2007年 6月の映画・演劇 評論

2007年

 舞妓Haaaan!!!

あらすじ:東京のインスタントラーメン販売会社に勤める鬼塚公彦(阿部サダヲ)は、高校の修学旅行で出会った舞妓さんの優しさと綺麗さに魅せられ、それ以来京都へ通い続け色々な舞妓さんの写真や情報を自分のホームページに載せている、熱狂的な「舞妓オタク」だった。その鬼塚に、待望の京都支社へ転勤の機会がやってきた。京都出身とウソをついていた同僚の恋人:大沢富士子(柴咲コウ)も捨て、懸命に働き、やっと念願の舞妓さんとの野球拳を夢見てお茶屋に行くが、隣の座敷で遊ぶプロ野球選手の内藤(堤真一)に邪魔をされてしまう。憎い内藤を見返すために野球選手になったが、内藤は次々と職を変えて、鬼塚を馬鹿にする。一方、鬼塚に振られた富士子は、舞妓になり鬼塚を見返してやる決意をしていた。。。

これからが、えろー 期待される 阿部サダヲはん どす
 昔の新聞種になった「アベ サダ(阿部定)」は知っているけど、阿部サダヲって誰?
予告編は、かなりふざけた印象を受け、また主演の阿部サダヲも知らなかった。
でも最近、偶然にテレビに出ている阿部サダヲを見たら、なかなかしっかりとした受け答えをしている。そして、脚本が宮藤官九郎ってことで、映画館に足を運ぶ。

 観てよかった。話が面白い。また、配役も奇抜。
もてそうも無いおかっぱ頭の阿部に柴咲コウという可愛い恋人がいて、普通なら逆だろうが、柴咲コウをこのもてそうもない男が振ってしまう設定には、大笑いだ。

 また、野球の他に転職のしようが無いと思える野球選手(これは失礼!?)を逆手にとり、華麗に扱うアイデアの奇妙さ。

 余り知られていない、舞妓さんの世界を取り上げたのもいい。
そして、 舞妓さんのいつも厚く塗られた白粉の下に隠された「X」の傷跡と来たときには、もうお腹の底から笑う。
宮藤官九郎の奇抜さ、まったく予測不可能の面白さが堪能できる。

 この映画が最後の作品になった植木等や、「フーテンの寅」の渥美清にしてみても、喜劇を演じる人には、基本的な「マジメサ」があり、その上に、コメディアンの芸がなりたっていると思う。
まだ、この映画1本と、テレビでのインタビューではあるが、阿部サダヲには、この「マジメサ」を感じた。
これからの才能を伸ばしてくれる、脚本と監督にめぐり合えれば、いいのだけど。

ほんまに、白塗りのお化粧をすると、どなたがどなたやら、わかりまへんどすなー!

 プレステージ

あらすじ:19世紀のイギリスはロンドンのある劇場。天才マジシャンのロバート・アンジャー(ヒュー・ジャックマン)が水槽からの脱出に失敗し死亡する。その場に居合わせたライバル・マジシャンのアルフレッド・ボーデン(クリスチャン・ベール)に容疑がかけられ殺人罪で絞首刑の判決を受ける。ロバートとアルフレッドは元々同じ師匠についていたが、縄抜けの奇術で、アルフレッドの縄の結び方が悪くロバートの妻が興行中に事故死にあっていた。それ以来ロバートとアルフレッドは仲たがいの関係ではあったが、共に新しいトリックを生み出し、イギリスでのマジシャンとしての名声を競い合っていた。しかし、アルフレッドが行う「瞬間移動」の種は、どうしてもロバートには分からず、その仕掛けを盗み出すのに苦労していた。そして、ついにロバートがアメリカで手に入れた「物」は。。。

確かに、マジックは種が分かるとつまらない
 奇術には、3つの行為が必要だと言う。
 1.確認(プレッヂ)、 2.展開(ターン)、そして、3.偉業(プレステージ)。
 私が知っている英語の「プレステージ=Prestige」は「名声・信望」などの意味で、どうして、奇術で「Prestige」が使われるのかと思って、辞書を開くと元々は、フランス語(ラテン語)で「幻惑・奇術」を意味しているとある。そう、「Illusion」と 同じだったのだ。

 単に手品を行うだけではなく、最後までうまく観客を「騙せ」てこそ、「プレステージ=名声」を得られるってことだ。

 宣伝文句では、この上映時間の130分間、画面から眼を離すな! ということで、眼を凝らして観ていたら、疲れたぁ。

 話が、過去に遡ったり、現在に戻ったりで、時間の経過に戸惑う。
また、怪しげな設定(ここは、監督が映画の冒頭で、他の人に話すな、と言うの伏せますが)で、時々、「おやっ」と思う場面が多くて困る。

でも、そんなに神経を集中することも無かった。
途中で、多分こうなるとの予想もつく。

 命を賭けてまでも、トリックの創造に挑む「マジシャン」の裏側の苦労と、曖昧な夫の存在に悩む妻や、愛人関係も描いて、そこは、充分に鑑賞できる。
しかし、電気の話で、途中からSF的になったのは、残念だ。

 奇術には、「種」があり、それを見破ることができないから、面白いのに、そこに理論的な科学を出されては解明がつまらない。

 レ・ミゼラブル ―ミュージカル― (帝国劇場)

あらすじ:1815年、フランス。パンを1切れ盗んだ罪で19年間刑務所にいたジャン・バルジャン(橋本さとし)に仮出獄が許されるが、元罪人には世間の波は厳しい。しかし、教会での暖かいもてなしで改心したジャンは、仮出獄許可書を破り捨て、名も変えて働き成功しついに市長になる。しかし、逃亡者の彼を追うジャベール警部(石川禅)の執拗な追跡は、ジャンと彼が養父となり面倒をみているコゼット(辛島小恵)の潜伏先にも及ぼうとしていた。一方、コゼットの恋人マリウス(山崎育三郎)達は、パリ市街にバリケードを築き革命の狼煙をあげるが、政府軍に押しつぶされる。傷ついたマリウスをジャンは救えるか。。。

まだ、演技までは手が回らないが、まとめはさすが
 この「レ・ミゼラブル」も日本での初演から、20年が過ぎたという。
私も、この間、何回観たことやら。
簡単に20年というが、人間なら成人式だ。ここまで公演を続けてきた、東宝など関係者の努力に敬意を表したい。

 3時間以上もある息もつかせない展開は、何度観ても、未だに色褪せず堪能させてくれ、健在だ。
今回も、6月、7月、8月に渡る長丁場の公演を乗り切るために、ジャン・バルジャンを演じるキャストも今夜の橋本さとしの他に、山口祐一郎や別所哲也など4人交代だし、ジャベールも4人、コゼットも3人など、本当に大人数が演じる大河ミュージカルとなっている。

 若い人や新人の登用もかなりありで、この部分のまだ未完成の物足りなさが、前半は気になる。
そう、歌う方、メロディーの方に重心があり、全体での慈悲の心や歓び、そして執念の凄さを音に乗せる段階まで達していない。
若さと今まで演じた人達が持つ熟練のバランスがあるといいのだが、まだ若さの荒っぽさが勝っている。

 まあ、公演をこなしていけば、膨大な旋律を憶えるという世界から、次の情感の表現も徐々にできていく可能性は大いに感じられる人たちではある。

 お馴染みのバリケードでの戦いから地下道のシークエンスでは、分かっていても、感動が奮まる。
観終われば、また、今日も自然と拍手、拍手となるいい夜でした。

 つくづく、良く出来た舞台構成と訳詞:岩谷時子の偉大さを痛感した。

何度観ても、森公美子の量的な?存在感もすごい。

2005年の;「レ・ミゼラブル」

2003年の;「レ・ミゼラブル」

 300(スリーハンドレッド)

あらすじ:紀元前のヨーロッパは地中海の都市国家、厳しい教育方針で知られるスパルタの王レオニダス(ジェラルド・バトラー)のもとに、東の強国ペルシャから属国になれと使者がきた。しかし、服従よりも死を選ぶように教えられたスパルタの兵士はペルシャとの戦いを始める。だが、ペルシャに懐柔されたスパルタの議会は戦争に反対し、レオニダスの兵士は僅か300人。一方ペルシャの兵は、1,000、000人。秘策をもちいて巨大な敵に向かうスパルタの300人に明日は来るのか。。。

漫画の手法とアニメとCGが筋肉を見せびらかす
 話としては、もう最初から、300人と1、000、000人の戦いではいくら映画での作り話でも、勝ち目のないことは分かっている。
それを、いかに観客にアピールするように、みせてくれるかが評価の対象だ。

 面白い! 

 首を切られたり、胴体から血が吹き出るシーンも多くて、本当に残虐ではあるが、描き方が日本の漫画のコマワリを想定させ、そこには、動きのない世界の持つ想像の余裕感がある。
もう、完全にありえないピアスをしたペルシャの王、マスクをかぶった忍者みたいな敵。

 奇怪な化け物の悪者にさせられたペルシャ軍と、端正で筋肉隆々のスパルタの兵士達。この対比は、お約束の通りの、善と悪を明確にして、テレビ・ゲームの延長だ。
でも、ここまでやられると、観ていて気持ちがいい。

 スパルタ兵士の死を覚悟の戦いは日本の特攻隊の精神で、この他にも中国などの東洋的な雰囲気が感じられる。

 愛だ、家族だと言わずに、闘い一途にしたら、もっと楽しめたが。

 仮面をつけた戦いは下の「女帝/エンペラー」の影響か? かなり似ていた。

 女帝「エンペラー」

あらすじ:古代中国のある国。兄王を毒殺して王位についたリー(グォ・ヨウ)は、美しい兄王の後妻ワン(チャン・ツィイー)も手に入れた。憎い男に抱かれながらも、余り年の差がない義理の息子の皇太子ウールアン(ダニエル・ウー)の安否を気遣うワンはいつかリーを殺害し、ウールアンを皇帝にしようとしていた。そして、皇后即位の式典が盛大に開かれる「宴」で、ついにワンはリーの杯に毒を入れる。仮面を付けた踊りが始まる。。。

女:綺麗な画面だけど、退屈な内容ね!
男:原作はシェークスピアの「ハムレット」から作ったとのことだ。
女:毒殺や復讐の話は「ハムレット」からだけど、一つも盛り上がりがないのよ。
男:大体、題名がおかしくない?
  女帝なら「エンプレス(Empress)」というべきで、「エンペラー(Emperor)」は男性の皇帝であることは、普通の人は知っていると思うけど、こんな題名をつける配給会社の杜撰な営業姿勢も映画人として失格だね。
女:そうね。原題は英語だと「宴(Banquet)」になっているわね。
  映画のタイトルは特に原題に拘らなくてもいいって言われていても、このタイトル「女帝/エンペラー」では、かなり違和感と疑問符がつくわね。
男:作品としては、冒頭の竹を多用し、仮面をかぶった戦闘シーンを始めとして、綺麗だ。
女:ワイヤー・アクションとスロー・モーションの映像は本当にうまい出来よ。
  でも、血が飛び散り、首が舞うのは残酷で差引ゼロの印象になったわ。
男:力作であることは認めるけど、それが感動とか面白さに繋がらないのはどうしてだろうね。
女:監督:フォン・シャオガンの興味が「ワイヤー・アクション」中心に行ってしまったからじゃないの。
  戦闘シーンも、まるで「踊り」を観てるような振り付けと音楽で、これでは舞踏会の映画ね。
  他の場面での切ない愛や復讐に燃える憎しみの映像が薄いのよ。
男:皇太子暗殺のシーンでの地中から突然人が出てきたり、宴では兵隊が空中から湧き出すのでは、驚きの方が強くて、折角の話が途切れるってことか。
女:ラスト・シーンも誰に殺されたのか、分からないのは、嫌な終わり方ね。
男:それにしても、チャン・ツィイーに喜びの表情が無いのが、最大の不満だね。彼女の魅力を活かす輝きの場面が用意されていないよ。
女:貴方にはキツイ言いかたかも知れないけど、美人というだけでは、いつかは飽きるってことじゃないの。
男:チャン・ツィイーの肉体美を期待しているわけではないけど、入浴シーンの後ろ姿や薄着でのシーンはおまけにしてもいらなかった。
女:良い女優であるためには、豊かな肉体よりも、豊かな表情でしょ。それに気がつくのが遅いのね。
男:理屈では分かっていても、現実はね。
女:本当に懲りない人ね。貴方って!

チャン・ツィイーなら;「SAYURI」


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