2006年 9月の映画・演劇 評論

2006年


  記憶の棘

あらすじ:ニューヨークの上流階級に属するアナ(ニコール・キッドマン)は10年前に最愛の夫:ショーンがジョギング中に亡くなってから、思い出の日々を送っていた。最近どうにか心の傷も癒えて古い付き合いのジョゼフ(ダニー・ヒューストン)と婚約をして新しい生活に向かっていたが、母親の内輪の誕生日パーティに突然10歳の男の子が表れ「自分はショーン、君の夫だ」と言い出す。最初は悪戯と思い信じていなかったアナであったが、その少年はアナと夫しか知らないことも多く知っていた。果たして男の子は夫の生まれかわりなのか、それとも。。。

後味の悪い結末はミステリアスとは呼ばない!  
 話の出来が中途半端だ。
肝心の男の子の素性の説明が、複雑で分からない。
同じアパートに住んでいることになっているようだが、最初のビルの管理人との関係が話を混乱させる。
一体どこに住んでいるのか、少年の過去はどうだったのか、どうして手紙を隠す女をつけていったりするのか、このあたりの説明が不足しているために、 前半で寝ている人も多い。

 観ている人に「どうして、どうして」と思わせる映画監督:ジョナサン・グレイザーは残念ながら未熟である。
観客が画面に自然と溶け込めるように持っていく技術が無かった。

 ニコール・キッドマンの少年に対する女性としての対応と、母性愛の表現の上手さはあるが、単調な音楽と面白くない場面の切り替えでは、いくらニコールがショート・ヘヤーで眼を充血させる演技をしても、カバーできない。

 ニコールの特別なファンで無くてもアナが婚約者に復縁を願って、跪き手にキッスをするシーンは余りにも屈辱的なシーンであり、完全な女性蔑視で、そこまで演出が必要かと反感があるだろう。
 
 本当に「生まれかわりか」それとも少年の「思い込みか」 、どうでもいい結論には、係わることも面倒な作品だった。
勝手にしてくれってところだ。


ご参考までに;ニコールがさえない「奥様は魔女」。

  イルマーレ

あらすじ:2006年、シカゴの郊外の湖にある家から引っ越すことになった多忙な女医;ケイト・フォスター(サンドラ・ブロック)は、次の住人になにかあれば転送を依頼した手紙を郵便受けに入れた。その手紙は、新しい住人、建築家のアレックス・ワイラー(キアヌ・リーブス)が受け取ったが、それは2年前の2004年だった。時間を越えた二人の手紙の交換が始まり、互いの接点が徐々に生まれてくる。同じ街角、同じ場所を違う時空で感じる二人は激しい愛の世界に入って行く。そして、2006年にレストラン「イルマーレ」で会うことを約束する。果たして二人は会う事ができるのか。。。

女:見終わっても、さわやかな感じでいられるわね!
男:タイム・スリップの「恋愛物」は、また不都合なところを、強引にくっ付けているかと心配したけど、そんなことは感じさせないできだね。
女:ちょとだけ、不思議な経験と思わせるこの2年間の時間差が微妙なのね。
男:そうだね。工事中のアパートの前に木を植えたり、共に同じ犬を飼ったりすることができる時間としての2年の設定が上手いね。
女:でも、今の世界にうんざりして、分からない明日の出会いに夢をもつってのは、よくあることよ。
男:そのあたりの、二人が現在に飽きている状況の説明は、病院での喧騒や著名な建築家の父など親子関係を簡潔に纏めていると思うよ。
  特に、二人の結びつきの題材を「手紙」にしたのは、いいね。
女:互いに相手の顔が分からないので、会うまでの気持ちが高まるわね。
男:そして、一人は過去の時代で必死に将来の愛のために努力する描き方が、しっかりしているから観ていられる。
女:レストランでは、当然二人は食事ができるとおもったでしょう?
男:そうなんだよ。これで、ハッピー・エンドかと思っていたら、アレックスは来ない。
女:ケイトがフォークなんかに触っていたでしょう。
  私は、フォークがいつの間にか動いて、そう「ゴースト/ニューヨークの幻」みたいになるのかとおもっちゃった。
男:ここが最高の山場ってところで、観客を逆の方向に引っ張っていくのは、憎い話だったね。
女:音楽の入れ方もびったしね。
男:元ビートルズのポール・マッカートニーの「This Never Happened Before」とキャロル・キングの「It's Too Late」だね。
  懐かしい曲だけど、いいタイミングで流れたね。
  印象に残る映画は、音楽と共にあるね。

女:オリジナルの韓国版もこの映画の影響でまた観る人が多くなりそうね。
男:確かに、韓国版を元にしている影響でこの映画もハリウッドの強引な愛情と少し違う表現になったのが分かるね。
女:知ってた? サンドラ・ブロックとキアヌ・リーブスのコンビは「スピード」以来のようよ。
男:なんと、もう12年前なんだね。それ以来共演が無かったのが不思議だね。
  この映画のサンドラは、ちょっとばかりふっくらしていて、いい表情をしていて好きだね。

女:あれっ、太っている女性がすきなの?
男:イヤッ、少しだけ、ぽっちゃりで。。。

ご参考までにタイム・スリップの恋愛は;ニューヨークの恋人

  出口のない海

あらすじ:日本の敗戦が濃くなってきた頃、東京六大学野球でエースを務める並木(市川海老蔵)やオリンピックを目指す陸上選手;北(伊勢谷友介)ら学生も海軍に志願し、特攻兵器;回天に乗る事になった。人間魚雷である回天は一度発射されれば、生きて戻ることはない。しかし、構造が複雑で故障も多く、中途半端な気持ちで潜水艦で敵艦を待つ。恋人(上野樹理)や両親(三浦友和、古手川裕子)そして日本のために自分の命を犠牲にする並木に潜水艦長(香川照之)の出撃命令がついに下る。。。

戦争は許されないことだともっと明確に批判して欲しい!  
 言い尽くされたことだけど、普通の生活で一人を殺しても殺人罪で訴えられる。
しかし、戦争と名前を変えれば、敵を多く殺せば殺すほど「英雄」とあがめられる。
こんな、異常な状況を言い換える国家によるテロである「戦争」は決して許してはいけない。

 敗戦後、60年以上が経ち、この敗戦の月;8月になると、第2次世界大戦にちなんだ映画が公開され、テレビ番組も放映されるが、近頃の内容には、戦争が止むを得ない物であり、若者たちが家族、恋人を守るために散っていったと、美化されていると私には映る。

 国家と言う名目で、あの時代の政治家や上級軍人のつまらない意地や面子のために、避ければ避けられた戦争のために、多くの兵士や何も知らない国民が死ななくてもいいのに、死んでいったことを忘れないで欲しい。
また負けている戦争をいつまでも認めず、神風特攻機や回天など100%確実に死にいたる卑劣な手段を命令した責任が、戦争を指揮した人たちにはある。

 山田洋次も脚本に加わっているのに、この部分の戦争の批判がないのは、まったく残念すぎる。

 戦争を通じて経験した、悲惨な空襲や原爆の被害などもう二度と「戦争はしない」とこりた筈が、多くの事柄を忘れてきている。
敵を攻撃すれば、人殺しであり、次には、敵から仕返しをうけ、自分の肉親も犠牲になることを考えて欲しい。

 作品の出来としては、戦時下にもかかわらず、のんびりと野球をやっている感想で、緊迫感がない。
戦争でもそれなりの青春はあっただろうけど、この際、恋人は出さないで、野球一筋、男の友情に絞った方が訴えたか。
市川海老蔵のさわやかさはあるけど、「回天」の操縦ミスで終わっては、肩透かしであった。

ご参考までに;上野樹理がみんなと活躍していた「スウィングガールズ」。

  スーパーマン・リターンズ

あらすじ:クリプトン星からやってきて、地球の悪事を片付けていた、鋼鉄の体を持ち無敵の男「スーパーマン」(ブランドン・ラウス)が5年間の失踪から戻ってきた。また古巣の新聞記者クラーク・ケントとして勤めながら正義のために日夜活躍していたが、以前スーパーマンを慕っていた記者仲間のロイス・レイン(ケイト・ボスワース)はもう男の子の母親であった。そんな時、悪人レックス・ルーサー(ケビン・スペイシー)が刑務所からでてきて、巨大な力により「新大陸」を創造しようとしていた。しかし、「新大陸」の出現によって数億人に被害が及ぶ。スーパーマンの弱点も知っているルーサーの邪悪な計画をスーパーマンは阻止できるか。。。

宇宙的な規模であきてしまった!  
 で出しのジョン・ウイリアムズ作曲のメイン・タイトルが懐かしい。
どこか、「スター・ウォーズ」を思わせる世界でもあるが、宇宙的な広がりは充分予感させる。
18年ぶりの「スーパーマン」が帰ってきた。

 冒頭の飛行機事故での救出シーンもお金をかけたCGで見させる。
スーパーマンの「Sマーク」が立体的になっている。
以前の恋人に子供ができている。これは、新しい展開があるのか?

でも、ストーリーは、土地がからみ、窮地を悪人の恋人によって助けられるのでは、「おいおい、これは今までの話の置き換えじゃないか」だった。
折角、「子供」という新材料を設定したのに、最後に少しだけしか使わないのはもったいない。
多くの人が、多分「スーパーマンの子供」と予想できているのだから、この子供にもっとスポット・ライトを当てても良かった。

物足りないのは、スーパーマンとロイスの愛の表現が空中遊泳でも充分に描ききれなかったことだ。
何も知らない善人の夫の存在も二人の愛を「不倫」にしてしまい後味が悪い。

新大陸が創造される過程も時間をとりすぎで、 迫力が全然ないまま増殖している。

新人のブランドン・ラウスは過去の主役:クリストファー・リーブに似ているが、それだけでは観客は呼べない。

ご参考までに;クラーク・ケントからスーパーマンへの変身の着替えは電話ボックスからエレベーター内になりました。


  UDON(うどん)

あらすじ:香川県(讃岐)でうどんを作っている松井製麺所(木場勝己)の息子:香助(ユースケ・サンタマリア)は世界に通用する笑いの芸人を目指し、父親と喧嘩をしてニューヨークで修行していたが、全然受けず借金を抱えて、故郷へ戻ってきた。友人(トータス松本)の紹介で就職したタウン誌で「讃岐うどん」を同僚の恭子(小西真奈美)らと取り上げると斬新な企画が全国的に評判となる。しかし、反発していた父が突然亡くなり松井製麺所の味が消える。笑い芸人の未練もある香助が向かう未来は。。。

いい人ばかりでは、うどんも薄味だ!  
 一体なにを言いたいのか監督:本広克行の意図が明確になっていない。
笑わせたいのか? 家族の愛の深さを示したいのか? 男女の愛か? 職人のこだわりか? それとも、食か?
素朴な讃岐の人たちが「うどん」ブームに流されてしまった事を言いたいのか?

 取り上げるテーマが多すぎたようだ。
もう少し、焦点を絞ればよかった。
「フーテンの寅」のように、人情の中の笑いを作り上げる事は、そう簡単にはできないってことだ。

 途中で出てくる「キャプテン・ウドン」のシーンにしても、挿入が中途半端で何でここで、この話が必要なのか疑問だった。
うどんの味にこだわってきた父親の技が、数日にして再現されては、死んだ父親の数十年は余りにも虚しい。

 うどんのクイズ大会や演奏会は、まったく余分なシーンである。
それ以上に、テレビでブームを分析するシーンは、完全に話の流れと結びつかない。テレビ局が製作者に入っている為の宣伝だ。止めて欲しい。

 友人、姉、父親、同僚など皆んないい人ばかりでは、お腹の底から笑えない。


やっぱり不調だったユースケ・サンタマリアの;「交渉人 真下正義」
小西真奈美が良かった;「阿弥陀堂だより

ご参考までに;讃岐は私の故郷ですが、残念ながら私は瀬戸内海の島育ちのため、「讃岐うどん」とは馴染みがない。でも、かなり懐かしさを持って観ました。


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