2007年 7月の映画・演劇 評論

2007年

 フリーダム・ライターズ

あらすじ:1994年のアメリカ。暴動があったロサンゼルスの近郊にあるウィルソン高校に、弁護士よりも先生の方が適任と思った新米の英語教師エリン・グルーウエル(ヒラリー・スワンク)が採用された。しかし、ウィルソン高校でエリンが見たのは、大人の世界で起こっている、白人・黒人・アジア人そして中南米人による激しい人種差別の抗争とドラッグが15歳の高校生達を巻き込んでいる現実であった。読み書きも充分にできず、ナチスによるユダヤ人虐殺や「アンネの日記」も知らず、教室内でも対立する落ちこぼれの生徒達にエリンは、自費でノート買い与え「日記」を書くように勧める。そして、クラスには、日記を通じて互いを理解し一体感が生まれてきた。親から自立できることに気付いた生徒達は、未来に羽ばたく。。。

熱血先生と落ちこぼれの生徒達の構図では、ありふれた描き方だ!
 ウーン、ヒラリー・スワンクも学園ものに挑戦か。

 とういう感覚になったのは、ジュリア・ロバーツが挑戦した学園ものの「モナリザ・スマイル」のイメージと重なりあうところが多いからだ。
ヒラリー・スワンクとジュリア・ロバーツ。そこそこに成功し、名が売れてきたが、もう若くは無い。
今後の女優としての道を考えると、シリアスな線でなんとか作風の転換を図りたい。それでは学園ものをやってどこかの賞を狙うかってところだ。

 しかし、彼女の思惑の通りに運ぶほど、世間は甘くない。

 荒れた教室、保守的な先輩の先生との対立と、よくあるパターンでは、次に来のは、自己を犠牲にしてまでの苦労と物語の先が簡単に読めてしまった。
情熱を注ぐ新米教師の姿が、ありふれた物語の展開では、感動を呼ぶまでの作品になっていない。

 このような、よくある話でも、もっと生徒の方に入り込んだ捉え方があれば、良い仕事をしていると言う印象を与えてくれただろうが、挿入されている部分だけでは、不足だ。

 日本の教育界でも採用できるような、納得できる教室での実例が「日記」以外にも欲しい。

ヒラリー・スワンクの体当たりの;「ミリオンダラー・ベイビー」

ジュリア・ロバーツの;「モナリザ・スマイル

 傷だらけの男たち  (香港映画)

あらすじ:クリスマスのイルミネーションが眩しい香港。しかし、張り込みを続けるポン(金城武)刑事や上司のヘイ(トニー・レオン)刑事にとっては、犯罪組織との厳しい戦いの一日でしかなかった。犯人を逮捕し、自宅に戻ったポンをベッドで待っていたのは自殺した恋人の冷たい体であった。自殺の原因も掴めず、心に深い傷を負い、酒に溺れたポンは警察も辞めて、アルコール中毒の探偵としてだらしない生活をおくっていた。一方ヘイは、マカオ出身の金持ちチャウの娘スーザン(シュー・ジンレイ)と結婚していたが、義父チャウが強盗に殺されてしまう。進まない捜査に不審を抱いたスーザンはポンにも犯人探しを依頼する。そして、昔マカオで起きた惨殺事件の裏側に潜む真実が浮かび上がる。。。

香港では、景観も道も、そして話も分かり難い!
 監督は、警察とギャングが共にスパイを潜入させて面白かったあの「インファナル・アフェア」のアンドリュー・ラウだ。
この映画「インファナル・アフェア」は、ハリウッドで「ディパーテッド」としてリメイクされ、今年のアカデミー賞をとった。そして、今回の作品「傷だらけの男たち」も、またハリウッドでのリメイクが決まったとのことだ。

 そんなに早くから、ハリウッドもリメイクを決めていいのかいって言いたくなる残念なできだ。

 それは、優秀だけど、飲んだくれの探偵や、過去の事件の復讐など、設定がよくある話をなぞってしまったからだ。
どうして深い傷を負ってしまうのか、その心理の描写や、冷淡に妻を殺す憎しみが描かれていないまま、終わってしまう。

 酔っ払いを表すのに、常にウイスキー・ボトルや酒を飲むシーンでなければ、アルコール中毒であることを観客に示せない金城武の演技の拙さも大いに影響している。
こんなに表情とセリフがしっかりとした、アル中患者は少ない。

 でてくる名前も似たようなのが多くて分かり難く、誰のことか度々迷う。
金持ち殺人の説明も、共犯関係が暗い場面と曖昧で早い展開のため、はっきりとしないうちに流れてしまった。

 一番寂しいのは、非情に徹し切れず、途中で愛を入れたことだ。
妻を殺すのも復讐の一つであったのに、いつの間にか心変わりをしたための、中途半端な愛情対応シーンが作品を退屈なものにしている。
ここは、最後まで徹底した復讐の炎を燃やし続ける方が、受けた心の傷の深さを表してくれたと思う。
もっと、対比をさせて、メリハリがあればいい。

  冒頭の香港の立体交差と複雑な道が、結局、この映画のすべてを暗示していたとは、なんといったらよいのやら。

それにしても、香港の男女の愛の表現は完全にアメリカナイズされているんだと感心しました。

「インファナル・アフェア」のリメイク;「ディパーテッド

 ボルベール<帰郷>  (スペイン映画)

あらすじ:10代の頃、田舎に住む両親と不仲になり、一人で都会へ出てきたライムンダ(ペネロペ・クルス)は失業中の夫と15歳の娘の生活を必死に支えていた。しかし、娘に性交渉を迫った夫は娘に殺される。娘を守るために夫の死体を隠し、何事もない素振りで暮らすが、父親と一緒に火事で亡くなった筈の母親(カルメン・マウラ)が生きているらしいとの噂が伝わる。母親には、今までライムンダが話せなかった事を話し、過去のわだかまりをなくしたい。しかし、ライムンダの前に現われた母親が語る秘密は。。。

笑いのくすぐりと、人間の業の配分が絶妙に交じり合った傑作!
 スペインの誇るペドロ・アルモドバル監督がまたいい映画を作ってくれた。

 タイトルの「ボルベール」は、スペインの歌で映画の中でもペネロペ・クルスが歌う哀愁のあるメロディです。

 繰り返される、どうしようもない男の性本能の犠牲となる女性達。
あってはならない秘密、他の人には話せない悩みを抱えた母親と娘。
これだけを取り上げると、観ている方も、落ち込み、暗くなってしまうだろうが、そこに、幽霊を登場させたアルモドバル監督は素晴らしい。

 言いたい事は、ストレートに主張されるよりも、このようにクッションを挟んで描く方が相手の心に印象を残すいい例だ。
男の身勝手さが、いかに女性を傷つけているのか、反省をさせられる。

 幽霊がいてもおかしくない、迷信が生きている田舎。充分に体臭が分かるほどの顔を付け合うキッスをしているなら、母親のオナラの匂いも分かる。
また、 隣人との関係など、1つ、1つが次に繋がっていく構成も丁寧さを感じる。
余分なところが無くて、脚本も推敲されている。

 美人女優のペネロペ・クルスもその美しさを売り物にしていない設定も好感が持てる。
姉役のロラ・ドゥエニャスや短髪の隣人プランカ・ボルティージョもでしゃばらない、いい演技をしている。

 特に泣ける終わり方でもないが、最後は感動でうっすらと涙がでていた。

同じスペインの感動物は、「海を飛ぶ夢」

 ダイ・ハード4.0

あらすじ:妻に離婚された、ニューヨーク市警察の警部補ジョン・マクレーン(ブルース・ウイリス)は、久し振りにニュージャージー州の大学にいる娘を訪ねるがデート中の娘の邪魔をし、娘からも反感をかう、相変わらず寂しい、ついていない男だった。そんなマクレーンのもとに、コンピューター・ハッカーのマット(ジャスティン・ロング)の身柄を拘束し、ワシントンのFBI本部へ連行する指令が届く。マットの家に向かうと不明な組織から襲撃を受けるが、どうにか相手をやっつけマットと共にFBI本部へ到着した。そこでは元FBI職員のガブリエル(ティモシー・オリファント)が、サイバー・テロを起し全米の財産を一人占めにしようとする計画が明らかになってきていた。交通マヒ、電力施設の破壊。コンピューターを駆使したガブリエルの目論見は次々と成功する。。。

女:ぶっ飛ぶようなアクションの連続だけど、弱点はどこへ行ったの?
男:世界一つかない男としてデビューした「ダイ・ハード」シリーズの4作目だね。
女:ロスの超高層ビルでガラスの破片に悩まされて大ヒットした1作目は、1988年ですって。
男:まったく、月日のたつ速さは、嫌になるね。あれから、もう19年が過ぎたんだ。
女:そうね。いままで、空港やマンハッタンを、2,3作で取り上げて、今度は全米のコンピューターでのサイバー・テロになったのね。
男:知らないうちに、大騒動に巻き込まれるのがマクレーンの定めなんだ。
  今回も、簡単な任務だと思っていたら、背後に、強大な陰謀があったとは、ついていない!
女:でも、何時の間にかマクレーンには不死身のパワーが備わったようよ。
  どんな時でも、危険を上手く潜り抜けられるのよ。

男:すごい男だね。敵をやっつけるためのアイデアの宝石箱だ。
  でも、地上の自動車を飛ばせて、空中のヘリコプターにぶつけるのは、いくら何でも、「おい、おい、それはないだろぅ」って感じたなぁ。
女:美しい女性のテロリストを「忍者」って言うのは、日本を意識しているのね。
  エレベーターでの車とワイヤーが切れるかの間一髪や、大型トレラーでの追走は、どこかであったシーンね。
男:まあ、何度も作っていると全編を新しいアイデアだけで作りあげるのは、無理だったってことか。
女:マットのアパートから始まり、自動車、ヘリコプター、洞窟、橋、それからジェット戦闘機と、まあよく、ここまで、壊し、壊しを続けてくれるものね。
男:マクレーンに活躍の場を提供するための話ばかりで、娘が誘拐されても、先が読める。
  アクションはあっても、筋書きは簡単だった。

  でも、アメリカ映画のコンピューター・システムに対する万能と恐怖の捉え方は非常に危険だね。
女:どこが?
男:便利なコンピューターが悪用される映画が目だっていることだよ。
  膨大な人類がいるにも拘わらず、すぐに、身元が分かったり、世界中に散らばっている人の居場所が寸時に分かるなんて世界は、本当に映画人が描く、映画だけの非現実的な世界だ。
  だけど、多くの映画では近未来の予想として、確定的に描いている。
  悪用されるイメージが強くなると便利な面でのコンピューターの開発が遅くなり、人類にとって不幸なことになる。
  また、正体不明の「悪」のイメージとしてのコンピューターの扱い方も良くない。
  コンピューターは人類の「道具」にすぎないのに、まるで「生命体」として扱う愚かさが映画人に見られることだね。
女:でも、進化したマクレーンに弱点が無くなったように、コンピューターも自分勝手に動き出して人間に反抗する時が来るんじゃないの?
男:そこまで、考えると「頭が禿るね」。
女:そうね、だからブルース・ウィリスの額が広がったのね。分かった!
男:それは..

 

 


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