外れ、マイペースで麻薬を運ぶアールを理解していたメキシコの麻薬王が殺され新しい監視役の眼がきびしくなり。。。


失ったものは、もう取り返さなくてもいい!

 監督と主演は、あの88歳になったという、クリント・イーストウッドで、確かに、年齢に相応しく、背中は、もう曲がっているし、歩き方もよぼよぼだ。

 しかし、この年齢でありながら映画製作にかける情熱は、スクリーンを介して、熱く伝わってくる。

 映画の元になっているのは、実話があるようで、麻薬捜査官たちもまさかかなり高齢の老人が、違法な麻薬を運んでいるとは見抜けずにいたとのことだ。

 話の作り方として、どうして、主人公の老人が、危険な麻薬とは知りながら、その運送に手を染めて行くことになったかの過程が上手くできている。

 自分が生活する金に困ったことは、その一因だけど、仲間の退役軍人たちのために何とかしたいとか、孫娘の教育資金を援助したいとか、自分の生活資金だけでなく、お金が持つ多くの誘惑が彼をいつまでも危険な「運び屋」にさせていたのが、よく分かる。

 その運び屋としての資質も、若い頃から百合の栽培の為に全米を旅していて、よく道を知っているとか、乱暴な麻薬団に接しても退役軍人であったので、恐れないとか、また、高齢者であることで経験してきた警官からの捜査からバレずに逃れる方法とか、の説明もあって納得できる。

 だけど、死んでいく妻に長時間寄り添ったり、仲違いをしていた娘と理解し合うという持って行き方は、ハッピー・エンドと家族愛でアメリカの一般観客受けを狙い過ぎた展開で面白くない。

 ここは、自分が大好きだった百合の栽培にのめり込み、そのために家族とも別れたが、危険な運び屋稼業がもたらす高揚感で歳をとっても、充実した人生だったと持って行く方が、いい。

 多くの高齢者が家族を失うことは、当然のことで、それは一時的には、寂しいが、その寂しさをいつまでも引きづっていては生きてはいない訳で、世の中には他に楽しいことが一杯あり、それを選んで生きている。

 クリント・イーストウッドなら、当たり前のことから脱した展開が欲しかった。

 クリント・イーストウッドのつまらなかった; 「15時17分、パリ行き」 (2018年)、
   まあ、まあの; 「ハドソン川の奇跡」 (2016年)、 「アメリカン・スナイパー」  (2015年)、「人生の特等席」 (2012年)、 「グラン・トリノ」 (2008年)
 この映画では活躍していない、ブラッドリー・クーパーの; 「アメリカン・ハッスル」 (2014年) 、 「世界にひとつのプレイブック」 (2013年)

 グリーンブック

あらすじ:時は、1962年のアメリカ。ニューヨークのギャングが経営しているナイトクラブの用心棒をしている腕っぷしが強いイタリヤ系移民のトニー・バレロンガ(ヴィゴ・モーテンセン)だったが、クラブが改装となり、仕事を失う。危ない仕事の紹介はあるが、家族を考えるとそれらには、のれない。ぶらぶらしているトニーに、ホワイト・ハウスでも演奏をしたことのある有名なアフリカ系黒人ピアニストのドクター・ドナルド・シャーリー(マハーシャラ・アリ)が、トリオを組み、まだまだ黒人差別が色濃く残るアメリカの中西部と南部を巡るコンサート・ツアーでの運転手募集の話があり、報酬もよかったので、トニーは、クリスマス・イブまでドナルド・シャーリーの運転手を引き受けた。苦労してピアノを学び、教養もあり上流階級の人たちとも接しているドナルドと無学で口先だけで生きてきたトニーでは、運転席と後部座席で度々口論となるが、トニーは、お構いなしだった。しかし、ドナルドが持つ優れたピアノの才能は、トニーにもすぐに分かった。上流の白人階級を対象にした南部のツアーは、いつも評判が良かったが、ピアノから離れたドナルドには、トイレの使用やレストランの入場禁止など厳しい黒人差別の現実があった。友人や家族関係から距離をおいた生活をしてきたドナルドだったが、黒人差別をする警官達からドナルドを守ってくれるトニーに対して、信頼感が生まれる。しかし、ツアーも終わりとなるアラバマ州バーミンガムで、ついに。。。


観終わっても、ほのぼの感がいつまでも残る!

 監督は、ピーター・ファレリーで、「メリーに首ったけ」がある。

 タイトルとなっている「グリーン・ブック」とは、黒人差別が酷い南部を旅する黒人のために、黒人でも泊まれるホテルなどが記載された「ガイド・ブック」のことで、黒人ミュージシャンであるドナルドの為に、彼のレコード会社が、トニーに渡した本のこと。

 今年の第91回アカデミー賞の「作品賞」を獲り、出演のマハーシャラ・アリは、「助演男優賞」を獲った映画だ。
また、脚本の、ニック・バレロンガ、ブライアン・ヘインズ・クリー、ピーター・ファレリーも賞を獲っている。

 映画の出来は、ほぼ脚本で、決まるという見本となる作品だ。

 通常なら、白人に仕える黒人運転手、教養のある白人と粗野な黒人という設定を逆にして笑いをとり、そこに、未だにアメリカ社会に残っている黒人差別批判をもってきたのが、上手い。

 最初は、教養や身分で余りにもギャップがあり、年中喧嘩をしている二人が、一緒に旅を続けている内に仲良くなるなんて話は、もう古典的な展開だ。

 しかし、その良くある話を、ちゃんと布石もよく配し、終わりには、きちんと回収する巧さがある。
例えば、用心棒のトニーが本当に拳銃をもっていたのかとか、警察に捕まって、ロバート・ケネディの名前を出したり、トニーの妻に書かれた手紙は、実はドナルドが添削していたことがばれているなどだ。

 そして、あらゆる白人が黒人差別をしているのではないことも、この映画ではフォローしている。
白人運転手のトニーもそうだが、最後の雪の道でパンクした車での警官の描き方も、しっかりとなされているのも立派。

 黒人でありながら、当時の有名な黒人歌手のチャック・ベリーやアレサ・フランクリンなどを知らないというのは、大いに笑えるし、ケンタッキー・フライド・チキンでの本物のカーネル・サンダースの味を堪能するくだりは、声をだして笑える。

 アメリカだけでなく、日本でも人気のあった黒人歌手:ナット・キング・コールがいくら有名になっても黒人として差別を受けたことが、ドナルドの南部ツアーの弾きがねになっていて、時が過ぎても、人種差別は解決されていないという寂しい現実だが、ユーモア溢れる出来栄えが、悲しい題材を観終わっても、ああ、気分の良い映画だと感じさせた。

 マハーシャラ・アリの; 「ムーン・ライト」 (2017年)
 どこか似ている; 「最強のふたり」 (フランス映画) (2012年)

 女王陛下のお気に入り

あらすじ:時は、18世紀初頭。イングランドは統一され、フランス・スペインと戦争をしていたが、女王となったアン(オリヴィア・コールマン)は、持病の痛風に悩まされ肥満で健康もすぐれず、政治は、アンの幼馴染みで、彼女のお気に入りの女官長:レディ・サラ(レイチェル・ワイズ)が仕切っていた。そんな宮廷に、貴族だった父親が賭けに負けて、身を落としたアビゲイル(エマ・ストーン)が、親戚関係にあるサラを頼り、召使として雇われることになった。アビゲイルには、落ちた身分を引き上げる野望があり、そのためには、アン女王のお気に入りになることが必要で、サラに隠れてアン女王の体に効く野草を獲ってきたり、女王に甘い言葉をささやき、召使から女王の侍女へと、その地位は上がり、サラと女王との間にあった寝室での性関係も、アビゲイルが取って代わるようになった。しかし、アビゲイルは、依然として宮廷で力をもつサラの存在が疎ましく、紅茶に毒を盛り、サラを殺そうとするが、その作戦は失敗する。次にアビゲイルが仕組んだサラ追放の企ては。。。


女:かなり、変わった感覚の映画だけど、感銘はしないわね!

男:アン女王を演じたオリヴィア・コールマンは、この映画で今年のアカデミーの主演女優賞をとったね。
女:女王であっても、普段の生活態度は、そこらのおばさんと変わりがないという点での演技が評価されたってことのようね。
男:アカデミーでの評価は、この映画の主人公は、オリヴィア・コールマンってことのようだけど、他に出ているサラ役のレイチェル・ワイズとアビゲイル役のエマ・ストーンもほぼ主役だった。
女:監督は、ギリシャからロンドンへきた、ヨルゴス・ランティモスとあるけど、この監督の「ロブスター」などは観てないわね。
男:アン女王には17人の子供がいたが、全員成年まで育たなかったとか、幼馴染のサラとは親しくしていたとか、かなり史実に基づいている部分があるけど、レスビアンのシーンや馬車での男の自慰行為など、ここまで描写が必要とは思えないね。
女:特に、宮廷での、ミカンだかを素っ裸の男性に投げてみんながふざけているシーンは、意味不明ね。
男:議会の野党の人間の関わり方や、娼館での貴族と娼婦とのありかたも、もう少しばかり説明が欲しいな。
女:でも、銃を撃つレイチェル・ワイズの男装は、かっこいいし、実に綺麗だったわ。
男:男装だけでなく、他の宮廷での衣裳などは、本当に良く出来ている。
女:それと、広角レンズを使った撮影方法も斬新よね。
  大きな画面の映画館では、特に曲がり角は強調されていたわ。

男:この映画でのエマ・ストーンは、「ラ・ラ・ランド」から随分と成長した演技だった。
女:監督:ヨルゴス・ランティモスの成果か、振り付け師の働きかは、分からないけど、宮廷での舞踏シーンは、今までの舞踏会とは違ったオリジナリティに溢れたものよ。

男:オリジナリティがあることは、この映画の最大の評価だね。
  最後に出てくる製作陣のアルファベットの並べ方も、枠などの表現で、芸術的だった。
女:でも、あのエンド・ロールは、読みにくかったわ。
男:侍女に足をもませるような待遇かぁ。
  羨ましいね。
女:あなたにとっては、それが、特に若い娘だったら、もう最高なんでしょう!
男:いっ、いや、いや、そんな贅沢は言いません。
  私は、筋肉痛なら、もう市販の湿布薬で十分です。
女:うそばっかり!!

エマ・ストーンが出ていた; 「ラ・ラ・ランド」 (2017年)、 「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」 (2015年)、 「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」 (2018年)
レイチェル・ワイズの; 「光をくれた人」 (2017年)

 七つの会議

あらすじ:大手メーカー:ゼノックスの子会社ながら、中堅のメーカーに育った東京建電では、今日も営業部恒例の朝礼が北川誠部長(香川照之)のもと進められていた。ノルマの達成ができず北川からいつも厳しく叱責され精神的に参っている営業二課長の原島(及川光博)に比べて営業一課長の坂戸(片岡愛之助)は、ノルマを達成し、北川部長の覚えも良かった。そんな、坂戸にも、先輩ながら碌に仕事をしない部下:八角(やすみ)民夫(野村萬斎)がおり、彼の扱いには手を焼いていて、ついに厳しく怒鳴りつけてしまう。この坂戸の行動を、八角はパワー・ハラスメントだと会社に訴える。多くの社員は、ダメなセールスマンである八角の訴えなんて取り上げられないと予想したが、なんと、坂戸は、パワハラで左遷され、華の営業一課の課長には、二課長だった原島に辞令が下りた。八角を部下にした原島だったが、相変わらずのんべんだらりと会社で過ごすことのできる八角には、何か秘密があると感じ、事務員の浜本優衣(朝倉あき)と共に八角の行動を隠れて探るとそこには、会社の大きな隠蔽が。。。


表面だけの、大げさな、漫画的な出来栄えだ!

 原作は、銀行員を描いた「半沢直樹」シリーズや「陸王」、「下町ロケット」など最近のテレビ・ドラマでも好評な池井戸潤。
これらを、TBSテレビで演出した福澤克雄が監督した。

 出だしの営業部の朝礼から、今の時代に、こんなに営業部長が怒鳴り散らすことが許される軍隊みたいな会社が存在しているのかよって気持ちになる。
そして、以前は優秀だったが、今はぐうたらなセールスマンとは、これまた、多くの作品で扱われる典型的な人物設定とは、まったく呆れる。

 私は原作を読んでいないので分からないが、池井戸潤って作家が、会社の実態を勉強していないのか、それとも、福澤克雄監督の趣向で表面だけを誇張する手法を採用したせいなのか、感想としては、実に大げさな映画だ。

 まあ、俳優として狂言の野村萬斎と役作りに熱心な香川照之が対決するとなれば、観る前からこれは、セリフも演技も只者ではないことは予想できたが、ここまで現実離れになるとは、思わなかった。

 香川照之の顔芸を含めてテンションの強さは、いつも以上だし、ぐーたらなセールスマンには到底なりきれない野村萬斎のセリフと演技では、戸惑うばかりだ。

 それに輪をかける「御前会議」などの物々しく大きなセットの非現実感は、一体この監督:福澤克雄は何を言いたくて、この映画を作ったのか、多くの疑問符ばかりが、脳に浮かぶ。

 映画の最後で、野村萬斎に日本人の会社に注ぐ忠誠心や良心そして正義感を延々と述べさせているが、結局リコールが隠されてしまっては、白々しくて、これまでの物語の展開に似合わない。

 最近の映画界では、下で評論している 「マスカレード・ホテル」 のように、有名な俳優を揃えるのが流行っているようで、この映画でも、他に北大路欣也、橋爪功、鹿賀丈史など、また女優では、土屋太鳳、吉田羊などが、ちょこっとばかり出ているが、こんな程度で出演するならまったく、不要だ。

 どこに「七つの会議」があったかも分からず、もう一度、浜本優衣役を演じた朝倉あきを探偵にして物語を再構築した方が、楽しめる。

池井戸潤が原作の; 「空飛ぶタイヤ」 (2018年)

 メリー・ポピンズ リターンズ

あらすじ:世界中が不況となった1930年頃のロンドンに住むマイケル・バンクス(ベン・ウィショー)は、銀行の臨時雇であったが、1年前に妻に先立たれ、3人の子供を抱えた生活は厳しく、さらに融資の返済期限が迫っていた。そんな折、子供が上げた凧に乗って、マイケルがまだ子供の頃の教育係で魔法を使えるメリー・ポピンズ(エミリー・ブラント)が歳をとらずに、バンクス家に戻って来た。お金のことを心配する子供たちに、メリー・ポピンズは、魔法を使って、海中遊泳やメリー・ゴーランドの世界を楽しませるが、マイケルが保有している銀行株の証明書が無いと、家が担保に取られる金曜日の24時が迫って来た。どうしても、バンクスの家が欲しいミスター・ウィルキンズ(コリン・ファース)との闘いの結末は。。。


女:どう頑張っても、2作目は、オリジナルには叶わないのね!

男:「メリー・ポピンズ」か。
  懐かしい響きをもった映画だね。私も若い頃に、ジュリー・アンドリュースが扮したメリー・ポピンズの映画を観ている。
  ジュリー・アンドリュースが、大きな傘を広げて、空から舞い降りてくるシーンが、今でも眼に浮かぶよ。
女:そうでしょうね。それは、もう、50年以上も昔の、あなたも若かった、昭和40年の1965年だったのよ。
男:その名作が、時代設定とジュリー・アンドリュースからエミリー・ブラントへと主役を代えて、戻って来たということか。
女:監督は、「パイレーツ・オブ・カリビアン 生命(いのち)の泉」や「シカゴ」のロブ・マーシャルね。
男:メリー・ポピンズが以前、躾を教えていた子供のマイケルが今は3人の子供をもつ父親として成長し、借金の返済と子育ての苦労をしているのを見かねて、また、メリー・ポピンズが登場ってところだ。
女:製作のディズニーとしては、以前この「メリー・ポピンズ」を観た大人たちに対して、大人となっても子供の時に抱いた夢やワクワク感を忘れずに、また、この映画を観て欲しいって気持ちなのよね。
男:しかし、前の「メリー・ポピンズ」は、歌の上手いジュリー・アンドリュースが歌って流行った「チム・チム・チェリー」や長い不思議な魔法の言葉「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」もあり、印象が強い。
女:舌を噛みそうに長い「スーパーカリフラジリス・・・」を未だに憶えているとは、あなたの記憶力もまだまだ、衰えていないわね。
男:他にも、ハトに餌を与えるときの歌「2ペンスを鳩に」では、英語の「2ペンス」が、「タペンス Tuppence」ということも勉強した。
女:ジュリー・アンドリュースの相棒で大道芸人を演じた、ディック・ヴァン・ダイクは、この映画でも銀行の頭取役で最後に出てきたわ。
男:以前の大道芸人を今度はガス灯係に変更して、リン=マヌエル・ミランダが演じている。
女:当然、ミュージカル映画と謳っているからには、歌と踊りが売り物にならなければいけないけど、歌も踊りもまったくインパクトが無いのよね。
男:今度の歌は、マーク・シェイマンとスコット・ウィットマンが担当したが、印象に残らない平凡な出来だ。
女:話の方も、50年前だと受けたかも知れない、バスタブからの海中遊泳や壊れた容器に入る程度では、今の子供でもあまり気分ウキウキと楽しめないわね。
男:メリル・ストリープが出てきた時の上下が逆になるシーンは、大型画面だと、酔いそうだったけど、このシーンは、よく分からない。
女:50年前の「メリー・ポピンズ」は、アニメと実写を合体させた上に、歌の出来と困難に向かって頑張る話が、世間でも受けたのよ。
男:そうだね。
  新しい「メリー・ポピンズ」では、基本となる「時間を遅らす」という話が練られていないのが、残念だ。
  不可能のない魔法を使えるメリー・ポピンズなら、時計台の針を5分遅らすなんて、無理に時計台によじ登ることはしなくても、チョチョイトで、できるよね。
女:前作とほぼ同じ設定では、もう大人になった人たちからは、この程度では、満足されないということね。
男:大人になるということは、多くの映画を観てきた訳だから、少々の出来上がりでは納得しない。
女:そうよね。
  でも、大人になるってどうゆうことかしら・・・

男:それは、ウーン・・・

エミリー・ブラントとメリル・ストリープの; 「プラダを着た悪魔」 (2006年)

 マスカレード・ホテル

あらすじ:都内で3件の殺人事件が発生した。その現場には、いずれも、連続した不可解な数字の羅列が残されていた。そこで、警視庁は同一犯による殺人事件として捜査を始めた。苦労して、事件現場に残された数字は次の殺人場所を示す緯度と経度であることをつきとめ、次の殺人事件は、ホテル・コルテシア東京でおきる可能性から、推理は鋭いが身勝手な行動をとる新田浩介(木村拓哉)を始めとした刑事たちはホテルの従業員に扮装して事件に備えた。フロント担当となった新田だったが、同じくフロントに立ち、ホテルを心底から愛している山岸尚美(長澤まさみ)とは、言葉使いや、お辞儀の仕方などで度々衝突をする。難癖をつけて部屋替えを迫る客、恐喝まがいの客、愛人との逢引きに利用する客、霊感が鋭い眼の不自由な客など、疑えばみんな犯人になりそうな人物ばかりだった。果たして、仮面(マスカレード)を被ったお客様の素顔を見つけられるのか。。。


長澤の笑顔満開だけでは、長くは観てられない!

 原作は、東野圭吾で、これを、「HERO」などで木村拓哉との関係も深い鈴木雅之が監督をし、脚本は、岡田道尚だ。

 それにしても、単純な話ばかりである。
まず、真犯人を見つけるミステリー仕立てが、原作にはあるようだけど、この映画では、謎解きの部分に観客は頭を使う必要はまったくない。
肝心の殺人予告としてヒントになる数字の羅列は、映画を観れば、もう既に解読されているし、最後まで、松たか子が、自分勝手な逆恨みで、どうしてこんな複雑な殺人を計画したのかは、特に分からなくてもいいと、監督:鈴木雅之は、見事に、雑な演出をしてくれた。

 観終われば、濱田岳や高嶋政宏、笹野高史、生瀬勝久など、有名な俳優に1つ1つのエピソードを演じさせているだけで、また、その内容も、クレーム、逢引き、傲慢、恨みと、どこか、別の映画でも取り上げられたもので、目新しい扱いがなくて退屈だ。

 いつも上から目線で人間に接している刑事が、客商売の最前線であり、知的さも要求されるサービスが売り物のホテルのフロントマンになったら、どうなりますかという、意外性も狙っているけど、木村拓哉では、落差もなくて笑いがこない。

 それにしても、一流ホテルにしては、ロビーが騒然とし過ぎで、これは、狭い舞台なら止むを得ない装置かも知れないが、映画なら、もっと空間をとったりして、贅沢感も欲しいが、そこまで監督:鈴木雅之は気が回らなかったようだ。
 また、ホテルの備品の文鎮が小細工として、重要な物になるのだけど、どうして木村が気付いたのか演出が下手でパスされている。

 さらに、小日向文世が、木村の捜査の以前の仲間役で出ているが、スケジュールの関係からか、変な絡みしかないのは、残念。

 可愛い愛人役の橋本マナミとちょっとだけのシーンでも凄い存在感を示す菜々緒が、観れたのは、良かった?

 エンド・ロールで分かったが、明石家さんまも、どこかに出ているらしいが全然分からなかった。

 木村拓哉の; 「検察側の罪人」 (2018年)、 「HERO」 (2015年) 、 「武士の一分」 (2006年)
 長澤まさみの; 「アイ アム ア ヒーロー 」 (2016年)
 松たか子の; 「来る」 (2018年)、  「小さいおうち」 (2013年)、 「告白」 (2010年)、 「隠し剣 鬼の爪」 (2004年)

 ホテルが舞台の; 「マリーゴールド・ホテル」 (2016年)、 「グランド・ブダペスト・ホテル」 (2014年)
              「The 有頂天ホテル」 (2006年)

 蜘蛛の巣を払う女

あらすじ:スウェーデンのストックホルムに、背中にドラゴンの入れ墨をし、優れたハッカーの才能を使い、男性有名人から虐げられた女性を人知れず救っているリスベット・サランデル(クレア・フォイ)がいた。彼女の過去には、忌まわしい性癖を持つ父親から逃れ、その際に双子の妹を残してきたという悲しい記憶がいつもあった。そんなリスベットの才能を見込んで、アメリカ国家安全保障局で開発した核攻撃プログラムを盗み取る依頼がきた。苦労はしたが、どうにかその核攻撃プログラムを手に入れたリスベットだったが、そのプログラムを横取りしようと蜘蛛の入れ墨をした謎の組織に狙われる。なんと、その謎の組織は、16年前に生き別れた双子の妹:カミラ(シルヴィア・フークス)が率いていたのだ。双子でありながら、悲しい定めによって、綺麗な雪の中で争う二人は。。。


女:雑な出来ね!

女:それにしても、あなたがこの「映画・演劇 評論」のサイトを更新していないので、心配してるって連絡があったわよ。
男:そうか。
  更新が少ないのは、例年のことになるけど、私が運営している別のサイト 「目指せ!マンション管理士・管理業務主任者」 で、年末に、国家資格のマンション管理士と管理業務主任者の試験があり、その2つの試験問題を載せたり、また、試験問題を1問、1問と全50問、合わせて合計100問の根拠となる法律の条文などを明らかにして丁寧に解説しているんだ。その作業に、年末・年始の殆どの時間をとられているからだよ。
女:そこまでしても、全然お金にならないのに、よくやるわね。
男:そのサイトを利用して、合格しました、ありがとうございます、という便りが、励みになるけどね。

 それは、おいといて、この映画の原作は、スウェーデンで、「ドラゴン・タトゥーの女」などを書いたスティーグ・ラーソンのあとを受けて、ダヴィド・ ラーゲルクランツが書いた本だね。
  それを、フェデ・アルバレスが監督した。
女:ダニエル・クレイグが出ていた「ドラゴン・タトゥーの女」は、前に観たわよ。
男:この「蜘蛛の巣を払う女」での、主人公:リスベットの設定も、背中のドラゴン(竜)やコンピューター世界でのハッカーの才能、またバイクに良く乗るなど、以前と同じだ。
女:どうして、タイトルが「蜘蛛の巣」になっているかと思ったら蜘蛛の巣は、英語でいえば、「WEB」 でこれは、ネット・ワークの「WEB」の元になった言葉なのよね。
男:鋭い指摘だな。
  英語のタイトルは、「The Girl in the Spider's Web」とあるから、訳すと「蜘蛛の巣の中の娘」とでもなるか。
女:殆ど蜘蛛が出てこないのに、「蜘蛛の巣」をタイトルにしたのは、もう私たちの生活は、インターネットでの情報網のWEBにすっかり閉じ込められて、そこから、出られなくなったということなのかしら。
男:この映画だけでなく、GPSを使った位置の確認、顔認識ソフトや個人検索など、コンピューターのAI(人工知能)とネットワークの利用はもう多くの映画つくりでも、欠かせない手法だ。
女:だからと言って、面倒な話となると、コンピューターを持ってきてすぐに、解決するというのは、手を抜き過ぎよ。
男:そのためには、脚本の段階で、ちゃんと辻褄のあうように仕上げていなければならないのに、この映画では、それができなかった。
女:始めの方に出てくる性癖が淫らな父親からリスベットが逃げるシーンから、納得のいかないものを感じたのよ。
男:そうだね。
  幼い子が雪の中を逃げるのを、追いかけもしない父親の不自然さだね。大人なら雪の上についた足跡をたどれば、すぐに子供に追いつく。
女:リスベットが住んでいた倉庫でも、頑丈な部屋が不自然に、そして突然に、現れるし、男の子と隠れた壊れかけたドームの建物も、いつの間にか、厳重な監視装置があるとか、適当な場面が多いのよ。
男:また、登場人物の設定も充分でなかった。
  雑誌の編集者とその愛人との関係は、いらない。
女:アメリカからきたコンピューター・オタクが、これまた、凄い狙撃手で、壁を通しても、100発100中で敵を殺せるとは、もう意外性を超えて、アングリね。
男:他にも説明が必要な箇所としては、爆破されてバス・タブに逃れるシーンや、敵に薬を注射されて、意識が朦朧とした時、別の薬を飲むシーンなど、作りの粗さは、枚挙にいとまないな。
女:リスベットと妹が最後に向き合う崖の上での退屈なセリフから、争いの原因は、妹の姉に対する恨みと分かるけど、これが主題なら、もっと前もってそれなりの話の展開が必要よね。
男:リスベットが妹の追跡から逃れた、橋の中央部が上にあがるシーンは、脇の塔にある梯子を使えばまだ追っていけるのに、見ているだけとは、もう単なる観光映画だった。
女:そう、この映画の良い点は、美しい雪世界の、冬のスウェーデンを知るには、良かったことよ。
  そうだ、次の海外旅行は、スウェーデンや北欧に行きましょうよ。

男:そういう話になると、きみは、急に元気になるね。
  でも、北欧は、遠いし、お金もかかるし・・・
女:お金は、墓場には持って行けないのよ。
  生きている内に使わなければ、意味がないでしょう!

男:でもすぐに死ぬわけでもないし・・・
女:何か、言った!
男:いや、何も・・・

前作: 「ドラゴン・タトゥーの女」 (2012年)











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