願い
−彼の顔が頭から離れなかった
こいつのことなどすっかり忘れていた。
ミネルバのブリッジからオーブの港を眺めやっと戻ってきたと実感した。
そしてアスランと二人で艦長に礼をいい、
二人でミネルバをおりるためブリッジを出ようとしたときに通信が入った。
迎えの・・・首長たちが来ているという知らせだった。
私はアスランと顔を見合わせ艦長にも同行してもらうように依頼した。
そして私は一人先にミネルバを出ることになった。
この忙しいときに大挙して私の迎えなど・・・頭のことはそれでいっぱいだった。
と、そのときこいつが駆け寄ってきたのだった。
カガリは乗せられた車で小さくため息をつき窓の外をみつめた。
車は行政府へと向かって走っている。
この何日間の出来事が頭をよぎる。
極秘会談だから・・・と先方からの申し出の場所がプラントだったので
アスランを護衛として連れて行くことができたのだ。
婚約騒動があってから始めての二人だけの公務だった。
行く前はとても緊張したし、どきどきもした。
MS強奪騒ぎに巻き込まれ、ミネルバに乗り込み、
オーブ出身だというザフトの新型機のパイロットの感情的な態度にとまどった。
そして、アスランの戦闘能力をあらためて感じてしまった。
アスラン・・・彼にとってここオーブは・・・いや今は考えまい。
それより、二人きりで過ごせたというのは久しぶりだったかもしれない。
そうだ、本当に二人きりで肩書きも何もないただのアスランとカガリとして。
だからこそすっかり忘れていたのだ。こいつの存在を。
半年ほど前、キサカが渋い顔をして近づいてきた。
アスランのほうをちらりと見たので彼に席をはずすように告げた。
アスランは少し不満げに部屋を出て行った。
が、確かに彼に聞かせたくない話だった。
「セイラン家から正式にカガリ様への結婚の申し込みがきています。」
「は?」
カガリは持っていた書類を落とした。
「ウナト様がおっしゃるには、ユウナ様とカガリ様は許嫁同士だそうで・・・」
「へ?」
目をぱちくりと見開いたカガリの様子をみて、キサカはひとつため息をついた。
「正式な婚約、婚儀の日程を決めたいということでした。でもその顔ではウズミ様から・・・」
「な・・・何も聞いてない。あの・・・ユウナが私の婚約者?」
カガリは驚きで一瞬言葉を失ったが、なんとか落ち着きを取り戻しキサカに尋ねた。
「まさか・・・・。キ、キサカ、お前のほうこそ隠していたのか。お父様から・・・」
「なにも聞いておりません。が、ウナト様はウズミ様と以前からきめていた、と。」
「じゃあ・・・本当の話かどうかは・・・」
私に婚約者だって・・・まさか・・・ユウナなんてほとんど会ったことがないのに。
ユウナ・ロマ・セイラン。
先月から行政府の閣議に出席するようになった宰相ウナト・エマ・セイランの息子。
先の戦争のときは・・・大西洋連邦にのんびりと留学していたという。
カガリは助けを求めるようにキサカを見つめた。
「こちらとしても・・・はい、そうですか・・・とは言いたくないのですが。」
キサカも困惑を隠せないまま話を続ける。
「ただ、知らないからというのを理由にはできないのです。おわかりですよね。」
カガリは黙って頷く。
「それにウズミ様との約束がなかったとしても、・・・遠からず、そういう申し出が出てくる可能性はあります。」
それを聞いてカガリはいやな顔をした。政略結婚なんて・・・考えたくもない。
結婚するなら好きな・・・、とそこまで考えて、アスランの顔が浮かんだカガリは顔を赤くした。
キサカは百面相をしているカガリに苦笑していた。
「カガリ・・・ひとつ気になることがあるのだが・・・」
彼は以前のまま・・・彼が彼女を護衛していたときと同じ口調に変わって彼女に声をかけた。
「ウナト・セイランがやけにアスランのことを気にしていたのだが。」
「えっ?アスランのことを・・・なぜ?」
訝しげにカガリは尋ねた。アスランはよくやってくれている。護衛だけでなく補佐のほうの仕事も。
「なぜ、彼がカガリのそばにいるのか、とか、親しすぎるのではないかとか・・・などいっていたが。」
親しすぎるという言葉にカガリが反応して顔を赤くした。
「何かありましたか?セイラン家に関して」
カガリの頭の中で、アスランの仕事ぶりを振り返る。
「うーん。あっ、もしかして・・・その・・・ユウナがはじめて閣議にきたとき、いきなり抱きついてきたので・・・」
キサカの眉がピクリと上がった。カガリはそれに気がつかず説明を続けた。
「アスランが・・・その・・・彼の手を握り上げてしまったことかな。・・・それから・・・」
「まだ、何か?」
アスランが手を握り上げたという話に少し安堵しながら、キサカは話を促した。
「会議の合間とかにも、ユウナはいろいろ近づいてきて、肩とかさわるから・・・アスランが注意したりした。」
「そうか。」
「というか・・・よく考えると、ユウナもアスランがいるとやたらに寄ってくるような気がする。」
カガリは思い出した・・・ユウナがいるとアスランも機嫌が悪くなることを。
「もしかすると・・・今度のことはアスランのことも原因にあるかもしれない。」
キサカが一人納得したようにつぶやいた。
「なっ、何で?」
キサカはクスリと笑って、カガリの頭をなでながら言った。
「アスランとお前がお互いに思いあっていることを気にしているのだ。」
「なっ・・・、ええっ・・・」
カガリが真っ赤になった。その反応にキサカはさらに笑いながら、しかし、まじめな声で言った。
「アスランは行政府に一緒に行かないほうがいいかもしれないな。」
「ど・・・どうして」
「行政府の中の警備であれば彼が常に同行しなくてもいいだろう、送迎は彼に頼むが。いいか?」
「あっ・・・ああ。でも・・・なんで。」
「婚約話を回避するためにもセイラン家を刺激するのはよくないからな。」
しっ、刺激って・・・ちょっ・・・ちょっと・・・キサカ。
顔が赤いまま困惑顔のカガリにむかってキサカが告げた。
「いいな、カガリ。アスランを呼んできてくれ。」
もう行政府には立ち寄らないでくれと半年前にアスランに告げたときの彼の顔。
そして、今日の彼の顔・・・思い出すとカガリは切なくなってしまった。
ごめん、私に力がないばかりに・・・。心の中でカガリは謝った。
そして、すっかり婚約者気取りの隣の男の顔をチラリとみた。
彼らからの申し出はどんどん強くなって生きている。
世界情勢が変わってしまった今、私は彼らの執拗な申し出を拒めるのだろうか。
オーブのため、国民のためといわれたら・・・。
カガリは目を閉じた。
そのとき・・・アスラン、お前は私を止めてくれるのだろうか。
私が一緒にいたいのは、お前なのに。
(2004.12.26)
【あとがき】
8話を見て・・・あと、りんずさまからいただいた絵をみて浮かんだ話です。
ユウナ達に行政府へと連れて行かれる時の車中という設定です。先の「決意」と対の話です。
まだ彼からは指輪をもらっていません。
実は絵を固定して字だけスクロールさせるやり方をいまひとつわかりません。情けない。
やり方がわかったら更新しなおすかもしれません。
(追記 2005.1.2)
背景を変えてみました。これで、絵が文と一緒にスクロールしなくなりました。
りんずさまのヒントをもとに、ごそごそごやって、結局、壁紙をなんとか自分で作ってみました。
りんずさまどうもありがとうございました。