遠い記憶

 

時計が15時を指していた。

アスランは相手に気がつかれないように小さくため息をついた。

「時間が来てしまいましたが、あと1つだけ議題が残っています。

 もう少しだけ時間がいただけると助かるのですが・・・。」

予想通り、先方から時間延長の申し出があった。

いつもなら、快く相手の申し出をうけられるのだが、今日は少し違った。

事務官が気遣わしそうにアスランの顔を見た。

今日は出来れば、夕方の17時の便で帰りたかったのだ。

だが、仕方ない。

お互い顔を突き合わせての話はそう簡単にできるものではない。

「わかりました。では15分ほど休憩をいたしましょう。」

アスランは答えた。

 

「すまないが、シャトルの時間を調べてくれないか。」

アスランは休憩の時に事務官に向かって依頼をした。

「できるだけ早く帰りたいのだが。直行便にはこだわらない。」

「わかりました。」

もう3年目の付き合いとなる事務官は、彼が今日どうしてもシャトルに乗りたい気持ちを知っていた。

明日は彼の息子ニコルの誕生日なのだ。

アスランは子供の誕生日には休みをとり、一緒に過ごすことにしている。

が、今年は直前にプラントの技術担当議員との打ち合わせが入り、しかも会議の場所がプラントとなってしまったのだ。

それで、最終日の会議を15時で終了するとスケジュールを組んでいたのだが、

いかんせん議題がすべて消化できなかった。

これがたくさん残っているのなら、『また次の機会を設けて・・・』と話をもっていけたのであるが・・・。

 

結局、会議は19時近くまでかかり、アスランは21時のシャトルに乗ることになってしまった。

しかも直行便ではなく、パナマ経由の帰国となった。

それでも、明日の20時には家に帰れるだろう。

予定よりは6時間くらい遅れることになったが。

 

−無理しなくていいぞ。ニコルももう大きくなったから判っているさ。

 

シャトルに乗る前に、到着時刻の変更を連絡した時、妻から言われた。

今年で9歳になるニコルはアスランに似て利発で物分りがよい。

そう・・・自分と似ているからこそ・・・誕生日には顔を見たいのだ。

 

自分の父パトリックは仕事で忙しく、アスランには誕生日を一緒に過ごした記憶はあまりない。

仕方がないといつも自分を納得させていた。

ただ、月で暮し始めて何回目の誕生日だったか忘れたが、

一度だけ父が自分の誕生日にいたことがあったのを覚えている。

本当にいただけだったのだが・・・それでも彼は嬉しかった。

 

その日、朝起きたら、母がばたばたと台所で何やら準備をしていた。

研究で忙しい母親は帰りもいつも遅かった・・・ので、朝も遅いときが多かった。

いつも、アスランは一人で朝食を食べ、母レノアに声をかけ、キラを誘いに行くのが日常だった。

珍しい・・・アスランはそう思った。

が、彼がリビングに入ると、朝食をとっている父パトリックがいた。

アスランは驚いた。

パトリックが来るとは聞いてなかったからだ。

が、パトリックはとても不機嫌に見えた。

父に会えて嬉しい半分、彼の機嫌が悪いのでアスランは少し遠慮がちに尋ねた。

「おはようございます。父上。」

「ああ・・・。」

「今日は・・・お休みなのですか?」

「いや・・・プラントへこれから戻らねばならない。」

「あ・・・」

アスランはその後言葉を紡ぐことが出来なかった。

「アスラン、朝食はできているから・・・」

アスランを認めたレノアが、朝食を手にリビングへと入ってきた。

すると、食べ終わったのか、パトリックは立ち上がった。

「誕生日おめでとう、アスラン。」

そう言って彼はアスランの頭を撫ぜて玄関へと歩いていった。

「えっ・・・」

気がついたときにはもうすでに父は母に声をかけ、玄関をから出て行ってしまった。

アスランは昔から自分の誕生日には疎かったのだ。

父に声をかけてもらえるまで気がつかずにいたので、その時はお礼をいうこともできなかった。

アスランの誕生日にあわせて休みをとって、夜遅く月にやってきたのだが、

緊急な用事が入り、プラントに戻らなければならなかったことを後で母から教えてもらった。

 

「あの時だけだよな・・・」

アスランはポツリと呟いた。

そこへ・・・先ほどの通信での妻の言葉を思い出す。

 

−そりゃあ当日会えるのが一番だと思うさ。けど駄目な時があるのも仕方ない。

そういう時は、メールでもいれといて、次に会った時にちゃんと言えばいいさ。

 

「そういう自分こそ、去年は夜中に帰ってきたくせに・・・。」

彼は再び呟き、そして気がついた。

そうだ・・・よく考えてみると・・・

母と二人、月で過ごしていた時には11月の前後には、父が月に訪れていた気がする。

もしくは二人でプラントに行っていたかもしれない。

誕生日当日は無理だとしても・・・顔を必ず合わせるようにしていたのだ。

アスランは思わず目頭を押さえた。

あの人も自分を愛し気遣ってくれていたのだ。

アスランは鮮明に思い出した。

どうして今まで忘れていたのだろう。

そういえば母も10月に入るとそわそわしていたことを思い出す。

そしてそれはいつからなくなったのだろう。

プラントへ戻ってまた父と一緒に暮らすようになってからだろうか・・・。

 

今月の終わりは自分の誕生日だ。

きっと子供達が母親と何か計画をしているだろう。

相変わらず自分は当日になると忘れてしまいがちで、彼女に呆れられるのだが。

自分は父の誕生日にはメールしか送ってなかったかもしれない。

どっちもどっちだよな。

アスランは再び目を閉じた。

 

−誕生日おめでとう、アスラン。

 

少し照れている父パトリックの顔がもう一度浮かんだ。

 

 

(2005.11.19)サイトup

アスランバースディ企画に投稿したもの

 

 

あとがき

あまをりりんずさま主催のアスランバースディ企画に投稿したものです。

アスランが自分の子供の誕生日を祝うため努力する時に、自分の誕生日のことを思い出す話です。

種のパトリックの描写を見ると・・・アスランにも愛情はあったと思っています。

両親の愛に気がつくのは自分が親になってから・・・という話も聞きますよね。

 

アスランは自分の子供のイベントに対しては一生懸命になりそうな気がします。

構い過ぎないように適当に忙しいのがいいのですが・・・。

 

 

 

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