2003年 5月号 映画・演劇 評論


☆8 Mile

あらすじ: 1995年、アメリカはデトロイト。北側の裕福な人々が住む地帯と南側の貧しい人たちが住む地帯を区分している「8 Mile通り」。 この南側のトレーラー・ハウスに住む白人のジミー(エミネム)はプレス工場で働きながら、何とか底辺からの生活から脱しようともがいていた。 彼の得意は、ラップ音楽。黒人の仲間たちの支援を受け、即興の歌詞(リリック)で「ラップ・バトル」に挑むが、 初舞台は、ビビッてしまい、言葉もでないありさまだった。しかし、何とか、モデル志望の彼女や仲間の暖かい協力で、 舞台に上がれるようになる。

夢を持ち、挑戦をしなければ、人生は拓かれない!
 いつまでも現存している人種差別や貧しい家庭環境を当然として、受け入れていては、何時までたっても、何も変わらない。
  底辺の生活から脱出したいなら、自らの力で何かを行い、生活を変える努力を常にすることは、非常に大切で、またそれは、 若い内に行動に移さなければならないものでもある。
 貧しさや、富の不平等に対して不平・不満は誰でも持つ。
必要なのは、その先にある。不平・不満がなぜ存在しているのか、どうすれば不平・不満が無くせるのか。 すくなくできるのか。
それを、考え、行動し、努力をするか、しないかで、その人の人生が評価される。
  勿論、途中には障害も多くあるが、それでも行動できるのが、若さである。
他の人よりも、いい生活をしたいなら、他人より多く働けばいい。
単純な話であるが、多くの人はこれをしないで ただ文句ばかり言うだけで人生を終える。
  「8 Mile」はこんなことを考えさせてくれた。

(でも、ラップは、韻をふんでいたり、掛詞が多くて、日本語の字幕だけの訳では、充分に意味が伝わってこない!)

☆あずみ

あらすじ: 徳川家康が江戸に幕府を開いた頃、戦乱で両親を失ったあずみ(上戸彩)は徳川に味方する刺客集団の一員として育てられていた。剣や忍びの術を取得した彼らの最初の使命は、互いの仲間を殺すことだった。 過酷さと非情さで生き延びた彼らは、旧豊臣家の浅野長政と加藤清正(竹中直人)の命を狙う。しかし、加藤清正は簡単には殺せない。仲間も殺される....

新しいチャンバラのモデルが生まれた!
 1つのシーンで、一体何人を殺し、何人が死んでいったのか!
 監督(北村龍平)はすごいアイデアを映像化して くれた。観ていてあきない。

 このチャンバラ・シーンに上戸彩もよく似合う。
けなげさが残る少女にしてつらい使命をおった刺客の役を上手く演じている。

 話の進め方も、最初の使命が、仲間を殺すという以外性から始まり、加藤清正の影武者、敵も味方もなく、ただ人を殺すことの好きなオダギリジョーの登場、女として生きたいと思う”あずみ”の気持ちなど充分に盛り込み、長さを感じさせない出来栄えになった。
カメラ・ワークもきちんと撮っている。
特にクライマックスの戦闘シーンでは、全体の撮り方も、観客が観たいと思う位置から、妥協せずに撮っているので、気持ちが良い。
ただ、最後の船上の清正を殺すのは、今までの流れから少しばかり外れていて、唐突であり残念である。
今回の竹中直人の演技は、納得できる。

ご参考までに;納得できない竹中直人の 「トリック」

☆レセ・パセ「自由への通行許可証」 (仏映画)

あらすじ: ナチス占領下のパリ。ドイツ軍による統制や物資の乏しい中で、映画の製作は情熱的な人々により次々と作られていた。 助監督をしているジャン=ドヴィーヴル(ジャック・カンブラン)はドイツ資本の映画会社「コンティナンタル」に入り フランス全土を検問無しに通行できる「レセ・パセ(通行証)」を利用して、レジスタンス活動もしていた。偶然に手に入れたドイツ軍の秘密書類は重要な内容だった。

長い時間(2時間50分)が、起伏もなく、間延びしている!
 予告編の、自転車で走り回っているシーンや題名の「通行許可書」から、映画を作りながらレジスタンスとして盛大にあちら、こちらで活躍するのかと期待して観たが、パリから妻子のいる田舎町までの400Kmを往復して疲れた、というつまらない部分が大半である。

 映画製作に賭ける情熱も少しは伝わってくるが、ドイツ軍に協力しない脚本家のだらしない女性遍歴の部分も行ったり来たりと、 だらだらと長くて、飽きてしまう。
同じことの繰り返しが好きな監督(ベルトラン・タヴェルニエ)のようで、ドイツ軍の機密書類をイギリスに持っていったシーンでは、ほんとにいい加減に、繰り返すのは、やめて! と言いたくなる。
ちょっとばかり、くどくて、盛り上がりもなく、話を単調にさせてしまった。

☆ちょいといいかな、女たち (演劇)  芸術座

あらすじ: かっては、石炭で栄えた福島県いわき温泉で、今は1軒だけになった芸者置屋には3人の芸者がいた。その中の名物芸者ぽん太(泉ピン子)は元は東京育ちで、妹芸者達の面倒をみていた。町の老舗旅館の女将が亡くなり、 息子が跡を継ぐことになり東京から戻ってきた。この息子がぼん太の恋人に似ていたから大変。妹芸者の雀(熊谷真実)とコンパニオン(山田まりや)も息子に気がある。芸者置屋を売る話も進んで行く。

女:すごくまとまった芝居になっているわね!
男:そうだね、手馴れた演出家:石井ふく子が、泉ピン子など使い慣れた俳優たちのいいところを旨く引き出しているね。
女:動きもあるし、盛り上げかたも、切り取り方も観ていて気持ちがいいわね。
男:酒が飲めない芸者と先にふっておいて、僅かな酒で酔った泉と熊谷が本音を出し合ってのかけ合いのところや、田舎芝居をやっていた設定の京唄子に当て振りで踊らせるなんて、 さすがに、石井ふく子ならではの憎い演出だね。

女:泉ピン子も変に大げさでなく、伸び伸びとした笑いの演技をできるようになったのね。
   これなら、素直に観ていられるわ。
男:石井ファミリーとして、テレビと演劇で長く鍛えられた成果だね。
女:ハッピーエンドで終わるかと思わせといて、そうは行かない石井演出が、美空ひばりの「みだれ髪」の歌とあっていたわ。
男:そうだね。
   俺は若い頃は、ビートルズを始めとするロック音楽で育ったので、ごてごて演歌の美空ひばりは好きでなかったけど、こうやって聞いてみると、ひばりの歌の上手さが今日は しみじみと分かったよ。

女:あなたも、歳を取ってきたのね。。。。
男:なっ、何をいってるの! さあ、次はカラオケで「YESTERDAY」でも歌うぞ。
女:やっぱり、昔の歌なのね。

映画


☆X-MEN2

あらすじ: 突然変異で普通の人間とは違った超能力を持ったミュータントたちは、人類との共存を考えるプロフェサーXにより「X-MEN」として組織されていた。通常の彼らは見た目には人間であるが、特殊な能力があるために嫌われる存在でもあった。ミュータント壊滅を考えるストライカーと「X-MEN」との戦いが始まる。

まったく話がバラバラで、誰がいい人か悪い人か分からない!
 いやはや、第2作目は前作には及ばないと言ういい例だ。
もっとも、最初の「X-MEN」も大した内容ではなかったが、人間との共存で悩むミュータントが存在していて、少しは観られる内容の記憶があったが、今回の作りはまったくヒドイ内容である。

 話があちらこちらにいき過ぎである。いいミュータントと悪役ミュータント、いい人間と悪い人間も入り交じり、また場所の設定も分からない。
こんな内容が受けているアメリカのコミックの感覚は、どうも理解できない!
話が、ゴチャゴチャしているので、途中で眠たくはならないけど、とにかく続編を作って前作のお客を最低限は確保しようとする製作者側のアイデアの無さを痛感した。

 他の映画に出られるまでに成長したのは、俳優の「ハル・ベリー」や「ヒュー・ジャクソン」で、この作品その物は成長していない。

ご参考までに;やっぱり面白くなかったアメリカ・コミック 「スパイダーマン」

☆星に願いを

あらすじ: 函館の病院の看護婦、奏(かな)(竹内結子)は、3年前の交通事故から、眼も見えず、声も出せない笙吾(吉沢悠)の看護とリハビリに付き合っているうちに、恋人の感情を持ち始めていた。互いに存在を意識していたが、笙吾は再び交通事故で奏の前で息を引き取る。切ない気持ちが流星に届き、笙吾が数日間蘇る。しかし、完全に眼も見え、声も出せる他人として。奏に笙吾と分かると消滅する存在だった。二人の気持ちは....

愛する人を失った切ない気持ちが充分に伝わる!
 淡々とした話であるが、いい作りだ。
車の往来、ハーモニカなど様々な伏線がチャント活かされている。
 恋人に言い残した想いをどう託すか、死んでも恋人の為に尽くしたい気持ちは、映画「ゴースト(ニューヨークの幻)」を思わせるが、監督:冨樫森:は綺麗に消化し、うまく描いた。

 カメラ・ワークも函館の各地をバックに良く撮ってある。
他人に良かれと思ってすることも、時としては、強引で、土足で上がられるような、気持ちになると言う主張もひねりとして、効いている。
 竹内結子も、テレビの演技の続きかと、余り期待していなかったが、ここまで演じられるとは思っていなかった。いい意味で期待を裏切ってくれた。
ただ、封切りのタイミングが、同じ竹内結子が出て、死人がこの作品と同じような「黄泉がえり」の後では悪いかなー。

☆me、without you/ミー・ウィズアウト・ユー

あらすじ: ロンドンの郊外に隣同士で住む女の子:ホリー(ミシェル・ウイリアムズ)とマリーナ(アンナ・フリエル)は、厳格なユダヤ系の家庭と派手な家庭の違いはあったが、仲良く遊び、いつでも「二人で一人」の誓いをたて、高校・大学と成長してきた。お互いに知らない間に同じ先生にもて遊ばれ、喧嘩もするが、社会に出てもその仲は変わらなかった。しかし、いつかは変えなければいけない時がくる。

誰かに頼って生きて行きたい気持ちは分かるが、話が飛び飛びで。
 わざと大人びてみたい、青春時代や友人の恋人を横取りしたい気持ちなどを描いているが、話の作りが雑で面白くない。
同じ大学の先生に恋をしている時から、社会人になっていく切れ目や、少女時代から好きだったマリーナの兄との関係、マリーナの恋人の存在などが入り組みすぎ。
また、ホリーの家庭、マリーナの家庭の状況もすっきりしないため、ホリーとマリーナの仲が明確に描かれていない。このため、親友関係は続けたいが、このままではダメになる、と思わせる設定が弱くなっている。
途中で、眠たくなる作品だった。


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