2008年 7月の映画・演劇 評論


  ハプニング

あらすじ: ある日のニューヨークのセントラル・パークはいつもの光景と違っていた。公園にいた人々が、突然言葉を失い、時が止まり、全員が自殺しだしたのだ。またある高層ビルの工事現場でも多くの作業員がビルの屋上から飛び降り自殺を始めた。この事件は、エリオット(マーク・ウォールバーグ)が科学を教えている高校にも伝えられた。テロリストによる細菌配布のせいか、それとも新しいバクテリアが突然変異を起こしたのか。原因不明であるが、アメリカ東部を中心に、また人口の多い場所が犠牲になっていることに気が付き、エリオットと最近意志の疎通のない妻:アルマ(ズーイー・デシャネル)、そして友人から預かった幼女の3人は、西の田舎に逃げるが被害は拡大していく。人類の最期が来るのか。。。

またまた、シャマラン監督のツマラン話に付き合ってしまった!
 監督・脚本は、意外な結末で好評だった「セックス・センス」とその後に続く作品「サイン」や「ヴィレッジ」で、ただ観客を疑問符だらけにすることにたけているM・ナイト・シャマランです。

 あらすじのように、シャマラン監督が「シックス・センス」でうけた好い思い出として、再び子役の名演技に期待し、おまけに、すれ違いだった夫婦の愛の絆を固くさせて、メデタシ・めでたしとなる。

 また、また、今度の作品も疑問符が多くて、話に入っていけない。
まず、正体不明の存在が一貫していないことがあげられる。
細菌に近い存在がこの出来事(ハプニング)の原因なら、その現場に行った人も死んでしまい、結局誰も、理由を突き止めることが出来ないだろうに、そこはどうにか生き延びた第三者がうまく調査してくるって変だね。

 挿入される、列車が田舎に停まるのは、最高にありえない話で、おかしさが可笑しさに代わって笑ってしまった。
鉄道会社がどことも連絡がとれないなら、普通なら、列車の衝突事故が多発するけど、シャマラン監督の頭では、ここは全員無事で次の事件に強引に繋げたかったんだ。

 それから、実に都合よくテレビやラジオが情報を流しているけど、マスコミ関係の会社には病気の「風」は吹いて行かなかったようだ。変だね。
マスコミの会社は、働いている人も多くいて、大都市にあると思うのは私だけか。

 人類の行き過ぎた文明の進歩を非難しているような内容でもあるが、それなら田舎で電気もなく暮らしている婦人を狂人のようにしてしまったのは、変でしょう。

 チラシがいうように「何かが起きている」けど「何も面白くない」作品だった。

マーク・ウォールバーグが活躍していた;「ディパーテッド」

シャマラン監督作品の;「サイン」「ヴィレッジ」

  近距離恋愛

あらすじ: ニューヨークに住む、大学生の頃からプレイボーイのトム(パトリック・デンプシー)は、ひょんなことから、地味なハンナ(ミシェル・モナハン)と知り合い、友人としての付き合いをもう10年も続けていた。あるとき、トムの女性遍歴を理解し、食事や遊び方も共にできるハンナが、仕事で6週間もイギリスのスコットランドへ出張することになった。ハンナがいないニューヨークの生活は面白くないと気付いたが、スコットランドから戻ったハンナが、トムに紹介したのは向こうで知り合った元貴族の婚約者だった。ハンナを愛していることに気付いたトムだったが、結婚式は近づく。結婚式での「筆頭花嫁付添い人」を頼まれたトムがとった花嫁奪回作戦は成功するのか。。。

アメリカ国内向けのラヴ・コメディ!
 ストーリーはよくあるパターンの、今までは恋人と意識しなかった異性を失うときに愛していると気付き焦るというコメディだ。
これは、原題の「Made Of Honer」から分かっていないと話が進まないようだ。
元々は「Maid Of Honer (花嫁の筆頭付添い人)」という、同じ発音のしきたりがアメリカの結婚式ではあって、この「花嫁の筆頭付添い人」は通常花嫁の親しい女友達がなり、式の準備や結婚式の当日花嫁に付き添う重要な役割をするそうだ。
この普通なら、女性(Maid)がなるべき「花嫁の筆頭付添い人」に男がさせられる(Made)ということにひっかけて、笑いをとろうっていう狙いがある。

 よくあるラヴ・コメディであり、結末も読めていることは、作る方でも承知のはずで、これを映画というお金をとって観せるには、脚本の段階での練りが必要だ。
その意味では、スコットランドというスカートをはいた国の変わった風習と美しい風景を取り入れている点で評価はできる。

 だけど、基本となる「花嫁の筆頭付添い人」に男がなることが、笑いの源であるために、「ゲイ」と間違えられてしまうことや、ハンナの女友達から反感を買うのが日本人には分からず、客席からの反応が鈍い。

 また、おバカさんを意味する言葉の遊びも伝わってこない。
クライマックスのどうやって、花嫁を取り返すのかは、有名な映画「卒業」の教会でのイメージが浮かんできて期待したが、馬から投げ出されるのでは、漫画でガッカリした。
冒頭のクリントン元大統領のマスクと愛人であるモニカにいたっては、もうこの事件を忘れていたので、最後にまた登場しても笑えなかった。

 そこそこの出来ではあるが、かなりアメリカ人中心に作られた映画であった。

ミッシェル・モナハンが注目された、「M:i:V」

  クライマーズ・ハイ

あらすじ: 群馬県の地方新聞社:北関東新聞社に遊軍記者として勤める悠木(堤真一)は同僚の安西(高嶋政宏)との谷川岳の登山を明日に控え帰り仕度をしていた、1985年8月12日の夕方、日本航空のジャンボ機が行方不明になったとの一報が入った。乗客は524名、次々と入るニュースは、墜落場所が群馬と長野の県境と伝える。ワンマン社長の白河(山崎努)の一声でこの事件のトップ(全権)を任されたのは悠木だった。時間が過ぎるにつれ、墜落場所が群馬県の御巣鷹山と分かるが、現場に記者(堺雅人)が到着し、記事を送ってくるまでには、時間がかかり北関東新聞社は朝刊に現場発の記事が載せられなかった。死者520名という史上最大の悲劇は、地元の新聞社と中央の大手の新聞社との競争となり、墜落原因が後部にある隔壁の損傷であるスクープを掴んだ北関東新聞社であったが、確認がとれず、中央紙の毎日新聞に遅れをとってしまう。新聞記者としての「魂」、新聞社が組織であるため起きる社内抗争、奮闘する女性記者。登山者が味わう興奮状態(クライマーズ・ハイ)と同じ興奮が北関東新聞社を包み込む。。。

新聞社の内部を知らないと興奮できない?
 題材は、実際にあった日航機の墜落事故である。
この事故は、私も、いまだに記憶している。
歌手の坂本九が乗っていたこと、多くの死者を出しながら、少女が生きていて自衛隊のヘリコプターで吊上げられるテレビの映像は今も鮮明に蘇る。

 原作は「半落ち」も書いている横山秀夫の記者時代の物語。
今回の映画化の前にNHKテレビで佐藤浩市の主演で放映されこれも観ている。

 そこで、どうしてもNHKテレビとの比較になるが、この映画の描き方では、NHKテレビの方が好評価になる。

 友人の葬式でも、記事の方が気になるといった、よくある仕事中心の捉え方、悠木の母親の経歴などこれではシーンとして触れても全然効果を生んでいない。

大体、監督の原田眞人は登山家の興奮状態を研究していないのではないか。
命がけで登った山の頂を極めた時の喜びが、この程度の谷川岳の岩肌での危険の描き方では、表現されていない。
断絶したままの息子との関係を解決する変につまらない部分を挿入したために、登山のハイな気分も台無しだ。
息子に関係した最後のニュージーランドへの旅は、まったく不要なシーン。
 
 新聞社も企業だから、「真実を伝える記者」であると同時に、同期での出世争いや販売部門との不協和音もあるのはわかるが、これも、悪党かと思わせた社長が結局は最後には、いい人では、描き方での一貫性がない。
俳優に遠慮しなくてもいいのが、監督であるはずなのに、同期の人々を演じる俳優や山崎努という名に負け、みんな、好い人では妥協しすぎた監督業が浮かぶ。

 幸い私には、新聞屋(新聞社なんて恰好のいい呼び名ではなく)の友人がいて、毎日、毎日、ニュースを求める記者の生活や見出しの作り方などが、ぼんやりとではあるが知っているから、朝刊の締めや配達員の苦労もこの程度の描き方で理解できるが、普通の観客には、いつも新聞社の内部はケンカをしているとしか見えない。
日々の喧噪と興奮感の違いが欲しかった。

 堺雅人のやたら暗いセリフまわしは、誰の趣味だ?
また、ナット・キング・コールの「モナ・リザ」が歌われるが、挿入場所がちがうだろう。

多くの映画には出ているが、パットしない堤真一の、「魍魎の匣(もうりょうのはこ)」

  告発のとき

あらすじ: 元軍人で警官もしていたが今は引退したハンク・ディアフィールド(トミー・リー・ジョーンズ)の家に、次男でイラク戦争から戻ってきたばかりのマイクが基地に戻ってきていないとの連絡が入る。長男も戦死しているほどの軍人家庭に育った次男が無断で軍隊を離れることは考えられない。事件性を感じたハンクは、基地に向かう。現地でハンクを待っていたのは、次男がバラバラに切断され、焼き殺された知らせだった。ここまでする犯人は誰か。地元の女性刑事エミリー・サンダース(シャーリーズ・セロン)の助けを借りて軍の同僚たちを調べていくと、そこには戦争がもつ深い闇が潜んでいた。。。

女:いいたいことが、中途半端になったわね!
男:監督と脚本は、アカデミー賞をとった「ミリンダラー・ベイビー」のポール・ハギスで、俳優たちよりも、ポール・ハギスの最新作として宣伝されているね。
女:でも、題名の「告発のとき」って似たようなタイトルの映画がなかった?
男:うん、レイプされた女性を扱った「告発の行方」って映画があったね。
女:すごく似たような題名をつけると、なんだか新しい映画って感じがしなくて、はやりのリメイクじゃないのって思ったわ。
男:日本のタイトルと違って、原題は聖書に出てくる「エラの谷」で、これはハンクがエミリーの息子のデビッドに名前の由来を話すシーンで説明されているね。
女:どんな話だったっけ?
男:子供のデビッドがパチンコで巨人のゴリアテを倒すって話だよ。
女:あれが、監督の言いたいことだったの。
  そんなこととは知らないで、どうして子供に面倒くさい聖書の話をしているのか、簡単に見過ごしたわ。

男:監督としてはイラク戦争だけでなくほかの戦場でも、相手を殺さなければ、自分が殺されるという緊迫した状況を経てきた軍人が、アメリカ本土に帰ってもすぐに通常の人には戻れないことを言いたかったようだ。
女:でも、それは観ている人には伝わってこないのね。
男:犯人は誰かのミステリー映画としてみると、まあ観られるんじゃない。
女:でも、それも終りの方で、ドンドンと真実が明らかにされるのは、物足りないわね。
  しかも、同僚たちの会話が中心でしょ。
  ここは、軍人たちの戦場で許される殺人行為と平和なアメリカ本土での生活とのギャップを描いてほしかったわ。

男:飲み屋やストリップ・バーだけでは、心の中まで表現できなかったってことかい。
女:それから、戦場を映像化するのに、携帯電話の動画があったでしょ。
  アメリカの携帯電話は、あんなに長い時間の録画ができるんだ。

男:映画でみせる為のやり方だけど、都合よく画像が乱れたりしていたのは、残念だね。
女:いろんなことを盛り込みすぎたのね。
男:そうだね、軍と警察の軋轢、男性刑事と女性刑事の男女差、白人とメキシコ人の人種偏見もありでは、テーマが多すぎたね。
女:多いのは、トミー・リー・ジョーンズの顔のしわだけで充分ってことよ。
男:彼をみていると、ついコーヒーを飲みたくなるね。
女:あら、話は「コーヒー」になるの?
  私は、「しわ」で突っ込みが入るのかと恐れたんだけど。

男:いや、もうそれは、言っても仕方のないことで ...
女:何か言った!

ポール・ハギス監督なら、「ミリンダラー・ベイビー」


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