2003年 12月号 映画・演劇 評論

☆イン・アメリカ ー三つの小さな願いごとー 

あらすじ: アイルランドからブロードウェイの俳優を目指し、ジョニー(パディ・コンシダイン)は妻サラ(サマンサ・モートン)と二人の幼い娘を連れてニューヨークのハーレムに移り住む。安いアパートは、ドラッグの常習者や女装のオカマ、変な黒人の画家などがいる汚いところだった。でも娘クリスティとアリエルにとって、貧しいけどアメリカは新しいものに満ち溢れていて、楽しい場所だった。幼くして事故死した息子の思い出が深い心の傷となっているジョニーとサラに子供が生まれようとする。 クリスティの願いは叶うか。。。

子供は本当に天使だ!  夫婦の生きる支えとなる。

 アイルランドの売れない俳優が、子連れで希望の国:アメリカに来て何とか夢を掴もうとする。
しかし、現実はそんなに甘くない。オーデションには落ち続け、アルバイトをしながらまだ、夢を追う。
さらに、夫婦には息子を死なせたのは、自分たちの責任ではないかという、負い目がある。

 そんな貧しさや、深い心の傷を癒し、厳しい暮らしを明るくさせてくれる太陽は子供達である。
偏見も持たず、友達がいなくても、蒸し暑さでも遊びに変える子供達の純真さ。実に感動する。
それは、サラと無邪気なエマ姉妹の自然な演技による。

 監督:ジム・シェリダンにとっても、娘役をこなした、サラとエマ姉妹のこの演技は予想していなかったものではないだろうか?まったく素晴らしい。
サラが歌う「デスペラード(絶望者)」のシーンは特に、胸を締め付ける。
下の階に住む黒人画家の存在も話を面白くさせているが、実は金持ちでジョニー達を助けるのは、不要だったかも。

 歳をとり、大人になって行く過程で植えつけられる、他の人との比較で生まれる偏見や貧富の認識。
だれも、子供の頃は、人種差別や偏見を持っていないし、自分の生活を貧しいなんて考えたことはない。
ただ、生きているだけで充分である。
そんな子供が持つ純真な気持ちが充分に観ている側に伝わってきた。

** でも、どこかズルイ? **
 映画やコマーシャルで子供と動物を使うのは、余り勧められるテクニックではないと言われています。
それは、人間の本能として、理屈も無く小さいものに対して「可愛い、同情する」という感情が植えつけられているからです。
もう子供の存在だけで、大人たちは満足してしまうからです。
でも、「禁じられた遊び」から始まり最近の作品でも「アイ・アム・サム」など、分かっていても、乗せられる。

ご参考までに、子供を使った;アイ・アム・サム 

☆すべては愛のために

あらすじ: 場所はイギリス。金持ち達の慈善団体が開いているパーティに、エチオピアで難民救済をしている医師ニック(クライヴ・オーエン)が飢餓で苦しむやせ細った子供を連れて実情を訴えに乗り込んでくる。苦労知らずに育ったサラ(アンジェリーナ・ジョリー)はショックを受け食料などを積んだトラックと共にエチオピアを訪れる。そこでは多くの人々が明日をもしれないテントでの生活をしていた。 その中で自分を犠牲にして精力的に活動するニックに心を動かされサラはイギリスに戻り国連難民高等弁務官事務所で働く。 サラのもとにニックがカンボジアで援助を求めている連絡がはいる。現地に向かうサラ。二人の愛は。。。

金持ちの人妻の精神が成長するのは分かるが、裏切られた夫の立場はどうなる?

 「トゥームレイダー」ではアクションで見せたアンジェリーナ・ジョリーが、今度は愛の叙事詩に挑んだ。
エチオピア、カンボジアそしてチェチェンと内乱が続き、飢餓や訳も無く人命が奪われていく地域を取り上げる。
金は出すがそれ以上は問題に無関心な、豊かな階層に対する批判。
一方、生命の危険な状況の中でも献身的に難民の救済活動に取り組む人たち。

 この対比は、現在の日本の状況に似ていて、心が痛む。
  しかし、映画のストリーとしては、生死を共にする愛の迫力がない。愛の表現力が弱い。
それは、夫との関係、子供達との絆を中途半端にさせたからだ。 
ニックに対する愛が、夫の浮気も端緒になっているような下書きで、そこまでニックが好きなら、イギリスでの生活を完全に捨ててしまえば、サラの死がもっと愛が成就した形として感動を呼んだと思える。

 過酷な紛争地帯での愛に疲れたら、イギリスに戻り、また平凡な家庭の主婦に飽きたらニックの所で刺激を求めるでは、観ている方としては、「所詮お金持ちのお嬢様の浮気」となってしまう。
アンジェリーナも頑張ってはいるが、もっと、夫との鋭い対立、家庭も子供も捨てるぐらいの厳しさのある状況を描いて欲しかった。でも「トロイメライ」の曲は有効に使われていた。

 <<価値観の押し付けは嫌だ!>>
  この映画を観て、また感じたのは、紛争をしている現地の自治が存在していないことです。
巨大な先進国が持つ価値観の一方的な押し付け、1つの判断基準による「善と悪」の描き方。

 ティアーズ・オブ・ザ・サン でも感じたのですが、確かに紛争で住民たちが悲惨な状態になっているだろうが、それは各々の現地で解決をすべき問題だということです。
各国、各地には独自の伝統・宗教・歴史があり、人々はその中で生活をしてきた。
近頃のアメリカ製の映画には、それら現地の感情に対する思いやりを欠いた描き方が多い。
自分達先進国の判断は正しく、それに反抗する者は悪と決めつけ、自治を無視して強引に取り除くやり方は、かなり抵抗を感じている。

ご参考までに;アンジェリーナ・ジョリーが活躍した:トゥームレイダー2 

☆イーストウィックの魔女たち (ミュージカル)  帝国劇場

あらすじ: 退屈で保守的な田舎町イーストウィックに住む30代後半の3人の熟女:アレクサンドラ(一路真輝)、 ジェーン(涼風真世)、スーキー(森公美子)は皆亭主と別れ、口では男はコリゴリと言ってはいるが、 いい男が現れないかと待っている。そんな3人の気持ちの隙を狙って新しく豪邸を買って引っ越してきた男:ダリル(陣内孝則)が誘惑する。ダリルの不思議な魅力に負けた3人はダリルの家で奇妙な生活を始めるが、魔力がやどり、町のうるさ型の奥さんを殺してしまう。さらに、ダリルはアレクサンドラの息子の恋人にも手を伸ばす。。。  

3人の魔女が、宙を飛ぶ!  あの森公美子だって、空を飛ぶ!?

 動きと流れのある気持ちがいいミュージカルだ。
レーザー光線や、おっぱい型の家など小物の使い方も洒落ている。ちょと気取った陣内も頑張っている。

 痩せてスタイルのいい一路や涼風と対比させた森公美子の配役も成功した。特に3人のテニス・ウエアの競演シーンでは 大いに笑わせる。
  3人の魔女が宙を飛ぶ、との謳い文句で本当に、どう飛ぶのかと期待と心配(?)をしていたが 見事に飛んでいた。
しかも水平に空中遊泳をする。天井からのワイヤー操作も大変だったでしょう。
体重xKgの森は、他の2人より、低く飛ばしてそれなりの工夫もある。

 人生の中盤でいい伴侶がいない不満。でも、高望みが叶えられ、これでいいのだろうかという不安から現実に目覚め、結局質実な生活に戻ることが賢明だと悟る。
一時の夢は夢で終われば問題はないということだけど、うるさい奥さんを殺すのは、いくらか行き過ぎか。
少しいじめるぐらいの話にした方が、観てても気が楽だ。
陣内はこれからも、舞台で喜劇をやらせたい存在だ。

☆ラスト・サムライ

あらすじ: 明治維新になったが、まだ日本全土の掌握ができていない明治政府は軍隊の近代化を図るためアメリカから オールグレン大尉(トム・クルーズ)を雇い指導させる。政府に反抗する敵軍:勝元(渡辺謙)と戦い負傷し捕虜となったオールグレンはそこで、今まで見下していた日本人が持つ礼儀正しさ、たとえ敵であっても尊敬する心の広さ、熱心に学ぼうとする態度などに触れ、勝元の陣に加わる。しかし、大砲や銃で装備された明治政府の軍隊は強力であった。刀と弓矢の 勝元軍は敗れる。。。

女:アメリカ人がみた、日本の武士道はこんな感じなのね。

男:そうだね。
  東洋の訳の分からない小さな国であった日本が、どうして今日の経済大国に為れたのか、 それを探っていったら、侍の持つ「武士道」に出会ったのかな。

女:冒頭から渡辺謙が堂々と出てきて、トム・クルーズを目当てに来た私としては、少しばかり面食らったわ。
男:でも、彼は良い役を貰ったよ。
  もしも、この映画が「アカデミー賞」の候補になったら、「助演男優賞」になれるぐらいの活躍をしているね。

女:明治維新の頃で、地方の殿様が、英語を流暢に話せるのは、英語が苦手な私からみると、変かなって思うけど?
男:この映画のような、世界的な配給システムを考えると、日本語のセリフの度に字幕が出るのは、どうしても 観客を呼べない要素となってしまうから、仕方がない設定だろうね。
女:そうね。騎馬戦も、西部劇のようだったけど、見せ場として納得できたわ。
男:監督も日本人で、脚本から撮影まで全部日本で出来れば、違和感も無く製作されたのだろうけど、 ハリウッドから任される世界的な監督が日本には居ないということが残念だね。
女:この程度なら、私は、違和感は余り感じていないわ。
男:勝元が襲われる殺陣も、まあまあだったね。
  近頃は、「キル・ビル」でもそうだったけど、日本の「刀」が単純な武器だけでなく、「サムライの魂」の象徴として外国人には捉えられているね。

女:そうね。「日本刀」のきれいさは武器であると同時に「芸術品」ですものね。そこに、外人は日本を感じて居るのかしら。
  全体としては、日本人には理解される「武士道」だけど、外国人はどこまで分かるのかしら。
  それが、今後の「アカデミー賞」などの 評判に絡むわね。
男:ところで、外国人から観ると「小雪」が典型的な日本人なのかな?
女:可憐で、それでいて、芯はしっかりしている女性像は、日本とか外国とかの問題でなくて、 世界中の男性の願望でしょ!
男:いやーっ、俺は、少し太っていてもいいけど。少しだけ。。。
女:一体、何を言いたいのっ!

ご参考までに;違和感だらけの 「キル・ビル」

☆ケイティ

あらすじ: アルコール依存症から立ち直り現場に復帰した刑事(ベンジャミン・ブラット)に与えられた仕事は、 2年前から失踪している名門大学の青年の捜査だった。当時の恋人ケイティ(ケイティ・ホルムズ)の話では、二人で海外に行く約束をしていたが、突然行方不明になってしまったという。卒業論文の作成と就職活動で疲れているケイティであったが、捜査を通じて刑事と打ち解ける仲になる。孤独なケイティの過去は? また失踪した恋人はどこに。。。

少し面白い、静かなミステリー!

 学生生活を終え、社会へ出ようとするプレッシャーと、もう終わったと思っていた初恋の男性の失踪事件の捜査の開始で激しく回転し、疲労していく頭脳。
ケイティが持っている、元々の恐れは、幼い時に、愛する家族に捨てられた事が原因である。
それにより、余り世間と交流が出来無かったが、たまたま多感な大学生活で初めて経験した恋愛の相手が悪かった。

 もてあそばれていることを知らなかったのは、人生での若さが持つ純粋さ、悪く言えば無知であったため仕方がないことでもある。
観ている方は、ケイティの思考回路から作り出される映像により、一方的に、巧みに騙される。
このあたりの演出がいい。 結果としては想像だけど、観客は実映像として提供される情報に入り込み、信じる。

 一般的には、頭のいいまじめな暮らしをしている女の子が、ウソをついたり、犯罪を犯すわけが無いという、通常の思い込みをうまく利用してくれた。
一流会社に入ってからも、また事件が起きそうなことを最後に見せているが、次はどんな手を使ってくるのか、 久し振りに「パート2」も作って欲しい気持ちになった。

 でも大抵事件が起きた後で、マスコミのインタビューに答える近所の人は、「あんな礼儀正しい子が」とか「おとなしい子でした」 なんて言うように、最初から犯罪者として街中でウロチョロと生活してる人はいないか。

☆キューティ・ブロンド/ハッピーMAX

あらすじ: ピンクが大好きでおしゃれなエル(リーズ・ウィザースプーン)は名門ハーバード大学を卒業し、弁護士として一流の法律事務所に勤め、やるき満々で結婚式の準備をしていた。愛犬:ブルーザーの母犬も 結婚式に招こうとしたが、母犬は化粧品会社の動物実験に使われていて解放できない。 救う方法は、新しく法律を作ること。エルは保守的なワシントンへ行く。法案は議会を通過出来るのか。。。

いくらなんでも、こんな描き方では、女性軽視すぎる!

 こんな程度の、世間知らずの可愛い娘ちゃんが、頭がいいだけで、弁護士になれて、一流の法律事務所によく就職できたなぁと思っていたら、それから先の話ももう、平凡であった。
エルのピンクと対照的な黒色ばかりで象徴される、保守的な政治の世界の描き方。
他の法案と取引をして裏切る先輩女性政治家との対立。
議員の所で働く仲間同士の争いと和解。
地味な髪形や化粧を変えて、急に男にもてる女性など、お決まりの展開でまったく話しにならない。

 余りにも調子よく話を纏めすぎ。
「こんなに、簡単に世の中がうまくいく訳ないわよ」と、隣で観ていた女性からも、不平の言葉が聞こえて来ました。
「政治に不満を持ち、変えたいと思うなら、一般の人も行動しなければいけない」と言う主張も当然の事で、何も耳新しくない。
女性の行動力を讃える振りをしているだけの映画で、本心は、まだまだ女性は可愛ければいいと言う扱いだ。

☆シャンハイ・ナイト

あらすじ: 1880年代。中国は紫禁城で、皇帝の龍玉を守っていた老人が義和団に襲われ殺される。 龍玉も盗まれてしまう。場所は変わってアメリカの西部。保安官のチョン(ジャッキー・チェン)の元に手紙が届く。中国で龍玉を守っていたのは、チャンの父親だったのだ。父親を殺した犯人と龍玉を求め相棒のロイとチャンの妹の3人はロンドンへ向かう。そこに待っていたのは、大英帝国女王の暗殺計画だった。。。

小物を使うアクションも、ネタ切れか!? <

  少しばかり、話が強引すぎたか。
北京での龍玉争奪の場面から、アメリカの西部で中国人のジャッキーが、長髪で保安官をやっていると いう設定は観ている人にとっては、理解するのは難しい。
ジャッキーが得意とする、周りにある梯子・テント・回転ドア・陶器などの小物を活用させたいために無理やり西部・ニューヨーク・ロンドンと舞台を変えたと思える。
また、これらの小物を使ったアイデアも、テントや大きな布(国旗)など以前どこかで見たようなシーンがある。
単純に、ジャッキーの肉体アクションを期待するのは、残念ながら、もう彼の年齢からもここらが限界なのか。

 香港から、ハリウッドに進出したジャッキーは、変に西洋と東洋を意識しすぎかも知れない。
今まで作った映画も中途半端な物になって来ている。
もう一度ハリウッドの資本を使わず、全部香港で製作すれば、蘇えることが出来るかも?

ちなみに;「シャンハイ・ナイト」の「ナイト」は「夜=night」ではなく「騎士=Knight」のようです。カタカナでは分からない


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