セイ レーンを歌う・・/Song To The Siren






Sept.2002 作成  (文中のリンクをクリックするとAmazon.co.jpなどのリンク先へとびます)  

 この夏、NHKで(NHK−BSでは春だったかしら?)『世紀を刻んだ歌』という番組の中、クイーンの『ボヘミアンラプソディ』がとりあげられましたね。ガリレオやフィガロ、ビスミラと不可解な名詞が並 び、シェイクスピア劇を思わせるようなこの壮大なロックオペラの、不思議な歌詞の謎に焦点を当てた興味深い番組でした。でもこの歌が登場した1975年頃 には、日本の女の子たちはきっと、番組と同じような謎解きを、すでにやろうとしていたのではないでしょうか?(クイーンを何処よりも先に支持したのは70 年代の日本の中高生だったというのは周知の事実ですものね)
 当時、レコードには訳詞がついていなくって、研究社の英和中辞典を買ったばかりの私も、ボヘミアン・ ラプソディの全ての単語を辞書で引いたものです。「ママ、たった今人を殺した」・・という、のっけの歌詞からして尋常ではなく、どうやら罪を犯して苦悩す る主人公という像を探し出したものの、最後の「Anyway the Wind Blows...」(ただ風が吹くのみ・・)に至って、(はあ、いったい これは何だったのだろう・・)と。。。今でこそ、フレディの生い立ちや彼の内面と照らし合わせて謎を解く、という番組が作れたのでしょうけど、クイーンに 限らず、ロックの歌詞には、神話や伝説や、英国の伝承童謡マザーグースからモチーフを得たものが意外に多く、日本人の少女にとっては不思議の国の迷宮のよ うだったのです。



1.ティム・バックリ−の Song To The Siren

 でも今回のテーマは、クイーンより少し古い歌の事。
 今年の七夕頃の私は、なぜか60年代アシッドフォークばかりを聴いていました(というのは日記にも書 きましたが)。ちょうど試験前で頭がテンパってて、賑やかな音を聴けなかった事と、その少し前に友人が送ってくれたティム・バックリーを取り憑かれたよう に(笑)聴いてたのです。その中に特別に私の心をとらえてしまった歌があって、、題名は『ソング・トゥ・ザ・サイレン』。
 訳詞も解説も無かったのですが「ヒア・アイ・アム(私はここよ)」「セイル・トゥ・ミー(こちらへ漕 いで来て)」という言葉の繰り返しにもしや、と思い辞書を引くと、SIRENという英語は普段知っている(警報)の他にギリシア神話に登場する(セイレー ン)の意味があったのでした。セイレーンは大変美しい歌声で船人を惑わせ、岩礁に引き寄せて船を沈めてしまう海の精のこと。古くは紀元前八百年頃の詩人、 ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』の中、オデュッセウスが耳に蝋を詰め、マストに体を縛り付けてセイレーンの歌声から逃れ航海をつづけたという物語が詠 われています。(警報)という意味のサイレンは、この海の精が語源だったのです。
 ・・ギリシャ神話、ろくに知らなくてもっと勉強しなくちゃ、と思うのですが、そのセイレーンを素晴ら しい歌で打ち負かしたのが、竪琴の名手で彼の歌に万物が見せられたというオルフェウスだとか。セイレーンは彼の歌にかなわぬことを悟り、自ら海に沈んで石 になったのだそうです。
 セイレーンは英国の文学、絵画にもそれはそれは数多く登場し、アーサー王の騎士たちを惑わせ、戦意を 奪ってしまう乙女として描かれたり、英国を代表する画家ターナーの作品にも、身体をマストに縛りつけセイレーンの歌に対抗するオデュッセウスの絵がある し、ラファエル前派に至っては、水と妖精は破滅と死へ導く官能的ないざないとしてさかんにテーマに取り上げられました。

 さて、、ティム・バックリーの歌。。船影ひとつ見えない大洋・・長い孤独な漂流の果てに聞こえ てきたセイレーンの歌声。生と死の誘惑と葛藤。セイレーンの歌に心を奪われたみたいに『ソング・トゥ・ザ・サイレン』に魅せられたばかりに、ティムのアンソロジー『morning glory/Tim Buckley Anthology」を 買いましたが、その解説によれば、67年にティムが相棒ベケットの見せたホメロスの『オデュッセイア』を前にしてこの曲を作ったのだそうです。




2.ロバート・プラントの Song To The Siren
 
 そして今年の夏、元レッド・ツェッペリンのシンガー、ロ バート・プラントがソロ作品『ドリーム・ランド』を出しました。・・といっても私が知ったのは夏も終りになってからなんですけど・・。『ドリー ム・ランド』はプラントが自分のルーツである60年代後半の曲をカヴァーしたものが中心のアルバム。私としても忘れられないロッド・スチュアート時代の ジェフ・ベック・グループが演奏した『Morning Dew』(ア ルバム『トゥルース』に収録)や、ディランの『One More Cup Of Coffee』という曲が並んでいて、その後に、『Song  To The Siren』が。。お店での視聴盤を聴いていて、何とも言えず胸がつまったなあ・・。プラントの歌声とアレンジの素晴らしさは、この歌の凄 さをまたあらためて感じさせてくれるものでした。
 見れば、アルバムジャケットに描かれているのは、竪琴を持ち、下半身が鳥(人魚という説も)になって いるセイレーンの絵。セイレーンをとりまく3隻の帆船。このCDには日本盤でも歌詞カードは無いんですけど、『Song To The Siren』だけ は歌詞が全て書かれていましたね。このことからも、プラントがこのアルバムで最も重要とした曲が『Song To The Siren』だということがわ かるし、この歌をうたうことがプラントにとっておそらくとても大きな意味があるんだろうな、と想像できます。訳がなくても理解できる歌詞なので、もしお聴 きになる方は読みながら聴いて欲しいな、と思います。

 誰もが魂を奪われてしまうほどのセイレーンの歌の魔力に対して、同じ歌い手という身であれば、 恐れつつもその美しさを追い求めずにはいられないのでしょう。プラントは当然、ティム・バックリーが音楽活動に対する精神的な苦痛からドラッグに陥り、 28歳でこの世を去っていることを知っているはずだし、プラント自身にも、息子の突然の死など、苦痛の時代があったのだし。。(プラントのCDの解説には バックリーが97年に50歳で溺死、とありますが、これはバックリーの息子、ジェフの溺死と全く混同しているのではないでしょうか?? ティムは75年に 自宅で中毒死のはずです。そして、ジェフは97年に亡くなっています)
 セイレーンへの歌をうたうことは、自分がオルフェウスになるか、あるいは自分の身を捧げるか・・決し て大袈裟でなく、伝説やおとぎ話に馴染んできた英国人であればそれほどの意味が頭をよぎるものかもしれない。33年のキャリアを持つプラントでさえ、この 歌を歌うことには勇気が必要だったと、この解説の中でも書かれているから。
 ・・でも、このアルバムのプラントのヴォーカルは見事です。音じたい、とにかくヴォーカルをメインに してあって、細かい息遣い、ちょっとした呻き声までが、曲そのものをかたちづくっているよう。しばらく前までは、なんだか生気の無い年寄り(ゴメンなさ い)のように感じられてしまったけれど、再び彼がヴォーカリストとして本気で歌いたいアルバムをつくったんだな、という気がします。これを創ってくれてと ても嬉しかったし、『Song To The Siren』を歌ったプラントの勇気に、リスナーとして心から感謝です。       (Sept.17、 2002)





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*「セイレーン」をテーマにしたペイン ティングのページです(Artmagic.Com)
特にモローの『詩人とセイレーン』や、ウォーターハウスの『セイレーン』など、作者のセイレーンへの想い入 れを感じますね。そして、『ユリシーズとセイレーン』を描いたもの・・・怖いです。

国立西洋美術館の『ウィンスロップコレクショ ン』
ここに展示されている、バーンジョーンズの『深海』も人魚を描いたものです。(バーンジョーンズのところを クリックして下さい)


* ロバート・プラント関連のCDのリストです(Amazon.co.jp)

* ティム・バックリー関連のCDリストです(Amazon.co.jp)


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