論文名: Air Pollution, A new risk factor in ischemic stroke mortality.

     (日本語訳:大気汚染、虚血性脳卒中による死亡の新しい危険因子)

著者名: Yun-Chul Hongら。

雑誌: Stroke 33:2165-2169, 2002.





1) 要旨


 これは、Stroke(脳卒中)という、世界でも有数の、著名な学術雑誌に掲載された論文です。

この雑誌に掲載されたということだけでも、内容の信用性は高いと思われます。

 要旨は、韓国のソウルで7年間(1991年〜1997年)調査したところ、虚血性脳卒中(脳梗塞

など)による死亡は、二酸化硫黄、二酸化窒素、一酸化炭素、オゾンという大気汚染を示す指標

と有意な相関関係があったというものです。すなわち、これは、大気汚染によって脳卒中が引き

起こされる病理学的なメカニズムがあるということを示唆しています。

 この論文では、脳出血による死亡についても検討していますが、脳出血による死亡と、大気汚

染物質の濃度とは、有意な関連性は認められませんでした。

 虚血性脳卒中による死亡と大気汚染物質が関連性がある理由としては、これらの大気汚染物

質が体内の血液中に取り込まれることによって、血液の粘調度が増したり、血液の凝固性が亢

進したりなどして、血管が詰まる、すなわち、虚血性脳卒中(脳梗塞など)を起こしやすくするので

はないかと考察しています。

 また、二酸化窒素、一酸化炭素、オゾンについては、脳卒中死亡の発生日当日の濃度よりも、

翌日、あるいは、3日後の濃度の方が、死亡率と関連性があったとのことです。


2) 私の意見


 これは、前回紹介した論文に引用されていた論文です。韓国も、経済発展の成長が著しいの

で、大気汚染が大きな社会問題となっているようです。

 この論文では、脳卒中による死亡日と、大気汚染物質の濃度との相関関係を証明しています

が、あくまで「死亡日」であって、「発症日」ではありません。脳卒中は、発症するかしないかが、

大きな問題であって、死亡するかしないかは、その患者自身の合併症の有無、年齢などにも

大きな影響を受けますので、「死亡日」は、病気の発症メカニズムとは、直接的な関係はない

と考えられます。そうすると、大気汚染物質が脳卒中を引き起こす可能性そのものも、本論文の

結果からは、若干あやしいことになりそうです。

 また、気象因子として、気温、相対湿度、大気圧の3因子のみを調べていますが、これだけで

は不十分と思われます。やはり、前日との気温差、日内較差、前日との気圧差などの因子も検

討したほうがよいと思います。

 この点に関して、この論文の著者らも、本当に大気汚染物質が虚血性脳卒中の原因因子か

どうか、あるいは、唯一の増悪因子であるかどうかはわからないと、やや消極的に述べています。

 しかしながら、前回紹介した中国での報告結果と合わせますと、大気汚染物質が脳卒中の発

生を増加させる可能性を完全に否定することはできません。なぜなら、韓国や中国といった、経済

成長の著しい国々で、大気汚染が深刻化する中、脳卒中が増加していることは紛れもない事実

ですし、大気汚染物質自身が人体に悪影響を及ぼすということも、科学的に明らかな事実だから

です。環境法における「予防原則アプローチ」の理念をもとに考えれば、脳卒中予防のために大気

汚染を軽減させるべきだということもできるのではないでしょうか。



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論文の紹介
2008. 1. 14