2006年 2月の映画・演劇 評論

2006年

 クラッシュ

あらすじ:ロサンゼルス。白人、黒人、アジア人そしてアラブの人々など多くの人種が暮らす街。自動車の追突事故(クラッシュ)があり、現場に向かったグラハム刑事(ドン・チードル)は現場で事故とは別の射殺体を発見する。それは自動車泥棒をしていた弟だった。どうして弟は殺されたのか?この事故に連鎖して浮かび上がる各々の人種が持つ偏見、差別。憎しみと愛を持った人間の関係。悪事と出世と妥協。好意が産む誤解。人との接触が薄い大都会において、人の繋がりは些細な事故から始まる。。。

基本の人種差別を宣伝でも取り上げるべきだ!
 監督:脚本のポール・ハギスがいいたいのは、チラシにあるような曖昧な「ヒューマン・ドラマ」では無いはずだ。
アメリカ社会が、依然として抱えている白人対黒人の人種差別に始まり、現在はアジア人やアラブ人までに広がっている差別と偏見と誤解や思い込み。
また、 危険とは分かっていながら誰でもが自己を守るためには、所有しなければならなくなった「銃」。

 同じ民族が暮らし、ほぼ同じ意識を持つ日本では互いに「まあ、まあ」の感覚で許される行為が、誤解と偏見で「嫌悪と罪」になるアメリカ社会。
そして、問題を簡単に解決する手段として多用される「銃」。
 一度だけの出会いでは互いに分かり合えないけど、二度三度と話しあえば、人間は友達になれる可能性を持つ生き物なのだ。
相手を殺してしまえば、この解決が無くて終わってしまい、後にはまた「復讐の連鎖」も残る。
 
 とげとげしくなっている都会の生活、他人との交渉を持たなくなってきた個人の生き方。
これは、日本でも同じで、もっと互いの「会話の必要性」の重大さを感じた映画だった。

  でも、作品的には、検事の妻(サンドラ・ブロック)の扱い、人を殺してしまった若い巡査のその後などが未消化で、多くのトピックスを出しすぎだ。
もっと絡み合う人たちを整理すべき。

 唯一、ほっとしたのが、銃弾を防ぐ「天使のマント」の結末だった。

 屋根の上のヴァイオリン弾き (ミュージカル 日生劇場)

あらすじ:1900年代始めの帝政ロシアの寒村:アナテフカに住むユダヤ人のテヴィエ(市村正親)は敬虔なユダヤ教徒で酪農を営む。しっかり者の妻のゴールデ(浅茅陽子)と5人の娘の貧しいけれど今まで守られてきた「しきたり」を基に清い生活を送っていた。しかし、年頃の長女:ツァイテル(匠ひびき)は結婚相手は親が決めるという「しきたり」に反して、相思相愛の貧しい仕立て屋と結婚させてくれという。娘の幸せを願う親心から「しきたり」を破り結婚を認める。こんどは、次女のホーデル(剣持たまき)が革命家と恋に落ちシベリアに向かう。微妙なバランスによって守られてきたユダヤの民にロシア政府は立ち退き命令を出す。ユダヤ人の「約束の土地」はどこにあるのか。。。

回を重ねた安定感が何度観ても飽きさせない!
 もう、今となっては、日本ミュージカルの古典ともいえる作品だ。
私が最初に観たのは、ハリウッド映画の方で、今でもサウンドトラックのレコードを持っていて、何度も聞き続けたものだ。
2枚組みのそのレコードの製作年度は1971年とある。
 長女の結婚式で歌われる切なさをもった「サンライズ・サンセット」。ロシヤ人と結婚した三女チャヴァを思って歌われる「チャヴァ・バレー・シークエンス」など、今回もまた感動が走る。
また、頭にボトルを乗せた踊りも変らず、青春時代に観た驚きの記憶を呼び覚ます。

 最初にテヴィエを演じた森繁久弥の舞台も2回観て、多分上條恒彦のも観ていると思う。さらに、西田敏行が演じたテヴィエは良く覚えている。
森繁がかなり自分流に作り上げた「ピーチク、パーチク」などのアドリブと親しみやすい演技を、上條も西田も踏襲し、また今回の市村も引き継いでいる。
 良い物を引き継ぐことは、何も悪いことではない。
歌舞伎の世界、落語の世界など先人が築き上げた優れた作品を後世に伝えて行くことも、現代に生きる我々の責任である。
 新しく市村正親という後継者を得て、この名作がまだまだ上演を続けていけることは、非常に嬉しい。

  「屋根の上のヴァイオリン弾き」がもつ古くて新しい問題、流浪の民ユダヤ人の問題のほかに、子供はいつかは親の手を離れ、独立して行くが重要なのは「家族愛」という主題は何時観ても、カーテン・コールが鳴り止まない。

少し欲を言わせて貰えば、司祭と母親役のゴールデが、今までの配役による演技より弱いかな。

  ミュンヘン

あらすじ:1972年9月、ドイツはミュンヘン・オリンピックの最中。イスラエルの選手団がパレスチナゲリラ「黒い九月」の人質にとられ、イスラエルの刑務所にいるパレスチナの政治犯との交換が要求された。しかし、交換は上手くいかず、イスラエルの選手たちは全員殺される。このやり方に報復を決意したイスラエルはパレスチナのテロ組織の暗殺チームを組織し今まで人を殺したこともないアヴナー(エリック・バナ)をりーダーに他に4人の暗殺団を派遣する。「黒い九月」のメンバーを一人一人探し出し、暗殺するが自分たちも狙われる。殺し方もエスカレートし関係のない市民も巻き添えになる。また、1人殺しても、すぐに後任者が現われる組織との戦い。アメリカのCIA,ソ連のKBGなども絡む。終わりのない戦いは、続く。。。

女:戦後60年たっても解決できない戦いをどうしたいの?
男:元々、イスラエルとパレスチナの紛争は、第2次世界大戦で、イギリスとアメリカが裕福なユダヤ人の戦争での資金の協力を得るために、ユダヤ人の新しい国家を作ると約束し、戦争で勝った結果、それまではパレスチナ人が住んでいた、テレアビブを中心とした土地にユダヤ人の国家を強引に作り、世界のユダヤ人を移らせ、元のパレスチナ人を追い出したために起きているんだ。
女:それでは、前から住んでいた人が行き場所が無くて、怒るのは当然ね。
男:それと、宗教の問題も絡んで、こんなに長い間紛争が続き、血と血とで対決することの虚しさは、互いの人民も分かってはいるけど、もう後には引けない状況に陥っている。
女:そんな、背景が監督:スピルバーグにこの映画を作らせたの?
男:スピルバーグにしても、政治的には世界中が何とか、イスラエルとパレスチナの紛争、またその付近の中東の問題を解決する努力をしているが、結果として平和は来ていない。
  では、どうすればいいのか、分からないけど、世界に何とか終わりの見えない紛争の虚しさを訴えたかったのはわかるね。
  また、最近は、紛争も大きくなりそうで、原子爆弾の製造に関して、中東もアメリカに対抗して持つことの必要性を考えている。
女:アメリカが世界の警察になる事を恐れているのね。
男:イスラム教とキリスト教の対立もあるからね。
女:確かにアメリカの巨大な軍事力は、世界を自分の国に従わせることができるわね。
男:でも、話し合いでの解決でなければ、どこかでテロが起き、この映画のように、1人を殺してもすぐ次の後継者が任命され、終わりがない。
  また 一個人として殺人は「罪」であると教えられていた意識が、国家のため宗教のためとなると「罪の意識」が麻痺して、次の殺人を正当化し、段々とエスカレートする怖さ。
  人間と集団との絡みも見事に、指摘しているね。
女:何万年たっても、人類もまだまだ、相手を叩き潰すという闘争心を動物と同じように持った生き物なのね。
男:地球は1つ。国境の無い世界。実現は不可能なのかな。

女:今日の貴方は随分と真面目ね!
男:実は、年末から顔面の右半分が「帯状疱疹ーヘルペス」に罹り、もう40日以上も、耳の奥がズキンズキンと痛くて、余り集中力も無いんだ。
女:でも、この評論は、無理してやっているのね。
男:病気をしたことも無く、元気だけがとりえのような生活だったけど、ここらで、もう一度人生を考え直すよ。
女:それは、また遊びの世界に戻るって事でしょ。
男:イヤー、そこまでは。。。


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