2004年 7月号 映画・演劇 評論

ディープ・ブルー

あらすじ:誰も見たことのない世界?を、海を中心に見せてくれる記録映画。
北極熊の母親が餌を求める姿。南極のペンギンが海中からすごいスピードで海上に飛び上がる。シャチに襲われる小鯨。微生物をユーモラスに食べる蟹や深海に棲むアンコウなどが、世界各地で撮影されている。音楽はベルリン・フィルハーモニー管弦楽団。

一部の世界は確かに、見ていなかったが、かなりの部分はもう見た事のある世界だった
 連日暑いので、せめて気分だけでも冷感に浸ろうと思って観る。 でも、同じような考えの人は多くて、映画館は満員に近い状態でした。
人間は地球という星に棲んでいるが、その発生場所である海の生物の生態は、宇宙よりも分かっていない? って宣伝がいうので「じゃ、教えて」という崇高な気持ちで入る。
 でも、以前から海や陸の怪獣に興味がある私にとっては、もう既に知っている弱肉強食(焼肉定食ではありません)の生存競争の世界でした。
 海辺でシャチに狙われるアシカ(オタリア)の赤ん坊。鮫やエイの行動。そしてクラゲにしても、既にNHKテレビで観たシーンです。(これらの撮影ポイントは有名なようで、同じ場所のような気がします。)
気持ちのいいベルリン・フィルの音楽と、人は入っているけど、六本木の映画館は座席も快適でエアコンも涼しく半分寝ながら、半分だけで観ていました。(かなりの人は、完全に寝ていました。)
でも、まるで竜巻のようなイワシの大群が、マグロや海鳥から逃げ惑い、最後に鯨に飲み込まれるところは、みものです。
カメラが近くで撮っているので、ものすごい緊迫感が伝わってきます。
すっかり、休養になった映画でした。

家族のかたち

あらすじ:イギリスはノッティングガム。気の弱いデック(リス・エヴァンス)は恋人のシャーリー(シャーリー・ヘンダーソン)にテレビの番組で結婚を申し込む。しかし、シャーリーは娘と自分をおいて都会に出て行ったジミーがまだ忘れられず、「承諾」しなかった。そのテレビを見ていたジミーがまた戻ってきた。暴力を振るい身勝手なことばかりするジミーだけど、シャーリーの心は揺れる。でも娘はデックの方が好きだった。デックよ頑張れ!

主体性がない大人は観ていてもイライラするばかり
 優しいけど、今ひとつ男らしさが無いのが、女性には不満だと、いいたいのか?
暴力的でも、オスの香がする方が女性(メス)を惹きつけるといいたいのか?
まったく、描き方が優柔不断では、観ている方が、画面に引き付けられない。
はっきりしない生活は、日常で一般的ではあるけど、映画ではもっと、鋭くメリハリをつけて取り上げてくれないと、感動と共感をもたらせない。
また、踏ん切りをつけらすのが、子供では、大人としての今まで生きてきた経験は、どこに行ったのか?
もっと自信を持って生きろよ!  大人なんだろ! 悩んでさらに悩んでも、自分で自分の人生を探して生きろよ! っと言いたくなる映画でした。

ハリー・ポッターとアズカバンの囚人

あらすじ:嫌な親戚と一緒に暮らすよりは、魔法学校の寄宿舎生活の方が好きになったハリー(ダニエル・ラドクリフ)は、下半身が馬で上体が鳥の怪獣と仲良くなったり、相手を変身させる術や未来を占う術などを勉強している。しかし、アズカバンの刑務所を脱獄した凶悪犯がハリーを狙っているようだ。この凶悪犯はハリーの両親の死とも関係している。エネルギーを奪う凶暴なディメンターも魔法学校の周りを飛び回る。。。

空想の世界を実写化するのは、かなり難しい
 ロンドンを走るバス、怪物の本、忍びの地図、時間の逆戻りなど、様々な短編が入っているが、たわいのない話ばかり。
原作本と共にこの映画シリーズもいつも話題性はあるが、ハリーが成長するほどには、映画としての成長はない。
大人が真面目に観る程には、完成していない。
次に何があるか分からないという、期待感・ワクワク感を上手く醸成してくれていないからだ。
一つ一つの話が、「あぁ、そう」で終わる流れの悪さ。それが、結局は子供映画の段階で止まる。
両親を殺したと思われていた悪人も、最後は、「いい人だったのです。」ではお伽噺の締めくくり「めでたし、めでたし」であり、何も残らない。
 世の中には 「強い悪」も現実に存在している。それに向かい戦うハリーなら、評価もできるかな?

ご参考までにかなり成長した;ロード・オブ・ザ・リング 

喝采(帝国劇場)

あらすじ:古い演出家(左とん平)ともう盛りを過ぎたスター(女優:池畑慎之介)しかいない不人気の女性舞踊団に、30年前に所属していた立花麗子(浜木綿子)が戻ってきた。麗子はアメリカでもミュージカルのトミー賞の候補になったことのある実力派。しかしダンスの上手い璃香(紫吹淳)はあまり舞踊団の生活が好きでない。舞踊団の再建のために奔走する麗子。璃香は仲間になれるのか? スポンサーは見つかるのか?

和服の浜木綿子とブロードウエイは、やっぱり合わない!  
 全舞台を和服で通す、浜木綿子とミュージカル的に踊るピーター(池畑慎之介)や紫吹淳などの元宝塚のスターたち。
演出の山田孝行は和洋のアンバランスからくる、インパクトを狙ったようだが、今度はかなり失敗した。
浜木綿子の舞台生活50周年も兼ねて、浜の出身である宝塚がらみで何とかしようとしているが、和服で踊るボレロでは話が変な方向にそれる。
 宝塚歌劇団を退団した紫吹淳にも何とか活躍の場を与えて、今後の興業を盛り立てようとする思惑も空振りだ。
紫吹淳の発声は、宝塚特有の作り声で、普通の芝居になっていない。
左とん平は相変わらず、よくセリフを忘れるで、舞台の全体の流れが中断し過ぎ。
また、浜が双子姉妹の妹である必然性もない。無理なストーリーの展開で、「喝采」は得られない。
 舞台に賭けた夢・情熱を別にダンスでなくて普通の演劇とすれば、それは、それなりに笑いと感動をよべるはず。
また、この芝居は帝国劇場では、空間を使い切っていない。広すぎる。残念!

ご参考までに浜木綿子の;《喜劇》極楽町一丁目

ブラザーフッド(韓国映画)

あらすじ:第二次世界大戦が終わり、朝鮮半島は日本の植民地支配から脱したが、同じ民族で在りながら北の共産主義と南の資本主義の対立があり、南で暮らしていたジンテ(チャン・ドンゴン)とジンソク(ウォンビン)兄弟も朝鮮戦争に強制的に徴用されてしまった。兄のジンテは何とかして弟を除隊させ大学に進めたいと思っていたがそれには武勲が必要だった。しかし、何も知らない弟は、危険を顧みずに次々と戦場に出て必死に戦う兄の気持ちが分からなかった。だんだんと深まる兄弟の溝。故郷で待つ兄の恋人を襲う悲劇。ついに兄は敵側にまわる。。。

女:久し振りに充分に堪能できた映画だったわ!

男:そうか。男の兄弟愛の話で戦争シーンも多いので、女性には余り受けないかと思っていたけど、かなり女性客もいたね。
女:韓国の映画って、観ていても、どこかの映画と違って期待を裏切らないのよね。
男:すごいね。本当に製作で手を抜いていないのがよく分かるよね。
戦闘のシーンは随分と凝っていて、また、かなりの爆薬を使っていたね。
女:玉が閃光を描いていくのは、凄く分かりやすかった。
それに、 1950年代の朝鮮の建物のセットもうまく再現されていたようよ。
男:でも、悲しい話だね。同じ民族が争うなんて。
女:うん、だけど、戦後の共産主義には、今まで虐げられていた、貧しい人々が夢を持って参加していたんでしょ。
今のロシアや中国など共産主義国家の変化を考えると、どうしてって思うけどその頃には、資本主義は悪だと言う主張は日本でもあったんでしょ?
男:かなりあったね。皆んなが富を公平に分かち合うと言う考え方は、貧しい人が多数を占めていた日本でも受け入れられていたね。
女:日本は朝鮮戦争のおかげで、戦後の復興も早かったのよね。
男:それは、まあ置いといて。
  兄弟愛って最小の単位から拡大していくと、民族愛にも繋がるよね。でも、一度ひびが入ると今度は「骨肉の争い」になる。
近い存在であるから、なおさら溝は埋まらない。相手を殺すまでの行動になる。
女:ジンテが同郷の友達も殺す心理ね。
男:冷静に普段の生活をしていれば、自分の行動は異常であることに気付くけど、ほっておくと自分が殺される戦争では、そんな甘い判断は許されないんだね。
女:それは、男の人たちが好んで作り上げてる「組織保存」の悪弊で言い訳の理論ね。
男:それは、どういうこと?
女:なんだかんだといっても、一度軍隊や会社に入れば、偉くなりたい、組織の上に属して他人を支配したいってことよ。
最終的には、言い訳をしながら、自分のためだけに、他人を犠牲にするのよ。
他の人が受けている傷の痛さなんか結局分からないのね。
男:うっ、でも、偉くなればなるほど、それが、収入の増加にもなるでしょ。
女:お金があれば、幸せなの?
 他人の生活を羨まずに、満足する気持ちがずーっといいことよ。
そうすれば、争いも起きなくなるわよ。
男:たっ、確かにその通りだね。でも、いつもの君は違うんだけど。。。
女:何かいった?
男:いやっ、な、何も言ってません。。。

21グラム

あらすじ:刑務所から出てきたジャック(ベニチオ・デル・トロ)は、今までの生活を改め、宗教の熱心な信者となり、弟にも入信を勧めている。また、クリスティーナ(ナオミ・ワッツ)は主婦として幸せな生活をしていた。そして、教授のポール(ショーン・ペン)は身体が悪く、心臓の移植を待つ身であった。ある日ジャックのトラックがクリスティーナの夫と二人の娘を轢きジャックは逃げる。助からなかったクリスティーナの夫の心臓がポールに移植される。今まで無関係だったジャック、クリスティーナ、ポールの人生が絡み合う。命はどこに。。。

余りにも、話がバラバラで、いったり来たりで疲れる
 21グラムとは、人間の「命の重さ」だそうだ。生前の体重から死亡後の体重を引くと皆んな「21グラム」差があるとのことだ。
前科者が更生して、熱心な宗教信者になる過程。夫と二人の娘をひき殺され社会から遠ざかる女性。心臓移植を待つ、妻に不貞な教授。
 全然関係の無い3人の生活が、心臓移植を中心に描かれるが、それぞれの過去、現在が、バラバラと断片で挿入されどれが、どこの話に繋がるのか、最後になるまでまったく分からない。
 殺したかのかと思えば、生きていたり、殺されたかと思えば、事故だったりで、話もドンデン返しありで、これらがなお複雑にさせる。
 これは、すこしばかり行き過ぎの編集だ。途中で飽きる。
繋ぎ合わせるのに苦労する。「命」の重大さに気付くよりも、観ている人の脳細胞の記憶力と推理力の方が先に参る。
大型画面の映画館で観ていたから、少しはついていけたけど、テレビ画面では、もう面倒で途中でチャンネルを変えてしまった内容だった。残念!

ご参考までにショーン・ペンが泣かせた;アイ・アム・サム 


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