ないしょ話


「じゃ、後でMSデッキでね」
エターナルに用事があると言ってキラは俺に軽く手をあげた後、その手を移動ベルトにのせ、先にずんずん進んでいった。
1人取り残され、俺はさて…と考える。

今はまだフリーダム、ジャスティス共にアークエンジェル内にあるが、

いずれは2機の専用運用艦であるエターナルに移動させる事になるだろう。

それまではとりあえず俺もここ、アークエンジェルのクルーなのだが…
キラ以外特に親しい人間もいない俺は、ぽっかりあいた時間をどう過ごそうかと思案をめぐらせた。
唯一ディアッカは親しい…というか、知り合いの域に入るが、
彼はアークエンジェルのクルーと仲良くしているようだし、俺もわざわざ出向いて行ってまで彼と話す事もなかった。
もし話したとしても──楽しい話とは程遠いものになるだろう。
そういう意味では話をするべきかもしれないが──

と、その時背後から聞き覚えのある声が近付いてくる。どうやら誰かと会話しているようだが…
待たずとも、通路の角からその人物はすぐに姿を現した。

1人は地球軍の軍服を着た男、そしてもう1人は予想通り──
オーブのジャケットに身を包んだ、カガリだった。

彼女は何やら興奮気味に隣の男に話しかけている。
男の方は彼女を見て穏やかに微笑みながらたまに相槌を打つ、そんな感じだった。
傍から見れば兄妹、といった風情なのだが──何だか面白くない。

その2人はまだ俺のいる位置から離れたところにいるのでこちらには気付いていないようだ。
咄嗟に姿を隠そうと辺りを見回すが、何故俺が隠れなきゃならないんだ、と考え直し
結局この場所でカガリが気付くのを待つ事にした。その時男の口からこんな言葉が飛び出した。

「カガリちゃんは本当に面白い子だね」

──カガリちゃん!?

俺は自分の耳を疑った。
現在メンデルに身を寄せている人間の中で、カガリの事を“ちゃん”付けで呼ぶ人間がいるとは──
仮にも彼女は一国の姫だ。いや、正確には“一国の元首長の娘”なのだが…
そんな事はこの際どうでもいい。
とにかくそんな人物をちゃん付けで呼ぶ奴がいるとは…
まさかカガリの身分を知らないとか?
いや。エターナルのクルーならともかく、アークエンジェルのクルーであれば知っているはずだ。
俺は問題の男を遠目からじっと観察し始めた。

髪は俺と似たような色。目は切れ長で顔は…それなりに整っている。
体つきも太すぎず細すぎず。身長もそこそこある。
年齢はどれくらいだろう──とにかくカガリから見てあれ位の年齢の男ならきっと──
おっさんの領域。

しかし──と、今度はカガリに目を向ける。
カガリもカガリだ。
彼女の性格からして“ちゃん”付けで呼ぼうものなら鉄拳が飛んできてもおかしくなさそうなのに、彼に向ける笑顔は実に楽しそうだ。
何故おとなしく“カガリちゃん”などと呼ばせているんだ?しかも何故その笑顔なんだ?
もしかして、その男の事を──

「あれ〜?アスラン!」
カガリは漸く俺の姿を見つけたようで、隣の男をおいて先にふわふわとこちらに近寄ってきた。
それを見てもなぜか今の俺は素直に喜べない。
──なんだよ、その男、ほったらかしてていいのか?
「どうしたんだよ、こんな所で1人ぼーっとして」
「いや…ジャスティスの調整に行く前に少し時間があいて…」
──悪かったな。ボーッとしてて。どうせ俺にはお前みたいに仲のいい異性はいないさ。
「丁度私も時間があいてるんだ。一緒に暇つぶししてやるよ」
──………

何だかんだ考えつつも俺がこっくり頷こうとした、その時だった。
「じゃカガリちゃん、俺はここで…」
俺は首の動きを変え、急遽その男に顔を向けた。
カガリは笑顔でじゃあな、と片手をあげている。
男もそれに笑顔で応え、俺の方を向いて──顔を引きつらせた。
ぎくしゃくと軽く頭だけ下げ、彼はいそいそと去って行った。

「──お前…何でそんな恐い顔してるんだ?」
男の背中が見えなくなるまで見送った後、カガリは不思議そうに俺を見上げてそう言った。
「これが普通の顔だが」
俺は表情を変えないままカガリを見て、男が去った方とは逆方向へと進みだした。
「おいっ、どこ行くんだよっ」
カガリの慌てた声を聞き、俺は少しだけ速度を緩める。
そうして俺の腕に掴まる手を確認した後、また少しだけ速度をおとした。
「──ジャスティスの所に行くんだ」
カガリはぐいっと俺より前に出て、こちらを振り返った。
「まだ時間あるって言ってたじゃないか」
「──カガリも一緒に来ればいい」
俺はカガリの手を掴み、そのままずんずんと通路を突き進んでいった。

いろいろ考えた挙句、俺達の向かった先はアークエンジェルのMSデッキではなくパイロット待機室だった。
片腕を固定された状態で俺1人ジャスティスの許へ行っても大した事はできないし、

ここなら──少なくともさっきの男が邪魔に入る事はない。
とにかく──俺は気に食わなかった。あの“ちゃん”付けの呼び方が。

「お前“ジャスティスの所に行く”って言わなかったか?」
カガリはここに連れて来られた事に首を傾げている。
俺はそんなカガリを振り返り、早速疑問をぶつける事にした。
「訊きたい事があるからここに来たんだ。お前さっき一緒にいた男──」
「そう!さっきまでシュミレーター使わせてもらってたんだ!」
「シュミレーター?」
今度は俺が首を傾げる番だった。
そんな俺に気付く様子もなく、カガリは興奮気味に語り始めた。
「以前アークエンジェルにいた時にもやったんだが、これがなかなか…まあ余裕でハイスコア出したんだけどさ」
カガリの話はまだ延々続いている。が、俺の意識は別の所にあった。

何故あの男の事を尋ねたのに、シュミレーターの話になってるんだ…?
訳がわからずにいる俺にお構いなしに、カガリはひたすら自分のスコアがどーとかタイムがどーとか話し続けている。

「あのさ、カガリ!」
俺が大声をあげると、カガリの語りはぴたりと止まり、きょとんとした顔をこちらに向けている。
そこで俺は再び訊きたかった事を尋ねた。
「シュミレーターの話と、あの男と、どういう関係があるんだ?」
そこでカガリはああ、とびっくり顔から笑顔に戻った。
「前にそれやった時もあいつ…えと、ノイマンだっけか。そいつがやらせてくれたからさ。
今回も頼んだんだ。で、さっきまでずっと一緒にいたから。彼がどうかしたのか?」

──まあそういう事情なら別に気にする事もないだろう。どうやらカガリはあの男の名もちゃんと覚えていないようだし。
だが──ならどうしてあの男にちゃん付けで自分の名を呼ばせるだろう──

「アスラン?」
名前を呼ばれた事に気付いて我に返れば、カガリは不思議そうな顔をして俺の顔を覗きこんでいる。
俺がゆっくり視線を合わせると、カガリはにこっと微笑んだ。
「なぁ、私と勝負しないか?」

──何て暢気なんだ、コイツはっ!
そんなもの、俺が勝つに決まっているじゃないか。
そんな事より俺は──

「遠慮しておく。それより」
「ええ──!?別にいいじゃないかっ、ケチ!」
カガリは頬を膨らませながら上目遣いで不服そうに俺を見上げてくる。
だがそんな意味のない勝負をしてカガリを不機嫌にさせても意味がない。
俺がカガリの頬を人差し指でつんと突いてやると、しぼめた唇からぷっ、と息の漏れる音がした。
「そんな事より訊きたい事がある」
カガリが再びきょとんとして俺を見る。
「訊きたい事──?あ、じゃあそれは勝負してお前が勝ったら──」
…まだ言うか…俺は呆れながら再びカガリの手首を掴んだ。
「俺が勝つからっ。それより──」
「そんなのやってみないとわからないだろっ!?」
カガリは俺に掴まれていない方の左手で、俺の手を掴んで無理矢理引き離そうとするがびくともしない。するわけがない。
「この手も振り解けないようじゃ、勝負は見えてる」
そう言ってやるとカガリはムッとした表情になる。
「シュミレーターに力は関係ないだろっ!」
口ではそう言いながら、それでも負けるもんか!と言わんばかりにギュッと俺の指を引き剥がしにかかっている。

こんな事をやっていても埒が明かない。そう思った俺は無理矢理本題に持っていった。
「何であの男はお前の事“ちゃん”付けなんだ?」
途端にカガリは鳩が豆鉄砲食らったような顔で俺を見て、やがて手の力を緩めた。
「は…?何の事だ?」
口に出して尋ねた途端急に照れくさくなって、俺は少し顔をそむけた。
それでもカガリは無遠慮にこちらをじろじろ凝視したままだった。
「だから…っ!さっき、そう呼ばれてたじゃないか…」
徐々に語尾を弱くしながら呟くと、ようやくピンときたのだろう。カガリは急にクスクス笑い出した。
それが癪に障って、今度は俺が逆にムッとする。
「何か可笑しい?──だいたいお前がちゃん付けで呼ばせておく事の方がおかしい」
カガリはゆっくりと俺の指から手を放した。
それと同時に俺もゆっくり手の力を抜き、おろしていった。

「あの男…ノイマンの声、聞いた事あるか?」
カガリは悪戯を思いついた子供のように瞳を輝かせて尋ねてくる。
何か釈然としない気分を抱えながらも、俺は正直に答えた。
「彼と認識しては…ないな。聞いた事はあるが。それがどうかしたのか?」
「じゃあさ、今度じっくり聞いてみろよ。おもしろいから」
それだけ言ってカガリはまたくすくす笑っている。
これだけでは何のことやらわからず、俺はさらにカガリを問い詰めた。
「『彼の声』と『ちゃん付け』、一体どういう関係があるんだ?」
カガリは今度はおもちゃを取り上げられた子供のように不服そうな表情をつくる。
「えぇ〜〜聞いてみろよ。そしたら教えるから」
「わざわざ声を聞きに行くつもりはない」
そうきっぱりと言ってやる。

何で俺がよく知らない男の声を、しかもカガリの事をちゃん付けで呼ぶような男の声をわざわざ聞きに行かなければならないのか。
憮然とした表情でそう答えた俺とは対称的に、カガリは秘密を出し渋る子供のように目を細めてニヤニヤしている。
「どーしよっかなー。まぁお前になら教えてやってもいいか…」
そう言うと楽しげにくすっと笑った後、ずいっと俺に近付き──耳元に両手をあて、唇を寄せてくる。

不意打ちのカガリの行動に俺の鼓動はドクンっと大きくひとつ鳴る。
だが直後、それはないしょ話をするためだという事がわかり、俺は少し残念に思った。
しかし──ここには他に誰もいないのに、こんな行動をとる必要があるのだろうか──?

「あのな…」
カガリの囁きが、息が耳に届く。
こそばゆくって、あと全身にゾクッと震えがきて、俺は思わず目を細めた。

「ノイマンの声って…キサカに似てるんだ」
思ってもみない人物の名前が出て、俺は一瞬で酔いから醒めたように瞳を開いてカガリを振り返った。
カガリはというと、俺から少し離れながら、へへへっと照れ笑いを浮かべている。

どういう事だ──?カガリはキサカさんが──?え──?
「だからさ、ノイマンが“カガリちゃん”って呼ぶと、まるでキサカがそう呼んでるようで…ぷっ」
そこまで言って堪え切れなかったのだろう。カガリは腹を抱えて大声で笑い出した。
俺はといえばそんなカガリをただ呆然と見やるだけだった。

そんなカガリのバカ笑いを見ていると、今までムカムカした気持ちを抱いていた自分が何だかバカバカしくなってくる。
俺は苦笑しつつ息をついた。

「そんな笑っているけどな、カガリ。お前だって人の事言えないぞ?」
俺の言葉にカガリは漸く笑いをおさめて俺を見上げてきた。
不思議そうにしているが、その顔にはまだ笑みがこびりついている。
俺はにやっとしながら、前から思っていた事を言ってやった。
「お前とトリィの声って、似てる」

途端にカガリの顔から笑みが消え、俺にずんずん詰め寄ってくる。
「なっ…!あれはペットロボじゃないか!そんなモンと比べるなよっ!」
掴みかかってきそうな勢いのカガリから俺は少しずつ後ろに移動しながらさらに続ける。
「トリィが鳴いてるのを聞くと“あれ、カガリ?”って思うこともあるぞ」
まあこれは嘘だが──カガリは真っ赤になって腕を振り上げる。
「そんなの嘘だっ!ありえんっ!」
俺はかがりの拳を片手で受け止めながらさらに言った。
「あと…アイリーン・カナーバとか…」
「誰だよっ、それは!」

俺達はしばらくパイロット待機室で追っかけっこしながら、楽しいひとときを過ごしたのだった。

 

(2004.6.13サイトup)

 

あとがき

390DAYSのハヅキミオさまからサイト開設記念で頂きました。ミオさまのサイトはこちら

やきもちをやくアスランというお願いをしたのですが、見事にしかもちゃんとおちがあるのです。すばらしい。

おちがわからないあなた・・・声優好きではないかもしれませんね。

 

 

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