2006年 5月の映画・演劇 評論

2006年

  ダ・ヴィンチ・コード

あらすじ:フランスにあるルーヴル美術館の館長:ジャック(ジャン・ピエール・マリエル)が何者かに銃で殺害される。彼は死に臨んでダ・ヴィンチの「ウィトルウィウス的人体図」とそっくりな裸で横たわり、暗号メッセージを残した。この暗号を解くためハーバード大学で宗教上のシンボルを研究しているロバート・ラングドン(トム・ハンクス)が呼ばれる。しかし、ロバートはこの殺人事件の容疑者でもあった。フランス警察から派遣された暗号解読官であり、館長の孫娘のソフィー・ヌヴー(オドレイ・トトウ)と共にジャックが残した暗号を解いていくと、鍵はモナ・リザの絵を始めとして、「レオナルド・ダ・ヴィンチ」にあるようだ。しかし、そこには、2000年に渡るキリスト教の秘密も秘められていた。警部(ジャン・レノ)と教会の追跡がロバートとソフィーに迫る。。。

悪役の方が印象に残る映画だ!  
 正統とされるキリスト教の歴史観と教義に対抗し、異なったキリスト説をミステリーにし、中世の天才「レオナルド・ダ・ヴィンチ」も絡めるとこうなるということか。
イエス・キリストの最後の晩餐にさかのぼり、売春婦であった「マグダラのマリア」とキリストが夫婦であり、現在もそのキリストの末裔がいるというのだから、これは既存のキリスト教会からは、神に対する冒涜といわれても仕方がないだろう。

 組織と権益を必死に守る教会勢力と対立する存在があると言う物語の発想は壮大で面白い。
でも、映画の出来としてみたときは、かなり物足りない。
それは、 2000年に及ぶキリスト教の裏の世界をめぐる謎(コード)が、簡単に解き明かされ過ぎるからだ。
そう、観ている人が謎解きに参加しない内に、次から次へと起きる謎が、勝手に解決されてしまう悔しさがある。
少しは、観客も謎解きに加えて欲しかった。
映画の進行と一緒になり、 あれこれと考えさせられ、ハラハラしたいのに、この映画では、観客は単に外から見物しているだけである。
あれよ、あれよと言う間に、画面の方だけで、片付けられ、謎になっていなかった。
これは、脚本の拙さであるが、主演のトム・ハンクスとオドレイ・トトウの会話と演技が上手くかみ合っていないせいでもある。
二人の目線が、一つに向かっていない。
特にフランス人のオドレイは慣れない英語を話すためにか、いつも一本調子の演技となっている。
また、警部役のジャン・レノも充分に活躍の場がない扱われ方である。
こんなときには、いつも悪役の方が目だって得をする。殺人修道僧を演じたポール・ベタニーだ。他の主演者を抑えて良い役を演じた。

大掛かりな、宣伝についつい乗って観てしまった。残念! (でも、話題性はそれなりに充分にある?)

参考までに: オドレイ・トトウが活きていた、「アメリ、「堕天使のパスポート
        トム・ハンクスが出ている、「ターミナル

  ブロークン・フラワーズ

あらすじ:若い頃は、女たらしのドン・ファンとして評判だったドン・ジョンストン(ビル・マーレイ)も今ではだらしなく、昔の面影のない、さえない独身のオジサンだった。財産はコンピューターで儲けてそこそこある。そんな彼の家のポストに、以前付き合っていたと思われる彼女の一人から、19歳になる息子がいるとピンクの手紙がくる。しかし、差出人の名前も住所も書いていない。お節介な隣人にそそのかされて、思い当たる昔の女性たちを花を持って訪ねるが。。。

つきあって別れた女性の対応が面白い!  
 どうみても、若い頃から女性に、そんなに持てたとは思えないビル・マーレイを主役に起用した遊び心が憎い。
  昔し別れた恋人を訪ねるという設定は、「黒革の手帖」ではなくて「舞踏会の手帖」を思い出させる。(何と古い思い出か!)
こちらは、フランス映画で、女性が社交界にデビューした20年前の頃の男性たちを手帖を頼りに訪れていく筋書きであったとおぼろげに、記憶しているが。

 多くの人たちにとって、昔の思い出は、そのときには辛くても、月日を経れば、甘く懐かしいものとなっている。
まして、一度は愛した人の「今」がどうなっているのかは、非常に興味があり、暇があれば何とか知りたい対象である。
 でも、それは、もう過ぎてしまった事を蒸し返すことであり、やってはいけない事であることも分かっている。でもやってしまったら、どうなるか。

 昔の彼が急に訪ねてきたら、懐かしく迎えてくれるタイプ、困惑する主婦、怒る場合など、「そう、そうだろぅね」って思わず、自分の人生での付き合いがあった女性たち(数少ないですけど)の記憶と重ねてしまった。
 このあたりの演出がジム・ジャームッシュのうまいところだ。
ビル・マーレイのとぼけた感じと、シャロン・ストーンや戸惑う主婦のフランセス・コンロイなど元彼女たちの演技もいい。
結論をださない話しにしたのも、過去を振りかえっても仕方ないことと、納得できる。
今と将来を我々は生きているのだから。

 思い出は、思い出として閉まっておき、生きるためには情熱的な「恋愛」が必要だ!

  グッドナイト&グッドラック

あらすじ:第二次世界大戦が終わり、ソ連の共産主義がアメリカでも浸透してきだした1953年ごろ。マッカーシー上院議員の提案による共産党員の公職追放(赤狩り)が大きくなり、共産党とは関係のない人々も軍隊から追放され、またマスコミや映画などの業界にも赤狩りは広がっていった。政府からの報復を恐れ見て見ぬふりをするマスコミ界においてCBSテレビのニュース・キャスター、エド・マロー(デヴィッド・ストラザーン)とプロデューサーのフレッド(ジョージ・クルーニー)を中心とするグループが不当な弾圧として対抗番組を流す。スポンサーが降り、経営陣からも反対されるなか番組はどうなるのか。。。

煙草のけむりが蔓延する中で、ジャーナリストの情熱が政府に対抗する!  
 俳優のジョージ・クルーニーが監督・脚本・主演している作品だ。(こので出しは、2006年「4月号」の津川雅彦監督の「寝ずの番」と似ている?)
俳優も、長くやっていると、他の人に言われて演じることから脱して、自分自身で好きなことをしたくなり、監督になるのは、洋の東西を通じて同じ気持ちのようだ。

 確かに、現在の日本のテレビ番組を見ても、娯楽と食べ物の番組ばかりで、切れ味の鋭い報道はない。
また、反体制やジャーナリズムと言う言葉も段々と「死語」になって行く様だが、それは世界の情勢が変化している過程であり止むを得ない流れと受けとめている。
特に情報が、今までのように新聞やテレビなど特定の媒体からのみ得られた時代から、インターネットを介して入手できる時代になると、自分での情報判断が求められ、行動が必要になる。
そのためには、ネットを一部の人間に管理されないようにすることが肝心である。

 話しを映画に戻そう。
1950年代を意識して、全編白黒の画面は、時代を表すのには成功したが、字幕が見づらくて困る。
難しい英語も出てくるので字幕の出し方にもっと注意してくれないと、話しが分かりにくい。
さらに、マッカーシーの発言は古い実存のフィルムから取っているようで限られているため、「赤狩り」のすごさが、これでは充分にでていない。
バックグラウンドとしてもっと「赤狩り」の被害者の存在がでていれば、日本の観客も理解しやすい。
 デヴィッド・ストラザーンとジョージ・クルニーの演技もいいしカメラワークも上手い。当時のテレビ局の報道にかける情熱も現われている。
だけど、問題は、タバコの扱い方。
当時のマスコミ関係者では「煙草」は必須の物であり、デヴッド・ストラザーンも「タバコ」のすい方が似合うと思うが、こんなに画面一杯に「タバコ」の煙が広がると、スクリーンの向こうから臭いとけむりがこちら側にたちこめてくるようだ。
嫌煙家の私としては、大いに気になる場面ばかりである。
 「現代のジャーナリストよ、何とかしろ」と言うジョージ・クルーニーの主張は分かるが、もうジャーナリストの精神など希薄な今の時代では、かなり地味な内容になった。残念!

ご参考までに;ジョージ・クルーニーが出ている「シリアナ」

 Limit Of Love 海猿(ウミザル)

あらすじ:海上保安庁の潜水士となって2年、仙崎大輔(伊藤英明)は鹿児島を中心に海難事故の救助にあたっていた。しかし、先日の飛行機事故では人命救助ができなかった。それが原因で遠距離恋愛をしている環菜(加藤あい)との結婚に躊躇していた。そんな折、鹿児島湾で大型フェリーが座礁した。600名以上の乗客と200台近くの車を載せたフェリーが沈没を始める。仲間の吉岡(佐藤隆太)らと救助に向かった仙崎は乗客と共に船内に閉じ込められる。爆発も起こる。時間がない。仙崎の命は。。。

女:起きる所で起きる危機。救われる所で救われる人々ってことね!
男:まったく、その通りだね。
女:前作では、余りの不出来で、もうパート2は観ないって言ってたんじゃなかったの?
男:うん、でも4月末から5月の映画館の上映はお子様映画ばかりで、他に観る物もなく、つい入ったってことだね。
女:その「つい」が結局つまらなかったわね。
男:そうだね。脚本の段階でもっと、話しを煮詰めてから映画にすべきだね。
女:そうよ。ホテルの部屋で鍵がなくて戻れない場面から始まって、続く場面も何も意外性が無いのが大きな特徴ね。
男:妊娠中の女性従業員、足を怪我する自分中心の男性乗客など、ハンディキャップを持った人物設定も全然危機感を煽ってくれないね。
女:間が抜けた感じは、災害対策本部での、余りにも都合のいい対応にあるわね。
  場所が分かる配管図面がちゃんとあったり、フェリーの管理情報がオンラインで本部のモニターに繋がっているなんていくらなんでも、無理があるわ。
男:一難去ってまた一難って所のつなぎが間延びしているってことだなぁ。
  予想通りにそろそろ次の災難が起きる頃だと思っているとちゃんと起きてくれる。
女:そんな、予想は当たって欲しくないでしょう。
  何が起こるのか分からないから、ワクワクして観られるのよ。
  それも、大規模な危機じゃないと面白くないわ。
男:単に音やセリフだけでは、危機感は出せなかったって訳だ。
   コンピューター・グラフィックのテクニックがフェリーの沈没だけに力を入れて、他の場面を作りきれなかったか。
女:最大の問題は、違和感ね。
男:それは、どこ?
女:時間も無くて、死が迫っているのに、長々と愛の告白をしている場面ね。
  いくら、作り物としても、こんなに時間をかけるなら、脱出に精を出してよって突っ込みをいれたくなったわ。
  これも、最後には助かると言う設定が読めていたから、なおさら間延びした感じになっているのよ。
男:それは、女優としての「加藤あい」の演技がへたってこと?
女:それもあるわね。
男:君はいつも、”若い女性”には手厳しいね。
女:なにかいった?
男:いや、何も。。。

ご参考までに;面白くなかった「海猿(T)」


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