寝返り

 

アスランが目を覚ました時にはもう既にカガりはいなかった。

ベッドの脇にある時計をみると11時近くをさしていた。

ここのところ働きづめだったアスランにとって今日は久しぶりの休日だったので

カガリは彼を起こさずにいたのだろう。

昨夜脱ぎ散らかした服はカガリの手で片付けられていた。

今頃は洗濯機のなかだろう。

アスランは身づくろいをしリビングへ向かうために廊下へでた。

「ふええええん」

泣き声がリビングの方からきこえてきた。

「えっ?」

「ふええ、ふえええん。」

その声に何事かと思いリビングに入るとうつ伏せで両手をバタバタさせて

真っ赤な顔をして泣いている彼の息子ニコルの姿があった。

「えっ、うつぶせ・・って。どうしんだ、ニコルは・・というかカガリは・・」

あたりを見回したがカガリの姿が見当たらない。

「あああああああん」

ニコルの泣き声は絶叫になってきた。

(なるほどこの姿勢がつらいのか・・)

アスランは泣き叫ぶニコルをだきあげ、彼の頭上で高い高いと2、3回した。

すると今まで泣いていたのがまるで嘘のように

「きゃっ!きゃっ」

とニコルは機嫌よく声を出し始めた。

「お前なんでうつぶせなんかなってたんだ」

アスランは機嫌の良くなったニコルに話しかけながら

いつものようにアクセントラグへ仰向けにニコルを寝かせた。

あんなに泣き叫んだあとなので、寝かせたら少し泣くかと思ったのだが、

機嫌がよいようで特段ぐずることなく

「あー」

だの

「だー」

だのと声をだ、アスランの方へ手を伸ばしていた。

 

濃紺の髪と緑の瞳をもつ二人の子供、ニコル。

目と髪は父親譲りだが、目鼻立ちは母親似だとアスランはいつも思っている。

髪の色も母親の色が混じっているからか自分のそれよりは幾分明るい色だとも。

子供が生まれ、男の子だとわかったときに

カガリは真っ先に『ニコル』とつけたいとアスランに言った。

ニコル・・それはあの戦争でアスランをかばって死んだ友人の名前。

「もちろん、お前が他の名前がいいのなら、そっちにしてもいいが、

私はこの子がお腹にいる時からずーっと男だったら『ニコル』にするってきめてたんだ」

カガリはそういって笑った。

 

アスランはニコルの側にすわり頭を撫ぜ始めた。

と、その時カガリがリビングに入ってきたのに気が付いた。

手にカゴをもっていたので、たぶん庭に洗濯物を干しに行っていたのだろう。

アスランは彼女に声をかけた。

「カガリ、何でニコルをうつ伏せにしてたんだ。

苦しかったみたいで真っ赤な顔をして泣いてたぞ」

するとカガリはきょとんとして、首を傾けた。

「えっ、私はうつ伏せにねかせてなんかいないけど」

「本当か?だってこいつはうつぶせだったぞ」

するとカガリは何か思い当ることがあったようで、くすっと笑いニコルの頭をなでながら

「そおっか・・。ニコルを観察してればわかるよ」

とアスランに言い、

「お父様にみせてやってごらん。」

とニコルに話しかけた。

アスランはなんなんだと口をひらこうとしたが、

「見てればわかるって」

「でも・・・」

「あー、でもすぐかどうかわからないから、ちゃんと見てないと見過ごすぞ」

と洗濯籠を片付けに向かったカガリにいわれた。

(そんなこといわれても・・・)

ニコルは相変らず機嫌がよく、声を出しながら手をうごかしている。

自分の手を見て面白いようだ。

(うーん、いつもとかわらないと思うのだけど、いったいなんなんだ)

アスランはハツカネズミになりそうだった。

 

洗濯籠をしまったカガリが戻ってきてアスランの隣に座った。

「いつもとかわらないぞ」

ちょっと不満な顔をしてアスランはカガリに言った。

「そうか」

(うーん、こればっかりはなあ、ニコルの気分次第だからな)

カガリは苦笑いをした。

と、その時・・・

コロンとニコルが寝返りをした。

「あっ!」

「見たか?」

二人は顔をみあわせた。

寝返りをして自分でうつぶせになったニコルは視界がかわったせいなのか

「きゃっ、きゃっ」

と声をだしてさらに喜んでいる。

「でも、何で泣いてたんだ」

アスランは呟いた。自分でうつぶせになったのに。

と、彼はあることに気がついた。

「あっ、もしかして」

「そうなんだ、寝返りを打てるようになったんだけど、まだ自分では戻れないみたいなんだ。

しばらくは楽しいらしいのだが、だんだん体勢に苦しくなってくるみたいで、

それで疲れて泣いちゃうんだよ」

「なるほど。でもいつできるようになったんだろう」

「わからない。私も昨日初めて気がついたんだ」

「そっか」

先週までは寝返りをしようとするのだが、どうも肩の抜き方がわからないらしく

横をむいたまま、元に戻せないし寝返りはうてないという状態になって

やはり体勢が苦しいらしく泣いてたんだ・・・・と

カガリは身振り手振りで説明を始めた。

アスランにはそんなカガリの様子もまた微笑ましかった。

一通り説明をおえたあとカガリはニコルのほうに近づき彼の肩に手をあて

こうするんだぞと言いながらゴロンところがしてやった。

ニコルは再びあお向けになった。

ニコルは元に戻されても喜んでいた。

「すごいな」

アスランは呟いた。

ついこの間まではカガリの腕にだかれているか寝ているだけだったのに。

「すごいだろ」

「ああ・・・本当に」

「教えたりしてないんだけどね」

「ああ・・そうだな」

二人は顔を見合わせて笑った。

「そうだ、おなかすいただろう、今から作るからニコルをみていてくれ

なかなかおもしろいぞ」

カガリは立ち上がり、キッチンの方へ向かった。

「そっか」

アスランがニコルの方に目をむけると

コロンとまた寝返りをうった。

そしてアスランのほうに向けて得意そうにニっと笑った。

 

 

 

(あとがき)

この寝返りのエピソードは実話でして、私の従妹が赤ちゃんの時の話です。

2004.5.15

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