☆我が愛しのJun之介☆

我が家では、父が番犬を重視していて絶え間なく犬を飼っていた。
(私が生まれる以前からずっと・・・)
私は、なかでも (オーバーに受け取られるかもしれないが)
生涯特に忘れることのできない犬がいる。
それがJun之介(愛称・JUN)である。 ちなみに名付け親は、わ・た・し。
【下の写真は、Jun之介・生後2か月、私・高校3年生】


Jun之介の先代の犬は、ジョニー。 兄が名付け、兄に一番なついていた。
兄がジョニーとひとりと一匹で、車に乗って海へ行き一緒に泳いだり・・・。
ジョニーは犬小屋の柵の中で、大谷石の塀に前足をかけて
立ち上がった状態で、塀から顔だけ出してはよく外を見ていた。
犬種がアフガンハウンドで、毛足が長い大型犬であるため、
家の前の通りのずっと向こう側から見ると、まるで茶髪でボブカットの人が
塀から顔を出しているように見えるのだ。
その光景はご近所の方からも指摘され、笑い話にもなっていた。
のちにジョニーは病死。 当然のことながら家族全員悲しんだが、
一番悲しみの度合いが強かったのは、親代わりの兄であったと思う。
【上の写真は、ジョニー・3歳、私・中学入学直前】

Jun之介は、私が高校3年の12月初めに
かかりつけの獣医さんに連れられて我が家へやって来た。
獣医さんが行くお宅で1か月前に何匹か産まれて、譲ってもらったのである。
Jun之介は、柴犬とシェパードの間に生まれた雑種。
成犬になるとJun之介は、まさしく体の大きさは柴犬で、
毛色はシェパードと両親の血を受け継いでいた。
獣医さんと母と私が雑談している間も、ずっと生後1か月のJun之介は、
私の片手の手のひらの上で(体長15cm位)ス〜ス〜と眠っていた。
全身真っ黒の毛色だったため、目や鼻は、よ〜く見ないとちっちゃいことも
あって判別できないほどだった。
(赤ちゃんのJUNは、毛色が黒かった。 成長に伴い褐色の毛が混ざり生え変わっていった)
母は私が生まれる以前に我が家で、犬の出産を経験したことがあったから
驚いてはいなかったけれど、私はこんなに小さな赤ちゃんの犬を抱っこしたのは
初めてで、驚きと感激でずっとJun之介のかわいい寝顔を見つめていたっけ。
【上の写真は、Jun之介・生後2か月】

そして、私はJun之介のMAMA業を開始したのである。
お小遣いで、犬用の粉ミルクと犬用の哺乳瓶を買ってきてミルクを飲ませて、
常に(学校や外出中以外は・・・)抱っこして、まるで人間の赤ちゃんの様に寝かせたりして。
おかげで、抱きぐせがついてしまった。
成犬になっても、おじいちゃんになっても、Jun之介は私に抱っこされるのが大好きだった。
Jun之介の方も、私のことをMAMAだと思っていたようだ。
家族の話だと、私の姿が見えないと探している素振りをよくしていたらしい。
Jun之介のことに関しては、出来る限り私が行ないたいと思っていた。
冬休みに高校の友人と初めてアルバイトをした。
初めて働いて得た給料で、Jun之介が番犬として屋外に出なければならなくなる時のために
赤い屋根の白い犬小屋を買った。
既に門の前に犬小屋はあるのだが、大型犬用の大きな犬小屋なので
翌年の冬のことを考えると、大型犬とは違う体が小さいJun之介にとっては
隙間がありすぎてきっと寒いだろう・・・と考えたからだ。
買ってきた犬小屋は、すっぽりとその大きな犬小屋の中に収まった。
これで大丈夫! ひと先ず安心。
【上左右の写真は、Jun之介・生後2か月、私・高校3年生】

親バカなことを書いてしまうけれど・・・Jun之介は、利口な犬だった。
赤ちゃんの時、特に教えたわけではないのに新聞紙を敷いた所でないと用を足さなかった。
よく抱っこしたまま、私も一緒に眠ってしまったりした。 こたつに入ってとか・・・。
ある日のこと、部屋のベッドで横になってJun之介を抱っこしたまま本を読んでいた。
すぐにJun之介はス〜ス〜眠ってしまった。 そして、いつのまにか私も眠ってしまった。
どのくらいの時間眠ったのかまでは覚えていないが(昼寝だったと思う)
私が目を覚ますとJun之介は、既に起きていた。
おとなしく、じっとして私の寝顔を見ていたようだった。
私はハッとした。 布団に地図を描かれたら、たぁ〜いへん!!
急いで新聞紙を敷いた所にJun之介を置いた途端、小さな地図を描いた。
ずっと、我慢していたんだね・・・。
私はJun之介の小さな頭を撫でながら、「ごめんね・・・」ってあやまった。


季節は春になり、Jun之介が番犬として外に出る日がとうとうきてしまった。
私は、いつまでもこのまま家の中でJun之介と一緒に生活したかったけれど、
父に駄目だと言われてしまった。
屋外に出す当日の夜のことを母も私も心配した。
歴代の犬達は、外に出された日の夜はみんな家の中に入れてほしいと夜通し吠えた。
生き物だから仕方のないことだけれど、ご近所に迷惑をおかけしてしまう。
そのことを母は心配していた。
また、私にはJun之介を外に出すことが可哀相で・・・という思いもあった。
春とはいえ、夜はまだまだ寒い。 幼いJun之介のことが心配でたまらなかった。
その夜、私は毛布を持って大きな犬小屋の中に入ってうずくまり寝ようと思った。
小さなJun之介のそばにいてあげたかった。
しかし、父に止められてしまった。
私は、その夜なかなか眠ることができなかった。
Jun之介に私の親ごころが通じたのか?
結果的には、Jun之介は全然吠えなかったのである。 これには、家族全員驚いた。
母はこんな犬は初めてだと、後々もよく話していた。
「Jun之介は、おりこうな犬だったね・・・。」って。
【上の写真は、Jun之介・生後2か月、私・高校3年生】


はじめて散歩に連れて行った時のこと・・・
外の世界に出るのが初めてで、犬の習性なのか嬉しかったのか、
最初は走ったのだが、すぐに私に甘えて抱っこしてほしいという素振りをする。
〔わ〜っ!完全に抱きぐせだぁ〜っ(^▽^;) 〕
でも、ここで甘い顔をしてはいけない。 頭を撫でてすぐに私は歩き出した。
Jun之介もあきらめたのか、私のあとをついてくる。
家の周辺の道路は住宅街ということもあって、車の往来は殆どない。
しばらくして、Jun之介が道路のど真ん中に突っ伏してしまった。
Jun之介は全く動かない。
私はJun之介の具合が急に悪くなったのかと一瞬、顔が青ざめたことを今でも覚えている。
「JUNちゃん!」私が声をかけるとJun之介は、むくっと起き上がった。
そして・・・私はホッとすると同時に笑ってしまった。
だって、道路の真ん中に小さな地図が描かれていたのだから。
足が短くて成犬になっても、半年くらいは片足を上げて用を足すことが出来なかった。
足がガニ股で短いのだ。
〔また、そこがなんとも愛らしくて可愛いのであるが・・・OYABAKA BANZAI!\(^o^)/〕
Jun之介は、前足・後足よりもしっぽの方が長かった。
しっぽを振ると自分の頭を叩くことになっちゃって、
よく後ろを向いては、しっぽに向かって「ウ〜ッ!!」と怒っていたっけ。
【上の写真は、Jun之介・8歳9か月】

短大の夏休み、おつかいで郵便局へ散歩がてらJun之介を一緒に連れて行った。
家から徒歩10分程の距離である。
しかし、郵便局へ行く途中に例のごとくJun之介が『抱っこしてモード』に入った。
仕方がない。 抱っこすると抱っこされたまま、ずっとおとなしくしている。
よっぽど気に入っているのか? 物心がついてからの習慣と思っているのか?
…でも私の方はけっこう大変!
成犬になって、体は小さいが体重が増えてかなり重いのだ。
見た目は決して太った犬ではないのだが、やはり重い。
抱っこしたまま、郵便局へ入った。 郵便局の中は、閑散としていた。
Jun之介は、おとなしく私の顔をじ〜っと見ている。(抱っこするといつもこうだった)
郵便局の人に、まるで人間の赤ちゃんみたいにおとなしく抱っこされていると言われた。
番犬をしている時は知らない人だと吠えるのに、抱っこされている時は誰が来ても
全く見向きもしないのだ。


しかし、この『ウルトラ抱きぐせ』も功を奏すことがあった。
年に一度、予防接種がある。
首に注射を打つのだが、はじめての予防接種の時は本人もそれがなんであるか、
わからなかったから注射を打たれた瞬間、「キャ〜ン!!」と吠えてほんの少しだけ暴れたらしい。
自分を連れて来てくれた獣医さんのことは、嗅覚で覚えていたようだ。
問題があったのは、翌年の二度目の予防接種だった。
本人も『注射だ!』と察知したのだろう。
母の話によると注射をする前から、嫌がってかなり暴れたらしい。
獣医さんと母とで、おさえつけたとのこと。 噛みつかんばかりだったとか・・・。
それで、獣医さんと母が話をして(Jun之介は、私のいうことを大抵きくということで)
次の年からは、私が家にいる時に予防接種をするということになった。
そして、翌々年の三度目の予防接種。
重たいJun之介を私が抱っこした。 だが、内心ドキドキものだった。
人間だって注射は痛いから嫌なもの。
いくら大好きな抱っこをされていても、Jun之介がおとなしくしているとは限らない。
暴れて噛みつかれたらどうしよう・・・・・!? (-。−;)
結果!! 注射の恐怖よりも抱っこが勝ったのである。
Jun之介は、いつものように私に抱っこされたまま、じ〜っとおとなしくしていた。
注射を打たれた時、「キャ〜ン!!」と吠えることもなく黙ったままだった。
これには、獣医さんも驚いていた。
「毎年お願いしますよ。」と頼まれて、以降私は毎年立ち会うのだった。
【上の写真は、Jun之介・8歳9か月】


Jun之介は、ドッグフードを食べていたが、 人間と同じものも食べていた。
しかし、グチャグチャしたご飯が大嫌いだった。 お味噌汁をかけたご飯などが苦手だった。
逆に炒飯とか五目ご飯とか・・・パラッとしたご飯が大好きだった。
ある日、母がおかかたっぷりの焼きおにぎりを作って、試しに与えたらものすごく気に入って、
それから毎日、母はJun之介のために、おかかたっぷりの焼きおにぎりを2個焼いていた。
台所で香ばしい香りがしていたなぁ・・・。
これを機に我が家では、Jun之介のことを『別名・焼きおにぎり犬』と呼んでいた。
Jun之介は凝り性なのか!? 全然飽きなかった。
炒飯とか五目ご飯とかも好きだったけど、焼きおにぎりだけはどうしても外すことのできない
Jun之介のベストメニューだったなぁ・・・。
まだまだ、数えきれないくらいJun之介との思い出はある。
瞳を閉じれば、そのひとつひとつを私は思い出すことができる。


この写真を撮った日(1989.8.31)の1か月前・7月のこと・・・
Jun之介は、夏バテで何も食べなくなってしまった。 犬用の薬も吐き出してしまう。
その日は、日曜日だった。
両親はどうしても外出しなければならなかった。 私も外出する予定だったが、キャンセルした。
こんな状態のJun之介を独りぼっちにして外出する気には、なれなかった。
私は、犬の病気と症状の本を片手に短大の時に実習で着ていた白衣を取り出してきて
それを着込んで炎天下の中、Jun之介の犬小屋の柵の中に入った。
Jun之介の鼻は、乾いている。
本に寄れば体温調節が自分で出来なくなっているということだった。
少しでも体温を下げてあげるために、タオルを冷たい水に浸して
そのタオルを体にかけて、体温を少しでも下げてあげるという処置が書かれてあった。
バケツに水を汲み、バスタオルを浸した。
Jun之介は、具合が悪そうに横たわっている。
水に浸したバスタオルをそっと体にかけてあげた。
しかし、Jun之介は嫌がって犬小屋の中に入ってしまった。
私は長期戦だ!と思った。 なんとしてでも、私がJun之介を元気にしてみせるって!!
私は、ブロック石の上に座り、犬小屋に背をむけてその本を読んでいた。
暑くて額から、汗がしたたり落ちる。
Jun之介が犬小屋から出てくるまで何時間でもこうしていようと思った。
どのくらい時間が経ってからだったろうか。
そろそろとJun之介が犬小屋から出てきた。 私は気配を感じたが、まだ振り向かなかった。
するとJun之介は、私の隣に来て横たわったのだ。
私の思いがJun之介に通じた!!と思った。
生温かくなってしまったバケツの水を汲み替え、
バスタオルを浸してJun之介の体にさっきと同じようにかけた。
今度はおとなしくしている。
「JUN、冷たくて気持ちがいいでしょ。」と声をかけて、何度も何度も頭を撫でであげた。
しかし、バスタオルはすぐに生温かくなってしまう。
私は何度も水を汲み替えては、Jun之介に浸したバスタオルをかけてあげた。
Jun之介も気持ちがいいようだった。
日が暮れる頃まで繰り返し続けた。
Jun之介が好きな三角チーズの中に犬用の錠剤の薬を入れて飲ませた。
その日の夕食は残してあまり食べなかったが、徐々にもとの元気なJun之介に戻っていった。


そして翌年の秋−
Jun之介はその生涯を閉じた。 老衰だった。
誰にも気付かれないように、そっと天国へ旅立ってしまった。
母が夕方、いつものように食事を持って行った時には、既に眠ったように犬小屋の中で死んでいたという。
会社から帰宅後、その事を知った私はどのくらいの時間だったろうか・・・。
犬小屋の柵の中で、Jun之介の冷たく硬直した体をずっと抱きしめて泣いた。
Jun之介の頭を繰り返し優しく撫でた。 涙が止め処なく溢れてはこぼれ落ちた。
今までも飼っていた動物が亡くなって、その度に涙を流して悲しんできた。
しかし、Jun之介の死は私にとっては特別に大変なショックだった。
心にポッカリと大きな穴が開いたかのようだった。
誰も知らないことだが、実をいうとJun之介が亡くなってから半年間は内面的に立ち直れなかった。
何もなかったかのように平常心でいつもどおり仕事をして。 明るく人と接して。
でも毎夜、自分の部屋でひとり、Jun之介の事を思い出しては涙を流していた・・・。
私は自分に誓った。
動物は可愛いから大好きだけれど、
今後はJun之介に注いできた母親のような愛情で接することは二度とないということを・・・。
亡くなった時の悲しみの度合いがこんなにも深く大きいと痛感したから・・・。
【上の写真は、Jun之介・8歳9か月】


Jun之介は、私のこころの中でいつまでも生き続けている。
私の人生で一番のPet☆最高の相棒だったJun之介。
我が愛しのJun之介よ。 F・O・R・E・V・E・R

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