2005年 6月号 映画・演劇 評論

2005年


最後の恋のはじめ方

あらすじ:場所はニューヨーク。恋のきっかけがうまくつかまえなれない男達にきっかけを教える、女心を知り尽くしたデート・コンサルタントのヒッチ(ウイル・スミス)は口コミでかなりの収入を得ていた。そんな彼も偶然に知り合った、男に興味がないゴシップ紙の記者サラ(エヴァ・メンデス)との付き合いでは苦労していた。他の男達のデートは彼が書いた筋書きの通りに進むが自分の恋では予想外になるのだ。どうやら最後になりそうなヒッチの恋の行方は。。。

平凡に、でも気軽に楽しめる!
 恋の手ほどきも、他人には簡単にできるが、自分の恋愛は制御できないと設定はよくあることで単純。
男よりも仕事中心の女と、女性には詳しい男。でも恋愛は正しく「筋書きのない物語」。思い通りには進まない。
だから人生は面白い。

 そんなの皆んなわかっているさぁってことで、ポップコーンを片手に観るといい作品です。
世の中に男と女がいれば、どこでも恋愛は始まる。また終わる。思い違い、思い入れ、知らないから良い方に誤解する。
だから、男女は結びつく。
 でも、男は女心を掴む為に努力をしているのです。
男がエリス島の移民の記録まで調べるこの苦労を女性はわかって欲しい。

でも、どうしてか、ニューヨークで働く男女はいいアパートに住んでいる。

ザ・リング2

あらすじ:その呪いのビデオを見たものは7日後に必ず死ね。しかし、何とかビデオを見た息子を救ったレイチェル(ナオミ・ワッツ)はオレゴン州に引っ越してきた。だが忌まわしいビデオも息子を追って来た。高校生が恐怖に怯えた異様な表情で死んだのだ。進化した「少女の呪い」は息子に取りつこうとしている。霊はあの井戸から来ている。愛する息子はどうすれば救えるのか。。。

恐怖が夢の中だけでは半減する!
 日本の「リング」をアメリカでリメイクして当てた「ザ・リング」の続編です。
日本人の監督:中田秀夫が、日本の「リング2」とは異なった形で、アメリカ版の「ザ・リング2」を作った。
今度のキーワードは「水」です。

 リングのお約束の「ビデオを見たものは7日後に必ず死ね」が脇にいってしまった。
かなり強引な話の展開だ。
同僚の男性の死に方、精神病院に入っている少女の母親の存在などがうまく説明されていない。
 今では殆どの家庭にあるテレビとビデオという日常性に恐怖も潜んでいるという、アイデアの面白さが色褪せてしまった。
母親と息子の愛情関係も弱い。
恐ろしさが夢の中の想像での話では、折角現実の日常性に存在している「恐怖」も他所の世界のものとなり、持続しない。
また、少女が成仏しない結末は、「THE RING3」まで引っ張ろうとしてるのだろうか?
もう、この連鎖(リング)は閉じていい。

ご参考までに;ザ・リング

近頃は、ビデオからDVDに記録と再生媒体が変ったのも迫力の無くなった原因か?

ミリオンダラー・ベイビー

あらすじ:ボクシング・ジムを経営するフランキー(クリント・イーストウッド)はトレイナーでもあり、ボクサーを大切に育てているが、それがチャンピオンを目指すボクサーには不満で、別のジムに移られてしまう。そんな時、30歳を超えたマギー(ヒラリー・スワンク)がボクシングを教えてくれとジムに入ってくる。女性で高齢のボクサーの養成はフランキーにとってやる気のないことだった。しかし、貧しさに耐え家族の愛に飢えているマギーの姿はフランキーと絶縁状態にある娘と重なる。熱意にほだされボクシングを教えるとマギーは急激に上達してきた。しかし、「100万ドル」のファイトマネーが懸かった試合でマギーは反則を受けて全身不随の身に。二人が選んだ道は。。。

女:顔のシワも見事に活かされているわね!
男:どういうこと?
女:クリント・イーストウッドやジムの雑用をやっているモーガン・フリーマンの年代でなければ、絶対にできない演技ということよ。
男:そういうことか。でもその二人に、ヒラリー・スワンクが輪をかけて盛り上げていない?
女:確かに三人が主役だけど、ジムに居る練習生やマギーの家族も出番は少ないけどチャンといい仕事をしているのね。
男:そうなんだね。いい作品と評価されるには、キャストだけでなく、カメラ・ワークや音楽なども含めた全体の、そう総合の仕上がりによるわけだからね。
女:そうよ。それね。クリント・イーストウッドが悩む時のライトの当て方、それがシワの演技を誘い出しているのね。
男:夜の路上のシーンが必要なら、その場面で撮影し、ボクシングの試合会場も病院も手を抜かないで用意する。この丁寧さが必要なんだね。
女:でも、その分お金がかかるのよ。
男:手を抜いてヒットしないより、この映画のように、全世界での興行収入が入れば、何も問題ないよ。
女:でも、重たい話だったわね。
男:単純に苦労した女性ボクサーの出世の話かと思っていたら、尊厳死が出てくるのだからね。
女:娘から見放された孤独な老人と家族からの愛のない女性。共に寄り添う魂ね。
男:殆ど毎日ミサに通うが、どこか神に不信感を持っているフランキーを介して自殺を禁止しているキリスト教に問題を提起しているのかな。
女:そんなに強く抵抗はしていないわよ。
  最後に、どこかでフランキーは生きているような設定だし。
男:そうだね。もう一つの選択肢として、フランキーも自殺するって手もあったからね。
女:それにしても、貧しさの中からやっと手に入れたお金。それを家族のために使おうとしたら、喜ばれないし、死を目前にして今度は財産を譲れっていわれれば、誰だって怒るわよ。
男:残され生きてゆく者のサガが出るんだね。結局死ぬときは孤独だけがあるんだね。
女:何を弱気なことを言ってるのよ!
  まだ、まだ先は長いのよ。楽しい人生が続くのよ。
男:確かにきみの人生は長そうだね。でも俺のは。。。
女:なんか言った?
男:イヤッ、何も。。。。

実は、この映画は、かなり前に観ていました。4月号に載せた「海を飛ぶ夢」に続けて観たのです。
共に深刻に「尊厳死」を題材としていたため、気分が纏まらずにいました。
人間が身体の自由がきかなくても生きている価値があるのか。
「死」を選ぶことは簡単です。 でも、自分の意思で「死」が実行できないときに、周囲の人に残された行為は許されるのか。
法律論としては、答えがでても、私には結論が出ません。

ご参考までに尊厳死で感動した;「海を飛ぶ夢」 

ラ・マンチャの男(帝国劇場)

あらすじ:16世紀の終り頃。スペインはセビリアの地下牢にセルバンテス(松本幸四郎)が従僕(佐藤輝)と共に教会を侮辱した罪で入れられてきた。刺激に飢えていた、他の囚人たちは牢名主(上條恒彦)を裁判長に見立てセルバンテスの裁判をする。そこでセルバンテスがくりひろげる即興劇は「見果てぬ夢」を追う遍歴の騎士・ドン・キホーテの物語だった。他の人から見ればただの風車も4本の腕をもった巨人になり、旅籠も立派な城と変えるキホーテの感覚。あばずれ女(松たか子)も美しき姫になる。夢と現実の狭間に漂う物語の結末は。。。

期待が大きく裏切られる!
 松本幸四郎が襲名前の市川染五郎の時代からやってきたミュージカルです。
本場のブロードウエイでも主題曲「見果てぬ夢」と共にヒットしたが、もはや過去の栄光か。

 難解と言えば、一部のインテリには高尚な感じとして受ける賛辞かも知れないが、真実は退屈な内容だ。
気違いの老人が訳も無く長々と演じる舞台は、メリハリが乏しく、ミュージカルとしての音楽性も目立たない。
話だけでなく、余りにも、舞台構成が全体として暗すぎる。時には明るく輝くシーンもないと眠たくなる。
(実際、かなりのおばさん達は寝ていたが)
 夢を語るのは誰にでもできる。しかし、あなたは、自分の夢の実現に努力しているか?
もっと、夢を叶えるために、現実と戦いましょうと言われても、「ああ、そうですね」ってところで終わる出来栄えでしかない。
その先の訴えが、観ている人に伝わってこないのだ。
 上演回数の多さから、いい作品かと期待してたが、裏切られてしまった。残念!

でも、松たか子の演技だけが救いでした。
2時間以上の内容を休憩なしに、一気に見せるのもキツイ。途中で休みがあった方がいい。

戦国自衛隊 1549

あらすじ:人工磁場発生装置を秘密で実験していた自衛隊で事故があり、的場1佐(鹿賀丈史)が率いる精鋭部隊が過去にタイム・スリップしてしまった。その後、過去の歴史に干渉したのが原因と思われる空間ホールが各地に発生してきた。戦国時代にトリップした的場が織田信長となって歴史を変えているのだ。このままでは現代は別の形になる。歴史を元に戻すため、磁場の研究官神崎(鈴木京香)や元的場の特殊部隊にいた鹿島(江口洋介)らが1549年にタイム・スリップする。現代に戻ってくる時間は限られている。鹿島たちは歴史を守れるのか。。。

タイム・トラベルは本当に辻褄合わせに苦労する!
 1979年に角川書店が映画に進出して、話題となった半村良原作の「戦国自衛隊」がまた蘇えった。
しかし、私は当時の角川映画の多くは宣伝ばかり先行し内容が乏しく、かなり反発していて、好きでなく観てません。若かったんですね。

 タイム・トラベルの映画を成功させるのは、観ている人が違和感を持たずに、その中に入っていけるかどうかにかかっている。
そのためには、説明の部分を省略してはいけない。
しかし、この映画は、余りにも多くの部分を端折ってしまった。
 何故に、鹿島は辞めた自衛隊に戻る決心をしたのか。どうして、的場は歴史に介在することはいけないことと知りながら織田信長になったのか。
私たちは、歴史を知っている。
織田信長が存在し、木下藤吉郎が豊臣秀吉となり現代に繋がる一連の流れを知っている。
歴史は変っていないのだから、何か変だなと思わせず、楽しく見せて欲しいが、それが出来ていない。
 最後の、城の中にあった破壊マシンが何の苦労も無く、急にヘリコプターの中に運ばれているのは、余りにもヒドイ話だ。
防弾チョッキや時計をした斉藤道三はもっとその前に説明があっていいはず。
 ライターなどの小物も活かされていない。
死んでいくシーンはチャンバラ映画の影響があるけど、戦闘の場面は銃撃なのか、刀中心なのかもっとはっきりさせて欲しい。
荒唐無稽であっても強引な終わり方をせずチャンと隅々まで話を練って作って欲しかった。

でも、七兵衛役の北村一輝と織田信長役の鹿賀丈史は目だっている。よかった。鈴木京香は疲れている。残念!

交渉人 真下正義

あらすじ:警視庁初の犯罪交渉人として、東京:お台場での事件を担当した真下(ユースケ・サンタマリア)はクリスマス・イブに恋人:雪乃(水野美紀)とのコンサート・デートを楽しみにしていた。しかし、遊園地で爆発事件が起き、地下鉄の最新実験車両が姿無き犯人に乗っ取られ暴走する。大規模な爆発装置をどこかに隠している犯人から交渉人として指名された真下と姿無き犯人との駆け引きが始まる。何も知らない都民がクリスマスではしゃいでいる地下では事件が起きている。真下は東京を救えるか。。。

地下と地上が連結していない!
 好評だった「踊る大捜査線」で出てきた脇役:交渉人を引き出して映画を1本作ったって訳だ。
製作のフジテレビは、この他にももう1本「踊る大走査線」からおまけの「容疑者 室井慎次」も製作中のようで、「一粒で2度美味しい」ならぬ「1本で3度美味しい映画制作」をやっている。

 それにしても、事件の緊迫感が伝わってこない。
多くの人が爆破され犠牲になるかもしれないのに、ユースケ・サンタマリアの演技ではテレビ・ゲームの中での動きで留まっている。
また、姿無き犯人から出される「キーワード」が余りにも単純でかつ内容が映画制作者の遊びになっているため、謎解きが面白くない。
いくら、コンピューターのデータベースが優れていても、検索だけで簡単に答えが出すぎだ。
ここは、コンピューターに頼らずに交渉人としての「頭脳と知識」で勝負して欲しかった。
 最新の電車の運行ダイヤ・システムも事故があれば、昔ながらの人間的な「線引き屋」と呼ばれる職人技に頼るという設定は、まあ評価できるが、路線図にない「脇線」の存在は特に秘密でもない。
 SWATなど人数も多く使い、地下鉄内を暴走する実験車両も秘密めいているが、肝心の姿無き犯人が以前死んだ人間であり、また今回も姿不明のまま死んでしまうのでは、後味が悪い。
 消化不良の映画である。


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