2007年 2月の映画・演劇 評論

2007年

 ドリームガールズ

あらすじ:1960年代の黒人差別が激しくあったアメリカは自動車の街、デトロイト。エフィー(ジェニファー・ハドソン)をメイン・ヴォーカルに、ディーナ(ビヨンセ・ノウルズ)、ローレル(アニカ・ローズ)の黒人女性三人組が明日の栄光を求めて今日もオーディションに参加していた。優勝はできなかったが中古自動車販売をしているカーティス(ジェイミー・フォックス)の目にとまり、売れっ子の歌手;ジミー(エディ・マーフィ)のバック・コーラスとしてツアーに参加しながら、グループとしてのデビューを狙っていた。カーティスをマネージャーにした「ドリームガールズ」の構成は、歌が上手いが我侭なエフィーよりもルックスが良くておとなしいディーナがメインになっていて、これに不満なエフィーは「ドリームガールズ」を降ろされてしまう。敏腕カーティスと新生「ドリームガールズ」は次々とヒット曲を放ち新しく設立したレコード会社も順調に成功していた。ラジオ・テレビだけでなく映画にも進出を計るカーティスとディーナの栄光の裏側でエフィーは父親の分からない子供を抱え、客の少ないクラブで歌っていた。。。

黒人は体で歌う! いや体の毛穴まで開いて歌う! 
 何といっても、エフィー役のジェニファー・ハドソンの歌のパワーに圧倒される!
大型画面から飛び出す、迫力のある小太りした体からでてくる、聞いている観客の脳みその隅にまで響くソウルフルな歌声は、体全体で歌うなどという一般の表現では物足りない。
彼女の毛穴のひとつ、ひとつからも見えない音として曲が響く!

  ポスターやチラシで主役となっている歌手として有名なビヨンセの存在がかき消される映画だった。

 話は、私の青春時代のそのままの60年代の黒人音楽界の出来事で、女性3人組のグループのモデルはすぐに「ダイアナ・ロスとシュープリームス」と分かるし、レコード会社は「モータウン」を想定していることも明らかだ。
 この時代なら、ジェームス・ブラウン、スティービー・ワンダー、テンプテーションズ、コモドアーズ、そしてマイケル・ジャクソンがいたジャクソン・ファイブなどR&Bやソウル・ミュージックの歌手やグループ名はいくつでも簡単に挙げられる。

 ブロードウエイでヒットしたミュージカルを映画化したもので、画面としても、歌っている舞台での光の当て方やカメラ・アングルもきちんとしていて、楽しい。
歌われる曲も、60年代、70年代のモータウン・サウンドを彷彿とさせて、懐かしい。

でも、物語の展開では、エフィーとカーティスとの恋の終わりかたや、黒人が新しく音楽産業に進出していく時の障害がもっと描かれていると、栄光と挫折がはっきりしたようだ。
手に入れたお金の裏側で、なくしたグループの連帯感にも、もっと踏み込んでほしい。

ストーリーよりも、音楽の「コンサート」の方が中心の映画となっている。

 この演技と歌唱力なら、ジェニファー・ハドソンは「アカデミー賞 助演女優賞」がとれる?

  ご参考までに;この60年代の音楽の状況なら、同じジェイミー・フォックスがレイ・チャールズを好演した「Ray/レイ」                     

 幸せのちから 

あらすじ:1980年代のアメリカはサンフランシスコ。クリス・ガードナー(ウィル・スミス)は妻(ダンディ・ニュートン)と共に始めた、骨の密度を測る医療機具の地域セールスマンとしてやっていたが、不況で売れなくなった在庫の山を抱え苦労していた。収入が減り、家賃も払えなくなる家庭でクリスの気持ちを支えていたのは、5歳の息子;クリストファー(ジェイデン・スミス;ウィル・スミスの実の息子)の存在だった。ついに家を追い出され、妻にも逃げられ、ホームレスとなったクリスとクリストファーに一つの明かりが差し込んだ。それは、証券会社の社員への道だ。しかし、正社員になるには、6ヶ月間の無給の研修期間があり、また20人の研修員の中から1人しか採用されない厳しい関門があった。駅のトイレや教会の施設に泊りながら、明日に向かうクリス親子に「幸せ」がくるのか。。。

幸せはいつまでも「求める」だけで、「手には入らない」? 
 実話に基づいた映画というが、多くの作り物がみえみえだ。

証券会社の人事担当者のルービックキューブを完成させるタクシーでの挿話は、まさか! だし、採用面接でのペンキのついた服装は、ありえない! だ。
そして、 骨密度を測る機具はかなり精密なものだろうが、こんなに走ってばかりいては、1つは壊れて直していたが、みんな壊れてしまう!

アメリカにおける貧困の生活から金持ちになった人の成功物語とすれば、それなりに観られる。
電話をかけまくる研修制度や、一度は断られても、家庭を何気なく訪問するなどのビジネス・テクニックは多くの企業がやっていてそのとおりだ。
(私もセールスの新人時代にやらされました。殆ど効果がありませんでしたが、たまに引っかかることがあり、そこからビジネス・チャンスが生まれました。)

でも、これに幼い息子との関係を絡ませたのが、物語を退屈な展開にさせている。
二人の生活を出すために、駅や教会における繰り返しのシーンが多くなり、求めているのはいつのまにか「親子の愛情」よりも「お金」が中心になってしまい、アクセントが弱くなった。

「お金」はないが、息子と一緒にいる「幸せ」がでていない。


 男親と幼い男の子の愛情では、題材としてミスがあった?
 でも、面接での「いいパンツ」のユーモアは、大いに笑ったけど。

  ご参考までに;男親と幼い女の子の関係なら「I Am Sam」
          

 

 守護神 

あらすじ:アメリカの沿岸警備隊で200人もの人々を海難事故から救い、伝説的な存在となっている救難士のベン・ランドール(ケビン・コスナー)は、40歳になっても現役を続けていたが、最近の事故で相棒を失ない、心に深い傷を負ったまま、救難士の養成学校へ教官として赴任する。この学校は沿岸警備隊の中でも厳しい訓練で知られ、超エリートの救難士を育てあげるので有名だった。そこには、高校時代は水泳のチャンピオンで将来を期待されていたジェイク・フィッシャー(アシュトン・カッチャー)や何度も落伍している者などが入学し、氷を張った寒中での模擬訓練や水中でパニックになった遭難者の救助法など、ベンの厳しい指導を受け、どうにか半分が卒業できた。そして、アラスカの沿岸警備隊に再び配属されたベンとペアを組んだジェエクだったが、ある激しい嵐の遭難船の救助でついに。。。

女:まったく、どこかで、観た映画ね!! 
男:何だろね。海の救助士の設定は、日本での海上保安庁の潜水士を描いた映画の「海猿」と同じだ。
女:そして、エリートの訓練生が地元の女性と「カジュアル」な恋をして、最後は迎えに来っていうのは...。
男:そう、その通りあの「愛と青春の旅立ち」の終わり方そのものだね。
女:「海猿」も、「愛と青春の旅立ち」からのアイデアをかなりとっていたでしょう。
  この映画は、「海猿」に輪をかけて、アイデアが同じで、設定も同じにした作品ね。

男:ひどいね。このやりかたは、新しい作品と思って期待した観客を馬鹿にしているととれる。
女:予告編を観た感じでは、海難救助が中心のオリジナルとおもったのだけど、この内容はまったくリメイクよね。
男:リメイクならリメイクとうたってくれれば、観る方もそれなりの態度で臨むけど、宣伝も、パンフレットも全然リメイクとは違った方向で作られていたからね。
女:出来も悪かったんじゃないの。
男:結論から言うと出来が悪かったから、リメイクの非難がでてくる訳だね。
  いい作品に仕上がっていれば、リメイクだろうと、アイデアが似ていても、そんなに文句はでない訳だから。
女:心に傷を持った教官と生徒が互いに補っていないのが良くないのよ。
男:厳しいことになっている訓練を介して、チームとしての存在、運命共同体の共感が浮かんでこなかった。
女:潜水したままなのね。
男:人命を救助する仕事の大切さ、重さ、そして、困難さをもっと中心にして欲しい。
女:自分を犠牲にしての行為ね。
男:仕事一途の夫と心は通じあっても離婚する妻の存在も矛盾した話で、曖昧な挿入だった。
女:そう、理解してくれるのは酒場の女将さんだけでは、残念よね。
男:その酒場でのイザコザも想像通りに落ち着く結末ではね。面白くない。
女:いっぱいでてくる海難シーンの再現もみんなゴチャゴチャしていて、緊迫感が無いのよね。
男:荒れる海、火災、寒い冬など、遭難の条件がいろいろと多いのはわかるけど、遭難者として対処の方法を整理してみせてくれると、観客も事故にあった時の勉強になったと思うよ。
女:そうよね。時間がなくて、二人のうち、一人しか助けられないような究極の選択の事態では、どうすればいいのか、このあたりをもっと掘り下げて欲しいわね。
男:俺は、そんな時には、当然、迷わずに、きみの方の救助を優先してもらうけどね。
女:口先だけは、調子がいいんだから。
男:いや、心から。。。
女:どうして、小さい声になるのっ?!

 ご参考までに;「海猿」「Limit Of Love 海猿」
         

 どろろ 

あらすじ:長い間、戦が続いているある時代。武将 醍醐景光(中井貴一)は乱世の統一を目指し、生まれてくる自分の子供の体と引替えに妖怪たちが持っている力を得る。そして、手足、眼鼻、内臓など48か所を妖怪に奪われて生まれた赤ん坊は景光に見捨てられ川に流されるが、医師の樹海(原田芳雄)に拾われる。戦乱で亡くなった他の子供達の体と護身用の刀を移殖され、百鬼丸(妻夫木聡)と名づけられ育てられた青年は、彼の体に仕込まれた妖刀を狙う盗賊どろろ(柴咲コウ)と共に、奪われた体を取り戻す旅に出る。そして妖怪達との壮絶な戦いが繰り返される。。。

狙ったテーマは、「正義」「勇気」「希望」というが、娯楽にもならない! 
 原作となっている漫画は「鉄腕アトム」や「ブラック・ジャック」で有名な手塚治虫が1968年(昭和42年)に発表したものとのこと。
もう、40年ぐらい前になるが、私もその漫画は、眼や鼻のない奇妙な赤ん坊が印象的で、話の大部分は忘れたが、見た記憶はある。

 宣伝パンフレットによると、「アジア発、世界へ−−テーマは「正義」「勇気」そして「希望」」とある。

 でも、観た感想としては、一体、何が目的なのか全然分からない!

  日本製だから、「アジア発で、世界の映画市場を狙って作りました」というのは、特にこの映画に限ったことではなく、全部の日本映画が、興業的に世界中で売れればいいなぁと期待して作られているので、目新しいことではない。
 「正義?」。対立する悪の存在が充分に描かれていないのに、正義はどこにあるというのか?
 「勇気?」。カラス天狗も芋虫も妖怪たちが怖くなく、闘っても簡単に勝ってしまうのでは、勇気の見せ場がない。
 「希望?」。普通、明日に向かって実現しそうな夢と思っていいだろうが、この映画では、それは何?

 そう、狙った事になっているテーマがこの映画では、みんな描かれていないのである。
だから、観客は面白くない。

 折角、ワイヤー・アクションの監督を香港から呼んでも、空中を高速で飛んでいるだけで、闘いに緊迫感がでていない。
ロケをニュージーランドでしているが、元の砦の周りのシーンが多くて、他の景色が堪能できない。
肝心のVFXで作った妖怪もすばやく動きすぎで正体がはっきりせず、また怖くもなく、可愛くもなく、面白くもない。 もっと笑いのとれる妖怪キャラクターにしたら、見ていても楽しかったのに。

 基本的に、配役にも無理があった。
男に扮しても、かん高いセリフしかできない、まだ未完成の柴咲コウの女性の部分を、少しは妻夫木とのラブ・コメディに持って行きたくてもそれは高望みだ。
いつまでたっても、真面目な役しかできない中井貴一に「スター・ウォーズ」のダース・ベイダーのような悪役の父親を演じてくれと、出来ない注文をつけたかったのか?
残念な結果になった。

 ご参考までに;柴咲コウが出ていた「日本沈没」「県庁の星」
          妻夫木聡が出ていた「涙そうそう」「春の雪」  
          中井貴一が出ている「寝ずの番」


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