2006年 11月の映画・演劇 評論

2006年


 椿山課長の七日間  

あらすじ:デパートの売り場の課長;椿山(西田敏行)はバーゲン・セールが開催されている時に、突然の脳溢血で亡くなってしまう。たどり着いた死後の世界への入口で現世に未練のある人として初七日までの3日間だけ、正体がばれない形で、この世に戻る事が許される。ヤクザの親分と施設で育った少年と共に現世に美女(伊東美咲)として蘇えった椿山を待っていたのは、妻の不倫、息子の出生の秘密など知りたくないものばかりだった。蘇えって良かったのか。。。

こんな真実なら、死んでも死にきれない気持ちがよくわかる!  
 単なる生まれ変わりを、太りすぎの西田敏行とほっそりとして、きれいな伊東美咲とのいわば「美女と野獣」との対比だけで描いた評判集めだけの作品かと思っていたが、しっかりとした出来である。

未練を多く残して急死した椿山を誉めるだけなら、退屈な作品となっていた。
また、生前は叶わなかった純愛映画なら、飽きていただろう。
しかし、結婚前からずっと続いていた妻の不倫、ボケと思っていた父親の実体、息子の立場など、これでもか、これでもかと次々に暴かれていく現実の厳しさは、本当に知らない方がいい内容だけど、観ていても涙をさそう上手い作りだ。
(そう言えば、「鼻をつまむ」のは、「涙そうそう」と同じだった。)

  原作;浅田次郎を監督;河野圭太がうまくまとめている。
結局は人のいいヤクザはチョとばかり物足りないけど、國村準の存在感は立派。
伊東美咲の男言葉や態度は、演技としては不器用であるけど、美人だから、許してしまう。
また子役の二人がいい。
「Always 三丁目の夕日」の淳之介役で目だっていた須賀健太と、今回蓮子役の志田未来が大人たちに混じって活躍している。
(もっとも、西田は殆どでていないけど。)

 ここまで裏側の事情があると、嫌で悲惨な現世だけど、生きていれば、それなりの楽しみがあると「逆説」を充分に感じ、すっきりする。

(最後に西田が天国の入口の係官;和久井映見と握手するのは、どうもアドリブのようだ。)

ご参考までに;「Always 三丁目の夕日」
         生まれ変わりなら;「星に願いを」

この映画は、どこかであった話だと探したら、2003年に「芸術座」の舞台で観た「舞い降りた天使」があった。

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 プラダを着た悪魔  

あらすじ:大学を卒業してニューヨークにやってきた、ジャーナリスト志望のごく普通の考えと「体型」をしている女の子アンディ(アン・ハサウェイ)はとりあえず受けた大手ファッション雑誌社に入社が決まった。しかし、アンディは知らなかったがその雑誌の編集長ミランダ(メリル・ストリープ)はファッション界に絶大の影響力を持ち、また仕事にも厳しく、朝早くから夜遅くまでスタッフをこき使うので、業界では「悪魔」と恐れられていたのだ。軽い気持ちで仕事に取り組んでいたアンディの私生活にもミランダの流儀が押し寄せてきて、付き合ってきた恋人や友人たちとも疎遠になっていく。でも仕事が段々と面白くなってくる。生活をとるか仕事をとるか? どうするアンディ。。。

よくある話が、女王様:メリル・ストリープでしっかりとしまる!  
 最近は余りいい役にめぐり合っていなかったアカデミー賞女優メリル・ストリープがコメディで蘇えった。
仕事を情熱的にこなす、悪魔のような編集長に適役だ。

 女性が会社のトップにいることは、アメリカ社会でも大変であることが腰掛OLを通して丁寧なタッチで描かれている。
メリル・ストリープが会社で仕事をしている時の緊迫した表情と、自宅でも仕事を持ち込み疲れている時の表情の差で、金儲けの大変さを上手にあらわしている。

  普通の会社員は、アンディのように一生懸命にやっていると自分では思っているけど、使う方にしてみれば、まだまだ仕事に対する情熱が足りないものだ。
一般の、他の社員達とは違うと、上司に認められるためには、どうしても私生活は犠牲になる。
会社での出世をとるか、個人の生活を大事にするか、どうしても選択を迫られるのが現代社会だ。
両方とも巧くいっている人を私は知らない。

 ファッション界に身をおくなら、その業界を知ることは会社人として最低の条件であり、個人としても、ハイヒールを履き「体型」を痩せ型にしてファッション・センスを常に磨く努力をすることは当然のことである。
アンディがそれに気付き、徐々に変身するのは観ていても楽しい。
この、アン・ハサウェイの大きな眼の動きも印象に残る。

 ファッション界からは、かなり遠い存在の私ですが、納得できる出来でした。
でもできることなら、アンディはミランダの跡をついで欲しかった。

ご参考までに;アン・ハサウェイが注目された、「ブロークバック・マウンテン」

 マリー・アントワネット ミュージカル(帝国劇場)  

あらすじ:1700年代後半のフランス。国王ルイ16世が治めていたが、アメリカ独立の支援、贅を尽くしたヴェルサイユ宮殿の装飾などの出費で国家の財政は逼迫していた。しかし、オーストリアの王家から嫁いできた王妃マリー・アントワネット(涼風真世)は我ままで、贅沢な日々を過ごし民衆の反感をかっていた。また、孤児のマルグリット・アルノー(笹本玲奈、新妻聖子とダブル・キャスト)は明日のパンもないような貧困のなかで「自由・平等」を考え、必死に生きていたがマリー・アントワネットから侮辱され、王妃を憎むようになる。そして、フランス革命が進む中、国外逃亡に失敗し、幽閉された国王一家の動静を探るために、小間使いとして入りこんだマルグリットが眼にしたものは同じ女性として悩む王妃の姿だった。国王を始めとして断頭台に送られる多くの人々。真の革命とは何なのか。。。

主演:涼風真世の演技がしめくくる!  
 遠藤周作の本「王妃マリー・アントワネット」のミュージカル化をドイツのミヒャエル・クンツェ(脚本)とシルヴェスター・リーヴァイ(音楽)に依頼して、出来たものをまた翻訳して栗山民也が演出している。

 イニシャルが共に「M・A」の王妃マリー・アントワネットと貧民マルグリット・アルノーという二人の女性の生活の差を交互にあらわしていく舞台構成だ。

 最初は、王妃を演じる涼風真世の浮ついたせりふまわしが、物足りなさを感じさせ、若さで押していく笹本玲奈の勢いが勝っていたが、休憩を挟んで、「希望」であった息子(皇太子)の死による寂しさ、断頭台に追い詰められていくあたりの気持ちの表現は、やっぱり舞台経験が豊富な、もう涼風でなければこうはもっていけないと思わせるしぐさが随所にでていた。
 相手との「間」のとりかた、顔のゆったりとした廻し方、眼の動きなど、微妙なシーンの対処が場を巧く繋いでいる。
涼風は舞台を良く知っている。

 歌の方の訳詞:竜真知子も相変わらず劇の内容に溶け込んだもので素直でいい。
舞台の使い方も、人の動かし方に奥を使い遠近感がうまく出ている。また、丸く動かしたり、中2階も民衆などを登場させたりで、広い帝国劇場を充分に活用している。
 赤くて巨大なギロチンは、自由の名の下に流された多くの血の虚しさと、民衆が集団となった時の愚かさを効果的に表していた。

 派手な踊りもなく途中の中だるみはあったが、後半からは集中していた。

ご参考までに;涼風真世が出ているミュージカル、「イーストウッドの魔女たち」
         笹本玲奈も出ているミュージカル、「ミー&マイガール」

         ヴェルサイユ宮殿の雰囲気は、「駆け足で回ったヨーロッパ」

 Death Note (後編) the Last name  

あらすじ:刑事局長を父(鹿賀丈史)に持つ、エリート大学生;夜神 月(やがみ ライト)(藤原竜也)は、名前を書くとその人が殺せるという「デス・ノート(Death Note)」を死神から贈られ、警察や裁判所が手を出せない凶悪犯をそのノートに記載して次々と殺し、世間から正体不明の「キラ」と呼ばれ一部の信者も現われていた。デス・ノートの殺人方法は心臓麻痺などの完全犯罪のため、犯人を捕まえることのできない警察は外部から捜査の天才「L(エル)(松山ケンイチ)」を極秘に招きライトの身辺に迫っていた。しかし、ライトは疑惑を晴らすために自分の恋人までもノートで殺し、捜査協力と称して、エルの仲間となりエルを殺そうとする。そんな時、ライトもエルも知らない第2のデス・ノートを持ったタレントの弥 海砂(あまね みさ)(戸田恵梨香)がライトに似せた殺人を開始し、捜査が難航する。「デス・ノート」を持ったライトと海砂が手を組む。エルの命が危ない。。。

しっかりした話の進み方が興奮させる!  
 原作になっているのはコミックで、前編は今年の6月に公開され、この評論には載せていないけど観ている。
「あらすじ」のエルに近づくため自分の恋人(香椎由宇)を殺すところまでが前編で、原作を読んでいなかったけど、デス・ノートの設定やFBIとの闘いなども分かりやすくて面白かったので今回の後編も観た。

 現代社会で多くの人たちが抱えている「犯罪者」に科せられる罰がその犯行内容に比べて軽いのではないかという感情、特に幼児をいたずらされて殺された親など被害者の立場からみると、当然に死刑だと思っても「無期懲役」では納得できない思い。また、かなり悪いことをしていながら、証拠がないため処罰されない「悪者」。これらの人々を「天に代わって罰すること」が、ライトが考えている正義だ。

 この考え方は当然なことだけど、社会全体でみたときには、許されない行為となる。
被害者やその家族が気に入らないからといって加害者を「リンチ=私刑」や「あだ討ち」で自分勝手に報復していては、社会秩序が保てなくなることを歴史は教えています。
完璧ではないが、犯罪についての解決策として「刑法」を時間をかけてつくりあげ、この刑法のルールに従って社会生活を営んで行くのが、現在の我々が選んだ道です。

 この主張が監督:金子俊介の根底にあるようで、ともすれば遊びで殺すことに焦点が集まりやすいストーリーをしっかりした内容にしている。
観ている人に、「なんでこうなるの?」と思わせない、矛盾のない構成だ。
コミックが原作では、 強引に作り上げるのでないかと心配していたが杞憂だった。

 何日間も拘束されている海砂のトイレの問題や、腕時計を撃たれるライトなど不自然さのない演出がうまい出来となる。
また、カメラ・アングルもかなりセクシーな場面もありで、憎い。

 正統派の藤原竜也と独特な雰囲気を出した松山ケンイチ、そして浮ついたロリータ・ファッションの戸田恵梨香ら若手の演技もいい。

 宣伝文句でいうほど「予測不能」の結末ではないが、エキサイトできる映画だった。

ご参考までに;私刑については、「イン・ザ・ベッドルーム」 の下のコメント。

 父親たちの星条旗  −アメリカから見た「硫黄島」ー

あらすじ:1945年2月、太平洋戦争の最中、軍事拠点であった硫黄島をめぐって日本軍とアメリカ軍が壮絶な戦いをくりひろげていた。アメリカ軍は艦砲射撃と空爆で5日もあれば、落とせると思っていたが日本軍も必死に防御し、摺鉢山の攻防戦も互いに犠牲者を多くだしていた。どうにか摺鉢山を制圧したアメリカ海兵隊は山頂に星条旗を掲げた。国旗掲揚の写真はアメリカ本土に流され、戦費不足に悩んでいた財務省は写真に載っている6人の内、戦死を逃れた、アイラ・ヘイズ(アダム・ピーチ)、レイニー・ギャグノン(ジェシー・ブラッドフォード)と衛生兵のジョン”ドグ”ブラッドニー(ライアン・フィリップ)の3名を戦場から呼び戻し、戦費調達のキャンペーン・ツアーを各地で行う。象徴的な国旗掲揚の写真の威力により、彼らは英雄となっていくが、名も無く戦場で散った仲間逹へ対する思いも大きく、苦悩が始まる。。。

女:英雄は後から作られていくのね!
男:第二次世界大戦における「硫黄島」での闘いを日米双方の視点から、一人の監督;クリント・イーストウッドが描く2部作の内の先ずアメリカ側から見た映画だね。
女:日本側から見た2作目の映画は12月9日からの公開が決まっているのよ。
男:今回の主題になっている摺鉢山に立てられたアメリカ国旗の写真は、本当に壮絶な戦に勝ったんだと思わせる象徴的な写真で、銅像かも知れないけど、私もどこかでみた記憶があるよ。
女:でも、星条旗が一度は降ろされて、また2回目に立てられた時の写真が使われていたのは知らなかったわ。
男:本当なら最初に旗を揚げた兵士の功績であるはずだけど、新聞などに採用されたのは二度目の写真で、やや「やらせ」のあることが、英雄に祭り上げられていく3人の悩みの源なんだね。
女:それに、一緒に闘った仲間達も大勢いて、彼らは殆ど死んでしまったという悲しい現実もあるわけでしょう。
男:僅かな違いで「生と死」が存在する戦場で生きられ、また、たまたま旗を立てた写真が有名になっただけで国家に利用され「英雄」扱いされる戸惑いはうまく描かれていたと思う。
女:でも、なにかあるわけ?
男:そう、私の気持ちに訴えるものがないんだね。
女:貴方の気持ちは、いつも難しいのね。
  監督のクリント・イーストウッドは、戦闘シーンにしても淡々と兵士が死んでいくことを映し出すだけで、戦争の愚かさを言っていると私は感じたわ。
男:うん、戦争の場面はきっちり描いていて、アメリカ万歳の姿勢がないので、日本人としては救われる。
  だけど、映画としてみた時には、物語の構成が息子の回想録で進んだり、よくありがちなアメリカ・インデアンに対する人種差別などがでてきて、かなり評価がマイナスなんだよ。
女:他の作品と同じような、演出ってことね。
男:話が、「こんなこともあります」という感じの、当たり障りのない扱いでしかないんだ。
女:貴方としては、表面だけでなく、もっと突っ込んだ話にして欲しかった訳ね。
男:本当の英雄は自分たちでなく、無残にも死んでしまった仲間達だという内容に絞って欲しかったなぁ。
   3人の戦後における就職活動や、インデアン部族の解放運動などは、観ている側としては、余分な場面だった。

女:でも、監督としては、英雄のその後も入れたいのよ。
  戦争では英雄でも、社会では成功者ではないってことよ。
男:そうか。
  それにしても、硫黄島の攻防を日米の別の角度からとらえたというから、この映画は2作を観てから全体で判断してくれってことか。

女:それなら2本立てにして、一挙に公開する方法もありでしょう。
男:それをしないで、別の時期に公開して収入を増やそうとする、新しいハリウッドのやりかたか。

女:この作品が評判になれば、次の作品の観客も増えるでしょうが、思いどうりにいくかしら?
男:そうだね。
  作られた英雄の後の映画は玉砕する日本の指揮官の話のようだ。
  本当の英雄になるのは難しいね。

女:そうかしら。でも、もう、貴方は十分に英雄よ。
男:どうして?

女:完全に英雄の条件の「色を好んでいるからよ」。
男:えっ、なんていったの?

女:別に。。。

ご参考までに;監督クリント・イーストウッドの「ミリオンダラー・ベイビー」


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