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脳卒中 脳梗塞 脳梗塞+看護(通販)


脳梗塞看護マニュアル―急性期クリティカルパスを中心に
橋本 洋一郎,米原 敏郎,寺崎 修司
脳梗塞発症直後の患者管理で日本のトップ水準を誇る熊本市民病院と済生会熊本病院が用いている看護実践マニュアル
わが国の統計では,脳梗塞を含む「脳卒中」による死亡者は,1970年前後をピークに減少の一途をたどっている。そのため,脳卒中は過去の病気という誤った認識が一部で広がっているが,少なくとも脳梗塞は,話が別だ。死亡率でみても減少していない上,治療の結果,軽症化してもマヒを残し,その後寝たきりになってしまう患者が増加している。事実,前首相の小渕恵三氏は,脳梗塞で倒れ,その後亡くなった。脳梗塞治療で重要なのは,発症直後から約2週間後までの急性期に,いかに積極的な治療を行うかということで,その治療内容が,患者の予後を大きく左右する。

本書では,脳梗塞の病態と治療という基本的な概念を解説した後,急性期のリハビリテーション,看護体制などについて,看護マニュアルを作って対応している熊本市民病院,またクリティカルパスを作って対応している済生会熊本病院の取り組みを紹介する。両病院とも,脳梗塞急性期の治療実績では,日本の最高水準を誇っている。このようなマニュアルは,看護の質の向上や効率化,ケアの標準化には欠かせない。看護スタッフばかりでなく,脳梗塞を診る医療関係者すべてに勧められる。 (ブックレビュー社)
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疾病構造の変化、超高齢化、少子化社会の進行、および国民生活水準の向上と価値観の多様化にともない、地域における健康ニーズも著しく変化しています。医療、看護においては住民の「自己決定権」を尊重し、サービスの受け手である「生活者としての患者さん」の立場を重視した支援が求められています。そのような背景をふまえ、今回済生会熊本病院と熊本市立熊本市民病院スタッフの共著による脳梗塞の看護マニュアルを発刊することになりました。




わがまま患者の独り言―脳梗塞発症入院日記 入院から退院までの約1カ月間の全記録
対馬 勝淑
入院患者の本音?最初におおまかな指示をするだけで、あとは担当患者のそばを離れてずっと同僚とおしゃべりの理学療法士達。夜だけ服薬のはずの薬が朝食後にも!夕食に同じ品が2皿!無塩スープ…?夜の病院のこと、お風呂のこと、実際の投薬・検査内容と話がかみあわない教授回診のこと、院内コンサートのこと、看護学校の実習生のこと、退院手続きのこと、etc。…そして、重篤症状に陥らせない家族の絆のこと。脳卒中経験者・予備軍に勇気を与える書。再発率の高い脳卒中にどう備え、どう克服するか。入院患者の本音が聞こえる病院関係者も必読の一冊。 再発率の高い脳卒中にどう備え、どう克服するか? 夜の病院のこと、お風呂のこと、実際の投薬・検査内容と話がかみあわない教授回診のこと、院内コンサートのこと、そして重篤症状に陥らせない家族の絆のことなどを綴る。

とにかく手に取って読んでみてください。
笑いあり、家族の愛あり、の実際の入院生活の記録です。
もちろんすべてが真剣なのですが、
こんな感じで、笑って入院生活を送られるといいですね。


脳梗塞リハビリ体験 (SINGPOO BOOKS)
河野 登彦
脳梗塞を患いながらも不屈の精神でリハビリを続け、見事に社会復帰を果たした著者による体験記。 河野 登彦
1933年鹿児島県揖宿郡山川町出身。現在千葉県千葉市在住。1952~1993年元川崎製鉄(株)(現JFE)。1994~1998年関東電気保安協会。1999~2001年登録電気工事業自営。2001~現在に至る(町内会理事)。2003~現在に至る(コミュニティ活動、サークル代表)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)



大腸ガンと脳梗塞を抱えて―闘いの記録
長田 道昭
大腸ガン、手術中に脳梗塞、そして腸閉塞…あいつぐ大病発覚から3年。入院と手術、後遺症とリハビリまで、病との果てなき闘いを克明につづった“病床日めくり日誌”。 長田 道昭
昭和15年生まれ。慶大工学部卒(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

車の運転や二度目の免許証の項は、高次脳機能障害の本質をよくあらわしている。教習所の運転シミュレータや認知症試験、そして日曜ドライバー教習、路上教習と続く著者の念入りな努力には頭が下がる。更に高速道路の運転にも恐怖の挑戦をしている。
脳のこわれ具合には個人差がある。個性のように人により様々なのである。自分の脳は、医師にも道交法もアテにならない。誰が見ても明らかにダメなものは、医師も道交法も止める。
厄介なのは、外見的にも身体的にも普通に見える高次脳機能障害の場合である。勿論、大丈夫な実例も沢山あるが、危険な場合もたまにはある。枯葉マークと同じように、高齢者に多いと一概には言えない。それは、誰も保証出来ない怖さがある。
脳血管障害から生還して車の運転を再開しようと思う人は、その前に必ずこの本を読むべきである。
この”病床日めくり日誌”には泰然自若とした生き方にユーモアが混じり、“手術一周年、ポリペクトミー”では手術室の気配すら感じられる。 パソコンでスパイスを利かせながら“夢を生け捕り”、大腸ガン→脳梗塞→腸閉塞→脳腫瘍とつぎつぎに迫りくるゾンビをなだめすかし、またいなしながら凌ぐ軽快さに仰天。装丁は瑞々しい品位ある色づかいである。なんとも清々しい逸品。
これでもかこれでもかと繰り返される回復が進まない描写も、読み進めていくうちに脳はこんなに凄いものだとの強力なメッセージが伝わってくる。脳科学者の説明では決して得られない脳の本質を教えられる。読み終えたあと、著者がなんとしても読者に伝えたい意思の強さに身震いする思いがする。物凄い気力で書いたと思われ、一字一句に力がある凄い本である。
手術中の合併症脳梗塞って、よく耳にする。医者は、いざとなったら命が優先だから、一方的に責めるわけにもゆくまい。著者は脳「梗塞」者の「高速」道路運転体験の怖い話し迄でリアルに告白してくれた。まさに、合併脳梗塞劇場のフルストーリーを読むと同時に高齢化社会の交通問題にも思いを寄せてしまった。手術前の合併症の予備知識と、血液サラサラ・動脈硬化の監視は自己責任でやれという年寄りには必読の書でもある。
なんといっても軽快に読める。そこが並の闘病記にない大きな特徴である。あせらずゆっくりの鷹揚洒脱の境地が肩のこらない読み物風に仕上っている。あれだけ克明に、よく自己観察できたものである。女性崇拝、美人追跡の精神は衰えないのも羨ましい。脳梗塞と認知症とはひょっとしたら地続きなのかもしれない。そんな気がする本である。


お父さんが倒れました 脳梗塞わが家の闘病記
川嶋 光
朝、目覚めると体が動かなかった…。脳梗塞で倒れた一家の父が、倒れてから復帰までを克明に語る。巻末特別付録「倒れてわかった、すべて調べた「病気の値段」」収録。貯金200万円で大丈夫? 川嶋 光
1948年10月10日、東京都杉並区に生まれる。子供時代を荻窪、高円寺で過ごす。都立富士高等学校から二浪後、武蔵大学人文学部欧米文化学科に入学。卒業後は、いんなあとりっぷ社に就職するも、3カ月で退社。その後は、マーケティング会社の契約社員として糊口をしのぐ。73年に結婚。千葉に住まいを移す。75年に食料醸界新聞社に入社し、3年後に総合食品研究所へ転職。77年に長男誕生。80年には長女が生まれるも、82年9月に退職して、フリーライターとなる。その一方で、少年野球チームのコーチに休日を捧げて、80年代を過ごす。90年代に入ると仕事が多忙を極め、個人の貯金が五〇〇万円になったこともあった。2004年1月、自宅で倒れているところを家族に発見される。現在、千葉県八千代市在住(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

著者が入院中の家族の日記を公開したり、具体的な手術、入院期間の値段といった普段触れられない側面にも積極的に触れて読み応えがあった。家族が病気になったときにどのような行動をとるのかということは人ごとではないため、参考になった。


脳梗塞からの復活―脳梗塞で突然倒れ後遺症と悪戦苦闘しながらも職場復帰を果たす五十男のリハビリ日記 (ビタミン文庫)
加藤 博,真田 祥一
脳梗塞の恐ろしさは突然にやってくることと、死もしくは後遺症にある。通勤中に倒れ、後遺症と悪戦苦闘しながらも職場復帰を果たした著者が綴るリハビリ日記。 加藤 博
1945年東京都保谷市生まれ。現在、東京都練馬区在住。68年、早稲田大学商学部卒業と同時にぺんてる株式会社に入社。現在、ぺんてる健康保険組合事務長。日本自然保護協会会員、自然観察指導員。ホームページ「いぶき爽太郎のお父さんと脳梗塞仲間」を自ら運営し、同病で悩む多くの患者やその家族との情報交流に努めている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)



29歳 脳梗塞 出産
じゅん

とても感動しました。命の大切さがじわじわと伝わってきます。ひとりひとりが命をもっと大切にして欲しいと思いました。


ありのまま 私の脳梗塞生還記
鹿島 忠夫
脳梗塞患者の闘病記はなぜ少ない?重症患者の著書は皆無!半身不随で字も書けず、声も出せなければ、病状を周囲に伝達できなくなるからである。そんな失意の患者にとって医師の暖かい語りかけに勝る良薬はない。病床で私は間違いなく成長した。右半身不随と構語障害に見舞われた私が700日かけてなんとか自力で本書を執筆するまでの軌跡。 鹿島 忠夫
1928年横浜市生まれ、在住。旧制県立横浜第三中学校(現県立緑が丘高等学校)卒業。関東学院航空工業専門学校(現関東学院大学工学部)中退。少年時代からの憧れである航空整備士を職業とし、生涯貫いた幸せ者。1962年米国の航空整備士ライセンスを取得。1996年、67歳の時に脳梗塞になり、一時は病魔に打ちのめされたが、リハビリを経て、無事社会復帰(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)



さらば、脳梗塞後遺症
冨澤 清一
世界トップレベルのリハビリとは?英国へ単身渡航した患者自身の体験によるリハビリ治療の現状と将来への提言。第4回碧天文芸大賞(ノンフィクション部門)出版化奨励作。 冨澤 清一
1933年、東京に生まれる。1957年、東京理科大学化学科卒業。1964年、米国系関係会社入社。1971年、科学技術翻訳士試験(医薬・化学部門)に合格。1982年、ハーバード大学・慶應義塾大学、ビジネススクールAMP修了。1988年、在日米国資本会社の代表取締役に就任。1995年、在日米国商工会議所貿易拡大委員会化学部会共同会長に就任。1996年、脳梗塞発症。1999年、当事者相談員(ピアーカウンセラー)長期養成講座修了(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)



脳梗塞が書いた本
渡辺 陛夫
脳梗塞と脳溢血の二つを重複させられた患者である著者が、脳梗塞の療養や、青と赤と白の霊魂を垣間見た生き地獄を、リアルに綴る。



Last updated:Wed May 26 03:44:34 JST 2010