2008年  2月の映画・演劇 評論

  いつか眠りにつく前に

あらすじ: :死期を迎えたアン(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)は、見守る二人の娘(ナターシャ・リチャードソン、トニ・コレット)が全然知らないハリスという名前を混濁した意識の中で度々口にする。それはアンがまだ20代(若き頃:クレア・ディンズ)の頃に冒した「過ち」であったという。ジャズ・シンガーを目指していた今から40年前、親友ライラ(メイミー・マガー、老齢の頃:メリル・ストリープ)の結婚式の付き添いとしてライラの家を訪れた時に出会った魅力的な男ハリス(パトリック・ウィルソン)との2日だけの恋であった。ハリスはライラの片想いの相手でもあったが、互いに魅かれあうアンとハリス。しかし、友人バディの死により結ばれない。その後のアンの人生は、ジャズ・シンガーとしても二人の娘の母親としても不完全燃焼のままであった。アンの生きてきた道はなんだったのか。。。

人生に「過ち」はない。画面に見事に引き込まれた!
 冒頭の死をひかえたアンのベッドでのシーンから観る人の心を捕らえる。

 意識のはっきりしない母親が、 ハリスは自分のミステーク(過ち)だったと娘に話し、友人のバディを殺したのは、自分とハリスだという。
平凡な人生をおくってきたと思っていた母親が殺人を犯していたと告白されては、初めて聞く娘だけではなく、我々観客も大いに気になる。

 それは、年老いた母親の妄想が産んだ架空の話か、それとも実際に起きた事件なのか?
母親の記憶を紐どき、過去と現在とを交互に描く監督:ラホス・コルダイの手法に手抜かりはなかった。

 登場人物の説明が分かりやすく、身近な存在となるため、ドンドン画面に引き込まれる。
結婚披露パーティでアンが歌った時には、客席から、思わず拍手をしてしまったほどだ。

  歩んできた長い人生を振り返れば、そこには、誰にでも青春の思い出がある。
過去の思い出は、あるときには、甘さよりも苦く感じられ、もしかしたら、その時の選択は「間違い」だったのではないかと、ふと思わせる。
しかし、そんな事はない。
自分の行った選択に自信を持ちなさい、と語りかける。
そのとおりだ。
恋愛、結婚、子育て。みんな初めての経験で、不安だらけだ。
誰も学校の試験のように正解を出せはしない。元々人生に正解は無いのだから。
罪の意識を持たずに、心安らかに、死んでいっていいのだ。

 繰り返されて来た話ではあるが、結婚を前にした、これで良いのだろうかという不安や、妊娠して子供を満足に育てることができるだろうかという恐れ。
ここらも、上手い俳優陣を使いこなして、キチンと描いている。

 また、娘時代のライラ役を演じるメイミー・ガマーと老齢のライラを演じるメリル・ストリープは実の親子で似ているので、観ていてもまったく人相の違和感がない。これは配役として無理がない。
また、アンを演じるヴァネッサ・レッドグレイヴの娘ナターシャ・リチャードソンも出ている。

 人生を振り返るタイミングにきている私にも、過ごして来た道がどうであったか、共感できる作品だった。

似ていると言えば、音楽は安室奈美恵が歌っていた、「CAN YOU CELEBRATE ?」に似ています。 

メリル・ストリープなら;「ブラダを着た悪魔」

パトリック・ウィルソンなら;「リトル・チルドレン」

 

 

  エリザベス  ゴールデン・エイジ

あらすじ: :1500年代の後半。イギリスは、プロテスタントを国教として若き女王エリザベス(ケイト・ブランシェット)のもと国をまとめようとしていた。しかし、スペインを始めとするカトリックの国々はイギリスへの侵略を企てていた。王位奪回を狙う従妹の反逆、そして暗殺者の出現と、緊張の日々のなかで、エリザベスの唯一の安息は、新大陸から戻ってきたウォーター・ラリー(クライヴ・オーウェン)とのひと時であったが、女王の身分では叶わぬ恋とわかっていた。ついに、スペインの無敵艦隊が、イギリスに押し寄せてくる。この難関をどう切り抜けて行けば良いのか、エリザベスの戦いが始まる。。。

絢爛豪華、壮大華麗なケイト・ブランシェットのファッション・ショー?
 一応、映画だから、他の男優たちも、きれいな女優も出ているが、ほとんどケイト・ブランシェットの一人舞台。
うたい文句には、女王と身分の違う男との禁断の愛もあるが、そんな関係よりも、ケイト・ブランシェットがとっかえ、ひっかえ身に着けるすごい衣裳の方に眼が惹き付けられる。

 女王の権威を象徴する凝ったデザインの衣裳の数々は、効果的で実にすばらしい。
羽飾り、首の周りを彩る小物、長い髪やカールされたカツラ。そして、豪華な刺繍。
細かく見なくても、着物とアクセサリーのよさは、すぐに分かる。

 カメラのアングルも気を配っている。
広大な宮殿のイメージを、本物の教会などでロケをして、うまく表している。
これもまた、女王を引き立たせる。

 肝心のストーリーであるが、自由な恋もできない女王の化身として侍女を持ち出したり、従妹を処刑する苦悩の表現も入れて、ケイト・ブランシェットの演技力もひき出そうとしている。
でも、見終わると、圧倒的な量の衣服の絢爛さと美しさ、そして優れたセットの方が、出演者の演技よりも印象に残る映画であった。

イギリスの女王を描いた映画なら:「クイーン

活躍しているケイト・ブランシェットなら;「バベル

 

  ヒトラーの贋札

あらすじ: :第二次世界大戦中のドイツ。ヒットラーが率いるナチスにより、ユダヤ人が各地から強制収容所に集められ、いわれの無い迫害を受けていた。そんな中、パスポートなどの偽造を得意とする孤独なユダヤ人サリー(カール・マルコヴィクス)や他にも印刷技師、画家などが1箇所に集められ、イギリス経済を混乱させる目的で偽ボンド紙幣を作らされることになった。偽札を作れば、憎いナチスに味方することになるが、反抗する者や病気持ちは容赦なく殺されていく。今日の死を選ぶか、それとも明日まで生き延びる方法を選ぶか。苦しい葛藤の中、少なくなった仲間を纏めてどうにか、偽ポンド札は、見事に完成した。しかし、次にナチスは米ドル札の偽造を指令してきた。生きるために彼らが選んだのは。。。

淡々とした表情で、孤独な男の止むを得ない選択がでている!
 戦後、オーストリアの湖から発見された大量の偽ボンド札の裏話だ。
 製作はドイツとオーストリアの合作。セリフは全部ドイツ語。

 家族も友人もいない個人主義者で、口数も少ないサリーがたまたまユダヤ人であったために、いつも「死」を目前に突きつけられ、自分を救うためではあるが、それが他の同胞も救うことになる。
また、同じ強制収容所での生活から、孤独なサリーに仲間意識も当然に生まれてくる。
このあたりの、描き方がうまい。
サリーを演じるカール・マルコヴィクスの長い顔で虚無感のある表情が印象的だ。

 精巧な贋札を造ることは、ドイツのためになるが、そんなことは、国家や同胞意識を持たない、サリーには基本的には無関係である。
しかし、戦争という国家の争いや、人種間の弾圧が身近に始まれば、そんな暢気なことを言っては入られない。
無関心な自分を巻き込む。
傍観者ではいられない。
そのためには、多くの人が、常に生活を守るために団結する意識を持ち行動することが必要である。
他人任せにしていたら、為政者の言いなりだ。気が付いた時には、もう手遅れだ。

 強制収容所におけるナチスがおこなった非道さ、残虐さは、もう他からの情報で十分に得られている。
ガスを使った大量殺人や人体実験などの狂った部分の表現は、極力少なくした演出もいい。
この映画のように、板塀を貫く銃弾の跡でも、ナチスの非人間的な行動は十分に伝わる。
直接、血や暴力を見せるだけの監督は反省してほしい。

勝っても負けても、戦争は大きく人間の性格を変える。
平和な日々をおくれる、現在の生活を大切にしなければと思わさせる作品だ。

嫌な血だけの印象の:「スウイーニー・トッド

 

  ウェディング・シンガー (ミュージカル) 日生劇場

あらすじ: :1985年ごろのアメリカはニュージャージー。結婚式場を盛り上げるバンドのボーカリスト:ロビー(井上芳雄)は、自分の結婚式の当日、婚約者に土壇場でふられてしまい、落ちこんでいた。そんな彼を、同じ職場のウェイトレス:ジュリア(上原多香子)は優しく慰める。一方、ジュリアには金持ちのトレイダー:グレン(大澄賢也)との結婚が迫っていた。しかし、ロビーと居る時のほうが、グレンと過ごす時よりも楽しくなっていた。安定した生活をとるか、それとも愛に走るか? ロビーの元彼女もまた、よりを戻そうとする。どうするジュリア。。。

若さに溢れ、元気、はつらつにはもう少し舞台の経験が必要か!
 原作はブロードウェイ・ミュージカルで、ドリュー・バリモアの主演で映画にもなった作品。

 これに、元SPEEDのメンバーだった上原多香子が挑んだってことだ。
相手役の井上芳雄の方は、もうかなりのミュージカルに出ているので、追っかけの女性ファンも多くいる人気者。

 話の展開としては、青春物としてよくある、同情から始まる恋愛劇。
また、金持ちの男性と、情熱だけがとりえの貧乏な男性。適当な波乱と恋の鞘当があって、最後にジュリアがどちらをとるかは、もう話すまでもない。

 よくあるラブコメディを、いかに楽しくみせるのかが、演出:山田和也に与えられた仕事であるが、まだまだ、素材が上原多香子では使いこなせないか。
上原多香子の懸命さは感じられるが、音程のとりかたの未熟さ、歌うだけでなく、演技と共に感情を織り込む技術の未完成が目立つ。
そして、楽しみの笑いをとる場面が、お婆ちゃんの必死の踊りや、マイケル・ジャクソン、ティナ・ターナーなどのそっくりさんの登場では、少なすぎる。
音楽の方は当然のことながら、セリフのやり取りにおいても弾ませるようにもっていって欲しい。

 まあ、これから伸びていくだろうと期待される若い人たちだから、舞台経験を積んで行けば、もっと元気溢れた作品になるかも。

 舞台構成では、バンドの背面から中央への出入り、ベッドの出し方などは、スムーズでいい。
だけど、場内の音量にはもっと繊細に注意すべきだ。
特にロックのシーンでの、耳をつんざく大音量はこの劇場(日生劇場)では不適切だった。
ミュージカルの観客は、ロックバンドのライブを聞きに来ているのではない。
話の中でのロックバンドであれば、それで充分である。

 全員がスーツ姿で踊るシーンは印象に残る。
男の制服である「スーツ」が、実にカッコの良いものだと再認識した。

井上芳雄と元SPEEDのHiroが出ている;「モーツアルト」

 

  チーム・バチスタの栄光

あらすじ: :東城大学附属病院の心臓外科は、アメリカ帰りの桐生(吉川晃司)と鳴海(池内博之)を中心に7人がチームを組み、難しいとされる心臓手術をバチスタ方法で成功させていた。しかし、最近は3例も失敗が続き、内部調査官として、外科には素人の心療内科医の田口(竹内結子)が任命され調べるが事故と結論つける。だが、この報告書に疑問をもった厚生労働省の切れ者技官:白鳥(阿部寛)は、殺人事件として再調査に乗り込んでくる。衰えていく視力のせいではないかと心配する桐生、休みなく勤務が続き疲労している麻酔医、出世を願う同僚。はたして7人の中に殺人者はいるのか。。。

限られた場所の設定が、うまく緊張感をだした!
 人の生死を扱う病院という、嫌でも深刻な状況となる厳しい環境にありながら、ノホホンとした竹内結子に、これまた特異な存在の阿部寛をコンビに組ませて、バラエティの味付けをしたストーリーの展開が面白い。

 阿部寛のコメディなら「TRICK」の仲間由紀恵とのコンビもあるが、それでは、病院には合わないってことで別の女優の竹内との新コンビもそれなりに息があっている。

たびたび登場する心臓の手術シーンも、どぎつい血もなく、きれいに処理され、人間が生きているのは、この手のひらに納まるくらい小さくて、絶えることなく鼓動してくれる物があるおかげと感謝する。生きることを丁寧に扱っている。

 どこか些細なことでも一つ間違えると、患者を死に至らしめる緊張の連続の手術。
しかし、不足している医者の数。
眼が悪くなった医者が、執刀するのは少しばかり現実から離れ、残念な設定だけど、今の医療の現場が抱える問題を、笑いと共に観客に訴えている構成はいい。
欲としては、桐生と鳴海の相互依存の関係が説明不足で、アメリカでのトラブルをもっと描くと良かった。

 だけど、殆どのシーンが病院内と、さらに限られた登場人物ではあるが、観ていても飽きない。
隣で観ていた病院関係者らしい人たちも、麻酔薬の使い方には納得していた。

阿部寛が活躍していない;「魍魎の匣」

 

  アメリカン・ギャングスター

あらすじ: :1960年代の終わり頃のアメリカはニューヨーク。ハーレム街を取り仕切っていた黒人ギャングのボスが亡くなり、彼の運転手をしていたフランク・ルーカス(デンゼル・ワシントン)はベトナム戦争で蔓延していた麻薬を直接東南アジアから仕入れ、安価で売りさばき急激に縄張りを広げていた。一方、ニューヨークの隣にあるニュージャージーで麻薬捜査官の責任者に任命されたリッチー・ロバーツ(ラッセル・クロウ)は、麻薬捜査の他に汚職と賄賂が横行する警察組織とも闘っていた。麻薬の販売組織はイタリア・マフィアのように家族で固め、決して目立たないようにしていたフランクであったが、妻にせがまれたボクシングの観戦でついにリッチーの捜査に引っかかる。ベトナム戦争も終わりになり、麻薬の仕入れも難しくなってくる。リッチーの証拠固めが進み、ついに。。。

女:重厚な仕上がりだけど、「ゴッド・ファーザー」と重なるわね!
男:監督は「グラディエーター」のリドリー・スコットが、「グラディエーター」で使ったラッセル・クローとまた組んだ作品だね。
女:上映時間が長いのよ。
男:157分となっている。
女:黒人のギャングが暗黒街でのし上がって行くって、お話は、すごい興味がある内容でしょ。
   でも、話が進めば進むほど、どこかで観た映画と重なるのね。

男:その映画が、「ゴッド・ファーザー」の世界だと言うんだね。
女:同じ身内でも自分の考えに合わない者は許さないって言う非情な態度をとる家庭環境もそうでしょう。
  そして、見かけは敬虔なキリスト教の信者で、裏では殺人をしているってとこは、どうしてもあの「ゴッド・ファーザー」よ。

男:うん、かなりこの映画と「ゴッド・ファーザー」は似ているね。
  でも、それは、事実がそうなんだから、仕方がないんじゃないかな。
  暗黒街でのし上がるには、こんなやり方しかないんでしょう。
女:事実に基づいているっていうなら、デンゼル・ワシントンは、ちょっとばかり上品すぎない?
男:確かに、いつも、きちんとスーツを着てネクタイをしている黒人ギャングの描き方は珍しいね。
女:悪党としての野蛮さ、凶暴さがこれでは出ていないわね。
男:君が期待しているのは、いつ「切れる」かもしれない凄みと怖さだね。
  デンゼル・ワシントンではそれが表現されていないか。
女:そして、刑事の家庭の「離婚問題」は、毎度お馴染みで、どうして入れるのかしら。
男:ここが、アメリカ映画の弱みだね。
  アメリカ社会では、家庭を取り上げ、子供と妻もどこかで映画に登場させないと、批判する団体があるようだ。
  これを恐れて、話の中に必ず出てくる。
  物語の展開として、無駄だけど、脚本家も入れちゃうんだろうね。
女:離婚も美人の妻も扱いが適当で、もう笑い話に過ぎないようなのは、いらないわね。
男:そうだね、話の腰を折っているね。
女:私が一番残念だったのは、豪華な毛皮を燃やしてしまうシーンね。
男:目立つのが嫌な設定だから、当然でしょ。
女:いいえ、私なら、例え、全世界の注目をあびても、あんなすごい毛皮を着て、レッド・カーペーットを歩いてみたいわ!
男:でも、それなら、容姿や体型もそれなりに必要だと思うけど...
女:何か言った?
男:いや、何も...

リドリー・スコット監督の;「キングダム・オブ・ヘブン

ラッセル・クロウがボクシングをやる;「シンデレラマン」

 


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