2008年 9月の映画・演劇 評論

   アキレスと亀

あらすじ: 地方の財閥の息子として好き勝手なことができる環境で育った絵の好きな真知寿(まちす)だったが、父親の事業の失敗により両親が自殺した後の生活は悲惨なものであった。しかし、絵に対する情熱は持ち続け、バイト先の幸子(青年時代:麻生久美子、中年時代;樋口可南子))という良き理解者をえて、中年(ビートたけし)になっても売れない絵を画いていた。自分の画風を追及するあまり、世間とは徐々に離れていく生活から、幸子も去っていく。究極の状態を体感したい真知寿が求めるものは。。。

前半と後半では、テーマが変わった?
 タイトルの「アキレスと亀」は、いかに足の速いアキレスでも、10m先を行くのろい亀には、追いつけない話からきている。

 話の構成は三部からなっている。少年時代(吉岡澪皇)、青年時代(柳憂怜)そして中年時代(ビートたけし)である。
監督と脚本はビートたけしこと北野武。

 上映時間が2時間弱とあり長く感じる。
画家になることを強制された子どものつらさが、少しは、後半にも残っているが、時間をかけて、撮影があったせいか、また、脚本を途中で手直したのか知らないが、子ども時代は、まじめでえらくつらく、悲しい話であるのに比べ、中年になってからは「はちゃ、めちゃ」な画家気取りで、笑いを取るための短編の寄せ集めと、主題がばらばらである。
 才能の無かった画家の一生としては、統一した映画では無くなっている。

 しかも、子ども時代は、富裕な社長の息子から、事業の失敗で、父親の自殺、、今まであったこともない親戚の家に預けられる、では、ビートたけしが、これまでの笑いの芸歴の中でやってきたよくあるパターンの繰り返しで、それが、だらだらと演じられる。

 DVDやビデオなら、完全に早送りをしているシーンだ。(実際、私は、手元にリモコンがないかと、探していました。)

 笑いを狙っているなら、子ども時代にも、もっと笑いを積め込むべきで、また、画家としての世間知らずを、揶揄したいなら、後半の部分だけで十分だ。
でも、笑いもどこかでやったペンキ投げや、風呂場の仮死状況では、劇場に足を運ぶほどのことでもないけど。

 芸術家が才能のないまま、不細工に生きたシリアスな内容では、観客を呼べないと、制作の途中から思ったようで、軽い笑いを入れたために、返って面白くない。

北野武がよかった;「座頭市」

   WANTED ウォンテッド

あらすじ: さえないサラリーマンのウェスリー(ジェームズ・マヴォイ)は、毎日上司にどなられ、恋人は親友に寝とられるという最悪の状況にあった。そんな彼に妖艶な女フォックス(アンジェリーナ・ジョリー)が近寄り、何千年も続いてきた秘密の殺人組織フラタニティに入ることになる。ウェスリーの体内に潜んでいた超能力が過酷な訓練によって引き出される。銃弾までも自分の意思の通りに曲げる力を取得したウェスリーと父を殺したクロスとの壮絶な戦いが始まるが、フラタニティの指導者スローン(モーガン・フリーマン)の狙いは別のところにあった。。。

新しいアイデァはあるが、それだけ!?

  もともとは、漫画みたいなグラフィック・ノベルからの映画化だけど、どことなく今までのハリウッドの同種のアクション映画とは違った感じである。
それは、監督がロシアのティムール・ベクマンベトフであるからのようだ。

 頭も悪くてのろまな男の子が、スーパーマンに変身するってのは、常套であるが、ところどころにユニークなアイデァがある。
例えば、曲がる筈のない拳銃の弾丸が意思によって、自由に曲げられて、間に障害物があっても標的に当てることができたり、よくあるカーチェイスにも工夫がされている。そう、自動車を空中で一回転させて、天井から暗殺するって場面です。
 最後の方の弾丸が円を描いて、一周するのは、もう「アリエナイッ!」の極致だ。

 凄い峡谷での列車遭難のアイデァは、どこかであったつり橋の置き換えだったけど、それなりの効果は感じる。
ロケ地の選定もよくやっている。

 でも、はた織り機が暗殺指令を出すのは、機械として新し過ぎないか。
何千年前からも、暗殺者の氏名を織っているなら、自働はまずかろう。
しかも、その暗号が、ゼロと1のコンピュター言語では、殺されるのは、全員アルファベットの人だけが対象で、悪い日本人がいても暗殺リストからは外される。

 何て考えながら観ていたら、内容もなく面白くない映画ってことになるか。、

ジェームズ・マヴォイが出ていた;「つぐない」
アンジェリーナ・ジョリーの前作は;「マイティ・ハート」

   青猫物語 (シアター・クリエ)

あらすじ: 時は昭和8年。思想弾圧が厳しくなってきた東京・築地小劇場の裏にある怪しげなカフェ「青猫」。そこには、盲目のマスター(きたろう)と女給2人、そして、踊り子よりも娼婦が専門になった宮下そら(黒谷友香)がいた。店の常連客の一人、築地小劇場の若手脚本家:八起静男(北村有起哉)はそら嬢に首ったけだけどいつも告白できずにいた。でも、ついにプローポーズし、そらも応じるが官憲に追われて別れ別れになる。そらを忘れなれない静男は東郷元帥に扮して「青猫」を訪れ、静男と気付かない そらと仲良くなるがいつまでも正体を切り出せずにいた。本物の東郷元帥が亡くなり、身ごもった そらも田舎に帰ると決心する。静男と そらの恋はどうなる。。。

熱演は分かるが、喜劇にならない!

  日比谷にあった元「芸術座」の跡が、建替えられて去年から「シアター・クリエ」として開業している。
地下にある劇場はこじんまりとしていて、それでも座席数 611もあるが、その「シアター・クリエ」で初めて観た芝居です。

 原作は、マキノノゾミ。演出は、山田和也。目指すところは、恋愛喜劇とある。

 主演の黒谷友香、北村有起哉、そして きたろう の舞台はこれまた初めて観た。
 
黒谷はきれいで、セリフもしっかりとしており、舞台もなれているようで分かりやすい。
北村もセリフはいいが、若さが先に立ち、高齢の東郷元帥の役は、本人にも無理が分かっているようで、腰をかがめただけでは、老人になりきれない無理があった。
きたろう は、盲目にも関わらず新聞を読んだりと、どうにかして笑いを取ろうとする気持ちはあるが、上滑りしている。

 2幕構成であるが、前半の登場人物の説明が上手く流れて行っていない。
ここがしっかりしていて、クスクスでもいいが、客席から笑いが引き出せると、後半にはドット笑いがきたと思われる。
 舞台関係者役の人達も社長役も、確かに、丁寧に演じているが、客の懐に飛び込んできていない。
演出家に言われた通りのセリフと立ち位置はしっかりと守っているが、舞台と客席との距離が近づかないもどかしさがある。

 ここは、切盛り役の きたろう の設定をもっとハチャメチャにするくらいの方がよかったようだ。

 これからの変化が楽しみではあるが、今日の段階では、笑えない芝居だった。

   おくりびと

あらすじ: 今は都会のあるオーケストラでチェロを弾いている小林大悟(本木雅弘)の父親は、大悟が幼いころに、ジャズ喫茶で働いていた娘と駆け落ちをし行方不明。その後母親一人の手で育てられたが、その母も数年前に亡くしていた。これから落ち着いた生活ができると思っていた矢先、その楽団が急に解散することになり、音楽家としての才能にも見切りをつけ、妻(広末涼子)と共に故郷の山形に戻る。しかし、田舎にも職がなく、高給を出すという旅行会社のような「NKエージェント」に応募すると、社長:佐々木(山ア努)面接で即採用となった。初めての仕事で連れていかれたのは、腐乱した病死体の処理であった。NKとは「納棺」の略だったのだ。収入はあるが、人には言えず勤めを内緒にしていたが、とうとう妻にばれ、妻も去っていく。だが、佐々木の「納棺師」としての完成された技術の見事さと「死人」を扱う崇高なもてなしに触れ、大悟の気持ちも「納棺師」へと入っていく。。。

これなら、「おくられるひと」も大満足だ!

  チラシにある「納棺師」の言葉につい惹かれて観た。
こんな「納棺師」なんて言葉は、私の長い人生(?)でも今までみたことも聞いたこともない。
一体どんな仕事をするのやら、予告編から葬儀屋さんの騒動物かと思っていたら、これが全然違っていた。

 目新しい「納棺」の題材を取り上げた才能だけでなく、本当に脚本(小山薫堂)がよく練られていると感心する。
通常なら「死」を取り上げる以上、そこには「死者」が持っていた生前の環境が家族や友人を巻き込んで「悲しさを中心」に描かれるが、この映画はその常套手段を突き破る。
冒頭で出てくる女装の男性の話から、ユーモラスに描かれていて観客を惹き付ける。
そのまま進むと、内容的に、きわどい話で下品な方向になるところを、切り替えたのは上手い。

 生の終わりにある死を目の当たりにして、妻との性に走り生を確かめたい大悟の気持ちも分かる。

 まあ、それよりも、素晴らしいの一言は、山アと本木が演じる「納棺師」としての仕事の手際のきれいさと「おくられる人の気持ちになった」、これは結局「おくるひと」の気持ちでしかないのだけど、扱いが尊厳に満ち溢れているということだ。
着替えのシーンを始めとして、死んでもなお、生きている人が持っている気品や恥ずかしさを心の隅まで汲み取ったその手際の良さは、誰が観ても、芸術として心に焼きつけられる。
俳優にここまでさせることのできる、監督:瀧田洋二郎にも高い評価が与えられる。

 自分の仕事を恥ずかしいと思う気持ちや、妻がすぐに戻ってくるのはチョッピリ不満。
でも、派手に泣き叫けぶことが感動を与える演技だと思っている俳優や演出家にも、感動を与えることは、そんなところにはないってことをぜひ学んで欲しい見本的な映画に仕上がっている。
思いやりが押し付けでなく、久しぶりに感動にあふれる映画だった。

 余談ながら、この映画で一番つらい役は、動くことのできなかった死者の役の人のようです。

   幸せの1ページ

あらすじ: サンフランシスコで子供向け冒険ヒーロー小説を書いているアレクサンドラ・ローバー(ジョディ・フォスター)は、その怖いもの知らずの登場人物とは全く異なり、対人恐怖症でまた潔癖症で外に出ることもできない暮らしをしていた。近頃スランプに陥り悩んでいる彼女のもとに、南海の孤島で海洋学者の父親(ジェラルド・バトラー)と二人だけで住んでいる少女ニム(アビゲイル・プレスリン)から、父親が遭難し帰ってこないので、助けを求めるEメールが来た。開発で荒らされることを嫌がり、秘密の存在となっている島へ向かうことを、渋々ながら決心したアレクサンドラだったが、島に到着するのは大変だった。秘密の島に観光船が押し寄せる。遭難した父親は大丈夫か。。。

女:観る映画を間違えたんじゃないの!
男:ウーン、どうもそのようだね。
  予告編と、ジョディ・フォスターが出ているので、大人の恋愛映画と思って入ってしまった。
女:そぅしたら?
男:お子様向けの映画だったってわけだ。
女:どうして、前もって内容が分からなかったの?
男:予告編では、ジョディの作家生活が中心に出てたので、まさか、子供が中心の映画とは思わなかったのさ。
女:出だしのタイトルの母親がクジラに飲み込まれるってところからちょっと変だと思わなかった?
男:そう、言われるまでもなく、ニムの友だちがアザラシやペリカンでは、これは観るのを間違えたってことはすぐに分かったね。
女:でも、最後まで観たわね。
男:そりゃ、お金を払って入った以上、開演から10分ぐらいで出てしまっては、「モッタイナイ」でしょ。
女:でも、つまらない観光客退治や無理の目立つ火山の噴火まで付き合うのは、どうかと思うわ。
男:そう言うけど、アザラシのおなら作戦は、君も笑っていたじゃないか。
  それに、この程度の英語の方が、英会話の勉強になるんだよ。
女:まあ、しまり屋の貴方にとっては、一度入ったら、途中では出ないでしょうね。
男:ありがとう、よく俺を分かってくれているね。
女:分かっていないわよ。
  私は、皮肉を言っているのよ!
  皮肉よ!

男:それなら、君だって、観る前に嫌だと言ってくれればいいじゃないの
女:何か言った? 急に声が小さくなったけど!
男:いや、何も...

ジェラルド・バトラーが活躍していた;「300(スリー・ハンドレッド)」


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