2003年 11月号 映画・演劇 評論

☆g@me(ゲーム)

あらすじ: 大手広告代理店のクリエーター:佐久間(藤木直人)は、豪華高層マンションに住み、常に人生の勝者を目指し突き進んできた。しかし、彼に任されていた 30億円のビール会社からのプロジェクトが急に中止となり、敗北感を味わう。ビール会社の重役:葛城(石橋凌)の方針転換によるものだった。無念な気持ちで酒を飲み 葛城家の様子を伺っていたら、葛城の愛人の娘:樹理(仲間由紀恵)の家出に遭遇する。葛城を憎む佐久間と樹理は共謀し、樹理の狂言誘拐を企て葛城から3億円を奪う。 しかし、葛城の行動には裏があった。。。。

ドンデンがえしと二人の恋が絡んで面白いストーリーになった!

 スマートな藤木直人が、超エリートな広告マンを上手く演じている。
普通の配役なら出だしから、いくらなんでもこの若さで、都心の高級、高層マンションには住めないだろうと、違和感が生じるところだが、藤木ならまああるかも、と納得させられる。

  それにしても、話の筋がよく考えられている。
葛城の愛人の娘と本妻の娘の対立から始まり、要求した身代金の受け渡し方法は特に凝った内容ではあるが、これでは失敗して警察に捕まるかとハラハラさせられる。

 多数の携帯電話や、写真式メールを使うのは、某携帯電話会社の陰謀かとも思えるが、進歩する犯罪としては、当然だろう。
足が付かないように、インターネットの書き込みのページを利用するとは、これからの「本当の犯罪」でも大いに悪用される手口だ。
  犯罪は成功するのか、どこまでが裏切りで真実の愛はあるのか、夢は叶うのか、金の行方は、と緊迫感が続き、いい男の藤木のマンションに全然女性気が無いのは、ちょっと寂しいかなと いう思いも、仲間由紀恵のミニスカートでカバーされた。

☆アイデンティティー

あらすじ: 雨のなか、売れない女優の運転手エド(ジョン・キューザック)は視界不良で人を轢いてしまった。 急いで病院や救急車を手配するが、記録的な大雨となり、電話は不通、道路は洪水でどこにも連絡が出来なくなる。 やむなく近くのモーテルに怪我人を運び介抱をする。そのモーテルには新婚夫婦、囚人を護送中の警官、娼婦などが泊まることになる。そして、部屋番号10に泊まっていた女優が殺され、次には9号室の人、また8号室の人と次々と殺人が続く。しかし、突然死体が全部無くなる。犯人は誰か?また先住インデアンの呪いか。。。

伏線もしっかりしていいが、結末が弱い!

 モーテルという閉ざされた場所での連続殺人。泊まっている人たちは皆んな当然ながら複雑な過去を持っている。
よくある設定ではあるが、そこに至るまでの各人の状況・家庭環境などがチャンと説明されていて、不自然さは感じない。
また、モーテルが大雨で孤立化されて行く状況、他と接触できない状態に陥って行く過程も、少しは、疑問点もあるが、大筋においては、納得でき、連続して起きる殺人事件の次を想像する楽しみがあった。
  しかし、死体がきれいに消えてしまうあたりから、謎の解決話が飛びすぎだ。
多重人格者の登場で一気に片付けられてしまい先がどうなっているのか、考える楽しみが無くなった。
自分の中の他の人格を殺人と言う手段でなくしてしまうという精神の葛藤は、多重人格者の心の整理としてはいいかも知れないが、観ている人からは、「想像だけの世界」だったのかとかなり落胆する。
  また、現実に彼が起したアパートでの殺人事件とモーテルでの想像殺人との関係がうまく結び付けられていないことも、観終わった後で、消化不良として残る。

 おまけ:多重人格について:自分の中に潜む他人として、アメリカでは精神病の一種としてだいぶ研究がされている。
一人の男性だけど、女性や、外国人、子供など24人の人格を持つ、ビリー・ミリガンについての本を読んだことを思い出した。
でも、人間はだれでも、ああしたい、こうなりたいと言う、多重人格的な面は持っていると思う。
それが一つの人格として、制御されていれば、問題がないけど、コントロールできない人もいるってことだ。
当然、多重人格では、ヒッチコック監督の「サイコ(1960年)がある。

☆阿修羅のごとく

あらすじ: 昭和54年、三女:滝子(深津絵里)の突然の呼び出しで、4人姉妹は久し振りに集まった。何と70歳の父親に愛人と子供がいるというのだ。驚いた姉たち(大竹しのぶ、黒木瞳)は当分母(八千草薫)には内緒にして様子を観ることにする。夫を亡くした長女は料亭の旦那と関係があり、次女の夫は、会社の秘書と浮気をしている。末の妹は、駆け出しのボクサーと同棲中。そして、一見のんびりと過ごしているような母親だけど、本当は....

皆んな、いい演技をしているけど、印象が薄い!

  「阿修羅」とは、インドの神様で、外観は穏やかだけど、内面では猜疑心が強く、言い争いの象徴だようです。
不倫、浮気、同棲そして恋愛に自信がもてないなど、女性を中心にして様々な人間模様が描かれているが、平凡な描写に終わった。

 歳をとっても、男性は女性を求め、女性も男性を愛するのは、当然のことで「恋」をしたら、もう家族・子供などは眼中になく、それは関係している人たちにとっては「修羅場」でドロドロとしたものかもしれないが、周りの人からは「あーぁ、またか」としか思えない。
 「うん、そうだ、そうなんだ」と演じられているスクリーンと観ている人が一体化することに、監督:森田芳光は前作の「模倣犯」に続いて失敗している。

 女性の立場から、男たちの浮気を厳しく糾弾するするのなら、もっと徹底的に描くべきで、中途半端に耐えていては、ほのぼのとした感覚も曖昧に終わる。

 三女と四女が激しいライバル関係にあったことが、後半で分かる展開になっているけど、これは前半ではっきりとさせた方が話もすっきりとしたと思う。
 大竹しのぶ、小林薫、中村獅童などいい演技をしている。また、セリフの少ない木村佳乃も訳アリをうまく演じている。

  「性欲」と比較させて度々でてくる「食欲」の捉え方もいいのだけど、もっと、もっと厳しい争いに して「阿修羅」をみせて欲しかった。

 この映画を観ていて、特に感じたのは、同棲や不倫など性に関する社会状況の変化です。
以前は「いけない事」が「まあ、いいか」に変わり、そして、この映画での昭和50年代と今では、女性の男性に対する依存度が大幅に減ってきていることです。
時代の変化が、私のこの作品に対する印象を弱くさせたようだ。

☆マトリックス・レボリューションズ

あらすじ: 人類と敵対するコンピューター組織:マトリックスの攻撃は厳しさを増し、ネオ(キアヌ・リーブス)達が 居住するザイオンにも手が及んで来ていた。コンピューター・プログラムを変更して何とか人類滅亡の危機から逃れようと努力するが、エージェント・スミス(ヒューゴ・ウィービング)は勝手にマトリックス内で増殖を重ね、仮想(ヴァーチャル)の世界から実在(リアル)の世界にまで力を広げ、ネオ達を追ってくる。ザイオンが攻撃され、多くの犠牲者がでる。ネオとスミスの壮絶な戦いが始まる。。。

女:色々と話題を呼んだ三部作もこれでおわりね!

男:そうだね。
  スローモーションで、ピストルの弾を避けたり、ワイヤー・アクションで一つの例を作った映画だったね。

女:でも、第1作の斬新なアイデアの感動が、徐々に薄れてくるし、話はドンドン複雑になるしで、これならもう終わった方が良かったわ。
男:それは、随分と手厳しいね。
  何処がダメなの?

女:描いているコンピューターの世界がどうしても理解できないのよ。
   エージェント・スミスとネオがどうしてこんなに激しく戦う必要があるの?
男:前にも話したけど、ネオはコンピューター組織から見ると、コンピューター・ウイルスで、折角作り上げたコンピューター・システムを破壊していくんだね。
  そのウイルスをやっつけるため、エージェント・スミスは、コンピューター・ワクチン として働いているんだよ。
  それが、二人の戦いになったんだね。
  でも、元々のワクチンであるスミスは作ったプログラマーの手を離れ、独自の進化を遂げて行き、マトリックスのプログラマーにもコントロールが出来なくなった。
  そこで、 最後にはネオとマトリックスを作り上げたプログラマーが手を組んでスミスを退治する、ってことかな。

女:ヴァーチャルだリアルだとか、貴方の説明も分かる人は少ないんじゃない?
男:その分かり難さが、「マトリックス」の全体の問題だね。
  首の後ろに「プラグ・イン」した時から、ヴァーチャルの世界に入ると、第1作から理解できた人は、かなり、この映画のシリーズを楽しんでいるようだけど、多くの人は「訳の分からない映画」と言っているようだね。

女:話の作りも、今回は平凡ね。
   貴方がいつも指摘するように、ネオとスミスの対決は、お決まりの「雨の中」で執拗に続くし、前作では死んでも生き返った「トリニティ」も今度は完全に死ぬし、また、危機一髪のところで人類は滅亡から救われる。 
  これでは、もう一般的で飽きたわ。
男:そうだね。
  前作では、死人を生き返らせ、今回は眼が見えなくても「心の眼」で敵が分かるなんて、余りにもネオが超能力者になっては、話がつまらない物になったね。

女:インド人の女の子や変な預言者の登場も特に話を複雑にしてくれたわね。
男:うん、コンピューターに「プラグ」を使わなくても念力だけで侵入できる話は余分だったね。
  ここから、話が別の展開になりそうだし。

女: 貴方にとって一番面白くないのは、トリニティが貴方好みの女性でないことでしょ!
男:えっー、どうして分かったの?  それは、言わないようにしてたのに....。

ご参考までに;前作 「マトリックス リローデッド」

☆キル・ビル

あらすじ: 暗殺集団に属していたザ・ブライド(ユマ・サーマン)は、組織から足を洗い、身ごもった身体で結婚式を開いていた。しかし、組織のボス:ビルデヴィッド・キャラダイン)が率いる元の仲間たちに襲撃され、瀕死の状態で4年間の昏睡にはいる。奇跡的に助かったザ・ブライドは、ビルと元の仲間への復讐の旅に出る。アメリカから沖縄へ。壮絶な戦いの連続が始まる。。。

いくら日本贔屓の監督:クエンティン・タランティーノの作品でも、日本人から見ると違和感ばかりだ!

 日本の刀が中心になり、足が切られる、手が宙に舞う、首が飛ぶ、とまったくどのくらい血の量が使われたか分からないけど、余りにも残酷で、嫌だ。
それにしても、話の設定がひどすぎる。沖縄で「日本刀」が造られるなんて、一体どうなっているんだ?
沖縄は本土と文化・歴史が完全に違う事をタランティーノは分かっていない。
  中国女性(ルーシー・リュー)が、日本ヤクザのトップになり、白い着物姿の着こなしもおかしいけど、まあ少しは大目にみよう。
ユマ・サーマンの刀がバット握りも許そう。
しかし、日本家屋の料亭:青葉屋でゴーゴーかよ!

 多くの日本人スタッフがこの映画の製作に絡んでいるのに、誰も監督に「おかしいですよ」って言わないのか?
  飛行機の座席の隣に刀を置いて、乗っていいのかよ?  刀が機内に持ち込めないことは誰でも分かる危険品でしょう。
また、劇中で使われる日本語は日本人の私にも「字幕」が必要なくらい、ききとれない。
などなどと、多くの違和感があちらこちらに散らばって入っていて、見事に話をつまらないものにしてくれた。

☆ティアーズ・オブ・ザ・サン

あらすじ: 内戦下のアフリカはナイジェリア。ウォーターズ大尉(ブルース・ウィリス)の米海軍特殊部隊に、難民を治療している女医(モニカ・ベルッチ)を救出し国外に脱出させる命令が下された。現地では、部族間の争いが激しく子供や負傷者までも皆殺しにされる状況であった。精鋭の部隊は女医に逃亡をさせようとするが、彼女は難民を残して一人では行けないと主張する。そこで、多くの難民と一緒に国外脱出を計ることになった7人の部隊に300人以上の反乱軍が執拗に襲いかかる。国境は遠い。。。

大型画面で観ても、緊迫感が伝わってこない!

 部落の女性を犯したり、母親の胸をえぐったりと、かなり残酷なシーンがあるが、暗くてはっきりしない。
場面のアップと切り替えが早くて、充分に観えないため、肝心なところが分かり難い。
  女医一人を救出すれば、軍人としての命令は達成できたのに、命令違反までして、付随した難民達を助ける気持ちに、何故変ったのか?  
確かに映画でも翻意の訳は、大尉自身でも余り分からないと言っているが、この部分の肉付けが モット欲しい。
  外交上のトラブルを恐れて、援軍が来ないという設定は、よくある、ありふれたパターンで納得できない。
シツコク追ってくる反乱軍にしても、単なる悪役ではなく、ここまで迫ってくるからには、過去の政治にかなり問題があった筈。
アメリカの行動は、すべてが善で、アメリカに対抗する勢力は、皆悪という一辺倒な描き方が物足りなさになっている。


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