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第1章から

カガリは自分の部屋でパソコンと睨めっこしていた。

ちょうど画面には、大学の卒業式でのキラの様子とメールが表示されていた。

彼は先日マリアから卒業祝いにとプレゼントされたスーツを着ていた。

「マリアに見せなきゃ。しかし、キラもとうとう社会人か。」

その写真をみてカガリはポツリとこぼした。

スーツにネクタイをした双子の片割れ。

ついこの間まで、二人で走り回って遊んでいたような感じがするだけに不思議な気がした。

キラは某外資系のコンピュータ会社に就職する。

チャンスがあればアメリカの研究所にも行けるみたいだと、この間ここで言っていたことをカガリは思い出した。

お正月を日本で過ごしたカガリと一緒にパリへ訪れたキラは、結局1月終わりまで彼女の下宿で過ごし、日本へ帰っていった。

恋人のラクスのスケジュールが変更になり、一緒に日本へ戻れなかったということもあるのだが、居心地もよかったようだ。

それはキラに会うのを楽しみにしていた下宿先の女主人マリアを喜ばせた。

 

現在、カガリは父親が若い時に下宿した家に同じように下宿をしている。

昨年の9月から、彼女はパリの菓子職人等の専門学校にフランス人に混じりながら通っている。

下宿の主であるマリアはカガリの父親をたいそう気に入り、息子のように可愛がっていた。

今も仕事で年に数回パリを訪れる彼は彼女の家に泊まる。

そういうこともありキラとカガリは、マリアにとっては孫のようなものだったのだ。

 

キラが滞在している間、マリアは日本での二人のエピソードを尋ね、また二人に両親の若い頃の話を聞かせてくれた。

無論、自分達の話の時には、彼らの幼馴染であるアスランも必ず話題にのぼっていた。

キラもカガリも、自分達の話をするのは恥ずかしかったのだが、両親の話はとても興味深く思えた。

すっかりマリアになじんだ彼は大学の卒業祝いとして、スーツを買ってもらっていた。というか・・・

「何だって、仕立ててもらっている?」

嬉しくてたまらないという顔でキラが頷いた。

「うん。だから、出来上がったら日本に送ってくれるかな。」

カガリはそれを聞いて呆れた。マリアはサービスしすぎじゃないか・・・とカガリは思った。

「お前・・・甘えすぎだ。」

が、ニコニコと笑ったキラの切り返しに彼女は言葉を失った。

「いいじゃない。カガリにはウエディングドレスをプレゼントするつもりだ、ってマリアは言っていたよ。」

「えっ・・・」

「しかも自分で縫うつもりだ、って。だから、僕はスーツでちょうどいいの。」

「自分で?」

「きっと、もうすぐだと思うのよね、ってなんてマリアが言っていたけど、本当なの。」

キラがカガリの顔を覗き込んで聞いた。

「知るか・・・」

キラの突っ込みに、カガリの顔は真っ赤になっていた。彼女は成田でのアスランの言葉を思い出していた。

 

「それから・・・カガリがパリから戻ったらさ・・・」

そういったあと、アスランは囁くように言ったのだ。

「結婚したいのだけど・・・いいかな。」

 

そのことは誰にもまだ話していない。もちろん彼女はそこで頷き承諾の意思は示したつもりだ。

「そうだよね・・・まだ、アスランって家に挨拶に来てないよね。」

キラは首をかしげながら言った。

 そこまで、思い出したところでカガリは時計を見た。

明日、まあ時差のことがあるから日本はもう今日なのかもしれないが、3月25日はアスランの大学の卒業式だ。

彼は就職せずに大学院へと進学する。

だから、あまり卒業することに感慨を持っていないようにカガリは感じていた。

彼女は、キラが日本に戻る時にバレンタインのチョコレートと卒業祝いを託していた。

節目は大事だぞ・・・と彼女は思いながら、彼あての卒業祝いメールの作成を始めた。

 

第2章から

新学期が始まった。二人は暇をみつけては会った。

そのうち、カガリのアルバイトがない日は、アスランの大学近くのカフェでお茶をするのが習慣になった。

そこは大学から歩いて15分くらいのメトロの出口近くにあった。

カガリは、学校から家へ戻る途中、地下鉄を途中下車し、カフェへと通った。

アスランの同居人はまだ見つかっていなかった。

 そんなある日、アスランは珍しく急いでいた。

彼はゼミが終わるやいなや、挨拶を軽くしながら、ジャケットを片手に教室を飛び出した。

廊下を駆けながらジャケットに手を通し、校舎を走り抜けた。

今日はゼミがいつもより遅く終わったのだ。しかも自分の質問が長引かせてしまった原因だった。

あとで、聞けばよかった・・・と、ちょっと後悔しながらも、アスランはカガリが待っているカフェへと向かった。

今からどんなにがんばって走っても1時間の遅刻だった。

いつもはアスランが先にカフェに着き、カガリを待っているのだ。

彼は彼女を一人でカフェに待たせるのも心配だったからだ。

アスランはカフェに入り、窓側のいつもの席でスケッチブックに向かっていたカガリを見つけ近づいた。

「ごめん・・・とっても遅くなった。待っただろう?」

「あれ・・・そうだっけ。ああ・・夢中になっていたから大丈夫。」

カガリは時計を確認して、ちょっと驚いたようだったが、機嫌が悪くもなく、手元に開いていたスケッチブックを閉じた。

「よかった。・・・その、今日はおごるよ。」

今日はマリアがコンサートに行くので、カガリもアスランと外食をとることにしていたのだ。

「いいのか?」

「ああ・・・待たせたお詫びだ。」

アスランはウィンクをした。カガリの前に座りながら、スケッチブックを指して尋ねた。

「新しいケーキを考えていたのか?」

「うーん、まあ。」

カガリはちょっと言葉を濁した。実はアスランの誕生日のケーキを考えていたからだ。

「今度はどんなケーキなの?」

「まだ考えている途中だから・・・。」

「そっか。」

二人は話を始めた。彼らはそんな自分達を見つめている人物がいることには気がつかなかった。

その人物は、ゼミがいつもより遅く終わったので、まっすぐ帰ろうかといつも寄るカフェの横を通り過ぎようとした時、窓側の席にいるアスランに気がついた。

今日のゼミが30分近く延長した原因を作ったのは彼だった。

「あれ?」

自分もこの店に時折来ているが、彼とここで会った事は今までなかった。

そのうえ・・・。

好奇心にかられその人物は予定を変更し店の中へ入った。

そして、店の片隅で楽しそうに話しているカップルに目を向けた。

濃紺の髪の人物は、確かに自分の知っている人間だった。

アスラン・ザラ、日本から来た留学生。

研究室で見せる姿と随分違う。

それで、彼はアスランに声をかけることに決めた。

それにアスランの前に座っている女性にも興味があった。

アスランに気がつかれないように回りこみ、後ろから肩をたたいた。

「ハイネ!」

アスランは驚いた顔をして、声をかけてきた男性を見上げた。

カガリが知り合いか?とアスランに目で問いかけてきた。

彼は彼女に向かって頷いた。

「どうしてここに?」

「ああ、俺のアパルトメントはこの近くだから、たまにこのカフェに寄っているのさ。」

アスランは目をパチパチとした。

大学から少し離れたところにあるので、知り合いとは会うことはないとアスランは思っていた。

実際今まで会ったことがなかった。

「知らなかった。」

「俺も今日初めて気がついた。どちらかというと研究室で時間潰してからここに来ていたから、いつも入れ違いだったのかな。」

ハイネはそう答えながら、アスランの隣に座って、彼の肩をつついた。

「で・・・えっと、こちらの女性を紹介してくれないか?」

アスランがなかなか紹介してくれないので焦れたようだった。

「えっと、ああそうか。」

アスランはカガリとハイネが初対面であることに気がついた。

アスランはハイネにカガリを紹介しようとした。

が、ハイネの切り返しに会った。

「おい、アスラン、レディ・ファーストで頼むよ。」

 

第3章から

年があけ、日本から戻るとアスランはナント大学での実験に参加するためパリを離れた。

週末は戻るから、とパリの彼の下宿はそのままにしていた。

「ハイネは行かないのか?」

ナントへ向かうTGVの中でカガリがポツリと呟いた。

アスランと同居しているハイネは、今回、ナントに行かなかったのだ。

「ああ・・・彼は、テーマが少し違うから。」

「ふーん。」

アスランは苦笑いをした。

ちょっと拗ねたようなカガリの態度が少し嬉しくもあったからだ。

彼女が自分のことで、一喜一憂する姿を余り見たことがなかったからだ。

どちらかといえば、自分の方が彼女の周りの男性陣に対してやきもきしていると思っていた。

「あ・・・でも、2月に1ヶ月だけくることに確かなっていたと思う。」

カガリの機嫌が直るようにアスランは付け足した。

「そっか・・・ハイネも行くのか。」

結局、プロジェクトのメンバーは行くのか・・と、カガリは少し納得し、ポツリとこぼした。

「じゃあ、我慢しなきゃ。」

その言葉を聞いたアスランは、思わず彼女を抱き寄せた。

カガリはあまりの恥ずかしさに真っ赤になっていた。

「ちゃんと週末はパリに戻るから。」

アスランは耳元で囁いた。

「無理しなくてもいいぞ。」

嬉しいと思いながらも、照れ隠しにカガリはぶっきらぼうに答えた。

 

ナントではアスランは寮に入ることになっていた。

寮は二人部屋で、友好を深めるために、ナント大学の共同研究プロジェクトのメンバーが同室となっていた。

まだ、1月のうちは実験が準備段階なので、約束どおりアスランは週末パリへ戻り、カガリと会っていた。

ハイネにからかわれるので、もっぱらカガリの下宿でゆっくり過ごす時の方が多かった。

しばらくして、パリの研究室である噂が話題になっていた。

それはナント大学の研究室の女の子とアスランが怪しいという噂のニュースが、パリの研究室で話題になった。

アスランと一緒にナント大学へ行ったメンバーが言ったからだ。

その話を聞いたハイネは首をかしげた。

「でも、あいつちゃんと週末にはパリに戻って、デートとかしているぞ。」

 

第4章から

新緑が少しずつ目に付き始めた4月の半ば、アスランがナント大学での作業を終え、パリへと戻ってきた。

カガリも2年間の専門学校を終える時期が近づいていた。

専門コースに進み、あと2年パリに残るか、日本へ帰ってしまうか、そろそろ答えを出さねばならなくなってきた。

アスランがパリに戻ったので、カガリは差し入れを作り、大学へ持っていくようにした。

さすがにアスランがいないと行きにくかったのである。

卒業の課題に向け、実習が増えたいま、作ったケーキを食べてもらえるのは助かる、といってフレイも以前のように協力してくれた。

が、差し入れに行ったカガリは研究室にミーアを見つけ、驚いた。

一方、ミーアもカガリとフレイが研究室のメンバーと親しいのを見て驚いた。

そしてその日は、カガリがナントで見た時と同じようにミーアはアスランの隣を占領した。カガリはアスランとほとんど話すことが出来ず、寂しい想いをした。

その次の日、4月からはパリの大学が実験の舞台となっており、今度はナント大学からのメンバーが来ていると、いつものカフェでアスランからカガリは聞いた。

以前のように、時間を見つけてはカフェで会っているにもかかわらず、ミーアがパリにいるという事実を知り、カガリは少し不安を覚えた。

が、そんなカガリの不安を払拭する出来事が実にあっさりと起きた。